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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
新世界への変化
351/497

追放

 アルカナ王国及びドミノ共和国の連合に対して、オセオ王国と旧世界の怪物連合は戦争を仕掛けた。

 理由は先日山水が国家へ侵入し、暴虐の限りを尽くしたからだという。


 それに関しては、事前に周辺諸国へは連絡されていた。

 疲弊したオセオに対して、多くの国が攻撃し、旧世界の怪物によって返り討ちになったことは手痛い教訓となっていた。


 さて、その戦争も実質一日で決着となった。

 もちろん、その前には双方が入念な準備をしていたので、全面的な激突をしたのは一日という表現が適切なのだろう。

 少なくとも、アルカナの内部へ深々と侵入していた部隊は、長期間敵国へ強行軍をしていたわけであるし。


 その結果は凄惨を極めた。

 破壊された国土と、それを成した竜の死体。

 まさに神話で語られる旧世界の大戦争、それを再現したものだった。


 それは偽装も隠蔽もできるものではない。

 各国の人間は神宝と竜の力に戦々恐々とし……。

 その双方が食い合った結果を喜んでいた。


 なにせ、誰がどう考えても絶対に勝てない二つの勢力が、真正面からぶつかり合って疲弊してくれたのである。

 これを喜ばずして、何を喜べというのか。


 早々に講和し、戦争は終わった。しかし、それを頭から信じる者は少なかった。

 なにせ、双方に多大な犠牲が生じているのである。

 如何に書面で「もう戦争しないで仲良くしようね」と書かれたところで、誰も納得していないだろう。

 オセオは交通網を破壊されて民間人に犠牲が出ているし、アルカナは都市や農村をことごとく焼かれている。

 そんな状況で、手に手を取り合えるわけもない。

 仮にも隣国、両勢力は再び全面戦争に突入するだろう。


「次に勝つのはアルカナだろう」


 オセオと国境を接しているウィンク王国では、会議が行われていた。

 オセオよりは少々大きいものの、アルカナの五分の一にも満たない国だった。

 よって、彼らは主体的に動くことを避けようとしていた。

 その点に関してだけは、徹底して全体が一致していることだった。


 この場合の主体的とは、例えば周辺諸国をまとめてあげて、疲弊したオセオかアルカナへ侵攻するというものだ。

 もちろん、そんなことをすればどっちをどう襲っても全滅する。

 それが分かる程度には、あからさまに戦力が知れていた。


「アルカナ王国には現在五人、神から力を授かった戦士がいるという。その彼らが神の宝を使ってなお、今回の被害が出た。つまり……その五人が死ねば、アルカナは二度とオセオと戦えなくなる」


 近隣諸国は、切り札とされる五人しか知らない。

 あえて伏せられていた隠し札、掛軸廟舞のことは知られていない。

 また、知られていても竜に対抗することはできないので、関係ないと言えるだろう。


 山水が不老長寿であることも、あまり有名ではない。

 また、双右腕に関しては知っている方がおかしいと言える。

 とはいえ、単独で国家に対抗できる山水を、どう思うかは語るまでもないのだが。


「よって、アルカナ王国は体勢を整え次第、オセオを襲うだろう……そして、以前の宣言通り、手を伸ばすことはないはずだ」


 アルカナ王国は、現在国土に対して国民が少ない。

 周辺諸国へ事情を説明して、工員などの援助を願っているほどだ。

 先日まで栄華を極めていた国が凋落するのは、とても気分がいいものである。


「どれだけ個人が強くとも、占領するとなると人数が必要だ。人間が足りない現状では、占領や併合まではできない」


 若い国王は、自慢げにそう語っていた。


「簡単な話だ……このままいけば、アルカナは土地以外をオセオから奪い、我らは残った土地を得る。後はオセオを囲む国と取り分を決めればいい」


 とても得意げに、論理的に導き出された最適解を語っていた。


「どうだね、インチ将軍。我らは労せずに益を得ようとしているのだが?」


 インチ将軍。

 このウィンク王国内で若い国王と対立することが多かった、老練の将軍である。

 その彼は、その一日が始まる前に参戦をするべきだと進言していた。

 アルカナでもオセオでも、どちらでもいいので形式的にも参戦するべきだと言っていた。

 もちろん、オセオへちょっかいをかけた関係上、オセオ側への助勢がスマートと言えるのだが。


「この結果を見て、それでもあの時、どちらかに味方するべきだったと?」

「無論です。今からでも遅くはない、どちらかの味方になるべきかと」

「はっはっは……武官の中でも頂点に近い貴殿が、その姿勢では困るな」


 若い国王は、嘲っていた。

 その彼を諌めたいと思う周辺の重臣は、しかしインチ将軍の気迫に押されて話すことができない。

 王との会話を邪魔することは許さない、そんな圧がのしかかっている。


「形式だけでも参戦……それは、後日アルカナから要らぬことを言われかねない。さらに言えば、形式だけの参戦などオセオもさほど重要視すまいよ。むしろ、形式だけでも参戦したのだから、戦費を要求されかねない」

「それでよかったのです」

「はっはっは……そんな金がどこにある」

「捻出すればよろしい。これは国家の命運にかかわることだったのですから」

「……気軽に言うものだな、将軍。武官としての一線を越えているぞ」


 国王はいら立ちを隠さない。

 自分の決めたことに従わない、臣下としての分をわきまえない男を許さない。


「戦争に参加することは、愚かなことだ。失うばかりで、得るものは無いのだぞ」

「戦わずに維持できるものなど、この世のどこにもありません」

「弱小な国には、弱小な国の立ち回りがあるのだ」

「なればこそ、長い物にはしっかりと巻かれるべきなのです……! この世界には、敵か味方しかいないのです! 我らはどちらの敵なのか、味方なのかを示すべきなのです!」

「それで国と言えるのか」

「弱くとも、貢ぐとも、国は国です」


 しばらく、沈黙が流れた。

 その上で、国王は失笑した。


「……何がおかしいのですか、国王陛下」

「勇壮、勇猛に語るが……要は媚を売れということであろう? まったく、情けない男だ。武官でありながら、進言することが他国に貢ぐだの形式だけの参戦だの……」

「汗水流さず、労せずして小銭を拾おうとしている方に言われたくないですなあ」

「国民からの血税を、よそへ積極的に出せという臆病者が言うことか?」


 将軍は、席を立った。強く睨んだ上で、国王へ背を向けた。

 将軍は多くの魔力を宿し、その武勲で出世した男である。

 その彼が、強硬策に出る場合、部屋の中の人間は全員灰になるだろう。


「臆病……おっしゃる通りです。陛下、私は臆病なのですよ」


 しかし、そこまで将軍は愚かではない。

 彼は勲章を取り付けている上着を脱いで、そのまま椅子の上に置いた。

 それが意味するところは、今の地位を捨てるということだった。


「……アルカナかオセオへ身を売るということかな?」

「貴方は自分を勘違いしていらっしゃる。貴方は、賢くもなければ利口でもない。ただ、自分の都合がいいようにしか考えられない、考えているふりをしているだけの男だ」


 会議室を出ようとする彼は、未練を残していないようだった。


「貴方は、深く考えていない。浅はかな考え、自分の自尊心が満たされる結論、それらに疑問を抱かない男だ。本気で国を守る気などない、玉座に座って王冠をかぶっているだけの男だ」


 部屋を、出る。


「インチ……それが、私の祖父の代から仕えていたお前が、この国へ残す最後の言葉なのか」

「……陛下」


 既に言葉は尽くした。

 これから何が起きるのか、既に知っている将軍は憐れみを込めて、残り香のように最後の言葉を残した。


「私は勇猛だから今の地位にいるのではありません、臆病だからこそ今の地位に辿り着くことができたのです。そして……臆病ということは、恐怖に敏感だということ。誇大妄想に囚われている、ということではありません」


 部屋を出てから、誰にも聞こえないように、つぶやいた。


「貴方たちは、津波の前に水の引いた海岸で、残ってしまった魚をみて喜んでいるだけです」



 ドミノと国境を接する国、ソリテア皇国。

 その国の中でも、当然両陣営の衝突に関して議論が交わされていた。

 もちろん、地政学的な観点から、見方は変わってくるのだが。


「おそらく、アルカナ王国はこのまま自壊する。ドミノは時間をかけてアルカナから離脱し、独自路線を行くだろう」


 都合のいい妄想、とは少し違う。

 心情的な考え、ではあるのだろう。


「アルカナ王国は、もともと五つの国が無理矢理くっついていたようなものだ。今回の一件で完全に瓦解するであろう」


 とはいえ、それでもさほどおかしい話ではない。

 あくまでも、論理的な思考の元に出された結論だった。


「いやはや……アルカナが引き分けに持ち込んでくれて助かった。もしもアルカナが彼らを止めてくれなければ、世界はオセオをのっとった旧世界の軍勢によって、蹂躙されていただろう」


 会議室の中は、とても穏やかだった。

 なにせ、神が人類に与えた宝を持つ勇者によって、数多の竜が討たれたのだから。


「我が身を犠牲にして、人類を守ってくれたアルカナには感謝しかない。さて……ではアルカナからの書簡……援助要請だが」

「くっくっく……」

「はっはっは……」

「まだオセオが健在な現状、アルカナへ肩入れするのは危険ですなあ」


 アルカナとドミノは戦争をしたが、ありえないほどにあっさりと和平を結んでしまった。

 それは八種神宝を抜きにしても、周囲の国が抵抗できない超大国として出現したことを意味していた。

 それが瓦解しつつあるのだ、わざわざ維持することはない。


「そうそう、そういえば」


 一人の、比較的若い文官へ視線が集まる。

 すまし顔ではあるが、きっと内心では焦っているに違いない。

 そう思われているのは、若いころから頭角を示していた文官、ゴルフ。

 先日から、アルカナ王国へ形だけでも加勢をするべきだと進言していた、改革派の才人であった。

 しかし、以前に体を壊し、療養していたはずなのだが……。

 なぜか、何時か、まるで万能薬でも飲んだかのように復職していた。


「そう言えば、ゴルフ殿。貴殿はアルカナへ助力をするべきだとおっしゃっていましたな?」

「カプトの先進的な法術でも治らなかった病気が、立ちどころによくなったのは……そうそう、ドミノへ立ち寄ってからだったような?」

「いったい、ドミノで何があったのでしょうなあ」


 当たり前の話であるが、国家の要人がよその国と深くつながることは、お世辞にもいいことではない。

 少なからず、アルカナ王国が拡大できていたのは、カプトの法術による慈善の面も大きいのだから。


「……」


 その糾弾を、ゴルフは甘んじて受け入れていた。

 確かにこうなる可能性はあったのだから。それでもドミノへ赴いたのだから、心が弱っていたのだろう。

 どれだけ隠したところで、不治の病が治っていれば『ドミノを頼った』と察されて当然である。

 それでもゴルフの心境が表情通りに穏やかなのは、次の就職先が決まっているからだろう。


「文官の身で国家の法を犯した者の進退は、既に決まっているでしょう」


 そう言って、彼は席を立った。


「ただ皆さんに忠告しておきますが……貴方たちは、旧世界の軍勢がなぜアルカナへ攻め込んだのか、その理由を考えたことはあるのですか?」


 この国を去る。

 必死でソリテア内で出世しようとしていたゴルフは、その人生に一区切りをつけていた。


「相手が旧世界の怪物で、人間ではないから、と考察するのを怠っているのではないですか?」


 なぜ、オセオは旧世界の軍勢と手を組んで、アルカナへ攻め込んだのか。

 それは怨恨であり、報復なのだろう。それはあながち間違いではない。

 そういう理由でも、戦争は起こるのだから。


 ではなぜ旧世界の軍勢は、アルカナへ攻め込んだのか。

 オセオと手を組んだのは、アルカナへ攻め込むためだったとして、なぜそうまでしてアルカナへ攻め込もうとしたのか。

 たとえ勝ったとしても、双方が疲弊するだけだと最初から分かっていたのに。


「……貴殿は、その答えが分かっているのですかな?」

「もちろん」

「……ドミノの独裁官から、聞かされているとでも?」

「いいえ……ちゃんと考えればわかることです」


 たとえ自分たちがどれだけ疲弊するとしても、アルカナ王国を疲弊させればいい。

 それが利益になると信じて、旧世界の軍勢は血を流したのだ。


「一つ言えることがあるとすれば……アルカナもオセオもドミノも旧世界の怪物も、みんな幸せになるということですよ」


 ちゃんと考えて、正しい方法を模索して、どれだけの血を流してでもそれを完遂する。

 それこそが、それだけが幸福への道。

 この世界は、そういう風に出来ている。

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