参陣
右京は言った、アルカナ王国は既に負けていると。
敵国の戦力が内部へ食い込んでいる時点で、既に負けている。
防衛側に回った時点で、既に負けていると。
【ハゲネズミども! とっとと壁をぶち壊せ!】
【わかっている! あと少しだ!】
如何に人類が構築した防御壁が堅牢であっても、それに対して直接触れることができるのであれば、ハゲネズミと蔑まれる怪物には簡単に壊せるワラの家だ。
崩精と呼ばれる力は、触れた物の性質を変化させる。
人間が使えば爆破ぐらいしかできないが、ハゲネズミたちならば砂を土のように固くすることも、逆も可能だった。
また、爆破に関しても誰かが触れるだけで爆発する仕様にすることも可能だった。
とはいえ、今回はその限りではない。
なにせ、巨大な壁に突入口を開けるだけなのだから。
【よし、もういいぞ!】
【全員、一端離れろ!】
【この壁を倒す!】
白妖精や牛たちが壁となって、ハゲネズミたちの破壊工作を援護していた。
直上からは、壁の上に陣取っている人間たちが苛烈な攻撃を行っている。
それを受けて、既に多くの怪物が地面に倒れて動かなくなっていた。
【離れろ! 離れろ!】
破壊工作を終えた彼らは、大急ぎで離脱する。
その動きを見て、壁の上の兵士たちも迅速に判断していた。
「引いていくぞ、あきらめたのか?!」
「そんなわけがあるか! 退避だ! 規模はわからんが、何かされた!」
「退避、退避~~~!」
大急ぎで離脱する守備兵。
双方の陣営が離脱する中も、上空では苛烈な戦闘が行われていた。
【使い手を休ませるな! 交代で火を噴き続けろ!】
【死なぬことを考えろ! 必ず、応援はやってくる!】
「ぐぅうううう!」
『主よ、守勢に回りすぎるな! 命じられたのはこの街の防衛ではなく……』
「わかってる! 一匹残らず迎え撃つ! 街を守るのは二の次だ!」
『ならば……!』
休むことなき竜の息吹。
四方八方から向かってくる攻撃を、祭我は動かずに受け止め続けていた。
回避することも可能な状況である。下の都市を気にしなければ。
「二の次だからって妥協するのが、最強の剣士か!」
『……よく言った!』
「全員ぶち殺してやるさ! 後で何も言われないように、結果で証明してやる!」
竜と神の戦士の衝突。
それを見上げる両陣営の兵士たちは、その戦いを無駄にしないために戦い続けている。
【よし、行くぞ! 総員……爆破!】
【向こう側へ倒せ!】
怪物たちから歓声が上がった。
不動に見えた敵の城壁、それが音を立てて倒れていく。
避難を終えたアルカナの兵士たちはへたり込む。
せっかく上空でバトラブの次期当主が死力を賭して守ってくれているのに、その壁が壊されてしまった。
「駄目だ……」
「畜生……! このままじゃあ、街の外の怪物たちが入ってきちまう!」
ゆっくりと、しかし加速しながら、バトラブ最大の都市の壁に大穴が開こうとしていた。
バトラブの都市の内側へ向けて、倒れていく。
【ふははは!】
【アレを超えれば、この街を占領することなどたやすい!】
外側にとっては勝利の瞬間、内側にとっては最悪の瞬間だった。
穴が空いた防壁ほどもろいものは無いからだ。
「……なんだ?」
オセオの兵士たちが、真っ先に気づいた。
内側へ倒れていった、巨大な壁が止まっていた。
それどころか、ゆっくりとこちら側へ戻りながら倒れてくる。
「なななな!?」
「離れろ! もっと離れろ!」
アルカナ王国を防衛するための巨大な壁は、その使命を全うして破壊された。
その最後の抵抗なのか、アルカナへあだなす敵側へ倒れなおしていく。
轟音と共に、崩れ去る巨大な壁。
それに巻き込まれて潰された怪物たちもいた。
しかし、大半はただ、意図と逆側に動いた壁に、それをなした者たちに戦慄していた。
「さてさて、この壁の建設費がいくらだったのか知らないが。お前たちの命で済むとおもうなよ」
「ずいぶん無駄な口を叩くのだな、お前は」
「性分でね、そっちの方が女の子に人気なのさ」
「私はお前のことをどうでもいいと思っているぞ」
「それは残念」
二人の女子が、仙人が作り出したであろう武器を手に、壁を乗り越えて攻め込んできていた。
切り札に次ぐ力を持つとされる、銀鬼拳ラン。
そしてディスイヤが切らずにとっていた隠し札、掛軸廟舞。
「しかし、モテモテだぞ。視線を私たちで独り占めだ」
「ふん……お前とこれ以上話す気はない!」
「武門の誇りか……友達になりたくないが、この場では頼もしいね」
目の前には、二人で倒すには多すぎる敵。
しかし正蔵に次ぐ気血を持つ二人の体には、有り余るほどの力がみなぎっていた。
『じゃあ、彼らを待たせるのもなんだし、暴れようか』
「最初からそのつもりだ!」
廟舞の肉体が膨れ上がり、巨大な猿へと転じる。
それにあわせて、持っている棍棒も巨大に変化していく。
ランの髪が燃え盛った。
更にその上で、手にしている武器の先端を刃に変化させて構えていた。
『前とは装備が違う……苦戦するつもりはないぞ!』
「一匹残らずぶち殺してやる!」
勇猛に向かってくる二人の女傑。
しかし、それに対してオセオの兵士たちは冷静な判断をしていた。
「アレの相手はするな! 内側へ攻め込め!」
【わかっている! 所詮二人だ、壁の代わりにはならない!】
【壁を乗り越えて、街へ攻め込むのだ!】
躍り出て猛獣たちを蹴散らしていく戦士は、強敵ではあるがどうにかならなくもない相手だ。
そんなことよりも、街の中へ攻め込む方が重要に決まっている。
オセオの兵士たちはランや廟舞へ遠距離攻撃を仕掛けつつ、しかし大半は通り抜けようと走り出していた。
『させるか!』
「通さん!」
巨大な棒を用いた体術。
それはあり得ないほどの威力であり、体術の域を超えた射程を誇っていた。
伸縮を繰り返しながら、牛も犀もイノシシも吹き飛ばしていく。
しかし、その一方でなんとか入っていくオセオの軍も多い。
できれば都市を占領するために。
それができないなら、せめて破壊するために。
【おおおおお!】
【ぬうううう!】
「すすめ、すすめ!」
「街に入るのだ!」
『ほう、私の男が治める街に土足でか?』
マジャンの王家を出た、王気を継ぐ娘が獅子に転じて立ちふさがる。
偉大なる始祖と同一化した、強大なる獣の王が牙をとがらせ爪を伸ばしていた。
気血が充実しているのは彼女も同じこと。
人間を最も強化する力を最大限に発揮して、彼女は抜けてきた軍勢を迎え撃った。
人間よりも巨大な怪物といえども、更に巨大な獅子を前にはなすすべもなし。
『竜の僕どもごとき、食い散らかしてやろう! このマジャン=スナエの爪と牙にかかって死ぬことを誉に思え!』
【ま、まだ覇精の持ち主がいたのか……!】
【ひるむな、所詮相手は……!】
相手は一頭の獅子でしかない。
そう言おうとした怪物たちの前に『壁』が出現していた。
「総員! 構え!」
三人の女傑が高速で足止めし、その間に布陣は終わっていた。
一列に並んでいるのは、この国の精鋭を揃えた最強の部隊である。
「レッド・カーペット!」
王家の剣、粛清隊。五十人もの精鋭が一列に並び、大地を焼く炎の魔法を解き放った。
それを事前に知っていた三人は回避し、しかしオセオの兵たちは燃え盛る大地によって命を灰にしていく。
「我ら王家の剣、ロイヤルソード! 粛清隊である! 木っ端オセオと、それに迎合した旧世界の怪物如き、なんのこともない!」
「我らが剣と魔法で、外敵を打ち破るのだ! 総員、すすめええええ!」
一般の兵士は、強化されても旧世界の怪物に及ばない。
しかし、一部の精鋭は違う。
才能がある人間が、優れた指導者のもとで、真剣に全力で訓練を受ければその限りではない。
「雑魚どもが! 雑兵を相手に蹴散らしていい気になるな!」
【精鋭部隊か……!】
【人間如きが!】
【我らを雑魚と呼んだことを後悔させてやろう!】
精強なる部隊が、壁となってこの穴をふさぐ。
しかしそこで引き下がるぐらいなら、最初から誰も攻め込んでくることはない。
戦場は、未だに拮抗し続けていた。
※
神宝をもつ四人の切り札。
彼らは竜と戦えば、およそ負けることはない。
しかし、竜たちは五百。しかも、この国へ打撃を与えることを最優先で動いていた。
今も、刻一刻と、竜たちは国を焼いている。
あまりにもわかりやすく、この国を脅かしている。
「天女の衣に縫い目無し」
今、この時、いきなり帰ってきただけの男が。
今、上空から見下ろしているだけの男が。
国全体を見下ろしているだけでわかる、異常な状況。
「大天狗流修験道」
彼は判断していた。
何の状況も把握していないが、自分が何をするべきなのか。
彼は己の左手で、その刀を解き放っていた。
「虚空刀法」
気配を感じることができる仙人。
しかし、その仙人ではなくてもわかるほどに、竜はこの国を焼いていた。
彼は普段、どんな生物が何をしても、絶滅させようとは思わない。
「奪衣術」
しかし、竜は明らかにアルカナ王国だけを襲っていた。
それはつまり、彼には知恵があるということ。明確に、アルカナ王国と戦争をしているということ。
「瀟湘八景漁村夕照」
彼はソペードの剣。
彼はソペードの武威。
彼はソペードの配下。
ソペードは武門の名家。
売られたケンカは、買う。
敵は、徹底して殺すのだ。
「天衣無縫!」
竜たちに一切弁解の余地はない。
彼らは神の生み出した神宝によって殺されるのではなく、この世界の人間が生み出した狂気の兵器によって、想定外の屍をさらすのだ。
世界最強の男と、それに肉薄した男。
その二人の骨を使って、世界最高の宝貝職人が生み出した最強の刀剣、双右腕。
それを携えて、アルカナ王国最強の剣士が帰還する。
ここに、アルカナ王国がほこる切り札が出そろっていた。




