四殺
広葉樹の落ち葉が敷き詰められている、比較的平らな山道。
そこで四人目の拳法家が待っていた。
「よもやここまで抜いてくるとは思わなかったぞ、剣士よ」
「テンペラ十拳の一人か」
「いかにも、侵血、爆毒拳の当主である」
四器拳とは違い、両手両足は袖などで隠れている。
しかし、裸足であり手袋もつけていない。
そんな風体の相手は、今まで通りに自信満々で笑っていた。
三人を倒してここにいるスイボクを前に、たじろぎもしていなかった。
「連戦連勝、実に見事と言っておこう。しかし、それもここまでだ」
「……」
余りにも不遜な言葉だった。
普段のスイボクなら逆に挑発し帰すところだが、今までの戦いで余裕がなくなっている。
少々緊張した面持ちで、エッケザックスを構えた。
「お前の勝機は、万に一つもない」
「ずいぶんな余裕だな」
「お前の敗北は既に確定している、それだけのことだ」
不意に、なんの根拠もなく、スイボクは嫌な予感がした。
占術でも仙術でもなく、ただひたすら単純に嫌な予感がした。
判断は迅速であり、スイボクは高速で移動する。
「瞬身功!」
仙術による防御は絶対的なものではない。
硬身功にしても、直撃を受けるよりは多少マシという程度で、エッケザックスによる強化をしても無敵には程遠い。
だからこそ、スイボクはとっさに回避を選んでいた。
いいや、逃避と言えるほどに、大袈裟に後方へ下がっていた。
その直後に、スイボクが立っていた場所一帯が爆破された。
それは魔力による魔法に勝るとも劣らぬ破壊力を発揮し、大穴を開けていた。
『これは……あのハゲネズミどもと同じ力……崩精か!』
それもまた、エッケザックスがよく知る力である。
しかし、その言葉からは一切の余裕が感じられない。
先ほどと違い、距離をとればいい、というわけではないようだった。
「エッケザックス……今のは魔法じゃないのか」
『気配を感じて見よ! おそらく、既に周囲に崩精が満ちておるはず!』
「……これは」
集気法によって、周囲を知覚する。
自然なはずの木々や落ち葉、あるいは地面。
それらへ不自然な何かが染みついている。
「たしかに、何かが……」
『それは崩精じゃ! いいか、それに絶対近付くな! ハゲネズミどもと違って人間の術は、ただ意識した機で爆破するだけじゃが、それでもその威力は魔法に匹敵し場合によっては凌駕する! それに、おそらく相手は既に地の利を得ておる! 時間をかけて、崩精を周囲に付着させておったな!』
「それなら、間合いを詰めるか……」
『そうしろ! 崩精は使い手自身さえ滅ぼす力ゆえに、自分の近くではそう強くは使えん! ただし、絶対に触られるな! お主の体へ注がれてみろ、それこそどこをどう爆破されても死ぬぞ!』
そう、相手は拳法家。
であれば、両手両足で触れた相手を爆破する体術、という技が無いわけがない。
「くっくっく、よく喋る剣だ。その剣のおかげでここまでこれたようだな。しかし、だからなんだというのだ?」
己の術理をことごとく看破された爆毒拳の当主は、しかし嘲りさえ見せていた。
「わかったところでどうなる? すでにこの地の全ては我が影響下にある」
そう、言われるまでもなくわかり切っている。
気配察知したスイボクは、自分が死地に入ったことを理解していた。
「エッケザックス、この術は……」
『うむ、この術は気血を注ぎ込む際には消耗するが、発動そのものには疲労せん。つまり、仮に相手を極限まで追いつめたとしても、道連れで爆破される可能性もあると思え』
「そうか……難敵だな」
この時代のスイボクは、集中しなければ周辺の気配を察知できない。
まさに地雷原で戦うに等しい状況だった。
「だが、種が分かれば……!」
スイボクは集中する。
集中して、周辺の気配を探る。
それを、記憶する。
「一気に勝負を決める!」
スイボクの判断は迅速だった。
要は染みついてる部位に気を付ければいいだけのこと。
であれば気配を感じた状態で、自分がどう動くのかを予め決めておき、それにそって高速で駆け抜ける。
「ほう」
悠々と後ろへ下がりながら、爆毒拳の使い手は爆破を行う。
落ち葉に隠れた地面や、落ち葉そのもの。
視覚では分かりにくいそれを、スイボクは回避しながら避けていく。
「爆破の直撃を受けないか。余波ではさすがに、そこまでの力は出せんな」
一瞬で間合いを詰めていくスイボク。
それを眺めながら、爆毒拳の使い手はゆっくりと後ろへ下がっていく。
「……気功剣!」
それに対して不信さを感じながらも、スイボクは切りかかる。
ある程度間合いを詰めれば、どのみち爆破などできない。
そう踏んで、一刀で斬り殺そうとして……。
「爆毒拳、錐爆」
跳躍しているスイボクの足元から、真上への爆破が発生する。
それを受けて、スイボクは大きく吹き飛んでいた。
「な?!」
おかしい。
彼の退避する場所も想定して、それでも問題ない場所を駆け抜けたのだ。
にもかかわらず、なぜ自分が吹き飛んでいるのか、それが分からない。
『スイボク!』
「硬身功!」
わからないが、それでも全身を硬化する。
「足りん! 気功剣、火鼠!」
さらに、己の着ている服さえ気血をそそぎ、気功剣で覆う。
それは着ている服を固くするため格段に防御力を落とすことになるのだが……。
「我が爆毒拳、受けきれるか?」
森の木々、その枝や葉にさえ侵血を注いでいた。
それに突入してしまったスイボクは、爆破の直撃を受ける。
「ぐぁああああ!」
「なんの、まだまだ行くぞ」
地面に落ちるが、そのまま地面を爆破する。
落ちどころが良かったのか、直撃にはさらされないまでも、回避はできなかった。
「ぐ……ぐ」
『スイボク、大丈夫か?!』
「あ、ああ……まだまだ……!」
爆破によって、周辺の木の葉が舞い散っている。
土煙も上がり、当に爆破の光景となっていた。
「よくも耐える」
「……そうか、お前の両足が素足なのは」
「その通りだ。我が両足は大地に触れている。ゆえに、我らが通った道の全てが死の道となるのだ」
スイボクは、本当に侵血が注がれていない場所を記憶していた。
しかし、その場所へ拳法家は新しく気血を注いでいた。
自分の足の裏から、気付かれないように。
「貴様は酒曲拳の当主に勝ったな、アレは酒曲拳の欠陥ともいえる。人間とは不思議なものでな、不可能だと判断すると多少好ましくない手段で戦うことができるが、少しでも可能性があると力づくで押し通そうとするのだ」
隙があるからこそ、相手はそこへつけ込もうとする。
しかし、爆毒拳にとってそれは隙ではなく罠なのだ。
「考えが甘いな、剣士よ。我ら爆毒拳は、やろうと思えば穴など作らず網羅することもできる。それをしないのは、ひとえにそれをしないことに意味があるからだ」
「さ、誘われたのか……!」
「そして、この会話にも意味がある。人間というのは不思議でな、劣勢の時ほど相手の話を聞こうとしてしまうのだ」
現在、スイボクの周囲には大量のチリが舞っている。
それは、侵血を最大濃度で注ぎ込んだ、とどめの一撃だった。
「爆毒拳、三段構え!」
地面に倒れこんでいたスイボク、その体を爆破が包み込んでいた。
「ははははは! どうだ、これが爆毒拳、これが最強の拳法だ!」
もちろん、爆毒拳の当主も格闘で決着を付けたかった。
とはいえ、それが無理だということもわかっている。
「さすがに、四器拳と打ち合えるほどの剣士と戦うのは無謀だ。できることとできないことをわきまえたうえで、いかに勝つか。それこそが兵法の神髄。であれば、勝った方が正しい」
爆毒拳の攻撃力は、四器拳さえ凌駕する。
しかしその一方で、防御力という点ではまるで及ばない。
俊敏になれるわけでもなく、怪力も発揮できない。であれば、このまま戦うのは無謀極まりない。
「ああ、まったくだ。勝った方が強い、当たり前のことだ!」
そんな声が、爆破された中から聞こえてきた。
勝利を確信しているスイボクが、煙を突破してエッケザックスを突き込んでくる。
「な?! 馬鹿な?!」
「発勁法、震脚! 気功剣!」
スイボクの速度に、とっさに対応できない。
既に勝負がついていると思ってしまったからこそ、身に着けた拳法も発揮できない。
「ぐぁ……」
「人間一人殺すのに、三回も攻撃するからだ」
「な、なぜ……耐えたのか?!」
「いいや、回避した」
「そんな、どこへ……」
胴体を貫いたエッケザックスを引き抜くと、スイボクは血ぶりを行う。
鮮血が周囲へ飛び散り、拳法家は地面に倒れていた。
「地面の中だ!」
爆破とは、基本的に上へ向かうもの。
空気中に爆薬がばらまかれているのなら、それこそ土中へ隠れれば解決する。
「じ、じめん、の、なか?」
「そうだ、地動法、潜地行と重身功の合わせ技で、地中へ回避させてもらった。お前が話をしている間に、地面へ仙気を満たしてな」
『我の力をもってすれば、狭い範囲へ仙気を注ぐなど簡単というものじゃ!』
「ば、バカな……お前は、お前の術は……」
その言葉を聞いて、拳法家は絶句する。
そう、彼の常識からすればあり得ないのだ。
「無属性魔法はともかく……なぜ、そこまで多くの術を……使える……!」
「年季が違う、それだけの話だ」
息絶えた拳法家を見届けると、スイボクは腰を下ろした。
「……強かったが、俺の方が強かった」
『うむ、見事だったぞ』
「お前のおかげだ、エッケザックス……」
『ふ、当然だ。我は最強の神剣エッケザックスじゃ!』
「ああ、何時も頼りにしてるよ」
流石に仙気を消費しすぎた。
もちろん蟠桃や人参果実を食べているのでまだ余裕はあるが、それでもまだ半分も倒していない。
ここで休憩するべきだろう、とスイボクは判断していた。
「それにしても、ここの連中は全員特異な術を使うな」
『うむ、人間が本来苦手とする、旧世界の怪物が得意とする術を使うな』
「……確か、人間が得意なのは魔法だったか」
『然り、一番得意なのはそうじゃ。仙術も本来は別の怪物が得意とする術なんじゃぞ』
「へえ……」
会話をしながらも、座禅し周囲の自然から仙気を集めていく。
それは疲労を回復し、失われた気血を補っていく。
人参果の効果を使わずに、ゆっくりと回復し始めた。
「旧世界の怪物、竜とその僕たちか……」
『戦ってみたいか? お主は強いから、きっと勝てるであろう』
「そうか……」
『お主ほど術と技を極めた男など、我をしてみたことが無い! お前こそ、最強の剣士だ!』
多くの術を学んできた、だからこそ窮地も切り抜けることができる。
そのことは、スイボクにとって自分の正しさの証明だった。
そう、多くの術を覚えているからこそ、多くの状況に対応できる自分は強いのだ。
そのはずなのに、何かが心をよぎる。
決して口にしない、弱さが心をよぎった。
「そうだな、その通りだ」
ここは敵地であり、だからこそ休憩中でも油断はない。
集気を使っている間は、周辺の気配を感じることもできる。
だからこそ、逆に安心していたとも言えた。
「俺は、もっと強くなる」
そのスイボクの知覚範囲で、一人の拳法家が動いていた。
目視できないはるか彼方で、一人の拳法家が術を使っていた。
「鮫噛拳!」
それは、最速の『魔法』。
それは、最速の『体術』。
それは、最速の『拳法』。
「土中、電光石火!」
はるか彼方から、大地を泳いで向かってくる拳法家。
それは把握しているスイボクをして、反応を許さない速度だった。
「……鮫噛拳、六文銭蹴り!」
座りこんで無防備なスイボクの側面を、両足を揃えた飛び蹴りが捉える。
圧倒的な速度は、即ち攻撃力。
不意を打たれたスイボクは大きく吹き跳び、無様をさらしていた。
「ぐ……が……」
『だ、大丈夫か、スイボク!』
怒りだった。
己の里の前で、悠々と休んでいる男への怒りだった。
「我が里へ乗り込んで、座して休むとは言語道断!」
土中から跳ね上がり、そのまま着地した拳法家。
革で作られた、全身に密着する拳法着を着こんでいる男は、怒りを込めて見栄を切った。
「我こそはテンペラ十拳が一人、弾血、鮫噛拳当主! 我が最速の体技、目にもとまらぬ技を見よ!」
テンペラ十拳。
残り、六人。
(手傷を負わせた……でも、いいところを鮫噛拳に持っていかれた……!)
(俺たちの先祖……卑怯だ……だが、いいぞ、もっと頑張ってくれ! もっと卑怯に頑張ってくれ!)