整理
「久しぶりだな、エリクサー。もう一万年も経ったなあ」
「うむ、久しぶりだな! お前が元気そうで我も嬉しいぞ!」
およそ一万年ぶりに再会したという、八種神宝とその最初の主。
見た目こそ幼い両者であるが、しかし実際には一万年以上の歳月を経た一種の神である。
「本当に……まだ生きてたんだ」
ノアの言葉は、それこそ八種神宝全員の心境だろう。
なにせ彼女たちはそれなりに人間というものを知っているし、長命者である仙人や天狗のことも知っている。
その上で言い切れるのだが、一万年も生きる長命者などあり得ない。
というか、三千年だってあり得ないほどだ。その三倍以上も生きているなど、生きる意志に溢れすぎているだろう。
「元気そうね、セル」
「お前が複製できないほどの物を作るまでは死ねないなあ、ウンガイキョウ」
けらけらと笑うセルに対して、その場の面々はスイボクと重ねざるを得なかったのだが……。
「セル! 昔話はいいから今の我が主を見て何も思わんのか?!」
「何の話だ、俺は病人がいることしか聞いてないし、そもそも病人を治すことなどできんぞ。今巫女道の使い手をサンスイが呼びに行っているから、それを待て。俺をスイボクと同じに考えるな、いつでも周囲の気配を感じているのはスイボクとその弟子ぐらいなもんだ」
あの化け物を基準に語るな、と言外に語るセル。
本来周囲の気配を感じる術は、瞑想などで集中している時に発動するものである。
それを常時発動できるのは、それこそ目的意識をもって鍛錬するほかなない。
部屋に入る前からすべてを察している、というのはそういう領域の話なのだ。
「まあどうにかしろというのなら、どうにかできんでもないぞ」
「本当か、セル」
「おう、エッケザックス。少しばかり前に医療用の宝貝を開発してなあ……」
うむうむ、とうなずく。
「筋肉と骨格と神経と臓器と脳髄を全部宝貝で代替する、というのなら俺でも『直せる』ぞ」
それを代替という人間はいないだろう。単語の使い方を明らかに間違えている。
交換しすぎて、何も残っていない。
むしろ、祭我に一切手を付けずその脇に宝貝の人形を置いているに等しいだろう。
改造人間どころか人造人間である。
「首から下だけ交換というけち臭いことは言わん、全部代替できる」
「わかった、我が悪かった。何もするな、専門家を待つ」
自分の技術力が怖い、と悦に浸っているセル。
もちろん、エリクサー以外の全員がセルの技術力に恐怖していた。
「それにしても、スイボクの次はその小僧っこか? スイボクは褒めていたが、にわかには信じがたいな。二千五百年前に初めて会った時から唖然とするほどの化け物だったが、奴が言うにはその当時のスイボクより強いとかなんとか」
「……まあ、な」
「スイボクの弟子が言うには、もうぶちのめしたらしいが……ん?」
その時、ようやくセルは祭我の気配を感じていた。
その身に宿る、あらゆる力を感知していた。
そして、興味を失っていた。
「ああ、神の気まぐれか。ばかばかしい、そんな奴に使われて楽しいのか?」
「お前はそう言うやつだったな……」
「当たり前だ。神から力を授かった程度の分際を、ありがたがる趣味はない」
そんな、山水が祭我に対して抱いていたような、冷ややかな感情を向ける。
「神がその気になれば、それこそこの星だろうが宇宙だろうが壊せる力だって授けられるんだろ? 神のさじ加減そのものなんぞ、ありがたがればそれこそキリがない」
「言いたいことはわかるがな……この主はなすべきことを成して、その上で倒れたのだ。そんな戦士への侮辱はよせ。如何にエリクサーを最初に託された男と言えども、今は世捨て人であろう。口を慎め」
「……違いない。すまなかった、その男の人格や行動を貶めるつもりはなかったが……そう聞こえたことは事実だろう。許してほしい」
口は悪いが、そこは一つの集落を守り続けた男。
自分の非は認め、頭を下げていた。
「代わりと言ってはなんだが……エリクサーとの縁もある。しばらくこの近くで『店』を開くんで、なんでも言ってくれ。難しい材料が必要ないものなら、格安で売らせてもらう。もちろん、無ければ作る」
「それはありがたいが……まずはこの国を守るために戦った戦士を救ってほしい。それが最優先だ」
先ほどの侮辱を聞いて怒りを抱いたバトラブ当主は、殺気を隠さずにそう告げていた。
罵声を浴びせるほど子供ではないが、ここで怒らなければ男ではない。
「安心しろ、わかっている。蟠桃の食い過ぎなら、鍼灸術と専用の宝貝があればすぐ治せる」
そうしていると、大慌てで山水が入ってきた。
数人の迅鉄道の使い手が大きい荷物を抱えていて、巫女道の使い手らしき女性も抱えられている。
「おお、来たか。ロース、そこに病人がいる、治して差し上げろ」
「はあい、お任せくださいねえ」
慌てて持ち込まれた大きい荷物が、どんどん置かれていく。
その中には、明らかに葬式で使うような木製の桶もあった。
もちろん、文化的な意味でアルカナ王国の面々は気にならないのだが、日本人たちは絵面として違和感を禁じえなかった。
「それじゃあ、下ごしらえ……じゃなかった、処置しますねえ」
寝かされている祭我の服を雑に脱がせていくと、そのまま治療用の鍼を打ちはじめた。
スイボクがやるように、戦闘レベルで複数個所に打つのは無理なので、普通に一本一本刺していく。
そうしているだけで、だんだん祭我の体温が下がり、顔色も良くなっていくようだった。
「うわあ」
その一方で、聞いていると不安になる言葉も飛び出していた。
みじかく「うわあ」と言っただけなのだが、本人の顔色もあって状況の深刻さが伝わってくる。
「大天狗~~」
「なんだ?」
「この人、寿命があと半年ぐらいですう」
とても、短く、致命的な言葉が出てきた。
「賢人の水銀が必要ですう」
「わかった。おい、ダヌア。賢人の水銀を出すから力を貸してくれ」
解決した。
「あが~~、ほいな」
頼まれたダヌアは、懐に手を突っ込んだ。
特別な力を付加するのではなく、あえて普通の状態で『賢人の水銀』が生み出される。
ガラスのコップになみなみと注がれた、神秘的な色合いの液体金属。
それをダヌアは、治療を続けるロースへ渡していた。
「……ん? 賢人の水銀のことを、この場の者は知っているのか。スイボクが話したのか?」
「ええ、そうです。俗人を若返らせる、神秘の薬だと聞いています」
「まあ、おおむね合っているな。厳密には違うのだが」
賢人の水銀に関して、二重の意味で嫌な思い出がある山水。
しかしそれを呑み込んで、諸悪の根源へ説明をしていた。
そう、ブロワの姉へ、俗人を若返らせる手段として説明をしていた。
ちょうどこの場の面々も、聞いていたはずである。
「あの、賢人の水銀って、飲み薬なんですか?」
「いや、飲むものではない。ああして……」
ロースは賢人の水銀を祭我の体に垂らした。
その上から鍼を刺して、体へ染み込ませていく。
赤く煮えていた体がゆっくりと白くなっていった。
どう見ても毒を投与しているようにしか見えないが、断じて死んでいるわけではない。
少なくとも、気配を察知している山水は、祭我の容態が良くなっていくのを感じていた。
「体の中の各部へ注いでいく、鍼灸の技が無ければ使えん。俗人がそのまま飲めば、それこそ死ぬ。アレを作る錬銀炉には、ちゃんと使い方を書いてあるのだぞ。絵も込みでな」
「ではなぜ、ダヌアで……確か食べたことがあるものしか複製できないのでは?」
「俺が作った薬だぞ? 軽く味見ぐらいはしている」
さらっとすごいことが明かされた。
なんだかわからないが、とにかくセルとダヌアがあれば、俗人も若返り放題らしい。
「そ、その……セル殿」
「なんだ?」
バトラブの当主は、恐る恐る確認を始めた。
ある意味当たり前なのだが、スイボクが初めて首脳陣の前に姿を現した時と同等の驚きである。
「我々はスイボク殿から、賢人の水銀の効果を『仙人でなくとも若返ることができる』と聞いていたのだが、違うのだろうか?」
「概ね間違いではない。しかしだ、仮にエッケザックスの主を若返らせた場合、それこそ幼児にしてしまうだろう」
なるほど、当然の理屈である。
山水は賢人の水銀の恩恵を受けた男を知っているが、本来の彼はかなり老齢だった。
老年期の男性が十年若返るのと、今の祭我が十年若返るのはまるで別の話だろう。
「若返る、というのなら金丹の術のように体格まで変わるものだ。そういうのは、それこそフサビスの領分だな。賢人の水銀は、結果として若く見えるようになるのだが、実際には寿命を延ばす効果があるだけだ」
「つまり……老人が青年になることはあっても、青年が児童になることはない……と?」
「それで合っているぞ」
なんだかよくわからないが、とにかく祭我は助かるらしい。
問題が猛スピードで解決しすぎて、なんとも言えない。
「これでいいですよう。それじゃあ埋めましょう」
フグの毒を抜くには埋める、という迷信がある。
この場合、迷信でも何でもないのだろう。
仙術で埋める、というのならそれなりに関連性があるし。
しかし、それは日本人の話である。普通に考えて、病人を埋めるというのは手遅れを意味していた。
大きい桶の中に、多少楽になったような祭我を体育座りの体勢で突っ込み、更に土を入れていく。
当たり前だが、首は出ている。さすがに仙人ではないので、そこまで埋めると窒息する。
「これでいいですよう」
「……あの、ご老体。本当によくなってます」
廟舞は傀儡拳で祭我の体調を確認し、それを自分の主に伝えていた。
確かに劇的に改善している。まだ健康とは程遠いが、そのうち完治すると思われる。
「よし、最優先なことは終わったぞ。他に何かあるか?」
「すみません、大天狗」
そう言って、山水は己の手に握っていた刀を渡していた。
「ん? 双右腕か。どうだった? 大活躍しただろう? 何せあいては竜だからな! 俺の剣が無ければ、それこそ……」
「お返しします」
「なぜ?!」
「使いにくいです、これならそこいらの木の棒の方がまだマシです」
さらっと、竜さえ殺す刀が返却されようとしていた。
それを見て『双右腕、スイボクとフウケイの骨を使った刀』『スゴイ、竜も殺せるんだ!』という前向きな情報しか聞いていなかったアルカナ王国の面々は驚いていた。
しかし、それこそスイボクも嫌がる、面倒な武器だった。返却は当然である。
「ううむ……やはり、鞘に戻さないと効果を発揮しないのがダメだったか……」
「わかっているんでしたら、なぜこんな仕様に」
「今回ほど連続使用するとは思ってなかったからなあ」
受け取ったセルは、しばしそれを観察した。
その上で……。
「おい」
目を見開いて、尋常ではないほど驚いていた。
「お前、何があった? 竜を切ったぐらいで、連続使用したぐらいで、こんなにガタガタになるわけがないだろう!?」
なにげなく竜のことをこき下ろしながら、大天狗は自分の傑作がくたびれていることに驚いていた。
「特に目釘が酷いことになってるぞ?!」
「目釘あるんですか?!」
「とにかく、何があった?! お前が呪われていることと、なにか関係があるのか?!」
説明を求められた山水は、しかしたじろぐ。
周囲の人間は確かにそのことも気になっていたのだが、祭我のことが優先だったので後回しにしていた。
しかし、考えてみれば山水が片腕を失っていたり、呪われて石になっているなど、明らかに普通ではない。
もっと言うと、黙っているのがおかしい。山水は黙るような男ではないのに。
「そのですね……」
山水は、他の誰でもなく『大天狗』にだけは言いたくなかった。
それこそ、何が起こっても不思議ではない。
「ゴクという仙人をご存知ですか?」
「ああ、勿論だ。一時俺が修業をつけてやった、大八州の宝貝職人だ」
「その彼の絶招である刀と打ち合いまして……激しくぶつけ合ったものですから、それが原因でしょう」
「ゴクの奴が、そこまでの刀を?! やっぱり天才だったか!」
自分が作った刀の性能を知っているセルは、かつて指導した相手の成長に驚いていた。
その一方で、ロイドも含めたこの場の面々は『山水が刀を打ち合った』ことに驚嘆していた。
それはつまり、相手が山水と同等の技量を持っていた、ということに他ならない。
「呪われたのは、それとは少し別の話です」
「そうか……」
興味が別のことに移ったことを察して、山水は最後だけ適当に誤魔化した。
双右腕と打ち合える刀、という点に関しては玉血に限らないので誤魔化せるが、流石に呪われたことまで宝貝のせいにはできない。
それを説明し始めれば、それこそ『他の術も再現できる』という可能性に至られてしまう。
それだけは、絶対に避けなければならない。絶対に、何があっても。
「……その、もしやとは思いますが」
言いにくそうに、ロイドが訪ねた。
今の山水は、フサビスが作った義手を失っている。
それはつまり、その戦いで義手を失ったことを意味していた。
「私が貴方に手傷を負わせたことが、苦戦の原因だったのでしょうか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。確かに貴方が私の右腕を落としたことが、勝負に何の影響も及ぼさなかった、というわけではありませんが……」
ソペードとバトラブ、アルカナ王家の人間たちは、全員がロイドを驚嘆の目で見ていた。
確かに山水は普通の達人と戦って手傷を負った、とは言っていたが、だとしても本人がいきなりやってくることになるとは思っていなかった。
「むしろ、結果として決め手になりましたよ」
「よくわかりませんが……途方もない使い手だったのですね」
「ええ、殺すのが惜しい最高の剣士でした……?!」
ある気配を感じた山水は、大慌てで縮地した。
あまりのことにファンを抱えたまま気絶したブロワを、残った左手で抱きかかえたのである。
「ぶ、ブロワ?! 大丈夫か?!」
「パパ、最低!」
「ああ、うん! やっぱりそうだな!」
ブロワが落としそうになったファンのこともフォローしつつ、山水は自分の娘に謝罪していた。
いささか、少年漫画の主人公に浸りすぎである。




