真価
一瞬で上空へ移動する、その感覚。
先ほどまで仮にも地に足を付けていた山水は、多くの雲を見下ろす視界に少々の新鮮さを感じていた。
考えてみれば、ここまでの高度へ来たことが無い。
仮にも飛行能力を持っている身ではあるのだが、高速飛行が得意というわけではないので高高度へ行くことはなかった。
なので、微妙に新鮮味がある。もちろん、ただ高度が高いだけなのだが。
視界が開けており、大地をはるか下に観て、雲さえ眼下。
黒みがかった青い大空が、ほとんどの視界を埋め尽くす。
「……まあ、うん」
仙人になったなあ、と思う。
もっと早くここにこれれば、もうちょっと感動できたと思う。
しかし、先日地下の閉鎖空間へ入ったり、師匠の故郷である浮遊島へ行ったりと、なかなかファンタジーな世界にいたもので、ただ高い場所に来ても感慨が無い。
そんなことよりも、さっさと帰るべきであろう。
高度が高いと日光も有害になるが、まあ仙人なので大丈夫だろうとは思う。
ともあれ、山水は腰の刀を抜いた。虚空そのものを刀身とした、最強だという剣。
それの切っ先を再びアルカナの方角へ向ける。
この星も丸いので、上空からの方が遠くを見ることができる。
さて、アルカナを。
そう思った時、山水は目をひそめた。
「……まずい」
山水は直感に身をゆだねた。
あまりにも遠くからでは、気配も何もわからない。
しかし、それでも何か違和感を感じた。その違和感が、遠目に観ても大問題だと直感していた。
狙いを定めて、納刀する。それは先ほどと違い、いちいち技名を口にしたりしない。
その心中では、膨大な思考が走っていた。
一種のパニックと言ってよかったのかもしれない。山水は普段通りに滞りなく気配を探知しながら、しかし自分が焦燥していることを確信していた。
「燃えている……!」
アルカナ王国全体を見下ろす高度に達している山水は、眼下の光景に圧倒されていた。
まるで地図の様にアルカナが分かるのだが、それだけの『縮尺』でも明らかに国が燃えていた。
主要な都市があるはずの場所から炎が上がっている、煙が上がっている。
それが分かってしまう。わかってしまうほどに、露骨に国家は侵略されていた。
国家全体が、明らかに脅かされている。その事実を前に、山水は上空からでもわかる強大な生命力の塊を補足していた。
「燃えながら……国が戦っている、のなら!」
脳内を後悔が駆け巡る。
それでもなお、山水は抜いた刀の切っ先を地表へ向けていた。
なすべきことは決まっている。
たとえ相手が誰だとしても、人間でなかったとしても、どれだけの数がいたとしても。
「ソペードは武門の名家!」
誰よりも高みを目指した男の、骨でできた刀が山水を戦場へ導く。
高速で飛行している竜、その前方の上空へ山水は出現していた。
三頭の、飛行する巨大な竜。それが如何なる生物であったとしても、山水は既に殺意しかない。
「敵は、切り払うのみ!」
一々納めないと移動できない、この刀の仕様が呪わしい。
納刀と抜刀を繰り返す山水は、そのさなかで余計なことを考えていた。
「天女の衣に縫い目無し」
果たして、妻と娘たちは無事なのか。
奥様と旦那様は無事なのか。
兄と、父。不敬ながらも自分がそう慕う二人は無事なのか。
「大天狗流修験道」
一体いつから、この国は苦境に陥っていたのか。
自分が何をしている時に、この国は戦争を始めたのか。
自分がこの刀を持って帰るかどうか、師ともめていた間にどれだけの命が散ったのか。
「虚空刀法奪衣術」
自分自身を罵倒したい気分になりながら、それでもなお山水は竜の頭部に着地する。
自由落下相応に、驚くほどに高速の衝突は、しかし絶妙な軽身功によって竜に気取らせず完了していた。
「瀟湘八景漁村夕照」
竜のうち一頭。その頭の上から長い首筋を、草履のまま滑っていく。
左手で黒い刀身の切っ先を、強固な赤い鱗にうずめながら、山水は首から背を渡って尻尾へ向かう。
ただでさえ平坦ではない竜の背面。飛行中ゆえに躍動し、大気を乱すその上をよどみなくなぞり終えていた。
「天衣無縫!」
通常の縮地によって別の竜へ移動しながら、山水は腰へ刀を納めていた。
高い音程で鯉口が短く鳴る。
天真爛漫を意味する技の名に反して、直後に起こった現象は狂気に満ちていた。
まず、竜の勇壮なる外皮が切れ目なく剥けた。
剥製もかくや、という具合に皮一枚が綺麗に『切除』され、空気に揺らめきながら落下していく。
それに次いで、肉が削ぎ落ちた。巨体を動かしていた、膨大な筋肉。それが竜の形のままに、切断されたあともなく落下していく。
当然のように、臓腑が骨格から分離して、直下へ落ちていく。
そして、骨格と神経部がバラバラになりながら、膨大な血液を置き去りにして大地へ撒かれていった。
【な、なんだ?!】
【おい、どうしたんだ?!】
まさに、異次元の現象。
三次元の世界では絶対に起こり得ない『結果』を目の当たりにして、その脇を飛んでいた残る二頭は困惑を隠せない。
【な、なにが起きた?! 何をされたんだ?!】
【こんな術は知らない、聞いたことが無い! パンドラでも、こんな結果はあり得ない!】
同胞が一瞬で模型の様に解体された。
自分たちが一万年前の先祖から伝えられていた、如何なる殺戮方法とも異なる変死体。
【な、なにがーーーー!】
その異常現象が、残ったもう片方にも起こった。
空中分解、という言葉が陳腐に思えるほどに、過剰なほどに惨殺される。
【何が、何が起きている……な、何に殺されたのだ、何に殺されーーー!】
鯉口が鳴る。
それによって、三頭目の竜も空中で散った。
それはもう、ありえないほど精妙に散っていた。
「次だ……!」
大地に背を向け重力に身をゆだねながら、山水はいったん上空へ虚空の刀を向ける。
再び高度を上げて、次の竜を補足するつもりだった。
これが正しいのかわからない。
あるいは、一度王都に戻るなりして、指示を仰ぐべきかもしれない。
しかし、そんなことをしている時間が惜しい。
今の苦境を把握した山水は、独自の判断で動くことにしていた。
「一頭でも多く、一瞬でも早く殺す!」
不惑の境地。
感じ、考え、行動する。
修業の中で培った力を活かして、隻腕の剣士は殺戮に身を投じていた。
※
一列に並んで、二頭の竜が都市に迫る。
それを見上げて、布陣を終えていた旧世界の怪物は、歓声を上げる。
対して、都市を守るアルカナ兵士たちは戦慄する。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
その、竜の前方。
竜と都市の間に出現した小さい影。
体のあちこちを石に変えたままの、隻腕の剣士。
「臨む兵、闘う者! 皆陣列ねて前に在り!」
虚空の刀は上から下へ、空中に一線を引く。
それは竜の実体、そのはるか前方を【空振り】するに留まっている。
落下していく山水、その上空を竜は高速で通り過ぎていく。
「九字を一線、我が太刀筋は道を断つ!」
山水が引いた『線』、それを通り過ぎて竜たちは散開する。
都市に狙いを定めて、大きく息を吸っていた。
「大天狗流修験道虚空刀法直葬術!」
山水はそれを見上げない。刀を納めながら、既に地表の怪物たちを標的としていた。
「瀟湘八景遠浦帰帆、九字無道!」
刀が納められる。
すると同時に、刀の刻んだ現象が結果として示される。
山水が空振りをした空間、そこを通り過ぎた肉体が一直線に切断される。
無警戒に山水の線を通過した竜たちは、鼻の先から尻にかけて断面をさらしながら力なく絶命していた。
【な?!】
見上げる怪物たち、そしてオセオの兵士たちは絶句する。
今上空を飛ぶ竜は、今まさに炎の息吹を放つはずだった。
その彼らが、空中で音もなく切断され、左右に分かれながら落ちていく。
この現実を前に、誰もが唖然として見上げることしかできない。
「あ、ああああああ!」
見上げる中で、オセオの兵士が絶望の飛来を視認した。
他でもない、極めて直接的にオセオを屈服させた最強の剣士が、着流しのままに現れた。
「そ、ソペードの切り札! 晒し首だ!」
彼らは不運だった。
山水は切り札であり、その手には竜をも断つ刀があり、本来なら竜以外は切るなと命じられているはずだった。
しかし、山水は命令を受けていない。
目の前に敵がいるのなら、一切迷いなく葬り去る、地獄に送る。
【ちょ、長命者か!】
【長命者が、竜を切ったというのか?!】
【馬鹿な、エッケザックスはウンガイキョウでも増やせないはず!】
【エッケザックス以外に、竜を切る剣などあるはずが……!】
「地を断つ一太刀、跡を残さず……!」
驚愕する軍勢に対して、山水は何も伝える余裕を持たない。
ただ大地に刀を埋め、切り上げながら鞘へ納める。
「大天狗流修験道虚空刀法開通術!」
山水の前に立っていた全軍勢が、ぐらりと体勢を崩していた。
山水が大地に突き立てた一点を中心として、空間が歪み、大地が開かれている
【な、なんだ!? 地動術か?!】
【馬鹿な、そんな早くこれだけの規模の術を?!】
平地が、谷へ変貌する。
地動術ではなく、大地を扉のごとく切り開く術。
大地に震動は一切なく、空間そのものが歪曲し、口を開いて敵を飲み込んでいく。
「瀟湘八景平沙落雁、影迹無端!」
大地の底へ呑み込まれていく軍勢、それを見届けるまでもなく、山水は仕事を終えたことを確信して上空へ剣を向ける。
今をもって、飛翔して逃れる敵は多い。あるいは、『地面』の部位にしがみついて忍ぼうとする者もいる。
しかし、それを無視する。
命じられていないものの、山水は冷静だった。
手早く倒せるのなら倒すが、そうでもないのなら友軍に任せる。
一太刀以上を使うつもりはない。山水は再び上空へ姿を消していた。
【ぐああああ!】
【と、閉じる! 閉じるぞ!】
誰もが手を伸ばそうとする。
大地に飲まれるものは空へ向けて、空を飛べるものは大地に向けて。
怪物たちは、上下に分かれて手を伸ばし合った。
しかし、大地は元通りに口をしめる。
そこには切れ目などなく、ただ元通りの地面があった。
何も残さずに、ただ大地に梱包され、圧殺された。
その現実を前に、残された寡兵も呆然とするしかない。
誰が知るだろう。虚空の彼方からこの世界へ逃れてきた彼ら、旧世界の怪物たち。
本来ノア以外に越えることができない死の空間、それそのものが刃となって彼らを殺していた。
【な、なんだったんだ……あんな術は、人面樹でさえ……】
文字通り、理解の外側からの攻撃。
それは文字通り、余地を残さずに平らげていた。
※
遊撃要員として、空間移動を繰り返す山水。
それは当然のように、同じく空間移動を重ねながら遊撃をしている正蔵達が結果を見ることになった。
『ぎゃあああああああ!』
生存の箱舟ノア。
虚空を超えることができる彼女は、迅鉄道や四器拳同様に双右腕の攻撃に耐性を持つ。
しかしその彼女をして、眼下の惨状を見て叫ぶことしかできない。
それはそうだろう、旧世界で人類を滅亡に追い込んだ最強の生物が、文字通り解体されて地面に並んでいるのだから。
「……これは」
三枚におろされた、というレベルではない。
模型をバラバラにしたような、それを地面へたたきつけたような。
あるいは、ような、ではなくそれ以外の何物でもない光景。
調理場のごみ箱の如き惨状。勇壮な姿は見る影もなく、痛ましさだけがあった。
ノアの甲板から視認してしまったパレットは、吐き気を抑えながら呑み込んでいた。
「いったい誰が……」
およそ、こんな破壊痕は彼女の知るところではない。
テンペラの里からやってきた拳法家たちにしても、こんな攻撃結果は出せないだろう。
『スイボクだよ! 絶対そうだよ!』
経験則からだろうが、ノアは絶叫して正解を当てていた。
やったのは山水だが、彼の技ではなくスイボクの骨を使った術である。
「そんな……スイボク様は今、故郷へお帰りになっているはず。それに、スイボク様でもこんな術は使えなかったはず……」
『この世のあらゆるわけのわからないことは! 全部アイツ絡みなんだよ! だからさっさとパンドラをぶつければよかったんだよ!』
百年以上追い掛け回された彼女は、完全にトラウマとなっていた。
この戦場でスイボクが暴れまわっているかもしれない、その事実を前に彼女は混乱を極めている。
「……あのさ」
「なんですか、ショウゾウ様」
眼下の光景を認識しつつ、正蔵はパレットへ訪ねていた。
「次のところ、行かなくていいの?」
「……そうですね、ノア! お願いします!」
『やだー! あの化け物とぶつかりたくな~~い!』
正蔵はここへ竜を殺しに来たのだ。
竜はすでに死んでいるのだが、それならそれで、何も悪いことはない。
さっさと次の地点へ向かうべきだろう。
「よろしく~」
『ダヌア~~! 助けて~~!』




