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三殺

「無様だ……たった一人を相手に、ここまでされるとはな」

『そういうな、勝ったのはお主だ。我が主よ、勝ったお主こそが強者であり勝者だ』

「そうだな、そのはずだ。だが……いや、その通りだ」


 勝つために強くなり、勝つために戦うのなら、勝った方が強いはずだ。

 怪我を負ったことも、強さが足りないというだけのこと。

 そのはずだ、それが正しいのだ。

 だがしかし、心の中で疑念が生まれている。


「答えはいつでも単純なものだ、難しい言葉で誤魔化すのなら、それは弱さだ」


 弱さを振り払って、弱さを切り捨てて、スイボクは前に進む。

 確かに未知の敵に手傷を負った、相手が武装していれば決して勝てなかった。

 だがそれでも、スイボクは生きてここにいる。


「勝った俺が、最強だ!」


「ならば、その最強はこの私がいただこう」


 分厚い生地、単純なデザイン。

 白い服を着た拳法家が現れる。

 その彼は、やはりたった一人で武器を持たずにいた。


「酔血、酒曲拳。三番手であり、真打ということだ」

「ずいぶんな自信だな、前の二人の死にざまを見ていないのか?」

「たった一人の剣士を相手に、負けると思って挑む軟弱者が当主になれると思うか?」


 手を開いて、組技の構えをとる。

 その構えを見るだけで、スイボクは笑いを見せた。


「剣士を相手に、組付けると思っているのか? 速さに自信でもあるのか? 頑丈さに自信でもあるのか?」

「いいや? そんなことはない……!」


 自信を一切失わない相手に対して、スイボクは笑みを消した。

 目の前の相手は確実に勝算を持っている。それは先ほどの二人同様に、確かに重ねた技と術の融合によるものだ。

 だとしたら、手の内が全く読めない。

 念のために相手の気配を感じてみたが、覚えのない気血だった。


「四器拳の者たちは剣士を相手にするなら自分たちこそが適任と嘯いていたが、それはむしろ我らの言葉だ。酒曲拳こそが、近い間合いに置いて最強なのだ」


 未知の相手に対して、どう立ち回るか。

 スイボクは数多の術理の中から最適解を探る。

 あるいは『もしかしたら』さっきのように、相手の攻撃を受けても死なずに済むのかもしれない。

 しかし、その甘い考えをスイボクは捨てた。

 相手が弱いかもしれない、相手が間違うかもしれない、相手が油断しているのかもしれない。

 そんな期待を抱くなど、最強の男がするべきことではない。


「それを、四器拳と傀儡拳の当主に勝ったお前を下すことで証明しよう」


 未知の相手に足踏みする己を、スイボクは嫌悪する。

 手の内が分からないからと、戦闘を躊躇するなど臆病者のすることだ。


「そうか、やってみろ!」

「ああ、やってみるとも」


 拳法家とスイボクは、同時に走り出していた。

 そして、切りかかろうとしたスイボクが、肉体の不調を感じた。


「な……」

『まずい、これはあの魚どもの……!』


 先ほどは、自分が何をされているのかまるで分らなかった。

 しかし今はわかる、明らかに平衡感覚を失っていた。

 肉体が、感覚が、不調になっていた。


『スイボク、一端離れろ! この力は……』

「よく喋る剣だ!」


 一瞬で、間合いを詰める。

 拳法家はスイボクの服を掴みながら、担ぎ上げて投げ落とした。


「酒曲拳、一本背負い!」


 受け身をとれないように、頭から落とす投げ技。

 それは安全とは程遠い野道で行われた、危険極まりない殺人技だった。




「とまあ、危ないところじゃった」


 エッケザックスは臨場感のある話をしていた。

 酒の席ではあるのだが、誰もが大真面目に話を聞いていた。


(四器拳が、いきなり負けたんだが……手傷も負わせられなかったんだが……)

(良かった……傀儡拳、思ったより頑張ってた! 四器拳よりもいい線いっていた!)

(そこで切るな……酒曲拳の話を切るな……)


 亀甲拳の使い手たちは既に知っているので無関心だが、それでも他の使い手たちは熱心に聞いていた。

 なにせ、けっこう追いつめている。少なくとも、自分たちがランにやられた時よりは頑張っている。


「……なんか、昔のスイボクさんって、思ったより弱いな」

「当然じゃろう、アレも昔は今ほど極端な強さを持っていなかった」


 そう言って、エッケザックスは酒を器に注ぎ、己の主へ渡した。


「だからこそ、我はお前を主に選んだ。お前なら、スイボクを超えられると思ってな」

「それは」

「もちろん、スイボクが我と別れた後に育てた弟子をみて、それも吹き飛んだ。いや……お前に負わせるのは酷だと思った」


 白黒、山水。

 童顔の剣聖、この国最強の剣士、スイボクの弟子。

 テンペラの里で大暴れをしたランさえもあしらい、打ちのめし、泣かせた男。

 その男の偉大さ、その男を育てた男の偉大さ。

 それをこの場の誰もが知っている。


「我の理想だった。スイボクはまさに、我の理想の主だった。しかし、我はスイボクにとって不要だった」


 二千年前のスイボクは、若かった。

 二千年生きていながら、それでも若かったのだ。

 その若さこそが、スイボクの飢えを現わしていた。


「我はスイボクの心にも惚れていた。しかし、それは……矛盾だった。我は、スイボクを肯定し続けていた。スイボクが本当に求めていたのは、スイボクに必要だったのは、否定であり指摘だった」


 その言葉は、他でもない祭我にとっては、とても突き刺さる言葉だった。

 自分のことを肯定してくれる女性に囲まれていた、山水に出会う前の自分のことを思い出していた。


「確かに、肯定は必要だ。そうであろう、我が主よ」

「ああ、そうだ。俺には肯定が必要だった。それは本当だ、それが無ければ俺はここまでやってこれなかった」


 賞賛された、肯定された、それが気持ちよかった。

 だから頑張れた、だから努力できた。

 負けてなお、みんながそばにいてくれた。

 だから、自分はまだ頑張れている。


「でも、それだけじゃだめだ」

「そうだ、我はスイボクに惚れていたが……それゆえに肯定しかしなかった。肯定だけでは、前に進むことしかできん。時には必要なのだ、足を止めて、どこへ行くのかを迷うのも」


 今のままでいい、それでいい、このままでいい。

 それでは何も変わらない。肯定や賞賛は背を押してくれるが、背を押すことだけが正しいとは限らない。


「そもそもスイボクは、他の誰からどれだけ否定されても我が道を行く男であった。であれば、肯定ではなく否定も必要だった。いいや、それが必要だった」


(それよりも、酒曲拳のことを……続きを。いや、負けるのはわかっているのだが……思いのほか善戦しているようだったし)

(我が動輪拳が、傀儡拳よりもあっさり負けたらどうしよう……)

(嵐風拳は、嵐風拳は、どんな感じだったんだ……)

(鮫噛拳は四器拳以上に頑張っていて欲しい……)

(ば、爆毒拳は、まっとうに戦って負けたのだろうか。それとも軍隊と戦うとき同様に、大量設置したのだろうか……負けたのは知っているので、せめて真っ当に戦ってほしいのだが……)

(無明拳の順番が早く来てほしいような、遅く来て欲しいような……)

(だ、だいじょうぶだから……霧影拳も、こう、頑張ってるから。大丈夫だから!)


「結局……スイボクは我を手放してから、さらなる高みに達した。きっと、我とずっと一緒にいても、あそこまでは……」

「あ、ごめんエッケザックス。なんか他の人は、昔の話の方が気になるみたいだぞ」


(どうか、我が四器拳よりも、他の拳法が活躍しませんように……)

(傀儡拳よりも、無様に負けますように!)


「……そのようだな。では酒の肴になるかわからんが」



 野戦でもっとも警戒すべき体術は、打撃ではなく投げ技である。

 互いに武装しているのなら、一番簡単なのは相手を転ばせて鎧の隙間に短剣を突っ込むというものだ。

 打撃なら耐えることに身があるが、投げて体勢を崩されればそのまま死ぬしかない。

 そして、投げ技とは基本的に相互の体重を利用したものである。


「ぐぅ!」

「ちっ!」


 ある意味当然なのだが、スイボクも拳法家も、相手が全く武装していない状況で殺し技を使ったことも使われたこともない。

 確かに投げ技はきれいに決まった。しかし、双方の体重が軽かったため、必殺の域には足りなかった。


「ならば、このまま締め落とす!」


 文字通りの必殺技。

 首を絞めるという、単純な絞殺技。

 倒れたスイボクへ、拳法家は寝技へ移行する。

 確かに相手はエッケザックスという刃物を持っているが、しかし短剣と違って寝技の状態では使いにくい。軽く抑えるだけで、簡単に無力化できる。


「ぐぅ!」


 仙人は海中や土中でも窒息しない。

 しかし、締められると窒息する。

 体の中の気の流れが滞るからなのだが、ともあれ締め技は有効だ。


 しかし、それでも常人同様に窒息まで少々の時間を要する。

 今のスイボクは前後も上下もわからない状態だったが、それでも締め技をかけられていることはわかる。

 そして、手探りで自分の首へ手を伸ばすのは、それこそ素人同様に可能なことだった。


「発勁!」


 刃物は持っていないが、それでも触れさえすれば技が使える。

 スイボクは自分の首を絞める腕をつかんで、発勁を打ち込んでいた。

 体勢がどれだけ不十分でも、触れさえすれば発勁は打ち込める。


「な?!」


 発勁を打ち込まれてしまえば、無防備な腕はただでは済まない。

 なによりも、拳法家は触れるだけで致命傷、という術を知っていた。

 知っていたがゆえに、とっさに距離をとってしまっていた。


「しびれるが……しびれるだけか。これは無属性魔法だな」


 未知を警戒するのは相手も同じ。

 己の術の射程にスイボクを収めたまま、拳法家は立ち上がって自分の腕を確認する。

 相変わらずスイボクは地面に転がったままであるし、まったく問題がないと言えた。


「なんのことはないな、我が術中でもがいただけか……」


 一つ、致命的なことがあるとすれば、スイボクがエッケザックスを所持していたということ。この術の効果そのものは旧世界ではよく見たものだった、ということだろう。


『我が主よ! 距離だ、距離をとれ! 無様でもいい、増幅した発勁で距離をとれ!』

「……発勁!」


 エッケザックスの指示に、スイボクは従っていた。

 相手の発する力場から、とにかく離れなければならなかった。


「地面を無様に転がって逃れるか……まあいい、どうせ剣士では我らの術から逃れることはできん」


 舗装されていない野道が、斜面だったことも救いだった。

 スイボクの逃走は、あっさりと成功していた。

 もちろん、スイボクにとっては屈辱的な逃走だったのだが。


「くそ……!」

『いいか、近づくな! とにかく距離をとれ! 気配を感じればわかると思うが、透明な力場が発生しているはずだ! あの中に入れば、平衡感覚がめちゃくちゃになって、立っていられないぞ!』

「いかにも、それこそが我が力。酔血、酒曲拳である」


 物理的な攻撃力は全くなく致死性は極めて薄いものの、それだけに遠慮なく広範囲で発動させ続けることができる。

 純粋に身体能力を強化させることに特化した王気や悪血ならある程度耐えることができるが、仙気では耐えきれるものではない。


 そう、この場のスイボクには当然わからないことではあるのだが、実際のところ酒曲拳こそ二千年後のスイボクや山水でさえ克服できていない、『相性が悪すぎる敵』と言っていいだろう。

 であれば、それこそこの時代のスイボクに、彼をどうにかする術がなかった。


『魚どもの場合は、力場が引いても効果は残った。だが、人間が使えばその限りではない。力場から脱出できれば、すぐに復帰できる!』

「だが、このままでは……」


 しかし、それがよかったともいえる。

 いや、悪かったとしか双方は思っていなかったのだが。


 なにせ、どうあがいても絶対に勝てない相手である。

 そんな輩へ意地を張るほど、スイボクは愚かではない。

 

「……どうしようもないのか」

『ない、近づけばそれまでだぞ!』

「そうか……!」


 悠々と見下してくる拳法家に対して、スイボクは敗北感を禁じえなかった

 そして、それでも飲み込んで、大きく下がり姿を隠す。

 流儀に反する行動は屈辱だが、敗北そのものよりはよかった。


「逃げたか、それとも不意打ちをするつもりか?」

 

 それを見送った拳法家は、大いに満足していた

 なにせ相手は二人の当主を倒した男、それが無様に逃げ出したのだから。

 この結果は、彼にとっては自尊心を満たすものだった。


 追いかける気はないし、追いかけるだけの力もない。

 利口な選択をした当主は、悠々と帰ろうとして……。


「ん?」


 自分を影で覆う、上空の何かに気付いた。


「なああああ!?」


 木だった。

 切断され、軽くされ、投擲され、途中で重くなった木だった。

 完全に近距離戦の道を絶たれたスイボクは、遠距離戦に切り替えたのである。

 木を切って投げる、単純で原始的で、しかし致命的な攻撃だった。


「な、ま、まずい!」


 ほぼすべての敵に対して、接近戦を封じる酒曲拳。

 その術者が最も恐れるのは、最初から接近する気のない相手だ。

 もちろん、ある程度なら酒曲拳も遠距離へ影響を及ぼすことはできる。

 しかし、それはお世辞にも高速ではなく、なによりも視認できない相手へ命中させるのは難しい術だった。

 

「こ、これは嵐風拳と同じか、それ以上の攻撃だぞ!」


 そして、酒曲拳の使い手もそこまで愚かではない。

 自分にできること、できないことはきちんと把握している。

 みっともないと自覚しながらも、一目散に逃げだしていた。

 相手が隠れているのなら、こちらも隠れるしかない。

 最悪、他の家の当主に代わってもらうことも念頭に入れて、彼は逃走した。

 しかし、悲しいかな。

 スイボクの気配察知能力は極めて広く、腰を落ち着けて探れるのなら目視できない相手でも正確に狙える。

 そして、酒曲拳の使い手は、身体能力を強化することが一切できない。

 全力で逃走しているからこそ、狙いが正確だとは思っていないからこそ……。


「ぐあああああ!」


 上空から落下してきた木に、一切対処できなかった。


「……くそ」


 不本意ながらも勝利した、殺害したスイボクは、ただ数を数える。


「あと、七人……」







(思った以上に、酒曲拳の最後が惨めだった……)

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