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士気

「ショウゾウ、少しだけ話がある」


 これからいよいよ出撃である。

 本来なら殲滅爆撃のみの正蔵が、ノアと共に出撃する。

 彼と呪術で繋がってるパレットも、当然のように同乗する。


 普通なら危険だと言われるところだが、エリクサーで守られている右京同様に、ノアの中こそ一番安全な場所であった。

 だからこそ、最悪の事態に備えているともいえるのだが。

 責任をとる人間は、絶対に必要なのだから。


「当主様? なんかありますか」

「……一応、なのだが」


 生き残る可能性が高い切り札、興部正蔵。

 お世辞にも頭がいいとは言えず『傷だらけの愚者』とも呼ばれる彼は、これから起こり得ることを認識しているのか怪しい。

 そこで、不要だと判断しつつもカプトの当主は、侮辱ともとれることを聞いていた、


「この戦争でアルカナ王国が敗北すれば、竜たちが君の首を要求するかもしれない」


 ありえない、とは言い切れまい。

 彼らが勝利を収めたなら、神宝をすべて出させたうえで、切り札たちの処刑も要求するだろう。

 なにせ竜とは旧世界の頂点、それを大量に殺した男たちが許されるわけがない。

 というか、正蔵の場合は特に危険度が高い。神宝を手放せば何もできない、右京よりもさらに危険である。


「……え」

「もちろん、我ら各家の当主も責任をとるだろう。君一人を死なせるわけではない」


 パレットは、今更ながら青ざめていた。

 そう、そんなことを正蔵が気付いているわけがないのだから。

 失礼千万な話だが、正蔵の理解者である二人は、今更ではあるが言わずにいられなかった。


 もちろん、今回の戦争では民間人を含めて大量に死者が出るだろう。

 そう言う意味では、勝った時ほぼ確実に存命している正蔵は、まだマシなのかもしれない。

 なにせ、当人の頑張りによって、結果が変わり得るのだから。

 だが、負けたら殺される。

 旧世界の怪物がどんな思想や理念を持っているのか知らないが、おそらく処刑の前に痛めつけられるだろう。

 それを思えば、気付いていないままに送り出すことなどできなかった。


「だが、君は……カプトの生まれではない。サイガやウキョウと違って、婿というわけでもない。ノアに乗って逃げ出す、ということも可能だろう」

「ええっと……そうしろって話ですか?」

「いや、されれば困ることになるだろう。だが、君はそのことに気づいているのかと思ってな……」


 どうやら、気付いていなかったらしい。

 ああ、そう言われてみれば、という顔になっていた。

 死ぬ覚悟、処刑される覚悟。それを持たせないまま送り出すことなど、カプトの当主にはできなかった。


「……あのさ、パレット様は気づいてた?」

「ええ……覚悟はしておりました」

「そっか~~……」

「ショウゾウ、貴方はそれでも戦ってくれますか?」

「もちろん、やるよ」


 言われるまで気づいていなかったが、気付いた後も困った顔をしつつ、迷いなく答えていた。


「右京もなんか言ってたけど、みんなが一生懸命考えて、それが一番いいって決めたことなんだし」

「……君は、それでいいのか?」

「いやいや……今更ですって」


 そんなことは、今更確認をとるまでもない。

 笑いながら、傷だらけの愚者は頷いていた。


「俺は、誰かの役に立って、褒めて欲しいと思っていた。でも、具体的にどうすれば誰かの役に立てるのか、考えたことが無かった」


 それは、祭我とさほど変わらない原点だった。

 なんとなくイメージがあるだけで、具体的な手順があるわけではなかった。

 ただ流れに任せていれば、当然のようにいい結果へ至れると思っていた。


「それどころか、誰の役に立てばいいのか、誰の役に立ちたいのかも考えていなかった」

「君は……」

「貴方は……」

「俺は、カプトの為に頑張ります」


 表情は、幼く見える。

 そこに知性や表裏は見当たらない。


「だから、勝って帰ってきたら褒めてください」

「もちろんだ……君が、カプトの切り札でよかった。パレット、彼のことをよろしく頼むよ」

「はい、お任せください」



 地上では、都市へ侵入したオセオ軍と半壊したアルカナ軍が衝突していた。


【でぃやああああ!】


 歯車とそれをつなげる鎖。

 それが黒妖精の体から放たれ、アルカナ兵の盾を刻んでいた。

 猛威、あるいは牙血と同じ力を宿す彼らが、文字通りの切込み役となって陣形を立て直したアルカナ兵士に攻撃を仕掛ける。

 二足犀たちも進軍しているが、狭い場所となると難しかった。

 大型の怪物が侵入できる場所でも既に戦闘が起きていたが、狭い場所でも激戦が起きていた。


「ぐううう!」

「ここを通すな! 押し返せ!」


 普段ならあっさりと撃ち負けるが、人間たちはダヌアの恩恵を受けている。

 大型の猛獣を相手にできるわけではないが、それでも肉体強化の恩恵と強力な武器が意味を持っていた。

 そして、そうした要素が活きているのは、上空での戦いが人間たちに士気をもたらしているからに他ならない。


 竜の息吹が焼き払い、天罰の炎が貫いた。

 地上で戦う彼らの士気は、即ち上空での戦いが大きかった。


「動きを止めて……からの一撃だ!」


 強化された蟠桃の恩恵を受けて、正蔵の魔力は更に膨れ上がっていた。

 まさに人知をあざ笑う膨大な、極めて膨大な魔力が吹き溢れて止まらない。

 普段から己の限界など感じたことが無い、正蔵自身が把握できていない底なしの魔力。

 それが更に天井知らずとなって、船の外を一瞬で満たした。


 傍らでそれを見守るパレットは、祈らずにいられない。

 これほどの力が、個人に宿っているという事実を。

 それをもってしてなお、個人ではどうしようもない脅威を。


【おおおお!】

【ぬううう!】

【ああああ!】


 危機を感じた竜たちが、旋回しながらブレスを放つ。

 虚空さえ越える神の舟、その障壁に阻まれる。

 無駄な抵抗に思えるそれが、しかし地上に伝わっていると感じていた。


 自分たちを信じて新世界へ乗り込んだ、健気なる同朋たち。

 彼らを不安にさせてはならない。

 竜は勇壮に戦うのであって、神の戦士を相手にしても引くことはないのだ。



「燃えろ!」



 その炎をあざ笑う、船体を中心とする爆炎が竜たちを包み込んでいた。

 それは一時的に相手の鱗を焦がすようなものではない。

 肉片一つ残すまいという、包み込んで離さない持続する炎だった。


 竜の巨体が、燃え盛る炎の中で熱されていく。

 他の生物では一瞬たりとも持ちこたえることができない、余りにも容赦ない炎の中。

 呼吸などできるわけもなく、上下もわからず、何もかもが燃えていく。

 口を開ければ、火を噴くはずの喉が焼かれていく。

 

 雄々しい咆哮を出すことさえできない。

 そんな上空の状況を見て、旧世界の怪物たちは悲鳴をあげそうになる。

 そして、その炎が収まると同時に、飛ぶ力を失った三頭の竜が落下していく。


「貫け……!」


 落ちていく、巨大な竜。

 それへ向けて、障壁の外側から数十発の雷が走った。

 極太の閃光が、炎の収まった上空を貫いて、彼方へと消えていった。


【ご……!】

【あ……!】

【な……!】


 巨体に穴が穿たれた。

 胴体を貫通していった雷は、強靭な生命力を持つ竜にとっても致命傷だった。

 外側を炎で焼かれ、内側を雷が焼いた。


 羽化を終えたばかりの竜たちは、命を失いながら落ちていく。

 その光景を見て、アルカナ王国の戦士たちは喝采をあげる。


「おおおお!」

「カプトの、カプトの切り札だ!」

「さすが世界最強の魔法使いだ!」

「なにが竜だ! 切り札の敵じゃない!」


 大地へ轟音と共に激突する竜たち。

 彼らは、焼かれた鼓膜と眼球で、なんとかそれを感じ取っていた。

 自分たちの敗北に浮かれる、人間たちの声。


 それは無言で嘆いている、自分たちの友軍の士気が低下していることを意味していた。

 もはや、身動きなどほとんどできない。

 おそらく臓器だけではなく、四肢や翼も貫かれている。

 そんな状況でも、最後まであがかなければならない。

 竜たちは最後の力を振り絞って、長い首を持ち上げる。

 そして、その大きな顎を開いた。


 吠える。

 簡単なはずの行動を、最後に行おうとした。

 最後まで戦えと、友軍を勇気づけるために。



「しぶとい、な」



 その生命力、その意志力。

 敬意を払い、罪悪感を感じ、しかし正蔵は鉄の魔法を発動させた。


 地に伏せた竜の直上に巨大な鉄杭を生み出し、重力加速度を乗せて落下させる。

 一本や二本ではない、一頭につき十数本もの杭。

 それが全身を貫いて、ついに竜は絶命した。

 鉄の杭で固定されたままに、屍をさらしていた。


「……彼らにも、戦う理由があるのですね」


 パレットは言葉を選んだ。

 お見事です、と褒めることは彼が嫌がると思った。

 ありがとうございます、と感謝するにも違うと思った。

 まだまだこれからです、と鼓舞するのもおかしいと思った。

 素直に、心のままに、最後まで戦おうとした竜の意志を悼んだ。


「ああ、そうだなぁ……」


 パレットに共感する一方で、正蔵は彼女が口にしなかったことに共感していた。

 眼下の街を見れば、竜がどれほどの力を持っているのかわかる。

 それを倒したのだから、褒めてもらえることだったのかもしれない。感謝されることだったのかもしれない。


 しかし、まだまだこれからでもあった。

 まだ、竜を三頭倒しただけだった。


「……行こう、ノア。他の所へ」

『うん……』


 正蔵にとって、初めての経験だった。

 自分の魔法を受けて、破壊されずこらえることができる生物。

 今息絶えた三頭が特別に強いというわけではなく、あれこそが平均水準なのだとわかってしまう。


 十頭いれば自分と同等、そんな怪物がこの国を襲っているのだ。

 もっと手早くたたかねば、引き分けに持ち込むことができたとしても、多くの犠牲が出てしまう。


 もしかしたら、この地でもう少し戦ってもいいのかもしれない。

 もしかしたら、そっちの方がいいのかもしれない。

 しかし、それは、一生懸命考えて、自分へ指示を出した人を裏切ることになってしまう。


「ショウゾウ……ありがとうございます」

「まだ、早いよ」


 解放されたノアの能力、それによって巨大な箱舟、空中の戦艦は一瞬で消えていた。


 それは当然、オセオの人間たちも見ていた。

 彼らは悟った、自分たちの友軍を葬った『童顔の剣聖』と同列に語られる切り札たちは、竜さえも圧倒してしまえるのだと。

 そして、他の竜を殺しに行ったのだと。


【おおお……竜が……】

【我らの主が……】


「立ち止まるな!」


 それでも、オセオの将兵は友軍を叱咤する。

 泣きわめいて、落ち込んでも意味はないのだ。


「異邦の友よ! 剣をとり術を使え! 竜は倒れたが、我らはまだ生きている!」


 竜は倒されたが、切り札は他の地へ向かった。

 それはつまり、この地は『普通の戦い』である。


 この地に残された者たち。

 街を焼かれたアルカナの兵士と、街を奪いに来たオセオの兵士。

 小細工も大戦力もない、ごく普通の戦争があるだけである。


「竜の戦いを無駄にするな! 最初から、彼らはそのつもりだったはずだ!」


 こちらの優勢は変わっていない。

 このまま相手が息を吹き返せば、それこそ竜の犠牲が無駄になる。


【……】

「竜の(しもべ)よ! お前たちの主は最後まで戦おうとしたはずだ!」

【フンッ! ニンゲン風情に言われるまでもないわ!】

「そうだ! このバケモノどもめ! 人並みに浸るなど、一万年早いわ!」


 立ち直るのが早かった、オセオの兵士たち。

 ダヌアやウンガイキョウの恩恵を受けていない分、この地では最弱の彼ら。

 しかし、落ち込む友軍を激励し、士気を取り戻させる。


「くっ! 怪物どもめ、士気を取り戻したぞ!」

「諦めるな! 竜は既に死んだのだ! その下僕ごとき、どうとでもなる!」


 士気というものは、バカに出来ない。

 少なくとも、士気が無くなれば降伏もあり得る。

 だが、それはムシがいい話だ。

 相手にも戦う理由はあるのだから。


 アルカナの兵士たちは、お世辞にも屈強ではない。

 最初の一撃で多くやられているし、そもそも強化されたところで旧世界の怪物に及ばない。

 それでも、その差は絶望的ではない。

 魔法を当てれば、殺せないほどではないのだ。


【ぬぅ?! なんだ、この風は?!】

【いきなり、突風が……いや、寒波か?!】


 いきなり、旧世界の怪物たちがうろたえた。

 周囲の人間たちはなにがなんだかわからないが、彼らの体毛に霜がつき、猛烈になびき始めていた。

 まるで、人間以外の生物にだけ、猛烈な寒風が襲い掛かっているようだった。


「まさか……天候を操る槍、ヴァジュラの力か!」


 そう、反逆の天槍ヴァジュラ。

 天を揺るがす槍が、その真価を発揮し始めていた。


 人間に追い風をもたらし、怪物に向かい風をもたらす。

 その烈風が、この国全体を覆い始めていた。


「切り札は、我らとともにある!」

「オセオの兵士を押し返せ!」


 少なからず、切り札が早々に撤退したことを不安に、不満に思っていたアルカナの兵士たちが奮い立った。

 背後に風を感じる、自分たちの攻撃を後押ししてくれている。

 その事実が、勇気を燃やしてくれるのだ。


 アルカナとオセオの戦い。

 それはまだ、この地の戦いさえ決定していなかった。

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― 新着の感想 ―
↓オセオはそうしないとそもそも国が滅ぶからね。 どうせ死ぬなら生き残る方になりたいって考えよ。 世界全体の事を考えれる国じゃないのは王女(笑)がやらかしてる時点でわかるでしょ。
完全なただの侵略を許す意味がわからない 個人だけで無く未来永劫自分配下や人類が侵略者に脅かされるのに許す意味がどこにあるのだろうか…
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