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再会

 一万年の衰退。

 それは穏やかな滅亡であり、苛烈な生存競争でもあった。


 人間が逃亡した後、竜とその配下たちは大笑いをした。

 神に挑み、勝利したと喜んだ多くの竜たち。

 所詮自分たちを超えるものなど、神は生み出せないのだと大笑いしていた。


 そうした傲慢を、一万年の年月はごりごりと削っていった。

 一部の怪物たちは、これが期限付きの勝利だと知っていた。

 だからこそ、竜たちに無駄と知ったうえで警告していた。


 一万年かけて、この星は滅亡する。


 もちろん、そんなことを信じるものは少なかった。

 そもそも、一万年後に滅ぶなど、今を生きるどの生物が困るというのだ。確かめようもないことであり、どうでもいいことだった。


 この星を駄目にした、神に逆らった竜たち。彼らは一切損をすることなく、この世界を去っていった。

 しかし、それから五千年後。

 星は衰えに衰え、死に絶える地域が拡大していた。

 そんな状況で、竜になにができたというのか。


 今から五千年後、新世界への脱出船が完成する。

 そんなことを聞かされて、五千年後を期待する生物がどこにいるのだろうか。

 だれかは叫んだ。たとえ今から五千年後に向こうの世界へ渡れないとしても、今この瞬間に生きている生物のために資源を使うべきではないかと。

 しかし、その抗議の声は誰にも届かなかった。

 五千年後へ向けて、折り返し地点に来た生物たちはなおも、今と言う瞬間を見捨て続けていた。


『神は戦わない、戦う必要がない。彼はこの世界への関心を失った、それだけなのだ』


 勝ち負けの問題ではない。

 そもそも神は攻撃などしていない。

 元々神の愛はこの地に注がれていた、それが供給されなくなっただけなのだ。


 神とは崇めるものであり、張り合う相手ではない。

 今ここにある、当たり前の環境。それを施しているのが、神なのだ。


 ありとあらゆる世界の中で、神の座へ至った者はただ一人。

 故に、その者だけは神に在らずして神と呼ばれている。

 その彼を除いて、誰も文句をつけることができない。


 それを怒らせれば、未来などない。

 それでも、生きていかねばならない。


 一万年前に先祖が成した大逆、そのツケは後世になるほど重くなっていった。

 そして、一万年後。今この時代に生きた彼らだけが、この世界へ逃げてくることができた。


【母なる世界を捨てて、この世界へたどり着くことができた。それだけでも、我らは幸運だ。我らはこの世界へ来て初めて、満腹を味わった。それだけで十分だ】


 およそここ数百年間、そんな些細な幸せさえ味わえなかった。

 それを知っているからこそ、この愛に満ちた世界に訪れることができた幸福に感謝を。

 何の罪もない先祖の犠牲、その果てにたどり着いた。


【我らが父祖は、我らを送り出した。我らは弟妹をこの世界で生かすために、神の宝と戦うのだ】


 自分たちも、犠牲になる。

 いまだ卵のままの、子供たちのために。その子供の、さらに子供のために。

 いや、竜を信じて生きていた、旧世界のすべての種族のために。


【この世界へたどり着くために支払った、多くの犠牲に報いるために】


 羽ばたけばたどり着ける場所に、敵がいる。

 戦えば勝てる敵が、すぐそこにいる。


 最強であることが、ようやく意味を持つのだ。

 胸を張って、戦いに赴くだけである。


【この世界で生きていくために、我らは行くのだ!】


 戦って死ねるだけ、自分たちは幸せだ。

 それが強がりでもなんでもなく、ただの事実だというのが母なる世界の悲しみだった。


【お、お待ちください! せめて、羽化には我らをお使いください!】


 覇精を高めつつある竜たち、その彼らへ小さな鳥が近づいていく。

 人間の頭ほどの大きさしかない、飛ぶのが早そうにも見えない不細工な鳥。

 それが、言葉を発しながら、大量に現れた。


【我らは先祖代々、竜より格別な寵愛を頂いてまいりました!】

【そうです、我らの力抜きに羽化をすれば、長くなど……】


【よいのだ、お前たちを今この時に使いつぶすわけにはいかぬ】

【我らの弟妹を頼んだぞ、これから先のためにな】


 そっと突き放して、彼らは覇精を燃やしていく。

 彼らの体を隠していた、粗末な布が一瞬でぼろきれとなって破られていく。


 それを見ている人間たち、彼らの視線はどんどん上へ向いていく。

 勇壮を極める、神さえあざけった強大な生物を、見上げていく。


「……我らの先祖は、こんな生物を相手に挑んだのか」


 誰がそうつぶやいたのか、あるいは全員の言葉なのか。

 明らかに、目に見えて、どうにもならない存在。それを目の当たりにして、腰を抜かしてへたり込む者もいた。


「これが、竜……」


 この新世界で、一番大きい生物は海で暮らすクジラだろう。

 しかし目の前に出現した竜は、大きな翼を広げるまでもなく、それよりも巨大だった。


「……これが、神に挑んだ生物なのか」


 竜として、真の姿になった。

 父祖と同じ成体になった彼らは、自分たちを見上げる人間たちの畏怖を受けて。

 やや、白けていた。

 

 高くなった視線で、周囲を見渡す。

 一万年前は旧世界にも存在していた、圧倒的な生命力。

 自分たちがどれだけ強かったとしても、維持できなかった環境。


 これを享受していた生物に、どれだけ畏怖されても皮肉にしか思えない。

 強かったところで、なんの役にも立たなかったのだから。


【……では、行くとするか】


 全身を強固な鱗で覆い、広げた翼は如何なる鳥よりも速く遠くへ巨体を運び、牙の並んだ口からはあらゆるものを焼き尽くす炎を吐き出す。

 それらの機能を、十全に発揮する。

 一万年ぶりに、あるいはこの世界で初めて、竜の暴虐が解き放たれようとしていた。



「始まったか」


 神はすべてを見ている。

 確かにその可能性はあるとは思っていた。

 しかし、実際に旧世界の怪物が、ここまであがくとは思っていなかった。


「……あの化け物がぶつかってくれれば楽だったのだがなあ」


 目を放していた世界から、そこそこの数の移民がたどり着いた。

 しかも、多少は知恵を付けて。前回と違って、今回は共存する姿勢を見せている。

 そういうことなら、まあ容赦してやってもいいだろう。

 その程度には、神にも温情はあった。


「まあいい、今回は大丈夫だろう」

「ほう、何が大丈夫なので?」

「……ぎゃああああああああああああああああ!」


 神の座で仕事をしていた神、その背後から声が聞こえて、振り向くとそこに人がいた。

 そう、人がいたのだ


「す、す、スイボクか?!」

「いやあ、お久しぶりです」


 神の座に自力でたどり着き、さらにそこで神の剣を得て帰還した荒ぶる神。

 その彼が、再び神の座へたどり着いていた。


「実は師匠から『なに、神の座まで行って神剣を受け取ってきたのに、自分の都合で捨てただと? 謝ってこい』と言われまして……」

「お前の師匠も大概だが……お前もお前で、本当に来るなよ……」

「ああ、それから弟子を紹介してくれたことにも、その、感謝をと思いまして」

「それは、こう、手を合わせて祈るぐらいにしておけ! 直で言いに来るな!」


 どこの世界に、神へ感謝しているからと言って実際に礼を言いに来る男がいるのか。

 そう軽々しく立ち入られては、神の尊厳にかかわることである。


「前回は息も絶え絶えでしたが、今回は楽でした。いやあ、俺も二千五百年の間に成長しているんですねえ……久しぶりに虚空法を使ったので、正直不安だったんですが」

「相変わらずのバグぶりじゃな……」


 もうこのまま神の座へ召し上げたほうがいいのではないだろうか。

 そう思わないでもないが、こんな奴を神にしたらそれはそれで問題にも思える。


「では、改めまして……神剣エッケザックスを捨てて、申し訳ありませんでした」

「ええよ、別に。本人にももう謝っているのじゃろう?」

「はい……我ながら、申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「そう思うなら、千五百年も放置しておくな」

「もう、会いたくないと思っていたんですが……てっきり最初の百年ぐらいで他の人を見つけたのかと」


 たまに、スイボクは常識的な判断をする。

 それは大抵の場合、妙に自分へ冷静な評価をするときだ。

 もう千五百年もたっているんだし、神剣エッケザックスも自分を忘れているだろうとか。

 もう三千年もたっているんだから、フウケイもカチョウも解脱しているだろうとか。

 そういう、妙な考えである。

 実際には、そんなことは一切なかったのだが。


「それから……サンスイについて」

「ああ、うむ……どうだった?」

「……自慢の弟子です。俺は彼を育てるために人生があったのかもしれないと、そう思うほどに自慢の弟子です」

「それだと困るんじゃが……」


 できれば、昔のように勇んで竜へ挑んでほしいところだったのだが。

 まあ、それは望み過ぎな気もするが。


「まあいいけども」

「最初は正直面倒なことを押し付けられたと思ったんですが……」


 苦心と苦悩の果てに、ようやく人生の決算を出せたと思ったら、二千年ぶりに一度あっただけの男から『借りを返せ』と紹介状を渡されて子供が来た。

 それで快く思えるわけがない。

 しかし、実際に育ててみると、これがかわいくて仕方がなくて……。


「いい弟子です。もういつ死んでもいいと思うほどに……」

「でも死ぬ気はないのじゃろう?」

「ええ、まだまだ、さらに高みを目指しています! まさか我が師が解脱法なる仙術を編み出しているとは……このスイボク、いまだに若いと感じました!」

「……お前の師匠も頭おかしいのう」


 一人でインフレし続ける、他の追従を許さない最強生物。

 この場合の『許さない』は、追従する生物の生存を許さない、という時代があったので本当に許さない男である。

 二千五百年ぶりに再会した怪物をまえに、神は呆れるしかない。


「まあとにかく……それも余生。俺は弟子を一人前に育てました、それでもう終わりです」

「ああそう……」


 じゃあなんで元気溌剌なんだろう。

 神はいぶかしんだ。

 おかしい、ニンゲンってこういう生物ではなかった気がする。


「とにかく、エッケザックスのこととサンスイのこと、謝罪とお礼を言えてよかったです」

「ああ、うん……そう」


 ここまで感謝されるとは思っていなかった、というかそんな神経があるとは思っていなかった。


「それで、もう帰るのか?」

「ええ、あんまり長居すると悪いと思いまして。また来ます、今度は酒でも持ってきますよ」

「っていうか軽く来るな……」

「ああ、じゃあ手紙でも書いて事前に送って……」

「文通する気か?!」


 この男、問題を解決しようとすると、大体なんとかできてしまう。

 文通を目標にしたら、本当に文通できそうである。


「……スイボク、一応聞くが」

「はい、なんでしょうか」

「アルカナ王国に、旧世界の怪物が攻め込んで居る。どうする?」

「どうもしませんが」


 とてもさわやかに、一切不安がなさそうに、負い目もなく言い切っていた。


「大丈夫ですよ、あのアルカナ王国は上から下まで、俺の人生の中で一番いい国です」


 よき王が治め、良き家臣が従い、良き民が仕えている。

 それはとても、素晴らしい国だった。


「あの国は、俺なんかいないほうがいいんです」

「ああそうか……まあお前はそういうと思っておったが」


 神はしばらく躊躇した後で、もう一つ注文を付けていた。


「では、スイボク。お前が儂に未だ借りを感じているのなら、頼みがあるんじゃが」

「なんですか?」

「今回の戦争が終わった時に……もしも旧世界の怪物どもが、本当に人間とともに生きることを選ぶなら。そしてそれを人間が受け入れたのなら。その時は……伝言を頼みたい」


「え? 自分で言ったほうがいいのでは?」

「いや、そう軽く行けるか! 一応神なのじゃぞ!」

「俺も神と呼ばれていますが……」

「お前一応人間じゃろ! とにかく伝言を頼む!」

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