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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
竜を断つ狂気の刃
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一線

今日、コミカライズ四話が更新されます。

どうかよろしくお願いします。

 明日、ここへ使者が訪れる。

 オセオの王と、各種族の責任者がアルカナ王国の王都へやってくるという。


「……すべては順調だ」


 その英雄は、笑っていた。

 傍らに立たされている復讐の刃が、彼から距離をとろうとする。

 その彼女の腰を掴んで、英雄は憤怒のままに笑っていた。


「祭我が想定以上に奮戦した結果、五つの領地の主要都市だけは健在だ。少なくとも、生き残った民衆を収容することは可能だろう」


 祭我の治療が済んだ、その事実だけが明らかな吉報だった。


「祭我は当分復帰できないが、最悪山水がエッケザックスを使えばいい。双右腕とやらの改修も……まあ些事だ」


 改めて、この状況を解析する。

 結果は出た。そう、結果は出たのだ。

 多大なる犠牲の果てに、引き分けという結果を得たのだ。


「反吐が出る!」


 直後、天が裂けた。

 なんの前触れもなく、天がとどろいた。

 晴天の霹靂ではない、今日という日を乗り越えたアルカナ王国の夜を乱す、右京の意志に反する轟雷だった。

 反逆の天槍、ヴァジュラが右京の心に反応していた。

 堅牢な城の内部にも聞こえるほどに、目の前の男の反骨心が昂っていた。

 この運命に対して、憤怒していることが明らかだった。


「……駄目だな、自分の若さが忌々しい。今、この時怒っても仕方がない。それが国益にならない以上……怒るべきじゃないな」


 右京はこの状況になるべく踏ん張ってきた。

 それを、この場の五人、アルカナ王国の首脳陣は知っている。

 彼らは大天狗という、スイボクに匹敵する存在との接触を越えて、とりあえず腰を下ろしていた。

 おろしていたからこそ、憤慨してしまうのだ。


「アルカナ王国は、滅亡した(・・)


 右京の言葉には、王国を形成している国民たちへの悼みがあった。


「既に、この広大なアルカナ王国を維持できるだけの国民が存在しない。よそから引っ張ってくるとしても、国家への帰属意識なぞ湧きようがない。国土を一切失っていないとしても、国民がこれだけ減れば……まあそういうことだろうな」


 怒っていた。この状況を怒っていた。

 五つの宝の適合者。慈愛と反逆、復讐と消費、意志。

 それらを人並み以上に備えた資質と、それを人並み以上に育てた男が現状を語る。


「これで、アルカナ王国は更なる(・・・)発展(・・)を遂げるだろう。まず間違いなく、天下の覇者と言っていい程度には」


 ふざけた話だ。

 それが死んだ人間たちにとって、どれだけ意味があるのだろうか。

 同様に得をするオセオはまだいい、だがアルカナはとっくに大国だったのだ。

 これが、更なる発展を遂げたとして、それは犠牲と釣り合うのだろうか?


「そこまでだ、小僧」


 ソペードの当主が、黙るように語り掛けた。


「お前はいつからそこまで偉くなった? 身の程をわきまえろ」

「……失礼しました」


 静かになる右京。

 一同は改めて、囲んでいるテーブルの上に置かれた『地図』を見た。

 それは、とても大きい地図だった。

 大きい布に描かれたそれは、とても広い範囲の地域を含んでいる。


「さてさて……どうなるのかのう」


 ディスイヤの老人は、その地図の上に金貨を投げ置いた。

 一枚や二枚ではない、大量に放り投げていく。


「願わくば、損得勘定のできる者が多くいてほしいものじゃな」

「そうですね……この苦境では、それを望むしかありません」


 カプトの当主もその金貨へ希望を抱くしかなかった。

 事前にわかっていたことではあるのだが、大いに人が散った。

 なすべきことをなして、役目をはたして、あるいは無念のままに何もできずに。


「しかし、難しいでしょう。人とは歴史や経験、成功にしがみついてしまうもの。まして、労せずして成功を得られる、と思えば更に鈍してしまいます」


 これから何が起きるのか、オセオと竜が何を狙って今回の侵攻を行ったのか。

 極めて自主的に行われた離間計、二つの大勢力が真正面からぶつかり合って消耗し合った現状。

 それの真意を、そこから起こる新しい世界を、いったいどれだけの人間が想像できるのだろうか。


「……ウキョウ殿。貴殿の気持ちもわかるが、流れた血はもうどうにもならない。失われた命は、更に」


 バトラブの当主は、断固たる覚悟を決めていた。

 鬼畜外道に堕ちるとも、今回の戦争の結果を不意にしてはならないのだと。


「まだ我らには守るべきものが残っている、まだ我らを信じる臣民がいる。どうか、まだ皇帝としてふるまっていただきたい」

「……もう帝国に戻そうかな」


 苦笑し、愚痴る。

 自分は一応共和国の議長なのに、誰もが皇帝と呼ぶ。

 もう皇帝でいいような気がしてきた。

 属国の主が、皇帝を名乗るのも一種滑稽だろうが。


「いい機会だ、それはそれで悪くない」


 しかし、それを国王は良しとしていた。


「これからは、ドミノにも我が国を支えてもらう」

「もちろん……俺の国は、アルカナの腹心ですよ」

「せめて、楽しみにするとしよう。これから訪れる、輝かしい時代の到来を。それが、我らの子孫に恩恵をもたらすことを」


 せめて、失われた物以上の何かが生まれることを信じて。



 虚空を越えるために建造された、移民船。

 それはノアを模した船であり、よって通常の飛行も可能だった。

 その中で一番状態が良いものを選んで、オセオと旧世界の怪物たちはアルカナの夜空をゆっくりと飛行していた。


「……凄まじいな」


 争いで傷ついたアルカナ王国を、優しく温かく、星明りが照らしている。

 それは人の明かりが消えた大地に刻まれた、極限の戦いの爪痕を明らかにしている。

 いっそ、夜でよかったのかもしれない。

 これが真昼の太陽に照らされていれば、オセオの国王は腰を抜かしていたのかもしれない。

 夜の闇は、あくまでも輪郭だけを彼に伝えていた。


「竜が焼いた街で煙がくすぶり、巨大な竜の死体がこの上なく破壊されて散乱している。これを貴殿らの前でいうのはためらわれるが、この世の終わりのようだ」


 実際に、星の終わりを見た面々。

 星の全てが枯れていく世界を見た、勝者の末裔。

 母なる世界から脱出しなければならなかった怪物たち。


 その彼らを率いる、樹精を宿す長命者たち。

 それぞれの種族の中では希少とされる、人面樹の教えを受けた怪物。大天狗セルと同じ格好をした生き物たち。

 誰もが成体よりも幼い姿をしている、一種滑稽な姿だった。

 その中で一人、一頭、一匹だけ。

 樹精ではなく覇精を宿す、ようやく羽化できるようになったばかりの、生存している真の竜の中では最年長となった雌竜がいた。


【気遣いは結構です、我らが友よ。少なくとも、この光景もまた我らの心を痛ませます】

「……こう言ってはなんですが」


 オセオ王は、眼下の光景に魅入られていた。

 何もかもが終わった戦場が、彼の心を救っていた。


「正直に言いましょう、少なからず救われている面もあります」

【それは我らも同じです】


 竜の女王になるべく残された少女と、息子を失った国王は語り合っていた。


【私は長命者ではありませんが、なんとなくわかるのです。この地で散ったオセオの兵士たちは、最後まで私たちと運命を共にしてくれました。私たちは負い目につけ込んだ身ではありますが、友を得ることができたのですね】

「口だけではない、戦友という心強い友を、か」


 国王は、静かに黙とうをささげていた。

 そう、他でもない自分の国の兵士たちが、怪物と共に戦い抜いたのだ。

 竜という生物を葬り去る、神の宝を持った戦士たちを五人も抱える国家を相手に。

 ひとえに、誇らしい。


「……たった一人、神の宝も持たない男を相手に、我が国は真正面から屈した。そう、負けたのではなく屈したのだ」


 荒ぶる神の弟子だという男が、全ての尊厳を破壊した。独立国家としての矜持は失われた。

 逃げることでしか命は守れず、それ以外の何もかもが守れなかった。


「致命傷だ。我が国が負わされたように、この国も命を終えるしかないほどの傷を負ったのだ」


 ようやく、ようやく。

 オセオとアルカナは対等の条件で講和できるのだ。

 それだけでも、滅ぶことが決まっていた国家としては、とても価値(いみ)があることだった。


「私は、猿から人間に戻れたよ」

【それは我らが兄たちも同じです。彼らは痩せたトカゲとして死ぬのではなく、竜として戦い散ることができたのです。きっと……母なる世界で無念の内に死んだ、如何なる父祖よりも幸福でしょう】


 夜風が優しく、夢の終わった戦場を撫でる。


「君たちが私をここから突き落としても、私はそれを許す。この光景を見ることができただけでも、満足だ」

【まだですよ、オセオの王、我が友よ。ここから、最初の交渉が始まります】


 一方的に攻め込んで、一方的に降伏をして、しかも相手はおそらくこちらを滅ぼせる程度には余力がある。

 それでも、この船には一切の貢物が無い。

 あるのはただ、一枚の布。

 布に描かれた、巨大な地図である。


【兄たちの犠牲を無駄にしないためにも……どうか】

「わかっているとも……ただ死ぬよりは、矜持を通して死んだ方がいい。しかし、出来ることなら矜持を通したうえで、繁栄を享受したいものだ」


 その地図は、アルカナ王国の首脳陣が抱える地図と同じ範囲が描かれている。

 その一方で、一つだけ違う点があった。

 その地図には、一本の線が引かれていたのである。


【アルカナ王国の賢明な判断を願う】

「ふっ」


 幼き竜の女王の口から出た言葉を聞いて、オセオ王は悪意の混じった笑いを漏らした。切実な言葉であるが、どこまでも白々しい。

 攻め込んで、滅亡寸前へ追い込んで、反撃の余力がある相手に賢明な判断も何もあるまい。

 しかし、それは……。

 他でもないオセオが、先日味わったものである。

 事の成否はともかく、やはりオセオの王は笑っていた。

 八種神宝を占有した国家がこのザマだ、人類を代表して戦った結果がこの始末だ。


「そうだな……貴殿らはそうだな」


 切り札がなんだ、神の戦士がなんだ。

 結局、国中の橋や関所を爆破された、自分たちと何も変わらないではないか。

 額面通りに最強であったとしても、戦えばこうなってしまうのだ。


 いっそ、お互い愚かなままにぶつかり合って、共倒れというのも悪くはないのかもしれない。

 少なくとも、多少なり主導権はこちらにあるのだから。


「……では私も、彼らが賢明であることを望もう」


 しかし、ここで散った竜を想う。

 ここで散った、まだ残っている自分の国の将兵を想う。

 その家族を想う。

 暗い感情に嘘はないが、それにゆだねるほどの熱はない。


「この国が滅ぶことよりも、我が国とその友が、()が繁栄することの方が優先されるに決まっている」

斬術、瀟湘夜雨(しょうしょうやう)金剛(こんごう)無骨(むこつ) 刀身が通過した部分を選択して切断する。

奪衣術、漁村夕照(ぎょそんせきしょう)天衣無縫(てんいむほう) 刀身を通過させた物体を切れ目なく分解する。

思動術、洞庭秋月(どうていしゅうげつ)融通無碍(ゆうづうむげ) 視界の及ぶ限り、瞬間移動できる。閉鎖空間への移動は無理。

直葬術、遠浦帰帆(えんぽきはん)九字(くじ)無道(むどう) なぞった空間に斬撃を設置し、そこを通過した物体を切断する。

開通術、平沙落雁(へいさらくがん)影迹無端(えいせきむたん) 空間を広げて、地面などに大穴を開けて敵を地下へ埋める。

波及術、江天暮雪(こうてんぼせつ)鴉雀無声(あじゃくむせい) 突いた一点を中心として、虚空の影響を拡散させていく。

回天術、山市晴嵐(さんしせいらん)憂来無方(ゆうらいむほう) 気配を感知できる範囲の地形を、切断したうえで移動させられる。星を斬る、というのはコレ。


絶招

抜刀術、煙寺晩鐘(えんじばんしょう)有耶無耶(うやむや)

使用者からすれば、過去へ遡る斬撃。敵にしてみれば、未来からの攻撃。

数秒しか遡れず、技の持続時間は数瞬しかない。要するに、一人斬るのがやっと。

山水の縮地と併せれば、まさに不可避の速攻である。

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