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断絶

 勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

 敗北には確実に理由がある。自分に、自陣に、手落ちがあるからこそ敗北する。

 しかし、勝てばそれでいい、というのも間違っている。いいや、それこそが間違っている。


 なんとか勝ったから、自分は正しい。それは間違いだ。

 勝ったからと言って、それが百点満点の勝ちとは限らない。

 もちろん百点満点の勝利などありえないし目指すべきでもないが、反省点は常に探らなければならない。


 そして、反省点とは究極的には自分の好みである。

 はっきり言えば、そもそもたった一人で武術家の里を襲う、それ自体が間違っている。

 天地法を習得しているにもかかわらず、それの準備をせずに攻め込むのも間違っている。

 第一、全くなんの必要性もなく下調べもしていないのに、自主的に向かうことが間違っている。


 これらに関しては、二千年経過しても一切改善されていない。

 むしろ、標準装備が木刀になり、人参果や蟠桃などの準備もしなくなっているので、さらに悪化している。

 戦闘に備えての準備、という意味ではスイボクは大いに劣化している。


 しかし、その一方で対峙した際に発揮する洞察力や想像力、注意力や警戒心などは跳ね上がっている。

 流儀、美学、思想。それらによって、スイボクは理想の剣士を描き、実現させていた。

 それが山水なのだが、それはおよそ二千年後の話である。


「……勝った」

『うむ、勝ったな!』


 自分に歯向かった敵は、誰も生きていない。

 それが勝利でないのなら、なんだというのか。


「俺は、勝った」

『うむ、流石だ!』


 勝利という結果にこだわり、勝利に至る。

 流儀に反する手段によるものだが、それでも勝利ではある。

 だから、間違っていない。だから、正しいはずだ。

 最強への執着が、自己への正しい認識を誤らせる。


『此度の相手は、初見故に手こずったが……仮に同じ敵が次に現れても、どうとでもできるであろう!』

「あ、ああ……」


 それも、間違いではない。

 確かに経験とは、そういうものでもある。

 初めて見る相手に戸惑うのは仕方がないし、正解を選ぶこともできない。

 だから仕方がないし、もう倒しているし、攻略法もわかっている。

 だから、これでいいのだ。スイボクは何とかごまかそうとしていた。


 二千年後に山水は、テンペラの里の小娘たちを相手に、構えや来ている服などから推理し凶憑きも含めて危うげなく倒している。

 それはつまり、この時代のスイボクは『これでいい』と思いつつも『これではいけない』と考えていた証明でもある。

 

 勝てばいい。勝利こそが前提であり、それにたっせたならすべてが正しい。

 それは確かに、ものの見方としては正しい。

 少なくとも、負けて死ねば次などないのだから。


「……エッケザックス。ここをずいぶん荒らしたから、直そうと思う」

『うむ、そうだな……』

「それから……社を建てよう」

『おお、そうしたいのならそうすればいい! お前は社を建てるのも得意だったな!』


 間違ったまま死ぬか、それとも間違いに気付いて正道に戻るか。

 仙人の人生とは、そういうものである。


 これから五百年後に、スイボクは自分の間違いを探すためにエッケザックスと決別する。

 さらにその千年後に、スイボクは自分の間違いに気づき、自分が本当にしたかったことを認める。

 千五百年にも及ぶ放浪が、勝利に彩られた戦績が、しかし実際には本当にやりたかったことではないということに気付いて。

 この時代から二千年後、フウケイとの闘いをもって彼は本当の意味で人生の決着をつけるのだが。

 それは、やはり二千年という悠久の時を超えた後なのだ。


「なあ、エッケザックス」

『どうした、我が主よ』

「お前が……お前が居なかったら、勝てなかったよ」

『で、あろう?!』


 これから後に、エッケザックスと同じ八種神宝たちやその使い手と遭遇するのだが……。

 それもまた、別の話である。



「あるいは我の存在は、奴が自分の過ちに気付くまで、奴が死なないように守ることだったのかもしれんな」


 最強の剣が欲しい。

 最強の剣士には最強の剣がふさわしい。

 最強の神剣エッケザックスは、今でもそう思っている。

 それが彼女の存在意義なのだから、仕方がない。


 しかし、スイボクはそれから離れた。

 最強の剣を求めて、最強の剣を手に入れて、最強の剣に認められた。

 最強の剣は、確かに最強だった。それさえあれば、どんな敵にも勝てるほどに。

 だから、捨てたのだ。最強の剣がなくても最強になれる、そんな剣士になるために。


「さて、ここまで話したのにはそれなりに理由がある。竜についてだ」


 非現実的を極める話だった。

 なまじ、エッケザックスそのものを、祭我は使っているのだから。


「あの時のスイボクは、羽化した竜に匹敵した」

「……え?」

「もちろん、我をもって竜と相対すれば、我の制限は解除される。しかし、それを抜きにすれば、あの時のスイボクは竜に等しかった」


 暴走したときのスイボクを100とすれば、羽化した竜もまた100だという。

 それを聞いて、テンペラの里の面々も、祭我も、すっかり血の気が引いていた。


「それが何百居るのかわからん。今回は、そういう戦争だ」



 オセオは、いよいよ本格的な開戦を目前としていた。

 それに合わせて、竜たちがいよいよ国王を含めたオセオ人たちの前に現れる、ということになっていた。

 正直、今まで本物の竜を見たことがなかったので、もしかして実在しないのではないか、とは思っていた。とはいえ、変に急かすのも悪いと思って誰もが口にできずにいた。


【今まで、申し訳ありませんでした】


 それを察していたのか、レッサードラゴンであるアラゾメは謝罪していた。

 なにせ自分は本物の竜としての力を持たない、と自己申告していたのにまともな竜を交渉役によこさなかったのだから。


【こうして、最後の時になるまで本物の竜が顔を出さなかったのですから、不審に思われても仕方がありません】

「では、その理由も話していただけるのかな?」

【ええ、我らもあなた方に対して誠意を見せようと思います】


 あくまでも、今のところ、ではあるが。

 しかし、オセオと旧世界の怪物たちは、全面的な協力関係にある。

 双方後がない状態だからと言っても、奇跡的であり感謝すべきことであった。

 

【まず、我らがいかにして母なる世界から、この地へやってくることができたのか。これは樹精を宿す種族である人面樹が、身をささげて船となってくれたからなのです】

「つまりは……意思のある木、ということだろうか?」

【その通り。彼ら長命種は己を材料にして、他の長命者に船を造らせたのです……】


 壮絶な話だった。

 確かにそれぐらいしなければ、遠い世界からここへ来れなかったのかもしれない。

 しかし、自分の身をささげる、というのは想像を絶するものがある。


「我らはかなりの数の貴殿らをみたが、一体どれだけの犠牲をもって……」

【すべてです。一万年の間に生まれた長命種たちは、全員が己を材木とした。樹精を宿す彼らは、星の終わりをずっと感じていたそうで。そして、星の死とともに自分たちのことも終わらせたのです】


 命は、星に。

 体は、同胞を新しい世界へ送るために。

 長命なる種族の、壮絶にして偉大なる犠牲。

 それを聞いて、人間たちは見たことがない『人面樹』とさげすまれた長命種へ尊敬の念を抱かずにいられなかった。


【そして、星に残った(・・・)のは彼らだけではありません。命精を宿し未来を見ることができる万年亀たちは、やはり星の結末を受け入れていました。彼らは人口を調整していたので、ただ一頭の老いた亀が寿命を迎えるだけだったのですが】


 如何に一万年前から現在が遠い未来だったとしても、しかしそれが避けられぬ未来だというのなら。

 それは、種族全体で共有できる絶望なのだろう。

 人間が勝利すれば、そのまま滅亡ないし迫害される。

 竜が勝てば、一万年間は安寧を過ごせる。

 後者を選んだ亀たちは、緩やかな絶滅を選び、他の種族へ席を譲っていた。


【何分、船の大きさには限度がありました。生き残っていた種族の総数が如何に少ないと言っても、載せきれるものではなかった。だからこそ……真の竜もまた残りました。船に乗るには、体が大きすぎたのです】

「……それは、戦力にならない竜だけがこの世界へ来たということか?」

【いいえ、違うのです。羽化を済ませていない、覇精を宿しているが成体になっていない竜、ということです】


 人面樹とやらを使った船がどれだけの数、どれだけの大きさなのかわからない。

 しかし、成体になった竜は、下手をすれば船そのものより大きいのかもしれない。

 だとすれば、残ったというのも納得だ。


「子供、ということか?」

【半分は正しいですね。成人していない、ということなら】

「……?」

【人間が覇精を宿している場合、それが尽きるまで巨大な姿になるといいます。しかし、竜の場合は違うのです。一度覇精を使って成体になると、死ぬまでそのままなのです】


 なるほど、それはわかりやすい。

 竜と言うか虫のようだが、まさに羽化が必要ということだろう。


【失礼な話ですが、覇精を宿して生まれても、竜は羽化するまでレッサードラゴンと見分けがつきません】

「なるほど、それなら他の種族を圧迫することもないのだな……」

【その通り、と言えればいいのですが……私のようなレッサードラゴンはともかく、普通の竜はとても気位が高いのです。種族的に、というよりは教育によるものですが……】

「いやいや、それは人間も同じだ……。いや、実力が伴っているのなら、当然のことだ」


 竜の子供が、他の種族を下にみる。竜の親が、そう教育する。

 それは人間が家畜へ向ける、上位者としての意識と同じものだろう。

 当たり前すぎて、まったく咎める気になれなかった。


「なるほど、覇精を宿している竜は気位が高いので、人間風情と交渉ができなかったと……」


 だからこそ、妥協策として覇精を宿していないレッサードラゴンのアラゾメが、交渉役として送り込まれてきたのだろう。

 あまりいい気分にはなれないが、竜全体が他の種族の王なのだとしたら、納得できる話である。


【それも、半分です。覇精を宿す竜は、その……羽化する前の姿、レッサードラゴンと同じ姿を他の種族にさらすことを、非常に恥じらうのです】


 たとえるなら、オムツをはいたまま表に出るようなものだろうか。

 それはそれで、納得の理由である。


「その話をいまするということは……」

【ええ、これから我らの命運を賭した戦いが始まります。既にアルカナ王国へ潜入した軍勢と合わせて、羽化した竜が攻撃を開始します。それは……帰らぬ旅になるでしょう】

「それほどに、神宝の確保ができなかったことが痛いと……申し訳ない」

【いえ、それだけではありません。はっきり言って、今回の作戦に参加する竜たちは……】



【大暴れして、そのまま死にたいのだ。ニンゲンなどと迎合して生きることに、耐えられないのでな】



 体をすっぽりと布で隠した、人間と変わらない大きさの怪物。

 その彼らが、ずらりと並んで現れた。その数、およそ五百ほどであった。

 声しか聞こえないのだが、その声色からはいら立ちと恥じらい、捨て鉢さが伝わってくる。


【これはこれは……】

【挨拶はいい、アラゾメ。我らはとっとと出向いて、とっとと散るだけだ】


 竜の先祖は自らを神よりも偉大と誇り、その神から加護を得ていた人間を追い出したことで神の愛を失った。その結果、旧世界は滅びた。

 その愚を、この世界でも繰り返すわけにはいかない。

 この世界では、竜も身の程を弁えて生きねばならないのだ。


 だがそれは、人間の感覚で言えば家畜と対等の暮らしをすることを意味している。

 まともに教育された彼らには、それが耐えられないのだろう。


【そして、ニンゲンの王よ。非常にいやだが……お前たちを認めてやる】

「それは、どうも……」

【ええい、黙れ! とにかく、黙って受け取れ! 我ら竜の、その未来をな!】


 他の旧世界の怪物たちが、恭しく多くの箱を運んできた。

 それらには装飾が施されており、宝物が詰まっていることを予測させた。

 しかし、未来、というのはわからない。


【……竜に育てられた竜、その歴史はここで区切る。覇者としての誇りは、これからの時代には無用だ】


 だが、そう言われれば、その箱の中に何が入っているのか。

 人間たちにもわかってしまう。

 彼らの覚悟さえも。


【我らが父祖から預かった、弟妹たちを頼んだぞ】


 箱に詰められているであろう、竜の未来(たまご)

 それを残して、彼らは飛びたとうとしていた。


 他の種族を従えてきた、偉大なる生物としての最後の責任を果たすために。

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