二殺
「まさか石工が殴り掛かってくるとは思っていなかった」
『まさか石工の手で受けられるとは思っていなかった』
一人の剣士と一振りの剣は、期待とは違う方向の戸惑いを感じつつ、しかし前に進んでいた。
相手は強い使い手である、それだけが重要であり、如何なる術者だったとしても気にすることではない。
まあ、正直驚いたことは事実だが。
「お前を刃こぼれさせたのは、俺の未熟だ。本当に嫌になる」
『そこまで気にするな。我もふがいなさが嫌になっているのだ。それよりも、あと九人をどう倒すか考えるべきではないか』
「そうだな……さて、鬼が出るが蛇が出るか」
幸いにも、スイボク自身はさほどケガをしていない。
連戦に不安はなく、よってほぼ休みなく前へ進んでいた。
『まあ流石に全員が犀どもと同じ術を使うことはあるまいさ』
「そうだといいな、十人もいるのに全員同じだと興覚めだ」
エッケザックスでさえ刃こぼれを起こす四器拳。
相手の攻撃を受け続けて逆に武器を破壊し、そのまま間合いを詰めて攻撃する流派なのだろう。
それでも、縮地の瞬間移動には対処しきれなかった。
もちろん初見ゆえに相手の対処も遅れていたが、それを抜きにしても完璧に防御しきることはできまい。
つまり、スイボクは攻略法を既に見出していたのだ。もう何度戦っても負ける気がしなかった。
「四器拳の当主一人を倒しただけで、ずいぶんと大言なのだな」
その彼の前に、また別の拳法着の男が現れた。
先ほどの男は露出が多かったのだが、目の前の彼は顔以外は隠れている。
しっかりと靴も履いており、ある意味ではきちんと武装している。
「テンペラ十拳の当主か」
「いかにも、操血、傀儡拳の当主だ」
「花札の仙人、スイボクだ。次はお前ということだな」
獰猛に笑うスイボク、その表情はとてもではないが仙人に見えない。
しかし、傀儡拳の当主は仙人を知らぬがゆえに、それを受けいれていた。
「さあ、戦おうか」
未だに刃こぼれは直りきっていないが、それでもエッケザックスは神が作り出した最強の剣。
相手がまともに武装していない相手なら、なんの問題もなく切断できる。
スイボクは一切油断なく、積極的に踏み込んだ。
「いや、もう戦っているとも」
しかし、違和感を感じた。
スイボクは己の剣の長さを把握しており、当然相手へ切り込むための踏み込みが分かっている。
にもかかわらず、拳法家と自分の距離があまりにも近すぎた。
「な?!」
「破ぁ!」
剣を振るうには近い間合いで、拳法家の拳が命中する。
鉄板でも仕込んでいるのか、手袋で覆われた拳は見た目以上にスイボクへ痛みを与えていた。
「がっ……!」
「もう一撃!」
今度は膝が入った。
やはり、生身の打撃よりも硬く重い。
しかし、それだけともいえる。
スイボクは苦痛を振り払って大きく距離をとった。
『どうしたのだ、スイボク?!』
「わからない……あいつは一歩も動いていないのに、俺との距離が近くなりすぎていた」
攻撃力そのものは、普通だった。
おそらく、相手が習得している術は直接的な効果を発揮するものではないのだろう。
だが、わからない。わからないが、それでも戦う。
「瞬身功!」
「無駄だ……!」
まずは高速移動。
スイボクは自己強化し、その上で細かい足さばきで間合いを詰めていく。
大きく踏み込むと失敗するのなら、距離を刻んでいく。
その上で、エッケザックスを振るう。
「な?!」
「言ったはずだ、無駄だと!」
拳法家の手前で空振りした。相変わらず、相手は一切動いていない。
そして、空振りのあとで狙いすませた拳が、スイボクの顔を捉える。
「お前の体は、既に我が傀儡となっているのだ!」
一撃、二撃。
重い拳が隙だらけの顔へ命中する。
「硬身功!」
「おっと」
その拳を壊そうと、スイボクは己の体を硬化させる。
しかし、その術が発動すると同時に拳法家は大きく下がっていた。
「なるほど、硬くもできるのか」
スイボクもエッケザックスも、いよいよ相手が分からなくなってきた。
初見で硬身功を見破るなど、普通ではありえない。
なにせ、目視ではなにも変わっていないのだから。
「エッケザックス……わかるか、こいつの術が」
『わからん……この我が知らぬ術などないはずなのだが……』
「なぜ俺は攻撃を当てられない、なぜこいつは俺の挙動を見切れる……?」
先ほどの使い手は、ある意味では分かりやすかった。
しかし、今のこの状況はまるで分らない。
未知の術を使う敵に対して、スイボクは疑念を深めていた。
「だが、それならそれで!」
剣は斬るだけではなく、突くこともできる。
スイボクはエッケザックスを中段に構えて、刺突の準備をした。
仮に深く踏み込んでも、刺突が万全の間合いで行えなくても、それでも相手へ攻撃が成立するはずだった。
「まさか、それを我が流派が想定していないとでも?」
渾身の力を込めた、刺突による突撃。
それを行おうとしたスイボクは、しかし、踏み込みを失敗して前のめりに転倒した。
「なぁ?!」
『スイボク?!』
「甘い、甘い、甘い!」
鉄板が仕込まれているであろう、鉄の靴による蹴り。
さながら球技のごとく、大きく振りかぶった蹴り。
それは無様に転んだスイボクの顔を、見事にとらえていた。
「づぅう!」
転がり、追撃を回避するスイボク。
その顔の鼻は折れていたが、ゆっくりと回復していった。
「ほう、やたら力がみなぎっていると思っていれば、治癒もできるのか。だがその総量には限度があるな。死ぬまでいたぶってやろう」
人参果の効果による回復を、拳法家はあっさりと見抜いていた。
それを聞いて、いよいよスイボクは困惑する。
「なぜだ……仙人でも天狗でもないのに、俺の中でみなぎっている仙気を感じ取れる?」
鼻血をぬぐいながら、スイボクは改めて剣を構える。
『バカな、相手の体を操る術など聞いたことが無いぞ』
およそ、全ての術を知っていると言って過言ではないエッケザックスは、だからこそ分からなかった。
敵の肉体を直接的に操作する術など、旧世界の怪物でも使ったことが無い。
であれば、人間がそんなことをできるわけがない。しかし、実際にできているのだ。
「前に言っていた、パンドラの機能と同じなのか?」
『いや、仮にアレが発動していれば、いくらお前でも死ぬしかない……だが、似ていると言えば似ている』
エッケザックスほどではないとしても、スイボクも二千年の戦闘経験がある。
その中でも、ここまでペースを乱されたのは初めてだった。
「一度目は踏み込み過ぎた、二度目は空振りした、三度目は転倒した……力が入りすぎていた?」
ここで、スイボクは脳裏に一つの術が思い浮かんだ。
即ち、相手の肉体を操作することはおいておいて、ただ単純に相手の肉体的な情報を読み取れる術を思い出していた。
「まさか」
ここで、ようやく集気法を使って相手の気配を感じた。
それによって、スイボクはようやく相手の中の力を理解していた。
「そんな?!」
「ほう、この操血の力を感じ取ることもできるのか」
「エッケザックス、この男の中の力は助威だ! こいつ、巫女道の使い手だぞ!」
『……バカな、なぜ竜の餌が殴りかかってくる?!』
直接戦ったことはないが、しかし間接的に戦ったことのある相手が操った術だった。
即ち、特定の相手へ気血を流し、供給することができる術。
つながった相手の情報を、詳しく把握できる術。
それが、秘境セルに存在した術、助威による巫女道だった。
「ほう、我がテンペラの里の他にも、操血を宿す者がいたのか」
『ふざけるな! なぜ巫女道の使い手が殴り掛かるのだ! そんな奴が他にいるものか!』
「いや、たしか大天狗も言っていた。未熟な巫女道の使い手は、相手へ供給する気血を増減させてしまって、かえって相手の動きを阻害してしまうのだと」
スイボクの体は、たしかに拳法家によって操られていた。
ただ、直接的に操作されていたのではない。スイボクの動きを後押しする形で、その調子を乱していたのだ。
「相手へ無用な力を注ぎ、動きを阻害させる術理ということか……」
「いかにも! よくぞ看破した!」
必要な時に必要な力を込める。だからこそ、正しい動作ができる。
必要な力を既に込めている状態で、無断のまま更に力を注げばその動作は著しく乱れる。
「見えざる糸によって、相手を操る。それゆえに操血、傀儡拳!」
見得を切る拳法家に対して、スイボクもエッケザックスも開いた口が塞がらない。
いや、エッケザックスは口が無いのだが、とにかく混乱を極めて思考停止していた。
エッケザックスもスイボクも、助威とは他者へ力を注ぐ気血だと思っていた。
それの誤用、失敗を極めて体術へ昇華させるなど、それこそあり得ない発想だった。
「お前が自己強化の術を使うなら、我が傀儡拳の敵ではない!」
「……使わなかったとしても、同じか」
「当然だ」
術理は理解した、巫女道ならば知っている。よって、原理原則から対処法を練る。
「確か巫女道は、つながった相手と知覚を共有できる。俺が速度でかく乱しようとしても、同調して機をとらえられる……さっきもそうだったが、瞬身功は無駄だな」
スイボクは天才であり、秀才であり、百戦錬磨の戦士である。
数多ある仙術のほぼすべてを会得しており、気功剣や発勁さえ極めている。
そうした習得している術の中から、相手へ有効な術を探っていた。
「さて、このまま待っていてもいいが、受けばかりが傀儡拳ではない!」
探り当てる前に、拳法家は前に出ていた。
「硬身功!」
「と……硬くなったか。だが! 鉄ほどではないだろう?!」
手刀の形で、喉へ打ち込んできた。
如何にエッケザックスで増幅しているとはいえ、急所への攻撃に耐えきれるほど硬身功は堅くない。
スイボクは大きく飛びのこうとして……後方へ転倒していた。
「もらった!」
「軽身功!」
「な、軽くもなれるのか?!」
軽くなるということは、下へ落ちないということ。
軽くなったスイボクは、目論見通りに後方へ退避できていた。
それを把握できても、拳法家は見逃すことしかできない。
「ちぃ……」
「術は発動させる瞬間には把握される。しかし、発動させるまではわからない……準備を察知はできても、効果は発動しなければわからない」
文章として表現されるわけではない、あくまでも経験や現象から理解するしかない。
それは仙術も巫女道も同じだった。だとすれば、対抗策はある。
「何時までもお前の操り人形になるつもりはない! 発勁法、震脚!」
山の中の木を蹴って、軽くなったまま宙を飛んで前進する。
歩くか走るかをすれば足を乱されるが、地に足を付けなければ行動の乱しようがない。
それを見て拳法家はやや躊躇するが、それでも気を取り直す。
(相手は剣士、剣になにやら力を込めているが、剣は振るか突かねば意味がない!)
「気功剣法、十文字!」
(突きならば回避するしかないが、振るうならまた空振りをさせ、合わせた反撃をするまで!)
「内功法、硬身功!」
スイボクは地面と体を平行にしながら、木を蹴った反発力によって高速で飛行する。
手にしたエッケザックスは突き込むのではなく、大きく振りかぶっていた。
そして、スイボクは明らかに、拳法家の手前で振り抜き始めた。
(バカな、早すぎる! 術も同時に平行して発動させているだと?! いかん、遠間でも発動させられる術なのか?!)
傀儡拳は、相手の体を操作するのではなく動きを乱す術。
仮に相手が全く動かなければ、それこそ何もできない。
同時に、相手が広範囲を遠距離から攻撃できる場合、動きを乱すだけでは何もできない。
(傀儡拳は術や動きを早めて発動させられることはできても、遅らせることはできない! まさか、それをもう看破したのか?!)
「発勁法、裂破!」
拳法家の前方で発動したその術は、衝撃波を生み出すだけの術である。
それは如何にエッケザックスで増幅されているとはいえ、人間を殺せるわけではない。
せいぜい、軽く相手の体を震わせる程度である。
「うぐぁ……!」
「例え糸で繋がっていたとしても!」
硬身功と軽身功を解除して、地に足を付けながらスイボクはエッケザックスを再度振るう。
「お前自身が震えていては、俺を乱すことはできまい!」
渾身の一振り。
それは拳法家の体を音もなく切り裂いていた。
『見事であったぞ、スイボク。さすがは最強の剣士よな』
「おだてるな、相手がもしも一人じゃなくて仲間がいれば……いや、そうでなくても」
相手は、確かに暗器ともいえる鉄板などを仕込んでいた。
だが、だとしても。基本的に拳や足で戦っていた。
「もしも、武器を持っていれば、そのまま負けていただろう」
先ほどの相手は、それこそ素手であることに意味があった。
だが、今の相手は違う。攻撃力が不足しているのなら、武器を使うべきだった。
「……なぜ、傭兵が素手にこだわる」
切り捨てた敵の屍へ、スイボクは帰ってこない問を投げていた。
勝ったスイボクは、手傷を負ったことも含めて敗北感をぬぐい切れずにいた。
希少魔法解説
名称 傀儡拳
必要資質 操血
分布 テンペラの里
有効範囲 狭いが長射程
消費 極めて少ない
即効性 極めて速い
効果 極めて低い
応用 狭い
厳密には希少魔法そのものではなく、希少魔法との併用を前提とした体術を含む。
自然に近い力で、仙術ととても近い。
旧世界では竜の羽化に必要とされた力であり、通常は消費の激しい術を操る者への供給を担う。
しかし、テンペラの里では『相手へ一瞬だけ力を注ぐことで乱す』ことによる拳法として発達した。
つながった相手と同調することができるので、自己強化による高速化にも対処ができる。
魔法や迅鉄道による高速移動は、自己強化ではないので対抗できない。
つながっている相手の情報を集めることが得意であり、それゆえに相手が術を発動させる場合や、激しく体を動かす場合察知できる。
しかし、あくまでも察知できるだけであり、仙術の気配察知と同様に未知の行動に対しては弱い。
その辺りは、占術とはことなっている。
あくまでも相手の行動を乱すことしかできないので、接近戦では極めて強い反面遠距離戦ではできることが限られる。
精密な動きを乱すことはできるが、大雑把な攻撃にも弱い。
また、攻撃力が一切ないので、防御を固める相手にも弱い。
そもそも、弱い。
戦闘に使うことが間違っている力を、無理矢理戦闘に活用している。
今回スイボクが苦戦したのは、未知の術に思えたことと、相手が体術使いとして優れているからである。
なお、仙術の気配察知は有効範囲内に限られるが、傀儡拳の場合は空間の断絶が発生しても繋がり続ける。よって、仙術では察知できない迅鉄道の使い手とも、つながり続けることができる。




