吉報
「ああ、待てサンスイ」
自分の妻と実子を連れて、とりあえず退出しようとする山水。
一応仕事を終えているうえに、妻が気絶しているという状態もあってそれは許されていた。
そんな彼へ、双右腕を受け取ったセルが声をかけていた。
「な、なんでしょうか」
「この双右腕、改良できるぞ。鞘へしまわなくても、効果を発揮できるようにできる」
「え」
鞘へ一々しまう、という無駄なギミックさえなければ双右腕は、強力な上に便利な兵器になるだろう。
しかし、それでも兵器であり使って楽しいものではない。
「ちょうどお前の右腕があるしな」
「……まさか」
「お前の右腕を直して、宝貝にする。そうすれば……」
「嫌です」
「……そういうな」
人の右腕を何だと思っているのだろうか。
特に必要性もないのに、切り落とされた腕を勝手に素材へしないでいただきたい。
「だいたい、人が作るものなど大抵生き物の死骸を素材にしているだろう。これもそうだと思え」
「あの……大天狗、恐れながら私が切り落とした腕を、宝貝の素材にしないでいただきたい」
「……いや、しかしだなあ」
「毛髪以外を素材とするのは、禁忌のはずです」
この場で、秘境の住人だけが知らないことである。
そう、双右腕そのものがまず禁式宝貝であるということを。
「大天狗殿……秘境の主として、節度ある行いをお願いします」
「ロイド、よく聞け」
「なんですか」
「技術の発展には、冒涜がつきものだ」
この世には、真実であっても言ってはいけないことがある。
特に権力者は、口にすることを許されない言葉がある。
確かに冒涜的な行為や発想が技術の発展にはつきものかもしれないが、小さい村とはいえ最高権力者がそれを率先して行うのは如何なものだろうか。
「サンスイ」
「はっ!」
「お前はブロワを連れて、一端休め。これは命令だ」
山水の主であるソペードの当主が助け舟を出した。
それに感謝しつつ頭を下げると、山水は軽くした妻を自分で抱え、同じく軽くした下の娘を上の娘に任せて退出した。
流石にそれへ口を挟まない程度には、大天狗も空気を読んだ。いや、このタイミングで呼び止めた時点で、大分空気を読んでいないのだろうか。
「……大天狗殿、貴殿のおかげでバトラブの次期当主が助かった。それには感謝しているが、だとしても我が部下を引き留めないでいただきたい。確かに長命者として後輩なのかもしれないが、妻子ある父親でもあるのだから」
「そうだったな、すまない。ついつい、な」
返却された最高傑作を担ぎながら、やはり素直に謝る大天狗。
謝るぐらいなら最初からやるなと言いたいが、禁忌を犯した武器のおかげでアルカナ王国が少なからず救われたことも事実なので、そこも微妙なところである。
そう言う意味でも、スイボクと近いものがあった。まあそうでもないと、一万年も生きられないだろうが。
「貴殿の宝貝にも感謝しているが……だとしても、余り無茶を言わないでいただきたい」
「……そうだな」
スイボクを相手にしたときの経験が生きている。
礼節を保ったうえで、語気を荒げずに正論を言えば、邪仙ではない長命者には通じるのだ。
そういう意味では、話が通じる相手である。意見は通るのだ。
「では俺はこれを直しに、いったん秘境へ帰る。秘境の入り口へ案内するので、誰か適当に一人つけてくれ」
「承知した。親衛隊を数名つけよう」
国王がそう言い出せば、アルカナ王国の人間は誰も口を挟まない。
その意図が読めるのだろう、あえて妨害するほどのこともない。
しかし、それは秘境の二人にはわからないことだった。
「よくわからないんだが、親衛隊と言えば精鋭だろう? 護衛ならロイドがいるし、適当なのを一人つけてくれればいいんだが」
「そうですよう、ロイド様はお強いですしい。私と一緒に数人迅鉄道の使い手も来てますしい」
セルもロースも、過分な好意を断っていた。
そう、祭我の治療をするために宝貝を持ってくる関係もあって、護衛には十分すぎる人数がいる。
それこそ、旧世界の怪物に襲われても問題が無いほどだ。
「いや、お付けさせていただく」
「私の跡取り息子を救っていただいた方を、そのままお返しするなどアルカナの恥です。どうか、ご同行をお許し願いたい」
国王に対して、バトラブの当主が助け舟を出した。
彼自身の言動はともかく、次期当主として申し分ない働きをした祭我を救ったのは、他でもない大天狗とその部下だ。
戦略的な価値をもち、戦略的な戦果を挙げた男を救ったのだ、それぐらいの礼は当然である。
「確かに、お世辞にも我が国に余裕はないが……だとしても、それだけ我らにとって、価値のあることをしてくださったのだ。受け取っていただけなければ、それこそ面目が丸つぶれなのです」
「再三の無礼をした上で、そこまで言われて……心苦しいが、押し問答も無粋だな」
「あ、それじゃあ私も帰りますう。また明日きますけど、それまで水以外飲ませちゃだめですよう。胃腸が特に負担を受けていたんでえ、断食してお休みさせるんでえす」
ロースも帰るつもりらしい。正直不安だが、止めても帰りそうな勢いである。
正直、埋められたままの祭我をみて思うところが無いわけではないが、多分大丈夫なのだろう。
引き留めるのも難しいので、見送ることにした。
「……それでは我らがお送りさせていただきます」
「帰りの道はお任せください」
「よろしければ、道中いろいろとお聞かせ願えないでしょうか?」
「な、なぜ私に……」
「ロイドさん、人気者ですねえ」
「スイボクの弟子の腕をちぎり取ったのだ、末代までの語り草だぞ。まあ俺の宝貝もあってだが」
ロイドにしてみれば、山水は伝説の仙人が育てた後継者。
大天狗が自慢するように、宝貝や蟠桃、人参果、巫女道などの支援が無ければ戦える相手ではなかった。
それに対して山水は木刀一本、対等に戦えたとは思っていたが、対等な条件とは程遠かった。
秘境の総力を結集して、ようやく互角。それがロイドの、山水への認識だった。
逆に言うと、里の総力を結集すれば互角であるし、更に上の仙人を二人も知っている。
無尽蔵の境地に達していたフウケイの強さはロイドも知っているし、そのフウケイを倒したというスイボクなど想像もできない相手である。
「確かに右腕を奪えたことは、私にとって栄誉でしたが……アレもサンスイ殿の掌の上。餌に食いついた魚のようなものです」
よって、伝説の仙人の弟子を相手に健闘できた、というのがロイドの認識である。実際、なにも間違っていない。
「いやいや……是非是非」
「迅鉄道なる術理も、お伺いしたい」
「よろしければ、酒をそちらへお持ちしましょう」
しかし、王家にとって山水は、尊敬の対象であり怨敵でもある。
王家の総力を結集しても到底及ばないとあきらめてしまうほどに、触れることもできない怪物だった。
直接の師であり真の意味で最強であるスイボク以外では、神の恩恵を受けた祭我でさえ手も足も出ない。
その山水の片腕を、神から恩恵を受けたわけでもない『普通の達人』が奪ったのだ。
山水が腕を餌にしなければならないほど、片腕を差し出さなければ勝てないほどに、ロイドは強い、あるいは相性が良かったのだ。
不敗神話を打ち破った、というと誇張だが、その辺り興味を示すのは当然だろう。
ぶっちゃけ、自分たちも山水に一矢報いたいのである。
「……この手の話は、数日前までずっと酒の席でしていたもので」
「まあ聞かせてやれ、俺にとっても自慢の結果だったんだからな」
こうして、世界最高(に頭がおかしい)宝貝職人一行はひとまず去っていった。
首まで埋められている、祭我を残して。
※
「色々と、悪いことをした」
ベッドで寝ているブロワ、その傍らで椅子に座っている山水、その膝の上にファン、そしてベッドの上に座っているレイン。
一家は、家族会議を行っていた。
「全くだぞ、サンスイ……本当に、この国難の時に何をしていたんだ、お前は……」
「楽しく決闘をして、腕を斬られたり石にされたりしました」
「……楽しい要素がないぞ」
「スイボク師匠以外に、剣の技で競り合える相手に巡り合えたんだぞ? 楽しいに決まってるじゃないか」
「めまいがする……」
ブロワを含めてアルカナ王国の面々が知る山水は、むしろ戦闘に対して消極的という印象があった。
それも間違いではないが、相手にもよるということだ。
ランのような生まれながらにただ強いだけの相手とか、祭我のように神から恩恵を受けただけの相手とか、初めて会った時になんの哲学も信念も持たない相手に対しては辛らつに振舞うことが多い。
無二の師であるスイボクがそうであるように、強くなるために、勝つために、鍛錬しつつも試行錯誤する強者をこそ山水は好む。
そうした相手が目の前に現れれば、たとえ弱くてもそれなりの対応をしてきたのである。
それが、自分に比肩する実力者なら、それこそ大歓迎である。
二人続けて出会えたのは、本当に嬉しかったのだ。
家族のことを、うっかり忘れてしまうほどに。
「すまん、三人のことを忘れて、剣士であることを楽しんでしまった」
「謝って済む問題じゃないよ!」
娘の意見、実にごもっともである。
心なしか、山水の膝の上に乗っているファンも機嫌が悪そうである。
如何に赤ん坊とはいえ、父親の体が石になっていたら、それなりに思うところはあるだろう。
「……はあ」
ため息を吐く、寝込んだブロワ。
憂う人妻なのだが色気などなく、ただ苦労の色だけが見えた。
「任務なら仕方がない。私もそれは覚悟しているし、ある意味諦められる。今回だって、お前が生きて帰ってきたのだから手傷だって気にならなかった。腕だって治せるし、石化だって治らなくてもいいと思っていた」
「……」
「だが、完全に私事で傷を負えば、話は別だ。童心を取り戻して、泥だらけになって帰ってくるのとはわけが違うんだぞ」
「すまん」
「反省してよね!」
一国を攻め落としてこいと命じられても、心配することもなく送り出せる夫であり父だった。
この世の何よりも、信じられる強さと技と、心を持っていた。
スイボクという星を知っても、その彼に及ばない姿を見ても、それでも信頼に傷はつかなかった。
「童心か……そうかもな」
ふと、感慨にふける。
ある意味健全なことに、同世代や年長者に囲まれた日々。
それは確かに、年上ぶることのない生活だった。
「ごめんな、はしゃぎ過ぎた」
「なんではしゃぐと腕をなくして、石になって帰ってくるんだ……もうお前とどこにも遊びに行けないぞ」
「最低だよ! パパ!」
「そうそう、お土産もあるんだ。葛餅と饅頭と漬物だぞ~~」
そう言って、腰に下げていた大きい包を出す。
だぞ~~と言っておいてなんだが、喜んでもらえるとは欠片も思えない。
「パパ! 何だか知らないけど、それで満足すると思ってるの?!」
「そうだぞ、サンスイ。何も誤魔化せていないぞ」
「そうは言うがな……これが無かったら、今頃この国を目指してのんびり歩いていたかもしれないんだ。それを思えば、これがあったから今俺はここにいるのかもしれんし」
そもそも山水は、師匠とその同門を材料にした刀を持ち運びたくなかった。
それはもう、徹底して断ろうとしていた。
にもかかわらず、これを持ち運ぶことにしたのは、このお土産を腐らせないためだった。
人生万事塞翁が馬である。
「それは何時の話だ」
「今朝の話だ」
「……その頃にはもう今の状態だったんだろう?」
「そうだな」
「……はぁ」
憂う人妻(略)。
「パパ! これ、お菓子だよね?! この流れでお菓子とかを渡されて、私たちが喜ぶと思うの?! どういう反応を期待して、今渡すの?!」
「……せっかく持ち帰ったのに、食べないのはもったいないと思って」
「もうちょっと、私たちが喜ぶお話はないの?!」
怒る娘(略)
わあ、素敵!
草で包まれてる!
可愛い!
という反応がないでもなかっただろう。父親が、五体満足で帰ってきたのなら、だが。
楽しかったよ~~と言って、私事で遊んで石になったり欠損している今では、火に油である。
もしもこれが『私たちを、この国を守るために、こんなになってまで戦ってくれたんだね!』だったら反応も違っただろう。
特に意味もなく人間と戦ってぼろぼろになって、その後にぼろぼろのまま竜を大量に駆逐したとか意味不明である。
「サンスイ……何かないか? 私としても、正直夫婦生活を見直したくなってきたんだが」
「すまん」
「お前……言ってくれたじゃないか。私の家族に、私を幸せにしてみせるって……」
「……あ」
それを聞いて、山水は思い出していた。
そう、二人が喜びそうな話を。
「あ、ってなに? パパ、なにか思い出したの?」
「私たちが喜ぶような話なんだろうな」
「ああ、勿論だ」
何だか立て込んでしまったが、よく考えれば一番最初に言わなければならないことがあったのだ。
「ブロワ、お前のお父さんとお兄さんを、ここに来る前に助けてきたぞ。領地は大変だったが、二人とも元気だった」
「……もっと早く言え」
「本当だよ、パパ」




