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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
竜を断つ狂気の刃
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血雪

 竜は最強の生物である。

 神から力を授かり、神の宝を手にして、あるいは悠久の時を費やして。

 それでもなお、竜と戦える人間は十人以下である。


 その十人に、なぜ竜が勝てないのか。

 端的に言えば、竜は爆撃機である。

 高速で長距離を飛行可能であり、城壁を軽々と吹き飛ばす火力を発揮できる。

 もちろん強靭な鱗なども強みではあるのだが、そもそも竜と同じ速度、同じ高度で行動できる生物が極めて少ない。

 生きた爆撃機、それが最強生物、竜である。


 さて、爆撃機である。

 爆撃機が効果を発揮するのは、どんな状況であろうか。

 当然、空対地という状況である。

 相手が地面にいて、自分だけが空にいるという状況である。


 爆撃機の天敵は、同じ高度を飛行可能な戦闘機に他ならない。

 空対空戦闘を専門とする、爆撃機を撃墜するための戦闘機である。

 都市などを破壊するために、大量の爆弾を積んでいる、小回りが利かない鈍重な爆撃機を、運動性の高い戦闘機が撃ち落とすのだ。


 それは爆撃機と同じ特徴を持つ竜も同じである。

 高度と速度ゆえに、文字通り他の生物の追従を許さない竜ではあるが、竜を討つために作られた三つの神宝は当然それについていける。


 何が言いたいのかといえば、三つの神宝を持っている人間は、ノアに乗った正蔵のように火力と耐久力で竜を上回っているわけではない。

 空中を俊敏に飛び回り、竜の炎をよけながら攻撃しているだけなのだ。

 それは双右腕を持った山水も同じである。竜を一方的に撃墜できるのは、ある意味では当然のことだ。


 人間で例えるなら、一撃で致命傷になるハエやハチと拳銃で戦うようなものである。

 如何に人間が軍勢になっても、相手がハエやハチだと、拳銃では勝ち目がないだろう。

 人間なら他の道具を持ってくるとか、あるいは防護服を着るところであろう。

 もちろん、竜はそんなことができないわけであるのだが。


 よって、竜は竜らしく立ち回っている。

 爆撃機としての特性を活かして、広範囲の都市へ爆撃している。


 つまり何が言いたいのかといえば、切り札たちが竜を撃墜していくことは、ある意味普通で当然のことなので喜ぶようなことではない。

 竜たちは数を削られつつも、しかしきっちりと結果を出していた。


 そんなことは、今しがた参戦した山水もわかり切っていることである。

 竜を討ち落としていく切り札五人、彼らは竜を倒した偉業に対して誇る気持ちを一切抱けずにいた。



 間に合わない。

 上空に転移した山水は、大きく息を吸い込んで、今にも火を噴きそうな竜三頭を発見していた。

 当然、その攻撃の射線には、大きな都市が見えた。


 間に合わない。

 山水は収めた双右腕を抜いて、その都市の真横へ向けた。

 そのタイミングで、竜たちは口から火を噴いていた。

 まさに、発射の瞬間だった。


 間に合わない。

 山水は刀を納めて、都市の真横へ移動する。

 城壁から遠く離れた、竜の攻撃の射線から外れた場所で再び抜刀する。

 左手一本しかない、それゆえのもどかしさを感じながら虚空の刃を出現させた。


 間に合わない。

 発射された竜の息吹が、空気の壁を突き破りながら都市へ向かっている。

 瞬身功で己の速度をあげながら、山水は刀を左右に半周させる。

 城壁の上にいた兵士たちが、武器を放り出した。訓練された兵士たちは、子供の様に目を閉じて体を縮める。


 間に合わない。

 義手を付けてくればよかったと後悔する。後悔しながら納刀する。

 竜の息吹が城壁へ着弾する、その直前に虚空の刀は鞘へ収まった。


「まに!」


 三頭の竜が放った炎の息吹。

 それは一切滞りなく直進し、直線上の全てを焼き尽くしていった。


「あう!」


 山水はそのまま抜刀し、その切っ先を竜のうち一頭に向ける。

 正しくは、飛行している竜の進行方向の少し上に向ける。

 それを済ませると何度目かわからない納刀をする。

 竜の胴体、その上でまたも抜刀する。


「わけ!」


 黒い刃を足元、竜の胴体部に差し込み、ねじりながら引き抜く。

 引き抜ききると縮地を行い、残る二頭の胴体でも同じことをする。

 それを終えると、飛び降りて重力に身をゆだねながら、ようやく悠々と納刀する。


「無いだろうが! 一々抜刀して納刀して抜刀してたら!」


 片手で刀を抜く、それ自体はそこまで難しくない。

 しかし、納めるとなると難しい。それを高速でこなし続けなければならない。

 そもそも、山水は木刀をずっと振るってきたので、日本刀じたい触って日が浅い。

 それなのに、この火急の事態でそれを何度もこなすことになっていた。


「ああもう! 面倒だ、面倒だ!」


 双右腕は鞘に納めるまで一切苦痛を与えない。

 それはつまり、斬られても突かれても、気付きようがないということ。

 三頭の竜は、自分たちの背中に何かが張り付いていたことに、一切気づけなかった。

 そんな彼らは、しかし気づく。

 自分たちが放った三発の炎、それが打ち破ったはずの都市が『消滅』している。

 確かに自分たちの炎は、あらゆるものを粉砕する。しかし、燃え跡や瓦礫さえ残っていないのはおかしい。

 というよりも、直下にいる自分たちの下僕たちが略奪するか、占領するはずだった都市が無くなったことに危機感を感じたほどだった。


「口上なんて言えるか!」


 山水は人生で一番苛立っていたのかもしれない。

 このとんでもなく使いにくい武器で戦わねばならない、自分の状況を嘆いているのだった。

 それでも、刀を鞘に納めきる。


 慈悲を以って無痛、無慈悲を以って無残。

 大天狗(おおてんぐ)修験道(しゅげんどう)虚空刀法(こくうとうほう)波及術(はきゅうじゅつ)

 瀟湘八景(しょうしょうはっけい)江天暮雪(こうてんぼせつ)


 鴉雀無声(あじゃくむせい)


 三頭同時に、山水が剣を突き立てた部分が縦に貫通していた。

 鱗が、骨が、肉が、臓腑が、血液が。

 肉体に存在していたはずのあらゆるものが、この世界から消滅していた。


 その周囲の血肉が、一瞬で液体に変わる。

 骨も臓腑も鱗さえも、極限まで粉砕されて赤い液に変わった。


 さらにその外側が、ひき肉になる。

 更に外側はみじん切りになる。

 更に更に外側は、規則正しく角切りになる。

 残った末端部が、短冊切りになっていた。


 それが終了すると同時に、それらすべてが花火の様に四方へ拡散していった。

 刀で突かれた一点を中心に、虚空の影響が拡散していく。

 それは、この世界の物理法則に沿わざるを得ない、巨大なだけの生物を冗談のように拡散させていた。

 その光景を見上げるのは、旧世界の怪物と『無傷の都市』にいるアルカナの兵士たちだった。


「覚えて、られないんだよ!」


 高度が下がったことを確認して、山水は抜刀する。

 先ほど都市の真横でやったように、地面と平行に刀を振るい、そのまま納刀する。


【え?】

【なんだ?】


 旧世界の軍勢の視界が闇に閉ざされる、頭上に障害物が現れる。

 それが何なのかわからないままに、彼らを『障害物』が押しつぶしていた。


「……どういう、ことだよ」

「そう、いう、ことなのか?」


 山水の成した現象を目にしたのは、やはり都市を守っていた城壁の兵士たちだった。

 旧世界の軍勢の布陣、その直上に山が出現していた。

 音もなく突然出現していたそれは、重力を思い出したかのように落下して、軍勢を圧殺していた。

 それこそ、誰もかれもを一思いに。


 それを目の当たりにした彼らは、改めて『もともと都市があった場所』をみる。

 さきほど竜の炎が通り過ぎたそこには、都市の基礎部分がわずかに残っていた。

 そして、今都市がある場所には不自然なほど道が無かった。

 まるで、もともとの場所から、今の場所へ都市を切り取って移動させたようだった。

 いや、事実そうなのだ。


 だるま、だるま。落ちて、転ばず。

 大天狗(おおてんぐ)修験道(しゅげんどう)虚空刀法(こくうとうほう)回天術(かいてんじゅつ)

 瀟湘八景(しょうしょうはっけい)山市晴嵐(さんしせいらん)


 憂来無方(ゆうらいむほう)


 構造物を切断し、知覚範囲の中で移動させる。

 竜の炎にさらされる都市を、土台ごと切って有効範囲外へ移動させる。

 あるいは、適当な山を切り裂いて敵軍の直上へ移動させる。

 そうした、地動法にも似た結果をだすこともできる術である。

 当然、地動法と違って浮かせ続けることはできない。

 しかしその一方で、その移動速度は縮地と同等。地動法とは一線を画する、高速の戦闘術である。


「……この都市を動かして、山を切って動かしてって……」

「助けて、くれたんだよなあ……」


 ぱらぱらと、何かが降り注いでくる。

 それが先ほど、この都市を脅かしていた竜の残骸だとは、彼らもわからないだろう。


「……うおぉ?!」


 ぐらり、と都市全体が揺れた。

 移動した先の地盤が弱いのか、あるいは水平ではなかったのか。そもそも、基礎が切り離されて不安定になってしまっているのか。

 大きく都市全体が揺れて、崩れる建物が多く見える。

 それだけではなく、都市の城壁も大きく亀裂が走っていた。


「ま、まずい! この壁も危ないぞ!」


 竜の炎から逃すために、山水はほぼ余裕が無かった。

 それゆえに、この地を事前に馴らすことができず、この結果を招いた。


「おい、隊長からの指示だ! 全員、避難しろ!」

「避難って……どこへ?!」

「外へ出ろ! 崩れ始めてるんだぞ!」

「外って……街の外か?!」

「そうだ! とにかく急げ!」


 しかし、それをとがめる者はいないだろう。

 仮に山水の行動で死者が出ても、竜に燃やされるよりは被害が軽いのだから。



『我たちの他にも、散った竜たちを倒している人がいるね……』

「良いことじゃないか。俺たちも頑張ろう」

『……そうだね~~』


 竜よりもスイボクが恐ろしいノア。

 その彼女は、これ以上連続してワープしたくないようである。

 そう思いながらも、アルカナ王国内を瞬間移動するのは、人間に逆らえない道具の悲しいサガだろう。


「……これは?」


 ワープを終えた先、既に陥落して静かになっている都市。

 そこへたどり着いてしまった一行だが、何かを見つけていた。

 いや、誰が見ても明らかなほどに、異常なことが起きていた。


 赤だ、紅だ、黒だ。

 大量の怨念が、色を付けて浮かび上がってくる。

 それは空中からも集まっているようで、やがて巨大な塊へと変化していく。


「これも、さきほどの術と同じ……」

『違うよ、これはダインスレイフの力だよ』


 なんでもなさそうに、少々懐かしそうに、ノアが答える。

 そう、これは制限から解き放たれた、復讐の妖刀ダインスレイフの真の力。


『ダインスレイフも竜を殺すための武器だ。だから、人間の血を吸うのも本来の使い方じゃない』


 そうだった、錆びたような赤い塊は、全て人間の血液である。

 焼き払われて蒸発した血液も、大地にしみ込んだ血液も、死体に残っている血液も、何もかもが宙に浮かんで集まっていく。

 ダインスレイフはたしかに人間の血を集めることができる。

 しかし、それにはいったん相手を切り、血を刃に吸わせなければならない。


『今までの、対人仕様のダインスレイフは、斬った相手の血を吸う武器だった。でも本当は違うんだよ』


 浮かび上がった血が、意志を持ったような動きでどこかへ飛んでいく。

 それは前向きな理由ではなく、見るからに怒りや憎しみのこもった動きだった。


『本当は竜やその下僕に殺された人たちの血を吸い上げて、戦う力に変える妖刀なんだ』

「戦争で犠牲が出れば出るほどに、より強さを増す武器……まさに、復讐の妖刀」


 旧世界の怪物たちが、戦争を長引かせたくない理由の一つ。

 負ければ負けるほどに、追いつめられれば追いつめられるほどに、人が死ぬ度に力を増す刀。

 まさに、血塗られた刀だった。


「……いや、次行こうよ」


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