完成
再現しなくていいところまで再現して、何がどうして村が壊滅したのかを証明した黒髪の男。
今彼は、再び気絶し、法術の医療を施さずに放置されている。実に賢明な判断だった。
「彼は危険です」
「それはもう知ってます」
「うむ、専門家として対策を練ってほしい」
百聞は一見に如かず。程度の差はともかく、また気絶している彼を見て三人は彼の危険性を理解していた。
ほぼ間違いなく、悪意のかけらもない。そして、それは彼の安全性を保障するどころか、むしろ更に悪いものにしている。
「そうですね……仮に百倍の魔力……いいえ、実物を見てからは百倍では効きません。あれは小さく見積もっても千倍を越えています。千倍の魔力を持つ人間など、もはや個人の兵士や魔法使いではなく、強大な兵器です。それこそ、八種神宝と同じく」
対策も何もあったものではない。通常の人間の、どころか一流を名乗れる魔法使いの千倍以上の魔力を宿す男の事なんて、誰も想定も想像もしていない。
しかし、実際にいるのだから仕方がない。とにかく分析をするために、専属魔法使いは解説をはじめていた。
「まず、千倍以上の魔力を持つことの優位、危険性は、射程の長さと有効時間の長さです。彼は千人以上の魔法使いが放つ攻撃魔法と、同等以上の攻撃魔法を単独で放つことができます。しかし、千人いても及ばない、千倍の魔力に由来する千倍の射程距離。仮に百メートル先まで届く火の塊を放つ魔法を唱えた場合、百キロ先まで飛んでいきます」
「……百キロ」
「ここから隣の国の街に届きかねん……」
明らかに個人が、いいや、国家がどう頑張ってもたたき出せない距離である。原理的に不可能なのだ。
「脅威となるのは、精度そのものは決して千倍ではないということです。そもそも百キロ先なんて視認できませんし、少し角度がずれただけでも遥か彼方へ飛んでいくでしょう。逆に言って、彼がもしも目標を外せば、百キロ先まで千人の魔法使いが放つ威力の攻撃魔法が飛んでいくことになります」
ぞっとする話だった。
仮に彼が『ついうっかり』王都に向けて火を放てば、それこそ王都が火の海になりかねない。一体どれだけの死者が出るのか、想像もできなかった。
そんなことになったら、彼の首一つでは収まらない内戦になるだろう。
「絶対に外せない切り札という事か……」
「いいえ、使えない切り札です。先ほども言いましたが、軽く見積もっても千倍です。それ以上の射程を持つかもしれない魔法など、全く関係ない国を焼きかねない。それこそ、空の彼方か、或いは高所から地面への攻撃しかできないでしょう」
「射程距離に関しては理解した。では、有効時間とは?」
専属の魔術師は、聖騎士の団長に応じる様に、自分の掌に少しばかりの土を出して見せた。土の魔法による、土の生成である。
「指先から火を灯すこととおなじ、土の初歩の魔法です。ご覧になってください、どんどん消えていくでしょう」
火や風の魔法の場合、普通の火や風そのものが自然に消えていくものであり、だからこそあまり意識することはない。
しかし、土と水の魔法の場合は別である。極めて視覚的に、何が起きているのかわかるのだ。
「魔法で生み出した水では乾きを潤すことはない。一時で消えてしまうのです」
魔法の土も魔法の水も、所詮は仮初の物でしかない。
魔力に応じて決まる時間が過ぎれば、或いは術者から離れすぎれば、魔法の産物は消えてなくなるのだ。
「ですが、彼の魔法で生み出した物は千倍以上の時間残り続ける。彼がもしも、とっさではなく意図的に膨大な水を生み出せば……」
「その水が全く関係ない低所に流れ込み被害を生むこともあり得ると……」
弱すぎて使えないのではない、強すぎて使えない魔法使い。
その厄介さは尋常ではなく、三人は苦悶の顔をしていた。
「一つ言えることがあるとすれば、彼を家屋や街の中に入れるべきではありません。はっきり言って、隔離するべきです」
「それは……」
「彼がもしも街の中で魔法を使おうとすれば、そのまま村の再現が行われます」
その被害の規模は、それこそ甚大だろう。
下手をすれば、大量の死者がでてもおかしくない。
「ですが……彼を拘束するのですか?」
「村一つ滅ぼした重罪人です。それに、下手に拘束すればそれを破ろうとするでしょう。あくまでも隔離です。人のいない場所に住ませて、街に近づけさせないのです」
パレットとしては気が進まないが、しかし彼の軽率ぶりは自分の目で既に見ていた。
確かに、そうならないと思うことが楽観であり、一種の傲慢である。
「わかりました。聖騎士隊隊長、彼が住むための仮設の小屋を準備して下さい」
「承知しました」
「魔術師殿は、彼が起こしうる問題の予測をお願いします」
「承知しました」
はっきり言えば、気絶しているうちに殺すべきだったのかもしれない。
しかし、常人の千倍もの魔力を持つ男には、一種の『魔力』があった。
つまり、もしも彼を御することができたならば、その時は如何なるものをも退ける絶対の力になるのだと。
※
「こんな人から遠い、何もないところに」
カプトの領地は広く、加えてアルカナ王国自体がそこまで人口密度が高いわけではない。
よって、特に利用価値もなく流通経路もない草原地帯は存在し、そこへ彼を隔離するための小屋が急きょ建設された。
まるで流刑である。強大な魔力を宿しただけで、悪事を働いたわけではない男に、パレットは申し訳ない気持ちを抱いていた。
「ご安心ください。小屋には必要なものをある程度揃えておきましたし、相手も独り立ちしているであろう年齢の男です。事情も説明してありますし、問題はないでしょう」
「これは彼に罪を犯させないための処置でもあります。適正かと」
聖騎士隊隊長と専属魔術師を伴って、パレットは馬車に揺られていた。
とにかく彼の扱いは慎重に行わなければならない。
最悪殺すしかないが、そうならないためにも彼に節度を覚えてもらう必要があった。
魔法が制御できないのは仕方ないが、彼という人間は制御できるようにしなければならない。
「……あの、何かおかしな音がしませんか?」
馬車に揺られているパレットは、何やら脆いものが砕けて消えるような音が聞こえていた。
そして、それは他の二人も聞こえていることだった。
「そういえば……何かこう、冬の行軍でたまに聞く音が……」
「……なにか、こう、冷えませんか?」
三人は、猛烈に嫌な予感がした。
「おい! 馬を急がせろ!」
「はい!」
聖騎士隊長は、御者を務める自分の部下に急ぐように命じていた。
そろそろ彼のいるはずの小屋が見えてくるはずである。
つまり、彼がついうっかり発動させてしまう魔法の有効範囲に入っていることを意味していた。
「さ、寒い……」
「お嬢様、上着でございます」
「馬鹿な……氷属性の魔法は上位魔法……それがこんな広範囲に?!」
もしかしたら、周囲一帯が一度凍っていたのかもしれない。
そう思うほどに、氷魔法の残り香である冷気が、大気も大地も凍てつかせていた。
そして……馬車は凍気が籠った中心にたどり着く。
ことは一刻を争うかもしれない。三人は慌てて、凍えそうな大地に降り立った。
「ぬううん!」
凍って開かなくなっていた小屋の扉を打ち破って、聖騎士隊長が内部に突入する。
すると、そこには体の内部まで凍っているのではないかという死体が椅子に座って、指を構えたままの姿勢で静止していた。
※
「なんかこういう小屋で暮すのは新鮮だな~~」
「新築してもらっちゃって悪いな~~」
「こういう長閑なとこもいいよな~~」
「俺、異世界に来たんだな~~」
「すっごい魔法が使えるようになったんだな~~」
「そうだ! これから昨日の三人が来てくれるっていうから、来る前にちょっと魔法の練習をしよう!」
「『そ、そんな! この貴族専属の魔法使いである私にも難しい魔法が使えるなんて?!』」
「『おお、こんな天才が儂の前に現れるとは……』」
「『素晴らしい……ぜひ私の家に仕官してください!』」
「とかできたら最高だしな~~~!」
「よし、ちょっと暑いから、涼しくなる魔法とかを使ってみようか!」
「あのお爺さんから、水を極めると氷が出せるとか言ってたし、多分練習すればできるだろ!」
※
「さ、さむい……」
「そんないい加減な発想で、この周囲一帯をここまで氷漬けにしたのか……」
幸いというか、蘇生に成功した彼から事情を聴いた三人は、余りのことに頭を抱えていた。
これが水やその上位である氷であることが幸いだっただろう。
もしも寒い、暖かくしよう、と思った物なら、彼は消し炭になっていたに違いない。
「もしや、千倍どころではないのかもしれないな……」
火の魔法で水を煮立てれば、火の魔法の効果時間が過ぎても沸騰したままになる。
同様に、彼は一瞬で周囲全体を氷漬けにしてしまい、有効時間が過ぎて氷が消えた後もその低温が維持されたままになっていたのだろう。
「法術である程度は治せましたが……」
「ありがとうございますぅ……」
「なぜこんな無茶を……」
「いやその……ちょっと見直してくれるかなって……」
どうやら自分は失敗に失敗を重ねてしまったらしい。
それなら、もう失敗しないように秘密の特訓をしておこう。
前向きでへこたれず、諦めない男はめげずに再挑戦していたのだ。
哀しいことに、学習能力がまったくなかったのだが。
「だってほら、その……俺って、魔法の調節が下手くそらしいし、練習しないと迷惑かなって……」
「練習してもどうなるものでもありません! 私達の許可なく魔法を使ってはいけないと言ったはずです!」
法術の使い手であるパレットには、魔法の事は専門外である。
しかし、少なくとも専門家が無理だと言っているのだ。だとすれば、彼は原理的に不可能なことを練習しようとして、一発で成功して自滅したのである。
こんなバカみたいな話など、あってたまるものか。
「なるほど、どうやら細かいところまでは伝わらなかったようですね」
専属魔術師は、相手が素人だと改めて理解した。
「君、名前は」
「興部正蔵、です」
「キョウベ・ショウゾウか」
毛布を羽織り、湯の入れた桶に足を突っ込んで震えている正蔵に対して、改めて彼は説明をすることにした。
「いいかね、君の中の魔力は余りにも膨大だ。それ故に、君は細かい操作ができないのだ」
「それは制御が下手ってことじゃ……」
「下手なのではない、不可能だ。君は、昨日指先から出した火柱よりも小さい火や、水や風や土を出せないのだよ」
「ええ?! それってつまり……」
『ぎゃ、ぎゃあああ!』
『な、なんだよコイツ! 俺の必殺技である火の魔法を、同じ火の魔法で吹き飛ばしやがった!』
『こんな強力な魔法、見たことねえぞ?! いったいどんな呪文だ?!』
『今のはただ、指先に火を灯しただけだ。分かるか? この私の明りを灯す呪文よりも、お前達の攻撃魔法が弱かっただけなのだ』
「って感じなんですね?!」
「まあ、それで大体あっているが……」
なぜそうもポジティブなのか、それが三人にはわからない。
彼はもしかして、自分の魔法で溺れたり氷漬けになったせいで、頭が悪くなってしまったのだろうか。
これが素だとは考えたくないところである。
「とにかく、君はアレよりも弱い魔法を唱えることができないのだ」
「じゃああれよりも強い攻撃魔法なら唱えられるんですね!?」
「君はこの国を灰にするつもりか?」
「え?」
駄目だ、何もわかっていない。
自分の魔法が世界になんの影響も与えないと、疑問にも思っていないようだった。
「君は勘違いをしているようだが……もしも君が広範囲に及ぶ破壊の魔法を唱えたら、その時は君自身も含めてこの国の半分が炎上すると思いたまえ」
「この国って、そんなに小さいんですか?」
「違う! 君の魔法の効果範囲と持続時間が尋常ではないのだ! 第一、君は攻撃魔法というが、そもそもどんな相手を想定している! 人間を殺すのに、そこまでの火力は必要ないし、例え城だろうと都市だろうと、君の力では収まらない」
「……モンスターとか魔物とか、いないんですか?」
「少なくとも私は、そんなものを見たことがない」
基本的に、魔法というものは軍事利用を前提に構成されている。
それ故に、火の魔法であれば人を殺すのに十分な温度を出せばそれでよく、そこから先は有効範囲の拡大を行う。
それ以上の力を求められる法術の壁と戦う場合にのみ、熱という上位属性を発揮するが、しかしこれも人一人を殺すためだけの魔法である。
そして、それを千倍以上の力で使えば、それはもはや戦争ですらない。
「そんな……」
「とにかく、今の君は攻撃魔法など憶えてはいけない。いいね」
「はい……」
しょぼくれているが、しかし学習しているのか怪しいところである。
「……とにかく、無事で何よりでした。貴方の為に、シチューとパンを持ってきました」
パレットは目の前の彼が悪人ではないと、改めて理解していた。
どこにでもいる、英雄願望を持った一人の男だった。
その彼を、なんとかしてこの社会の中で生きられるようにしたい。
偽りなくそう思う彼女は、震える彼の手をとっていた。
「今日の所は、これを食べたらもう横になって、静かにしていてください。私もそれほど時間があるわけではないので、そう長居することはできませんが……」
「うう……ありがとうございます……」
彼の蘇生処置に時間を要したため、既に帰らなければならない時間になっていた。
まだ何もできていない状況ではあるが、この場の三人も暇というわけではないのだ。
「また必ず顔を出します。どうか、静養してくださいね」
「はい……」
※
結局、彼の蘇生を行って食事を渡して、それで今日の事は終わってしまった。
帰りの馬車に揺られながら、三人は今後の事に関して話し合っていた。
「見張りを付けるべきですな、彼の為にも」
「そうですね、あの小屋で何もするなというのは、却って辛いでしょう。私もそう思います」
聖騎士隊隊長の意見はもっともだった。
危険を伴う任務ではあるが、彼をあのまま放置していれば良くないことになるだろう。
生憎今は村の復興などもあって手がふさがっているが、それが解決次第人を付けるべきだった。
「ですが、それなりの手練れでなければ、彼の巻き添えを食うこともあるでしょう。やはり法術使いでなければなりませんね。加えて、いくら人里離れているとはいえ、不用心に過ぎる。護衛という意味でも必要でしょう」
「選出をお願いします」
「それから、呪術師も付けるべきでしょうな」
専属魔術師は、無慈悲と、非人道的とも言える発言をしていた。
その言葉は、彼を重い犯罪者として扱うことを意味している。
「彼を呪い、呪術的に行動を制限するということですか」
「そう申し上げている。私は彼の事をまだ軽く見積もっていたようだ」
専属の魔術師は、常識外れすぎて嫉妬もわかない相手に呆れを感じ続けていた。
彼も彼なりに、才能と努力によってここにいる。
にもかかわらず、いきなり現れた正蔵はそれを遥かに上回っていった。
上回りすぎて、どうしようもなくなってしまっていた。
「お嬢様、ショウゾウは魔力だけではなく、制御にも秀でている。少なくとも、周囲一帯の温度を下げたいと思い、それを即座に成功させるなど通常ならあり得ない。おそらく彼が人並みの魔力に収まっていれば、それこそ天才扱いだったでしょう」
人間はイメージした通りに動くことができない。
魔法もそれと同じであり、練習をしなければ正しく発揮することなどできないのだ。
「ただ、彼は威力と範囲が尋常ではない。なまじ魔法を成功させてしまうがゆえに、彼は周囲を巻き込んで自滅してしまう。彼には練習など必要ないのです、彼は最強の魔法使いであり、これが上限であり、成長の余地など一切ないのです」
前向きな彼には申し訳ないが、彼には進むべき『前』も、登るべき『上』も目指すべき『先』などない。
既に完成されていて、修正の効かない『最強』が彼なのだ。
「それは……哀しい事ですね」
癒すことができる力を、戦うことに使わななければならない聖騎士隊。その彼らよりもさらに哀しい、戦うどころか壊すことしかできない力。
そして、そこから何も生み出せない力。本人は今でこそ楽観しているが、果たしてその事実と向き合った時どうするのだろうか。
「だからこそ、呪術で抑えるべきです。精神的な制御にもなりますし、最終的な保障にもなります。もし彼が、風や火の魔法で空を飛びたいと思えばどうなると思いますか?」
魔法で飛行することはとても困難であり、繊細であり、危険な行為である。
障害物を走破する三次元的な移動能力と、武装した上での圧倒的な速度。
しかし、その技術を有する者は非常に少ない。はっきり言って、それができるだけで超一流の証明であるとされているほどだ。
「まず周囲の建物が凄まじい風圧によって吹き飛びます」
通常の魔術師なら、相当の力を籠めなければ自分の重量を飛翔させるほどの推進力を発揮できない。
しかし、正蔵の場合はその限りではない。人間一人を浮遊させるには余りにも過剰すぎる魔力によって、自分を浮かせるどころか周囲の建物を破壊するほどの推進力を生んでしまう。
「さらに、火の魔法使いで稀に起きる急加速や急停止などによる失神なども考えられます」
すさまじい速度と、それに伴う自分の体への負担。彼の魔力は、彼の体にとって害にしかならない。
「そして、気絶したまま上空へ打ち上げられ……そのまま、上空の風に流されながら墜落するでしょう。飛ぼうとした場所とは程遠いところに落ちる形で。そうなれば……大きな木の枝によって衝撃を受け止めてもらうか、或いは深い湖などに落ちなければ死ぬことは確実でしょう」
「そうならないためにも、呪術師を、ですか……」
武装と違って、魔法を制限することはできない。
魔法の杖などによって補助を行うことはあるが、基本的に魔法は本人の力だからだ。
そして、高位の魔法使いを拘束するとなると、それが当然ネックになる。
なにせ、自力でいつでも牢屋などから脱出できるのだ。そう簡単なことではない。
だからこそ、そうした時には呪術師に依頼をするわけである。
「ええ。このままではまた彼は魔法を使い、自滅するでしょう」
専属魔術師のその言葉を、二人は否定しなかった。
その材料がなかったからである。
しかし、結果としてその言葉は間違っていたことになる。
「おい、空から人が降ってきたとよ」
「おいおい、風の魔法使いが失敗でもしたのか?」
「なんでも木の枝に引っかかって、そのまま落ちて、その下も池だったんだとよ」
「派手な音がしたからすぐ見つかって治療も受けて、なんとか生きてるそうだが、気を失ったままだそうだ」
自分たちの街に帰った三人を、その騒動が迎えたからである。
「呪術師を手配してください、一刻も早く」