黄昏
現在、アルカナ王国の王城には、各家の最高権力者と切り札たち、その周辺の人間がそろっていた。
国家の存亡をかけた戦いを乗り切った、できる限りの成果を出した面々のまえで、白黒山水は平伏していた。
祭我は熱を出したまま寝かされており、彼の女たちはその体を冷やしていた。他の三人も、消耗を隠せずにいる。
そんな彼らの前で、山水は片腕がないままひれ伏していた。最大級の謝罪である。
「面をあげろ」
「上げる顔がございません」
もう少し早く帰ってきていれば、多少は話が違っていた。
自分の間抜けさを良く知っている山水は、平伏したまま動かなかった。
「これは命令だ」
国王にそう命じられれば、山水は顔を上げるしかない。
頬や額が石化している、その顔を全員に見せていた。
それだけで、ドゥーウェもその父兄も、ブロワもレインも、目を見開いて驚いていた。
いや、白黒山水という男に苦渋を飲まされてきた王家の面々も含めて、スイボクが認めた剣士が深く傷を負っていることに誰もが息をのんでいた。
彼がどれだけの戦いを繰り広げてきたのか、わかるというものである。
「……ショウゾウとノアから、各地で暴れていた竜を何者かが倒していた、という報告をうけている。アレは、お前か?」
「左様でございます」
そう言って、山水は鞘に納めたまま右腰の日本刀を抜いて、自分の前に横向きに置いた。
この国の人間は見たことがない、反りのある細い刀剣。
それを見て、それが如何なる力を持った武器なのか、誰もが興味と畏怖を示していた。
「おい、ウンガイキョウ?」
「ええ、わかるわ……とんでもないわね」
八種神宝の一つであるウンガイキョウは、その武器を一瞥しただけで把握していた。
それだけ特異で特別な武器である、ということだろう。
「……サンスイ、説明せよ」
とはいえ、本人の口から説明させるのが筋というものである。
ソペードの当主は、山水に説明を命じていた。
「はっ、これなるは世界最高の宝貝職人、秘境を収める大天狗、セルの作りし最上級大業物。禁式宝貝、双右腕でございます」
「禁式、とは穏やかではないな」
「はっ……この宝貝の鞘と刀は、どちらも人骨を使っておりますがゆえに」
「……人骨?」
ウンガイキョウを除く全員が、微妙に首をかしげていた。
確かに人骨を使っていれば、禁式と呼んでも当然であろう。
問題は、たかが人間の骨を使ったぐらいで、竜を完膚なきまでに殺せるか、ということである。
「刀に使われおりますは、我が師スイボクの骨。鞘に使われておりますは、その同門フウケイの骨でございます」
その部屋の空気を、痛いほどの沈黙が包んだ。
この国を脅かした、旧世界最強の生物、竜。
その竜を殺すために生み出された、八種神宝。
その宝が口をそろえて『竜よりも強い』と言い切る、二人の仙人。
その骨を使って生み出した武器、なるほど竜を超えているのだろう。
「師匠の供をして、秘境に赴いた時に授かった宝貝です」
「なるほど、それを以って竜を討ったか。よくぞ、この国難にそれをもって参じてくれたな」
山水がこの地へ帰ってくる前に、何をしていたのか知らない国王は素直に感謝の言葉を送った。
しかし、自分が何をしていたのか知っている山水は、その言葉を受け止められなかった。
「その国難に、この地にいなかった……恥じ入る想いです」
「お前が師の旅に付き合うことは、それこそこの場の誰もが知っていることだった。それをああだこうだと咎めるつもりはない」
竜を討てる武器を持ち帰ってきて、なんとか間に合ってくれた。
首脳陣からすれば、咎めることではない。少なくともこの地に残ったままの山水では、竜を討つことはできなかったであろうし。
「それにだ……雷切よ」
国王はあえて忌々しい呼び名で、彼のことを呼んでいた。
「それだけの手傷を負ってまで、旧世界の怪物と戦ってくれたお前を、誰が咎めるというのだ」
意思の聖杯エリクサー、それを所持する右京を除けば、手傷を負うことから遠いと思われていた童顔の剣聖。
その彼が、片腕を失いつつ体の一部を呪われながら戦っていた。それだけで、この戦いの激しさが伝わってくるというものだ。
「……その、恐縮ですが」
「なんだ」
「この傷は、今回の戦争とはまったく無関係なのです」
再び困惑の空気が、最高権力者たちと最高戦力のそろっている場所を満たしていた。
山水は嘘を言うような男ではないし、そもそもそんな嘘を言う意味が分からない。
「私は今朝、師匠の故郷である花札を出たところなのですが、その時にはもうこの姿でして」
その言葉を一番受け入れたくなかったのは、山水を慕うトオンや祭我をはじめとした生徒たちではなく、むしろ山水に惨敗した王家の側だろう。
「秘境セルで迅鉄道の使い手と戦い、片腕を失いました。そのあと花札、大八州で剣士と立ち合い体の幾割かを呪われてしまいまして……」
「……まさか、切り札たちと同じ、神から力を得た戦士だったのか?」
「いえ、普通の達人でした」
国王も、ステンドも、この場にいる近衛兵も、全員が開いた口がふさがらなかった。
鍛錬に鍛錬を重ねた『普通の達人』。その程度で、五百年間修行した男に勝てるわけがない。
普通ならそうだ、そのはずなのだ。
にもかかわらず、山水が
「サンスイ……まさか、とはおもうが」
「当主様……」
「お前、負けたのか?」
「いえ、辛くも勝利を収めました」
ドゥーウェの兄から質問された山水には、隠しても隠し切れない、充実した戦いへの満足感があった。
それを見て、ますます王家の面々はへこんでいる。おかしい、自分たちも必死に努力していたのに、と。
「……強敵でした」
ちなみに、山水は五年ほど前に統括隊長と戦った時には『戦いたくない相手でした』と漏らしている。
今の言葉には『できればもう一度戦いたいなあ』というニュアンスしか感じられなかった。
「はっはっは! そうへこむものではないぞ、王家の者たちよ! 秘境と大八州と言えば仙人の本場! 仙術に対する対策は万全であろうさ!」
そう言って、エリクサーは笑っていた。
それこそ、心底から嬉しそうに。
とはいえ、彼女の言うことはもっともである。
実際山水は、切り札たちの中ではもっとも隙が無いように見えて、数値的にはもっとも劣っている男である。
それこそ、才能が一切ないと言い切られるほどに。
「宝貝は仙術の再現、よって仙術を妨害することも可能であろう。であればサンスイが苦戦するのも無理はない」
うむうむ、と頷きつつ、山水が自分の前に置いた日本刀を眺める。
それこそ、とても愛おしそうに。
「それよりもだ、エッケザックスよ。言うべきことがあるのではないか?」
「そ、そうだった! サンスイ! スイボクは結局どうなったのだ? またこの国へ戻ってきていないのか?」
スイボクは世界最強の男ではあるが、その一方で万能でもある。
治療技術に関してもその道の専門家を超えるほどであり、よってスイボクがこの地に戻ってきているのなら祭我を治せるであろう。
一縷の望みをかけて、最強の神剣は叫んでいた。
「我が師スイボクは……大八州に残りました」
「そ、そうか……既にわかっているとは思うが、我が主は今回の戦いで蟠桃を乱用し、その結果命の危機に瀕しているのじゃ。錬丹法に精通した仙人の治療を必要としておる」
「……大八州に一人、医療の専門家がいますが……ここからは遠いですね。俺はこの双右腕の機能でここへ来れましたが……流石にそこまで無茶が効くわけでは」
諦念が、全体を覆っていた。
祭我は職務を全うした、その上で命を終えようとしている。
それはとても素晴らしいことだ、決して誰も彼を責めないだろう。
「ただ……俺もよくわからないのですが、なぜか大天狗セルがこの王都に入っています」
「は?!」
大いに驚いているのは、八種神宝の内エリクサー以外の全員だった。
それこそ、この上なく露骨に驚いている。
「なあエリクサー、なんでみんなここまで驚いてるんだ? スイボクさんみたいに、知り合いなのか?」
「知り合いも何も、セルは最初に我を使った男だぞ」
その言葉を聞いて、全員が硬直していた。
どうにも、天狗とは仙人と同じように長命なようだが、だとしても一万年以上生きていることになる。
それは仙人に関して深く知っているこの場の面々にとって、とんでもない話だった。
「懐かしい、長命者でありながら強い意志の持ち主であった」
「確かにお前を使うには『何が何でも生きてやるという強い意志』が必要だったが……限度があるんじゃないか?」
「そんなことは後でいい! その大天狗とやらなら、私の息子を救えるのかね?!」
バトラブの現当主が絶叫していた。
祭我の奮戦は彼も聞いているところだ、助けられないのならまだしも、助けられるのなら助けたい。
「それは、なんとも……」
「とにかく、このまま放置するよりはいいだろう。その大天狗は、今どこに?」
「その……護衛の人とと一緒に、テンペラの里の人と話してます」
※
激戦を終えた兵士たちが運び込まれている、あわただしい王都。
その中で休んでいるテンペラ十拳の面々に出くわした二人は、話し込んでいた。
「ほう、テンペラの里の動輪拳か」
「秘境の迅鉄道か……」
同じ気血を宿す者同士、出会っただけでいろいろと話し込み始めてしまった。
「先日話に聞いていたが、本当に猛威で格闘をするとは……」
「こちらからすれば、よくもそれだけ牙血を消費する戦いをできるものだ、と思うがな」
「そこは多くの支援を受けているからだな。なぜ助威を宿すものがいるのに、支援を受けないのか……」
護衛そっちのけで、普通に椅子に座って話こんでいた。
その一方で大天狗セルは、素手で旧世界の怪物と戦ったテンペラ十拳と話し込んでいた。
「なるほどなあ、やっぱり取っ組み合うのはしんどかったと」
「けっこう自信あったんだがなあ……」
「俺たち嵐風拳と同じ気血を宿してるデカいイノシシを相手にしたときは、二人がかりでやっとだったなあ」
「いったん動きを止めてから、ぶん投げて転ばせて、燃やして終いだぜ」
「なるほどなあ、基本的なところは昔と同じか……」
天狗だよ、と名乗ったら意外と理解してくれたテンペラ十拳は、大天狗と話し込んでいた。
お互い俗世と隔離された世界の住人なので、いろいろと思うところがあるらしい。
「なんかほしい物とかあるか? こういうのがあったら便利だなあって」
「手袋がなあ……もうちょっと頑丈なのが欲しかった」
「それならすぐ作れるぞ、手を見せてみろ」
「お、おおお……」
「何を材料にするか……希望があれば言うことだな、なんでもかなえてやるぞ」
何分、大天狗を含めて仙人は、急ぐ理由がないときはとことん急がない。
現在二人は急ぐ理由が全くなかったので、それこそ初めての街で興味をひかれるままに動いていた。
「そうだなあ……見本とかあるか?」
「もちろんあるぞ、これが草で編んだ手袋で、これは石をやわらかくして作った手袋で、これは大きい葉をくっつけた手袋だ」
「……どうやって?!」
「我が修験道の極みだな、詳しく聞きたいなら話すぞ」
「いや、いいや」
ゆっくりと日が沈んでいく、長い一日を終えていくアルカナ王国。
その王都の中で、テンペラ十拳と秘境の住人は語り合っていた。
「実は……うちの息子の嫁が欲しいんだが……」
「奇遇だな、俺も嫁が欲しくてなあ……逆ならよかったんだが」
「これだけ広いんだし、猛威を宿す年頃の女性がいると思うが……来てくれるだろうか?」
「ウチも裕福とはいいがたいしなあ」
政治的な決着云々はわからないとしても、とにかく今は貴重な余暇を楽しむ。
この王都に集った多くの兵士同様に、テンペラ十拳もゆったりとした贅沢を味わっていた。
「あの、すみません。お二人とも、こちらへ来ていただけないでしょうか?」
比較的急いだ顔の山水が二人の前に現れたのは、それから少し後の話である。
「お前、義手はともかく呪われてるぞ?! 何があった?!」
「サンスイ殿?! 貴方ほどの男がそんな手傷を負うとは?!」
いたってまともなことを気にする二人。
スイボクの弟子であり実際に実力を証明した山水が、十日かそこらしか経過していないのに義手を失って石だらけになっていれば驚くだろう。
しかし、そんなことを説明している場合ではない。
「あ、いや、その……その話はあとにしましょう。とにかく、ケガ人というか、病人がいまして。大天狗に見ていただきたいのです」
というか、説明したくなかった。
仮に説明した場合、彼の心に余計な火が点きそうである。
「そうは言うがな……俺は医療宝貝を作るのは得意だが、診察や治療ができるわけじゃないぞ」
「そ、そうですか?」
「ロースを呼んで来い。あっちの方に秘境への入り口を開けておいたから、そこから引っ張ってこい。俺とロイドは、そっちへ先にいっているからな」
「わかりました……では、できるだけ大急ぎで城へ向かってください。すぐに通してもらえると思いますので」
とてもではないが、あわてている、という風ではないゆったりとした動きで大天狗は歩き出していた。
正直もどかしいが、怒鳴っても仕方がないので、山水は秘境を探りながら外へ向かった。




