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殺竜

 当然ではあるのだが、別に敵を倒したら金貨が地面に散らばるわけではないし、都市を破壊したら資金を入手できるとか、そんなことは一切ない。

 それが救いだった。竜にはアルカナ王国の都市を根こそぎ焼き払う、という選択肢が無かったのだから。

 そうだった場合、いよいよアルカナ王国の臣民はノアへ乗せられるだけ乗せる、ということになっていただろう。


 竜はブレスによって都市を攻撃する。

 それは徹底的な破壊ではなかった、防衛能力を著しく下げるにとどまるものだった。


 とはいえ、程度にもよるが一方的な戦力差があったわけではなかった。

 城壁を粉砕され、兵士だけではなく多くの民間人も死んだ状態で、更に火事まで起きている。

 そんな状況でも、アルカナ王国軍は奮戦できていた。


「押し返せ!」

「都市へ入れるな!」


 まず、前提としてアルカナ王国はすべての兵士へ、制限解放されたダヌアによる蟠桃や人参果を渡していた。 

 それによって、気力体力が充実していたということ。


 また、オセオの連合軍は強行軍だったということ。

 確かに旧世界の怪物は、強化された一般の兵士よりも強い。しかし、それでも長距離を移動し、幾度かの襲撃を行っていた。

 そんな状況で、体調が万全なわけがない。その上で、制限解放されたヴァジュラによる、人間を識別する異常な気象攻撃である。

 そんな状況では、屈強な猛獣でも厳しいものがあるし、お世辞にも頑丈とは言い難いほかの怪物たちには特に負担だった。


 とはいえ、それでも旧世界の怪物たちのほうが優勢ではあった。

 なにせ今のところ、彼らにとって想定していることしか起きていない。

 八種神宝、それこそは竜を脅かした八つの兵器。

 それの機能に関しては全員が知っているところであるし、全員が警戒していた。

 だからこそ、他でもない最強の竜たちが、命を賭してそれを防いでいるのである。


 つまり、各都市は地獄の戦場となっていた。


「おい! 街に火をつけまくれ!」

「もうこの際気にするな! とにかくあっためろ!」


 オセオの将兵は、アルカナの都市を積極的に焼き始めた。

 なにせ火の魔法はたいていの兵士が使えるし、もともと竜のブレスで大いに燃えている。

 それを更に燃やしながら、友軍を温めていた。


 相手が同じ人間である、ということなど最初から一切気にしていない。

 アルカナ王国の人間が旧世界の怪物もオセオの兵士も、どっちも敵として殺そうとしているように、敵か味方だけが両者に存在していた。

 ある意味、平等であると言えるのかもしれない。


【ぬううう! この程度で!】

【長命者の実を食っているな! 首を落とすだけでは足りん、頭を潰せ!】

【妖精どもや魚は下がれ! ムシも鳥もだ!】

【イノシシ、牛、犀で陣を作るぞ! いったん体勢を整えろ!】

【火のむきに注意しろ! 白妖精、壁を作れ!】


 それでも、全員が戦っていた。

 切り札たちと竜の戦いとはまた別で、双方の国の未来をかけた戦い。

 

 そう、まだ起きていない。

 双方にとって、想定外のことなど、まだ起きていない。

 想定外のことは、これから起きるのだ。



 竜は高速で移動でき、かつ高火力である。

 この上で頑丈というどうしようもない生物なのだが、機動力と火力こそが一番厄介な点といえるだろう。

 それが意味するところは、数頭いれば国が焼けるということだろう。

 多くの竜は拡散して燃やして回っていたのだが、一定数をこなすとバトラブ最大の都市を目指して飛んで行った。

 他でもないその地こそが、オセオから見て最も手に入れたい都市であり、同時にアルカナ王国が死守しなければならない場所だからである。

 そこにいるのは、間違いなくエッケザックスとその使い手だった。


 負ける気だけはないオセオ陣営が、出来れば達成したい目標。

 それはパンドラとエッケザックス、その使い手を潰すことである。


 神宝も壊せないわけではなく、主を失った場合は竜ならば容易に壊せる。

 破壊された場合、神宝はいったん神の元へ戻らねばならず、その関係上アルカナ王国は滅ぼせる。

 そうなれば、残り六つの宝は確保できるのだ。二つだけなら、そこまで脅威ではないだろう。


【お前たち、大丈夫か?】

【……まだ持つが、明日の朝日が見れるかどうか】


 飛翔する竜たち。

 成体となった彼らは、自分たちの残り時間を確認し合っていた。


 理不尽に思える強さを発揮する彼らだが、当然ながらリスクが付きまとう。

 具体的に言えば『竜の餌』と呼ばれる気血の持ち主たちから供給を受けずに羽化すると、成体になって数日で死亡する。これは何もせずにおとなしくしていた場合であり、戦闘した場合さらに短い。

 竜の餌から供給を受けて成体になった場合は、見た目相応の長寿を得る。しかし、その場合竜の餌になった生物はたいてい死んでしまう。それも、大量に。


 よって、生物としての竜が成体になるのは最終手段であり、命を賭して戦うときだけである。

 そう、まさに今がその時だった。

 もう自分たちの死は決まっている、であれば弱いものいじめをして、巣を焼いて回る程度で終わりたくないのが当然だろう。


【最強の神剣エッケザックスか……】

【我らの先祖を、多く討ち果たしたという神の剣】

【今代では、神から力を受けたという男だそうだ……】


 先祖を多く討ち果たした剣、その使い手。アルカナ王国が誇る、最強の勇者の一人。竜を脅かす、神宝の所有者。

 その彼を討ち取ることができたのならば、例え明日の朝日を拝めないとしても、最高の栄誉と達成感を得ることができるだろう。


【……匂うな】

【ああ】


 上空を舞う彼らは、しかしその優れた視力で同種の死体を発見していた。

 大地に横たわる、名誉の戦死を遂げた仲間。

 自分たち同様に強固なはずの鱗や肉体は、見る影もなく引き裂かれていた。


【まだ戦っているな】

【我らも向かうぞ!】

【最強の名前、返上してもらう!】


 十もの竜が火を吹き、大都市を襲っている。

 その周辺を、竜の僕たちが包囲しつつある。

 にもかかわらず、未だに都市は健在だった。


 その都市を陥落させ占領できれば、勝利が大きく近づく。

 戦略的に陥落させなければならない、アルカナ王国の要所。

 そこへ向かって、新しく三頭の竜が速度を増して参戦する。


 挨拶替わりと、大きな口を開いて遠距離から炎を放つ。

 威力こそ下がるものの、意表を突く一撃のはずだった。

 超遠距離からの『砲撃』、それは仙人であっても対応が遅れるであろう『高火力』。


 未来でも見えない限り、対処できるものではない。


「新手か」


 法術の壁でも、防げるものではない。


「マキシマム・ブライト・ウォール!」


 迅鉄道の車輪でも、防げるものではない。


「極大実綸! 猛転壁!」


 エッケザックスで増幅しても防げるものではない。


「万里城の舞!」


 影降しで、術者がエッケザックスごと増えていない限りは。


「おおおおおおおおああああああ!」


 エッケザックスの紋章を背負った祭我、都市防衛を任された彼は、既に二十を超える竜を討ち果たし、その上で竜による都市への攻撃を防ぎきっていた。

 竜の僕たちは城壁を攻略しつつあるが、その一方で数を大いに減らしつつある。

 祭我は自分に与えられた自由の中で、きっちりと街を守っていた。


【おのれ! 巣を守りつつ我らの相手をするとは!】

【猛精に祝精に魔力に輪精に……いったいいくつの気血をもっているんだ?!】

【命精もだな……そうでもなければ、こうも防げるものではない!】


 旋回する竜たちは、神剣の所有者のでたらめさに戦慄していた。


 自らの配下を援護するために都市を狙って攻撃しても、どこからどう攻撃しても防がれる。


 巨大な歯車が回転し炎を散らし、それの後ろに配置された光の壁が勢いを失った炎を受けきる。

 それをすることで相手の手がふさがるならまだ意味があるのだが、祭我はその姿を増やしている。

 流石に正蔵ほど広域を攻撃できるわけではないが、たった一人で都市を守りながら、その上で一体一体を落としていた。


「悪血、銀鬼拳! 強血、嵐風拳! 王気、神降し! 影気、影降し!」


 分身が髪を銀色に燃やし、力を溜めこみ、更に獣へ変化する。

 法術の壁を足場にして、発射の時を待っていた。


「星血、亀甲拳! 魔力、火属性魔法! 牙血、動輪拳!」


 機を見て放たれるは、竜さえ撃墜する魔の肉弾。法術の足場を粉微塵に粉砕し跳躍する、十もの分身。

 火の魔法と動輪拳で軌道修正しながら、回避しようとするドラゴンの体の中へ突入していく。


「玉血、四器拳! 侵血、爆毒拳!」


 強固なはずの竜の鱗を突き破って入り込み、その内部で自分ごと竜の体を爆弾へ変えていく。



「シューティング・スター!」



 それらをたった一頭の竜は受け取っていた。

 自分の体の内部そのものが爆弾となり、随所で爆発し周辺の肉体を破壊する。

 それは高い生命力を誇る竜をして、生きながらえることができない、殺傷能力に満ち過ぎた攻撃だった。


【ぐぅ……ぐぅああああああ!】

【待て、近づきすぎるな!】

【エッケザックスの力を忘れるな!】


 目の前で、同朋が穴だらけになり、内側から破壊されて『飛び散る』。

 その光景を何度も見て、怒り狂わずにいられるものではない。

 特に年若い竜たちであれば、我慢などできない。

 静止も聞かずに、都市の上空でにらみを利かせている祭我へ向かっていく。


 それは、祭我にとって好機だった。

 分身では使えない、エッケザックスの解放された機能が発動できる間合いだからだ。


『……主よ、今だ』

「そうか……!」


 一般の兵士同様にドーピングし、悪血で活性化しているとはいえ、いくつもの作業を並行して行い続けるなど祭我の神経が危うかった。

 たまには、こうやって楽に殺したいものである。



「神剣解放……その刀身で」

『竜を、斬る!』



【いかん! 神剣の刀身だ!】

【援護しろ! せめて防御させねば!】

【あの剣を振らせるな!】


 エッケザックスはあらゆる『魔法』を増幅する。

 それはつまり、あらゆる術の使い手が使用することを、前提として作られているということ。

 誰が使っても、竜と戦えるように作られている。

 それはパンドラやダインスレイフも同様であり、飛行能力も含めて竜を殺すのに十分な力を持っている。


 パンドラは制限の有無に関係なく竜を死なせることが可能であり、ダインスレイフもエッケザックスも制限の解放によって飛躍的に攻撃力が上がる。

 エッケザックスの解放された機能、それは光の刀身である。

 竜をもやすやすと切断する、巨大な輝きの刃。


 あらゆる術を習得しつつある祭我をして、もっとも簡単に竜を殺す方法である。

 それは当然、竜たちも熟知していることだった。

 空中を高速で飛行する、巨大な竜。その彼らの主観における接近戦は、エッケザックスの使い手に対してしてはいけないことだった。


「酔血、酒曲拳! 光血、無明拳!」

【ぬぅああ!?】

【こ、この術は、魚とムシの?!】


 竜一頭につき分身を一人ずつ、頭部に張り付けて術を使わせる。

 視界を奪い、更に脳髄を揺さぶる。

 それによって、一時的に援護を封じていた。



【ううぅおおおおおおお!】

「ドラゴン……スレイヤー!」



 光の刀身が、巨大なドラゴンの体へ切り込んでいく。

 それは高速で飛来するドラゴンにとって、回避できない閃光そのものだった。


『我は竜を切るために生み出された神の剣……であれば、竜を切るなど当然のことだ』

「ああ、すごいぞエッケザックス」

『……うむ、いい気分だな』


 エッケザックスは感慨に耽っていた。

 なにせ、今の今までろくに使われてこなかったのだから。


『正直、スイボクに捨てられ、今の主にも使われる機会が減っていたが……考えてみれば当然か。竜を切る剣では人を切るには過分すぎる』

「エッケザックス……」

『我は最強の剣であり、最強の剣士を求めていた。それはスイボクも今の主も同様であるが……』



 切り落とされた竜の死体は、祭我が準備した法術の壁にぶつかり、都市の外へ落ちていく。

 それを確認することもなく、祭我は腰に下げていた蟠桃を大急ぎで食べていた。



「ごめん、アドバイス以外は黙っててくれ! 会話する余裕がない!」

『……そうだな、戦闘中だな』

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