事前
ことは、少し前に遡る。
アルカナ王国の首脳陣と、切り札たち。そして切り札の身元を保証する『お嬢様』たちが集まっていた。
ソペードの切り札である白黒山水は現在離れているため、代理としてトオンが参加している。
その上で、右京が代表して話を進めていた。
なにせ相手が竜を含めた旧世界の怪物である。そういう相手を前提に戦争をするとなると、各家の当主や国王もまるで想像が及ばない。
であれば、知識のある右京が周囲へ説明をするのは自然だった。
「今回の戦争は、相手が竜だ。だから俺たち切り札は、制限の外れた神宝を使って竜を殺していくことになる。それ以外の怪物は、全部他の兵士に任せてくれ」
とても真剣な面持ちで、厳正に通達していく。
特に、祭我をよく見ている。
「それから、逃げた竜がいたらそのまま逃がしてくれ。いいな、絶対に追うなよ? 特にオセオへ逃げた竜はな」
「……あの、なんで?」
「今回の戦争は、引き分け狙いだからだ。敗走してくれるなら、御の字だ。相手もすんなり引き分けに応じてくれるだろう」
質問する祭我に対して、右京は端的に答えていく。
なお、正蔵は『へえ、逃げたら殺さなくていいんだ』という感じで思考停止している。
「その……さ、なんで引き分け狙いなんです?」
「そうです、なんで引き分け狙いなの?」
祭我とハピネは、勝ちにいかないことが分からなかった。
普通は勝ちを目指すものではないだろうか。
なお、ディスイヤの二人はどうでもよさそうにしている。
指示はこなすが、内容に興味はないらしい。
「じゃあそもそも、今回の戦争における勝利とはなんだ?」
「そりゃあ、この世界へ入ってきた竜や怪物を皆殺しにすることじゃないか?」
「そうです、全滅させた方がいいんじゃ? 後のことも考えて」
とてももっともなことを確認する祭我とハピネ。
実際、後々のことを考えれば、全滅させた方がいいだろう。
「そうだな、それが俺たちにとっての『勝利』だ。それで、敗北は?」
「えっと……アルカナ王国が滅びて、俺たちの神宝も全部取られるパターンかな?」
「それであってるぞ」
不安そうな祭我に対して、右京は親切丁寧に答えていく。
何も聞かずに『へえ、そうすればいいんだ』と正蔵や春のように考えている方が、次期当主として問題だろう。
「じゃあ引き分けは?」
「防衛戦争だから……相手が全員オセオへ逃げかえって、講和する感じかな。土地とかもとられないようにして」
「その通りだ、俺たちはそれを目指すわけだ」
「……なんでですか?」
追い返した時点でこちらが優勢なのだから、そのまま攻勢に打って出るべきではないだろうか。
そこまで追い込めるなら、押し切るべきではないだろうか。
「じゃあ逆に聞くけどな。負けた場合、俺たちは何を失う?」
「国ごと全部」
「じゃあ引き分けた場合は何を失う?」
「……えっと、侵攻で受けた被害かな?」
「勝った場合は?」
「……やっぱり、侵攻で受けた被害じゃないかな。引き分けた場合と同じなんじゃないか?」
勝つか引き分けるかの差は、アルカナ王国へ侵攻した相手を追っ払って、そこから更に追撃をかけるか否である。
であれば、失うものは同じのはずだ。
いったん劣勢になった相手を押し込むのだから、被害は増えないはずである。
「違う。普通ならそうだが、今回はそうじゃない。お前が竜だったら、オセオへ俺たちが攻め込んだらどうする?」
「そりゃあ迎え撃つんじゃないか?」
「いや、アルカナへ攻め込む。俺ならそうする」
「なんで?!」
「俺たち神宝の持ち主にだけは、いかに竜でも勝ちきれるもんじゃない。それなら他を叩くだろ」
双方の機動力が高いので、どっちも本拠地をどのタイミングでも叩けるのである。
しかも、どちらも単体で壊滅的な被害を出せるのだ。
「どうせ勝てないなら、嫌がらせするさ。攻め込んだら損だってわからせるためにな。実際そうされた方がこっちも嫌だろ」
「……」
「わかるか? 引き分けの方が被害は少ないんだ。確かに後世のこととか他国のこととか、つまり具体的には人類の為なら『全滅』が一番だろう。だがな、俺たちは人類の守護者でも何でもないんだぞ」
人類全体の利益よりも、アルカナ王国の利益は優先される。
もしかしたら百年後にアルカナ王国も被害を受けるかもしれないが、そんなことは重要ではない。
勝っても滅亡したら負け同然である。
「今、今、今! 俺たちは滅亡の危機を回避しなきゃいけないんだ。人類の未来なんぞ気にかけている場合じゃないだろ」
「それは、そうだけどさ……」
相手が旧世界の怪物なので、まるでこの世界の人類を代表した気分になっていた。
しかし確かに、人類の命運など背負っているわけではなかった。
「どうしても皆殺しにしたかったら、いったん引き分けにして、こっちの体勢を整えてから殴ればいいんだ。今は山水もいないしな」
「いや、でもさ……相手は、引き分けを受け入れてくれるかな?」
勝つのは簡単だ。死ぬまで殴り続ければいいので、相手の了承など必要ない。
負けるのもある意味簡単だ。神宝を五つも持っている右京がいる関係で、相手は最終的には交渉してくるのだから。
「引き分けってことはさ、相手と和睦するってことだろ? 受け入れるって決まってるのかな。そんな簡単に戦争って終わらないと思うんだけど……」
「その通りだ、普通ならな」
右京はその言葉を、とても好意的に受け止めていた。
言っていることが、極めてまともだからだ。
おそらく、他の国の首脳陣もそう思っているだろう。
「だがドミノとアルカナの戦争はあっさり終わっただろ?」
「それは正蔵がいたからだろ? 右京……様がもう無理だって、すんなり諦めたんじゃないか」
「ああ、俺の国は独裁政権だからな。他の国だとそうもいかない」
国にはメンツというものがある。
メンツ如きなどと侮るなかれ、メンツが潰れると国家が崩壊することもある。
大ヤモンド帝国が滅亡したのも、メンツのせいだと言えなくもないだろう多分。
いや、アレは違うかもしれないので、具体例としてはふさわしくないのかもしれない。
でも皇帝がスイボクのメンツを潰そうとしたのは事実なので、違うとも言い切れない。
「いくら王様でも、負けそうだからとか、損だからとかで、あっさり手を引けるもんじゃない……」
「それじゃあ……」
「それでも引き分けを狙うべきだ。相手も引き分けで妥協してくれる可能性はある」
「その根拠は?」
当然の根拠を求める祭我と、その隣で頷いているハピネ。
その二人へ、右京は講和文書の草案を渡していた。
端的に言えば、こう書いてある。
『アルカナ王国及びその従属国家は、オセオ王国と相互に攻撃しないこととする』
それを読んで、二人はしばらく首をひねっていた。
そのしばらく後で、ああ、と二人は納得した。
「本気で、人類を見捨てるんだな」
「すがすがしいぐらい、アルカナ王国の国益しか考えてないわね」
「はっはっは! ドミノの国益も考えてるぞ」
軽く笑う右京だが、すぐに顔を引き締める。
「まあそれもこれも、竜を撃退してからだ。相手は十頭もいれば正蔵並みの爆撃ができるって話だからな。仮に百頭いれば、正蔵を十人敵に回すようなもんだ。千頭いたら正蔵百人だぞ、アルカナもドミノも焦土だな」
なんで一万年前に旧世界の人類は、そんなのに挑んだんだろう。
右京は思いをはせていた。
「よって、竜だけ叩け。他は全部兵士に任せるしかない」
「そうは言うけどさ、そもそも竜って正蔵なんだろ? 街を全部吹き飛ばしたらどうするんだ?」
仮に正蔵が街を攻撃したら、反撃もくそもないだろう。
なにせ街が吹き飛んで何も残らないのだから。
「いや、それはない。テンペラの里の連中が倒した連中をはじめ、旧世界の怪物たちはこの国へふかく入り込んでいる。強行軍で現地調達しながら突っ込んできたが、逆に言えば連中も飯を食うということだ。居着いて占領するにしても、攻撃した後で撤退するとしても、街を全部吹き飛ばしたら食うもんが無くなる」
そもそも、ぶっ壊すだけならそれこそ竜だけで十分であろう。
それができないから、わざわざ時間をかけて潜入しているのであるし。
「全部を吹き飛ばしたら俺へ降伏勧告できないから、ある程度壊したらそのまま別の場所を攻撃するだろう。神宝の所有者に殺される前に、被害を拡げるのが目的なわけだしな」
機動力と破壊力を活かして、とことん破壊活動を行う。
そうすればアルカナへ降伏をさせやすくなるし、引き分けに持ち込むとしても優位に進められる。
なにせ旧世界の怪物にとってアルカナ王国だけが脅威なので、その国力が下がれば大いに得だ。
「とはいえ、エリクサーを持っている俺とノアに乗っている正蔵はともかく、祭我と春は殺せたら殺そうとするだろう。だから、春には俺が付く。っていうか、パンドラを着ている春のそばにいていいのはエリクサー持っている俺だけだからな」
それを聞いて、露骨に春の顔が曇った。
自分を守ろうとしていること、自分を生かそうとしていることが気に入らないようだった。
破滅の災鎧パンドラの完全適合者、破滅願望の持ち主としては甚だ遺憾だろう。
なんで死にたくて死にたくて仕方がない男を、何が何でも生きねばならないと思っている男が守ろうとするのだろうか。
とはいえ、不満げではあっても反論はしない。
ある意味当たり前だが、自滅願望はあっても周囲を巻き込むことを良しとはしないのだ。
そうでなければ、完全適合者であってもパンドラを受け取れるわけがない。
「祭我、お前は自分で何とかしろ」
できるよな、と素で尋ねる。
それに対して、最強の神剣を使う男は請け負っていた。
「もちろんだ、俺はエッケザックスがいれば大丈夫だよ」
「よしよし、お前には予想される要所を守ってもらう。正蔵はノアに乗って、各地に散った竜を撃破してくれ。俺と春は人気のないところで、エリクサーで引き付けて大暴れするさ。まさか……」
まさか、今更、自分でドラゴンを倒すことになるとはなあ。
右京は懐かしさを感じさせる言葉で、そうつぶやいた。
自分が一人では何もできないと知った後で、革命を扇動して国家を転覆させたのだ。
曲がりなりにも一国の君主になり、さらなるチートな正蔵によって戦争に負けて、属国の主になった。
その後で、ドラゴンと戦うことになるとは。人生とはなかなかわからんもんである。
そんな男子として激動の人生を送る『英雄』を見て、アルカナ国王やトオン、四大貴族の当主たちは羨望を禁じえなかった。
「まあとにかく、相手の数がどれだけだったとしても、それをどれだけ早く殺せるかで戦争の結果は決まる。竜が焼いた街を助けることなんて考えるなよ。旧世界の怪物が街を襲っていたとしても、無視して竜を殺せ」
人間を一人助ける間に、竜がいくつも街を焼く。
それを全員へ周知させる。
「無傷で生き残れると思うな」
それが、普通の戦争だ。
あまたの犠牲の果てに目的を達成した男は、未だに苦痛を知らぬ切り札たちへ伝えていた。
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ただし、パンドラを装備した春を例外とする。




