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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
竜を断つ狂気の刃
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死神

 神が認めた、世界最強の男スイボク。

 彼はありとあらゆる戦いに勝利してきた、その中には国家や軍隊さえ含まれている。

 実戦の極みさえ越えた、災害の一種ともいえる強さ。

 しかしスイボクは、それを良しとしなかった。


 彼の理想は、あくまでも山水にある。

 山水が軍隊をねじ伏せ国家を陥落させるだけの実力を持っていたとしても、それは理念から言えば余技である。

 それが社会的に評価されるとしても、スイボクはそんなことに価値を見出さない。


 なぜならそれは、面白くないからだ。

 やって楽しくもないことに、悠久の時間を費やすことはない。

 必要に迫られればその限りではないが、自分から積極的に多数と戦うことはない。


 そう、必要だった。

 今まさに、スイボクから教えを受けた山水と祭我は、何一つ面白い要素が無い戦いに身を投じていた。


「天衣無縫、融通無碍!」


 かなり略して技を使う。竜三体をバラバラにした山水は、何度か目になる上空への移動を行っていた。

 双右腕は刀である『水墨』へ、鞘である『風景』が無尽の仙気を補充することで賄っている。

 つまりこの刀を使うだけなら、山水は一切疲労することはない。


「……よし」


 しかし、その一方で、精神的に疲れていた。

 刃こぼれしていようと錆びていようと、木刀でも布を巻いた棒でも、普通の剣として使いこなせる山水。

 弘法筆を選ばずを地で行く彼だが、だからこそ双右腕を使うのが苦痛でしょうがなかった。


 刀の形をしているだけで、双右腕は刀でも何でもなかった。

 少なくとも、今この場では刀として落第だった。

 しかしそれでも、使いにくいというだけで、世界最高の宝貝職人が作り上げた最強の武器である。

 竜を苦も無く切り裂き、あっという間に絶命させていた。


 その結果もあって、アルカナ王国にいる竜はほぼ駆逐されていた。

 上空から俯瞰していた山水は、残っている竜が他の切り札たちと交戦していることを確認できた。

 

 祭我の方はほぼ掃討が済んでいるし、他を駆逐した正蔵が救援として到着した。

 この二人がそろっている以上、もう問題はないだろう。

 右京と春が同じく竜の集団と戦っているのだが、パンドラがある以上救援に向かうのは自殺以外の何物でもない。


「融通無碍!」


 ようやく、ようやく、山水は既に旧世界の軍勢に襲われていた『ウィン家』の領地へ移動できた。

 最初からそこが襲われていることは把握できていたのだが、心情的にはともかく優先順位が低かったため後回しにしていた。


 もしかしたら、そこにブロワやレイン、ファンがいるかもしれない。

 それどころか、ドゥーウェやトオン、現当主がいても不思議ではない。


 それでも、竜を優先して討っていた。

 それが戦士として間違いだとは思っていないが、心情的には賞賛できないとわかっている。

 山水にできることは『すべてを放り出して家族がいるであろう場所へ向かう』ことではなく『優先順位の高い標的をすべて排除してから、憂いなく助けに行くこと』だけだった。


 いっそ、バカになって突っ込めばよかったのかもしれない。

 山水は最初から今回の戦争に組み込まれていなかったし、命令をされていたわけでもないのだから、ある程度自由に動いても言い訳はできた。

 しかし、山水はそれをせずに、正当であろう方針を貫いた。


 それができたのは、双右腕があったからであろう。

 だからこそ、文句を言いながらも双右腕を使い続けていたのだ。


「……いないが、いる」


 旧世界の怪物や、オセオの兵士たちに襲撃されているウィン家の領地。

 既に大勢は決しており、ウィン家の兵士たちは既に多くが倒れていた。

 組織的な抵抗はできずに、怪物たちに包囲されてなぶり殺しにされている。

 そんな中で、ブロワの父と兄の気配を感じ取れた。まだ生きていて、かろうじて護衛達に守られている。


 あいにくと、死体に関しては気配探知ができない。

 仮にブロワとレイン、ファンがこの地にいて、既に死んでいた場合。

 山水は、その気配探知能力をもってしても、どこに『ある』のかわからない。

 もちろん竜の炎に焼かれて、何も残っていない可能性もある。


 しかし、悪魔の不在証明をしている場合ではない。

 山水はようやく妻の実家を救う行動を開始しする。

 双右腕を鞘に納めたまま、山水は左の腰にさしている石の脇差『莫邪』を抜いていた。


「考えてみれば」


 本職の宝貝職人が作った、刀の宝貝。

 流石にセルの物ほどではないが、確かな技術のある業物だった。


「これを使うのは初めてだな」


 己の師であるスイボクが、己の生徒たちに渡した武器。

 出来こそ違うが、本質的には同じものだ。


「……重身功」


 上空から落下をはじめ、しかし音もなく着地する。

 そこはまさに、旧世界の怪物たちがウィン家の残兵を追い詰めている場所だった。

 既に恐怖で体をこわばらせていた、生存を絶望視していた兵士たち。

 背後から襲い掛かることもできる状況で、山水はあえて彼らの前に立った。


「え?」


 片腕の無い、粗末な格好の男。

 両の腰に四本も刀を差しているくせに、防具を一切身に着けていない男。

 そんな彼が、旧世界の怪物たちを前にして、彼らを護るように刀を抜いていた。


【な……】

【まさか、話に聞いていた、人間の長命者か?!】

「ま、間違いない! こいつ、こいつは!」

「オセオを襲撃した、あの死神だ! 礼装の死神だ!」


 八つの神宝をすべて保有しているアルカナ王国で、唯一一切神宝を持たずして同列に語られている男。

 剣術に長じた、人間の長命者。アルカナ王国最強の剣士、白黒山水。


 その彼が、この地に現れた。

 その事実を、敵味方が同時に理解する。


「やった……ブロワお嬢様の、旦那様だ!」

「童顔の剣聖だ!」

「我らソペードの切り札、アルカナ王国最強の剣士だ!」


 場に出されれば、勝利が確定するという五人の切り札。

 そのうちの一人が、自分の妻の実家へ現れた。

 それを誰もが当然だと認識する。


 それと同時に、山水が無傷ではないこともわかっていた。

 顔の一部が石化しており、腕を失っている。

 その事実を見て、旧世界の怪物たちとオセオ兵はなんとか奮い立つ。


【憶するな、相手は既に手負いだ!】

【相手が樹精を宿すとは言え、既に呪われている!】

【長命と言えども、無敵ではない!】

「そうだ、不死身ではない!」

「殺せる、殺せるぞ!」

「諦めるな! 今こそ復讐の時だ!」


 それを待ったうえで、山水はゆったりと前に進む。

 今までの様に、雑に殺すことはできない。相手は既に都市へ侵入しているので、せっかく生き残っている味方を巻き込んでしまう。

 場合によっては、その非情な手段に訴えなければならないこともある。

 しかし、その必要はない。少なくとも山水とスイボクだけは、その必要が一切ない。


【出でよ!】

【囲み殺せ!】


 二足牛たちが己の分身を大量に生み出す。

 人間の分身ならあっさりと消えるが、人間の四倍を優に超える体重を持つ牛たちの分身は、非力な山水では消すことが難しい。

 それが『真影の舞』とは違って、隊列を組んで襲い掛かってくる。

 縦にも横にも幅のある隊列を前に、山水は加速して走り出した。


「気功剣法、十文字」


 間合いの狭い、石でできた脇差。

 それが山水の気血に覆われ、ある仙術を内包した。


 そして、そのまま最前列の分身、その首を叩く。

 如何に凄腕の職人が作ったとはいえ、気功剣と石剣の組み合わせでは、原理として猛獣を切ることができない。

 実際、猛獣の分厚い毛皮に当たって、肉に食い込むことさえなかった。


 しかし、分身は即座に姿を消した。

 最前列の分身が消えると、そのまま次の分身へ切り込む。

 やはり、首を叩かれただけで、そのまま消えていく。



「外功法」



 消える寸前、牛の分身たちに何が起きたのか。

 首を叩かれただけで、何がどうして消えるほどの致命傷を負うのか。



「崩城」



 叩かれた首へ、仙気が注がれる。

 それは首の骨、頸椎へ注がれる。

 そして、その頸椎(・・)が『脱臼』していた。


 如何に猛獣であろうと、脊椎動物であることに変わりはない。

 重要な神経が存在する首の骨がズレれば、それは致命傷になる。

 正確に仙術を急所へ注げる山水とスイボクしかできない、再生能力を持たない生物へは首の切断に等しい『必殺技』だった。


【な?!】

【馬鹿な?!】


 分身の列を真っ向から打ち破りながら、本体たちの前に現れる山水。

 その無茶苦茶さに牛たちの誰もが息をのみ、しかし手に持った武器で迎撃しようとする。


【な、なんのぉお!】

【死ねぇ!】


 巨体相応の、巨大な武器を振りかぶる。

 その瞬間を狙って、山水は懐へ飛び込んだ。


「水墨流仙術。縮地法、不止」


 わざわざ普通に切り込んで、わざわざ普通に突破したうえで、本体が迎撃の構えを見せたところで機先を制する。

 左手一本でも剣は振れる、触れるだけでいいのなら利き腕である必要もない。

 分身同様に首を叩かれた牛の本体は、分身同様に首の骨を外されていた。

 分身と違うのは、消えることなく地面へ転がるということだけだろう。


【き、消えた……?!】

【いや、移動術だ!】


 そして、山水が突如消えたことに、隊列を組んでいる他の牛たちは対応が遅れる。

 その遅れが、まさに致命的だった。山水は横列を組んでいる牛たちを片っ端から絶命させていく。


「ひ、ひぃいいい!」

「そんな、バケモノでも歯が立たないのか?!」


【うろたえるな!】

【相手はあくまでもただの人間だ!】

【樹精を宿しているだけ……落ち着いて対処するのだ!】


 黒妖精と白妖精、犀たちが壁となる。

 人間でいうところの迅鉄道、法術、四器拳による硬い防御壁。

 それはまさに、絶対の防御壁にも見えた。


【いったん、陣形を整えろ!】

【回避できない、広範囲の術を準備するのだ!】

【魚ども、お前たちも準備しろ!】

【麻痺させれば、話は早い!】


 もとより、地面に足を付けて立っている人間だ。

 仙人だと聞いていても、実際には片腕を失っている戦士だ。

 傷を負っているのだから、倒せない道理はない。

 まず速攻を防ぐ準備をしていた。

 集団戦法としては、とても正しいと言えるだろう。


 問題は、その正しい集団戦法を打ち破ることなど、スイボクが認めた山水にはあくびが出るほど簡単ということだ。

 彼らの正しい判断は、結局相手が悪すぎるというだけで打ち破られる。



「外功法、投山」



 地面に転がっている、牛の死体。それを蹴り飛ばす。

 軽くなって浮かび上がり、そのまま陣形の真上へ飛んで、壁の真上で垂直に落下した。


【ぬぐぅあああ?!】

【牛が、牛の死体が降ってきたぞ?!】


 真上からの攻撃を警戒していなかったわけではないが、だとしてもいきなり仲間が降ってくれば対処は遅れる。

 まして、それがただでさえ巨大な牛で、重量を増して落下してくれば真下にいる者は潰されるしかない。

 そして、それは鉄壁の守りに穴が空くことを意味していた。

 

「縮地」


 山水は、なんでもなさそうにその穴へ身を投じる。

 陣形を整えようとして、あわただしく動いていた軍勢の中へ侵入していた。


【ひゃ】


 多彩な怪物と、人間の入り混じる混成軍。

 そのなかで、山水の脇差は十分に振れる。

 酔血を宿す魚を優先して、山水はその首を切り裂き始めていた。

 相手が屈強な猛獣ではないのなら、名刀は急所をたやすく切り裂く。


「む、無理だ! 駄目だ! 逃げるしかない!」

「死神だ……こいつは人間じゃない!」


【怯むな! 相手が長命者だとしても、人間ではないわけではない!】

【命は捨ててここにいるはずだ!】


「……畜生! やってやる!」

「ええい! せめて一太刀!」


 友軍に叱咤され、改めて山水へオセオの兵士たちも襲い掛かる。

 しかし、集団で包囲しているはずが、余りにも密集しすぎて規模の大きい術を使うことができなかった。


「縮地法、牽牛」

【ぎゃあ?!】


 仮に規模の大きい術を使うとしても、どこからどう狙っても、山水は巨大な猛獣を引き寄せて壁にするか盾にする。

 それはまさに、人間相手にしているように、集団をひたすら処理しているだけだった。

 如何に屈強であろうとも、自分が片腕であっても、まったく問題になることはない。



「すげえ……」



 絶望的な状況は、一瞬で覆っていた。

 あっという間に敵軍を地面へ寝かせていた山水は、その武勇を義父に従う兵士たちへ示していた。


 士気は高かったが、しかし連携が十分ではなかった。

 やはり一々鞘に納めずに済むのはいい、これが刀というものだ。

 山水の心中は、その程度である。


「あ、あの、サンスイ様!」

「ありがとうございます!」


「礼は後で、まだ敵が残っている」


 現れた時と同様に、山水は音もなく消えていた。

 そして、また別の場所で歓声が上がっていく。

 気が抜けてへたり込む兵士たちは、自分たちだけではなくこの領地全体が救われたことに安堵を示していた。

次元とは方向である。

この方向から斬られれば、何人も無力。


抜かずして首を落とす、抜刀を超えた抜刀。


大天狗流修験道、抜刀術、絶招(・・)

瀟湘八景(しょうしょうはっけい)煙寺晩鐘(えんじばんしょう)


有耶無耶(うやむや)


双右腕、その【絶招】が現れる。

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