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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
竜を断つ狂気の刃
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忍耐

 国中から立ち上る、犠牲者たちの血潮。

 それに包まれるように戦う切り札たち、その中で血の包囲が薄かったのは、当然祭我だった。


 低空で迫る竜が三頭。

 祭我の攻撃をかいくぐるべく、体当たりで都市へ攻撃しようとしている。

 確かに炎のブレスには数段劣るものの、羽化した竜が突撃すれば城壁など障子紙。

 まして、頭でも突っ込めば炎のブレスを見舞うこともできる。

 場合によっては、その可能性もあるだろう。


「聖力、法術! 猛威、迅鉄道! 魔力、火属性魔法! 影気、影降し!」


 祭我は他の竜たちから炎の攻撃を受けていた。

 当然、回避すれば街に命中する攻撃である。

 それに対して、祭我は火の魔法で相殺しつつ、迅鉄道の実綸で勢いを削ぎ、法術の壁で防いでいた。

 竜と戦う状況では、エッケザックスの増幅力も増している。

 三重の防御を分身によって多面展開させ、受けることはできていた。

 

「弾血、鮫噛拳! 悪血、銀鬼拳! 強血、嵐風拳! 影気、影降し! 王気、神降し!」


 その上で、残った分身を攻撃に転じさせる。

 巨大な銀色の狼が、大地へ沈んでいく。

 まるで大海原へ飛び込んだような、そんな静寂が一瞬だけよぎる。

 しかし、その直後に銀色の(おおかみ)が大地から発射された。


「食いちぎれ!」


 三頭の狼は、低空を飛行する竜よりもさらに俊敏に、流星と見まごう勢いで首へ噛みついていた。

 如何に鯨よりも巨大な竜と言えども、象より巨大な狼が首に食らいつけば、それこそ致命傷には十分だった。


 鱗を貫き、肉を引き裂き、喉を潰し、骨を砕く。

 それは竜の長い首をちぎる行為以外の何物でもなかった。


 竜の生命力は強いが、首をちぎられてしまえば即死を免れない。

 高速で低空飛行していた竜は、首から上と首から下に分かれて、地面を転がりながら失速し、バトラブの城壁にぶつかって停止した。

 少々揺れることにはなったが、城壁は健在である。むしろ、壁の外側にいた旧世界の軍勢が、その死体に潰されていった。


「もっと、もっとだ!」


 三頭の狼は、そのまま地面へ着水する。

 そして、再び圧倒的な速度を得ながら、予兆なく地面から発射されていった。

 それは祭我へ炎を吐いていた竜たちへ噛みついていき、その命を絶っていく。

 今までと違って、使い捨てでは終わらない。

 一頭ずつが、速やかに命を奪って他へ襲い掛かっていく。

 それはまさに、怪物と怪物の衝突だった。


「操血、傀儡拳! 幻血、霧影拳!」


 その派手な絵図の一方で、祭我は自分の姿を隠しながらバトラブの都市へ戻っていく。

 分身たちへは傀儡拳によって接続し、視界を共有することで何とかしている。


 そう、何とかしている。

 祭我は、手持ちの蟠桃を使い切っていた。その補充の為に、自ら戻っているのだった。


「サイガ様! これをどうぞ!」

「サイガ、準備できてるわよ!」


 ダヌアによって大量に増やされた蟠桃が、一際大きい屋敷の庭に準備されている。

 カバンに入れているものもあるし、今食べるために机へ置いているものもある。少なくとも、百や二百ではない。

 その場に待っていたのは、ハピネとツガーだった。

 その顔を、予知ではなく自分の目で見ると、祭我は気を抜くことができていた。


「ああ、ありがとう! すぐもう一度飛ぶ!」


 空になった、蟠桃を入れていたカバンを捨てる。その上で、大急ぎで蟠桃をむさぼり始め、更にカバンを背負い直していた。

 あわただしく、そのまま再度飛行する。それはまさに、ただの給油というほかなかった。



 さて、今更だが。

 今の祭我は、事前にイメージトレーニングを済ませている。

 この場合のイメージトレーニングとは、まさに自分の心中であろう。


 五百頭の竜を、四人で殺しつくす。

 しかも、自分は特に狙われる。誰も助けることができない。

 そんな状況に至って、自分はどんな心境になるか?


 新しく追加された術を、既に覚えている術と組み合わせて、竜を殺す術に仕上げる。

 あるいは、竜の炎から都市を護るために術を組み合わせる。

 エッケザックスを、有効に使うために戦術を組み立てる。

 効率的な栄養補給、効率的な蟠桃の補充法を組み立てる。

 

 それらはもちろん重要なのだが、自分の心理の方を祭我は問題視していた。

 なにせ、自分は百以上殺さねばならない。長時間、全力で戦い続ける。

 しかも、継続して。自分を殺せるであろう、最強の生物を相手に。


 祭我はその状況を想像して、辟易した。

 そして、実際に辟易している。


 つまりは、なんでこんなしんどいことをしなければならないのだろうか。

 辛く、苦しく、大変で、過酷だった。


 もちろん、見方を変えれば自分が想像した通りの状況である。

 まさに、自分は英雄だろう。生き残れれば、きっと誰もが賞賛するに違いない。

 もちろん、死んでも不思議はないのだが。


 今、祭我はかつて描いた状況の主人公だった。


 まず、神からありとあらゆる魔法を操る力を授かった。

 その上で、ほとんどすべての魔法を習得した。

 神が生み出した、最強の武器を手に入れた。

 更に、ステータス強化機能を持ったMP回復アイテムも大量に持っている。


『きゃああ! 竜よ、竜だわ!』

『一万年前、旧世界で人間を滅ぼした怪物だわ!』

『人間がどうあがいても勝てない、一頭で世界を焼き尽くせるほどのバケモノだわ!』


『ドラゴン・スレイヤー!』


『きゃ~~! すごいわ、流石サイガだわ!』

『神からありとあらゆる気血を授かっているうえに、神が生み出した最強の神剣の主だもの! これぐらい当然ね!』

『いやあ、君がいてくれたおかげで救われたよ!』


 とかまあ、そんな状況であると言っていい。祭我は誇張抜きで、竜を簡単に殺せるだけの強さを手に入れている。他に殺せるのは、この国では三人だけだろう。

 なるほど、なんともテンプレートである。少なくとも数値的には。


 相手が馬鹿で間抜けで、祭我にとって都合よく殺されるだけの存在なら、それこそ妄想通りに気分よく殺せただろう。

 とはいえ、竜は決して馬鹿でも間抜けでも、祭我に都合よく殺されるための存在でもない。

 彼らは『数値的』には、『相性的』には、祭我にあっさり殺される存在である。しかし、それでも当然の戦術と覚悟によって、祭我を圧倒していた。

 殺しているのは祭我でも、削られていると言えた。


 三頭で行動する、都市を狙いながら火を吐く、祭我の攻撃を学習して対処する。

 予算の少ないアニメのキャラではないがゆえに、俊敏に動いて的を絞らせないようにしている。


 祭我は、そんな状況を想像して、実際にそうなって、ものすごく嫌になっていた。

 はっきり言って、望んだ状況ではない。

 自分は竜を簡単に殺せるだけの力を持っているし、実際に竜は攻めてきたし、自分は頼られている。

 しかし、本当は別に竜を殺したかったわけではない。


 他の人がどんなに頑張ってもできないことを、涼し気に、簡単に、あっさりとこなして『大したことしてないよ~~』と言いたかっただけだ。

 つらく、苦しい、命の危機に瀕する戦いをしたかったわけではない。

 楽々と、という点が重要だったのだ。楽しい、嬉しい、名誉ある、さくさくと。

 そういう要素こそが、一番大事だった。



「まったく……クソガキだ」


 今まさに、そういう状況である。

 自分を侮ったり、過小評価したり、怒りに任せて短気に攻めてきたりしていない。

 最強の生物は、自分を全力で攻略しようとしている。

 まったく、冗談ではない。


「いやあ、いやな男だ。こんなやつが主人公だったら、ネットで叩かれてるな」


 エッケザックスは無言だった。

 精神的に追い詰められている祭我は、戦いながら愚痴っていた。

 それがガス抜きだと、エッケザックスはわかっていた。


「俺だったら、読むのをやめるな。そんな奴が活躍する話なんて、苛々するだけだ」


 それは、弱さだった。

 今も竜に囲まれて、戦い続けている祭我。

 彼の中にある卑しさ、相手が馬鹿で間抜けで自分にとって都合のいい敵であって欲しい、という感情は弱さであり醜さだった。

 それを、祭我は認めていた。


 嫌な仕事だった。やりたくない仕事だった。

 もしもこれを継続してやることになったら、それこそバトラブに辞表を出すところだ。

 それでも、仕事だった。


「そんな俺は格好悪いとは思うけど……!」


 逃げてはいけない仕事だった。

 嫌だからと言って、祭我は仕事を投げ出さなかった。

 この仕事がどれだけの意味を持ち、放棄することがどれだけの人に迷惑をかけるのか知っているのだから。

 

「嫌な仕事を頑張れる俺は、格好いいと思う!」


 嫌な仕事を、みんなの為に頑張る。

 自分がなりたかった主人公ではないが、憧れられるに足る英雄だった。


「俺はもう!」


 剣を振るう。


「楽になりたいとか!」


 魔法を使う。


「自分にとって都合のいい答えを求めていない!」


 薬を使う。


「俺はバトラブの切り札! 瑞祭我だ!」


 啖呵を切る。


「バトラブは武門の名家、その跡取りとして!」


 やりたいことをやるのではなく、なさなければならないことをなす。


 狭い視野で物をみれば、嫌なことを押し付けられてやらされているだけだ。

 別に逃げ出しても、祭我は死なないだろう。エッケザックスが無くても、周りの『オンナ』を捨てても、とりあえず幸せにはなれるだろう。


 だが、広い視野で見れば。

 バトラブの切り札として厚遇されてきた祭我が、ようやくバトラブに貢献できるというだけなのだ。

 バトラブの善良な市民が、毎日やりたくもない労働をして、納めたくもない税金を払って、その金でのうのうと楽に過ごしてきたのが祭我なのだ。


 右京や春、山水とは違う。

 そんなにいい暮らしをしていない、大きく貢献した正蔵とも違う。

 厚遇を受けながら、負担を強いながら、しかしバトラブに祭我が貢献したことはない。

 今この時、ようやく投資は意味を持ったのだ。


「俺は……テンプレかもしれないし、ありがちかもしれない!」


 祭我は報いなければならない。

 ハピネや現当主だけではなく、バトラブの一般市民に。

 嫌だとか面倒だとか、そんなことばかりを考えて、日々を必死に生きている彼らに報いなければならない。

 自分たちが納税したことが、無駄ではなかったのだと。


「だけど、俺は……ニートじゃない!」


 竜を狩る。

 竜を墜とす。

 竜を殺す。


 それらを全力で行い続ける。

 どんなにつらく苦しくとも、求められていることを行っていた。



「俺の最強は、バトラブの最強は! 絶対に負けないんだ!」



 今なお、祭我の周囲には大量の竜たちが群がっていた。

 それでも、その竜たちは確実に減っている。

 その屍が、都市の外へ折り重なっていく。

 それを見て、バトラブの兵士たちは歓声をあげるのだ。


 自分たちの家の次期当主は、本当にすごい男なのだと。

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