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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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災害

「そうですか……ロイヤルガードとロイヤルソードが」

「信じられませんか? 私も信じてもらえるとは思っていませんが」

「いえいえ、旦那様からもそう聴かされておりますし、何よりも近衛兵の統括隊長が辞任しております。お嬢様の言葉を疑うわけもありません」


 領地にもどったパレットは、興奮したまま聖騎士の隊長にその胸の内を明かしていた。

 近衛兵全員を圧倒する少年。しかし、説明を聞けばそれなりに納得できることもある。


「それに、理解できることでもあるのです。そうした静かな希少魔法の使い手なら、そう立ち回ることも可能でしょう」

「そうなの?」

「困難を極めることは予想されますが、その立ち回りからして彼の魔法は、魔法を使う騎士と相性が良いのです」


 魔法の防具は確かに比較的軽いし、その強度も高い。

 しかし、それでも重く動作が制限され、何よりも視界が制限される。

 自分の武装だけではない。他人の武装によって、視界が遮られるのだ。


「魔法による音、鎧を着た騎士の動く音、怒号。それらの中で、ほぼ無音で、肩から肩へと飛び移っていく剣士を捕えるとなると、不可能に近い。トンボを相手取らせるようなものですな」


 できる、と簡単、には開きがある。

 怒りに燃える百人の精鋭を相手に、かするだけでも死ぬ剣、燃え移って焼き払われる炎を前に、平然とそれをこなすには相当の修練が必要なはずだった。

 もしや、見た目通りの年齢ではないのかもしれん。近衛兵の統括隊長と同世代の聖騎士隊長は、そう思っていた。


「しかし、聞けば聞くほど自慢の護衛でしょうな」

「そうなの! あんなに強いのに、誰にもケガをさせなかったの!」

「はっはっは……そうですか」

「ごめんなさい、私は別に貴方達の仕事を馬鹿にしているわけじゃなくて……」

「いえいえ、それでよいのですよ」


 カプトは王家と四大貴族の中で、唯一希少魔法の血統を守る家系である。

 よって、傍流も含めて多くの法術の使い手がおり、且つ国中や外国からも法術を学ぶために学生が訪れている。

 それが彼女の誇りだった。癒しの業で多くの人々を助けることができる自分たちは、尊敬されるに値する真の貴族だと思っていた。

 その一方で、自分達を守る聖騎士には複雑な心境を抱いていた。


「法術は癒しの業であり守りの業。ですがそれは使いようによっては魔法同様の戦いの力です。鎮圧や防衛のために血を流すことも珍しくない」

「私は、それが嫌で……」

「ははは! それが良いのですよ、戦うことを好む者がカプトの本家では、先などありますまい」


 彼らが暴力に酔っている、とは思わない。

 しかしそれでも、教義に反する力を振るっていることも確かだった。


「世の中はきれいごとでは回らない。しかし、きれいごとがないと寂しいものです。少なくとも私は、そうした悩みを切り捨てる男ではありませんよ」


 引退の近い老人は、悩める少女を優しく諭していた。


「剣には、鞘が必要なのです。貴方が彼の事を良く思ったのは、その鞘を彼が持っているからなのでしょう」

「鞘……でも彼の木刀は……」

「木刀でも人は死にます。力を持つ者は、それを誇示したがるものです。それを使う場面も求めたがる、悪い癖があります。そうした輩ほど、してはならぬ失敗をするもの。話に聞いた彼は、己を御し、主の忠実な剣であろうとしている。命じられた範囲でことを小さく収めようとし、止めるように言われればそのまま止まる。それが良く見えたのでしょう」


 剣はあくまでも必要な時に使われるべき。

 普段は鞘に収まり、役割を終えればすぐにしまわれるべきだ。

 そうでなければ危なくて仕方がない。


「鞘……」

「制御できない力は余りにも危険なのです。貴女もいずれ、そのことを思い知るでしょう。自分の力の大きさを理解し、必要な時必要な分だけ力を出す。それが大事なのです」


 カプトの本家でその様な話をしていると、あわただしく若い聖騎士が数名現れた。


「申し上げます! 近くの村で水害が発生し、建造物が全て流されました」


「「は?」」


 話を聞いた二人は我が耳を疑った。

 この近辺に大きな川はなく、しかも最近大雨が降ったという情報もない。

 火事や大嵐ならまだわかるが、水害で村が壊滅というのはあり得なかった。



 その村に馬車で訪れると、本当に水害が起きていた。

 正しく言えば、水害によって流された後としか思えない、泥まみれの地面と流された建物がその村近辺に散乱していた。

 もはやどこに道があったのかもさっぱりわからない。


「幸い、死者はいなかったのですがけが人なども多く……何よりも家屋の被害が甚大です」

「痛ましい事です」

「しかし解せん。なぜ水害が?」


 一応、井戸らしき物の残骸は見える。

 そして近くを見ると、この村にだけ集中豪雨でもあったかのような状況である。

 前触れもなく水害が起きるなど、火のないところに煙が立たぬ、よりもなおありえないことだ。


「原因の究明も大事ですが、まずは負傷者の手当てを」


 法術の癒しは、ほぼ万能である。

 流石に肉体の欠損ともなれば別だが、衰弱であってもたちどころに治すことができる。

 カプトの姫である彼女には、それも容易なことだった。


「負傷者はこちらです」

「そうですか……あら?」


 パレット・カプトは見た。

 地面に敷かれた布の上で気絶している負傷者の中に、黒い髪に黄色い肌をした若い男がいると。

 童顔の剣聖と同じ人種であろう、自分達とは違う外国の男に彼女は眼を止めていた。


 とはいえ、負傷者の治療と原因の究明が急務である。

 寝かされている人々の状態を確認しながら、聖騎士たちと共に治療を開始していった。

 そうしていると、当然の様に事態を把握している人間から、話を聞くことができた。

 この村の村長である、年老いた男性だった。


「これはこれは姫様……このような村に顔を出していただき、ありがとうございます」

「いいえ、これも役目です。それよりも、これはいったい……」

「ええ、実は……信じていただけるかどうかわからないのですが……」


 老人は、今も気絶している、黒い髪の少年を指さしていた。


「私も良くは憶えていないのですが、どうやら彼がやったことの様なのです」

「え?」

「いえいえ、信じていただけるとは思っていません。ですが、その……いきなり村に現れた彼なのですが、どうにも要領を得ず……蝋燭がどうとか『センプウキ』がどうとか、あ~~とかなんとか訳の分からないことを言っていたのですが、そう悪い男にも見えなかったので、とりあえず私の家に案内したのです」


 そう言って、家があったと思われる場所を指さした。

 もちろん、泥だらけで何も残っていない。


「中々陽気で元気の良い男だったものですから、私も楽しくなってしまいまして……『魔法は使えるか』と聞かれたので、ちょいと見せてやったのですよ」


 そう言って、老人は指先から小さい炎を灯していた。

 それはそれこそ村の子供でも使えるような、初歩的な魔法だった。


「それを見た彼は大層興奮しましてねえ……大喜びで自分も使うと言ったのですよ」

「まあ、魔法は使えるのが普通ですからな、教えようと思えば教えられるでしょう」


 ランダムに千人集めて、その中の九百九十人は魔法が使える。残り十人のうち、一人ぐらいは法術が使える。

 魔法と法術では、希少性がまるで違うのだ。

 聖騎士の隊長は、その言葉に頷いていた。

 問題は、それがこの状況とどうつながるのかさっぱりわからないということだ。


「ですがその……今の指から火を出す魔法を使わせてみたら……」


『ぎゃあああああああああああああああああああああああ!』


「彼の指先から、それこそ、その、魔法使いの方が攻撃魔法を唱えたような火柱がほとばしりまして……」


『み、みずうううううううううううううううぁああああ?!』


「それを消そうと思ったのか、火が消えると同時に膨大な水が彼の指から出て……そこから先は思い出せませぬ」


 聖騎士の隊長とパレットは、改めて周囲を見た。

 泥だらけだった地面が、いつの間にか乾いていたのである。

 これはつまり、普通の水ではなく魔法の水という証明だった。

 だが、自分達が到着してもしばらくは持続していたということになる。

 それも、単純な水量と水圧で、災害ほどの破壊力を出した結果ということになる。


「……どういうことでしょうか」

「わかりませぬ……ですが、彼が原因ならば、一度お屋敷に連れ帰るべきでは?」



 法術の家系とはいえ、四大貴族の本家に専属の魔法使いがいないわけもない。

 溺れた後に気絶している状態の彼を運び込み、カプトの専属魔術師に見せることにした。


「指の先から火を出させたところ、火柱が上がって火事になり、それを消そうとして水を出したら村が水没……いいえ濁流で流された?」

「ええ、信じがたいとは思いますが」

「そんな馬鹿な……」


 確かに実際に見てもそうとしか思えないが、そう言われるとそれなりにつじつまはあう。

 少なくとも、何の前触れもなく集中豪雨が起きたとしても、ああはならない。


「村を水魔法で壊滅……よほどの水魔法の使い手が揃えば、ありえないとは言い切れませんが」

「村を壊して何になるんですか?」

「そうなりますね」


 単純に村を壊滅させるなら普通に火の魔法を使えばいい。というか、普通に松明で放火すればいい。

さほど大きくもない村一つを潰して何になるというのか。それこそ、くたびれもうけである。


「しかし……そんな使い手がいるとは思えません」

「私もお嬢様も、魔法に関しては素人だ。なぜありえないと言い切れるのか説明をしてほしい」

「そうですね」


 専属の魔術師は、人差し指から火を出して見せた。

 その炎の大きさは、先ほどの老人が出したものよりも明らかに大きい。


「私はこうして火を出したわけですが……仮に同じ魔法を使った場合でも、素養によっては差はあります。後に大魔法使いと呼ばれるような資質を持つ子供は、それこそ大きな火を出してしまうこともあり……加えて軽いパニックを起こして水を出してしまうこともしばしばだと」

「……そのまま、今回の状況に合致しますね」


 四つの属性を持つ魔法ではあるが、複数の属性の魔法を修めることは非効率的かつ難しい。しかし、できないわけではない。

 なので、初歩の初歩である指先から火を出したり、或いは水を出したり弱い風を起こすことも、どの属性を習得している魔法使いでもできる。


「ですが……今回は家が火事になり、村が水で呑まれたと」

「ええ、規模が違いすぎます。当たり前ですが、いくら木造の部分がある家だとしても、完全に乾燥しきっているわけがないのですから、焦げることはあっても燃えるということはそうありません。わざと燃やそうと思うなら別ですが。加えて……水で村を破壊するとなると、それはもう大量の水を生み出しているとしか……」

「話を聞いていると、大魔法使いどころではない逸材ではないか。何がそんなに恐ろしいのかね」


 専属の魔法使いは、目の前の事実を認めたくないかのように青ざめていた。

 それは間違いなく恐怖の感情である。


「勘違いされているようですね……いいですか、もしも仮にここにいる彼が、本当に指先から火を灯す魔法を使っていた場合……それが火事になるほどの規模だったのだとすれば」

「だとすれば、なんなのですか?」

「彼はそれが限界なのです」

「……限界? それより大きい魔法が使えないと?」

「いいえ、それより小さい魔法が使えないのです」


 え、と絶句する二人の法術使いに、専属の魔術師は説明をしていく。


「よろしいですか、私が灯した火は、私の魔法の最小単位なのです。中には虚勢を張って大きな火を灯そうとする阿呆もいますが、あの魔法で出せる火の大きさが最小であり、コントロールの基準となるのです」


 さっくりといえば、指先から炎を出してその大きさが小さければ小さいほど、細やかな調整が効くということだ。

 とはいえ、基本的に攻撃に使用される魔法が、そんなに細やかな制御を必要とするわけもない。

 やはり火が大きいということは内包している魔力が大きいという事であり、優位であるということだ。

 しかし、何事にも限度はある。


「つまり、彼は火であれ水であれ、それが下限なのです。つまり、事実上一切制御ができないも同然なのです」

「……確認することはできますか?」

「ええ、彼がもしも自分を大きく見せるためにあえて強く火を出そうとしたのなら、長時間出させればいい。彼がもしも強大な魔力をもっているのなら、長時間出し続けても、まったく疲労しないはずです」


 常人の何十倍、何百倍もの魔力を持っているなら、初歩の魔法でも何十倍も何百倍も威力を出してしまう。

 そしてそれは本人にとっては初歩の魔法を使っているだけなので、まったく疲労はしないはずだ。

 もしも見栄を張っているだけなら、すぐ疲れてしまうはずである。


「そろそろ起きると思いますし、事情を説明してみましょう」

「そうですな」


 とにかく、事態が本当なら悪意であれ不可抗力であれ、彼が村を一つ吹き飛ばしたのである。人的被害はほぼなかったとしても、物的な被害は甚だしい。

 その補償をカプトがするとしても、彼にはそれなりの何かが必要だろう。


「ん……」


 寝ていた男が起き上がり、周囲を見渡していた。

 そして、当たり前のことを言っていた。


「……ここ、どこっすか?」


 彼にしてみれば、なんだかよくわからないが気付いたら全然知らない場所にいて、近くにも全然知らない人しかいない。混乱するのも当たり前だった。

 しかし段々顔が蒼白になっていく。自分が何をしたのか、思い出してきたのだろう。



「あの……もしかして俺、とんでもないことしでかしちゃいましたか?」



 被害の説明を受けると、彼はやはりかと頭を抱えていた。


「村長の家を燃やすどころか、村を水没させた?!」

「いえ、水没というか、水で流してしまいました」


 水で流したのに水で流してはいけない問題である。

 罪悪感を感じているのか、男はとても慌てているようだった。

 どうやら、そこまで悪い男ではないらしい。


「マジすみません、村の人は大丈夫ですか?!」

「ええ、死者はいませんでした。ですが、ケガをされた方はたくさんいらっしゃいます」

「そ、そうですか……後で謝りにいかないと、いや、謝って済む問題じゃないですけど」


 恐縮してしまっている年上であろう彼に、優しく諭すことにしたパレット。

 とにかく彼には、色々と確認したいことがある。


「とりあえず、外に出ませんか?」


 大規模な魔法を使うことになるかもしれないからと、外に出ることを促すパレット。

 今四人は屋敷の中にいるのだが、よく考えれば危険物を持ち込んでしまったに等しい。


「はい……すみません」


 カプトの屋敷から出た一行は、とりあえず、と庭に出ることになった。

 幸い、周囲に燃えて困る物はない。

 周囲の安全を確保したうえで、説明を始めることにした。


「よろしいですか、貴方にはもう一度村長の方の家でやったことを再現してもらいます。貴方が村を壊滅させたことが、故意なのか事故なのか確かめようと思います」

「おう、分かった!」

「よろしいですか、貴方の魔法はとても危険なのです。指示に従って……」

「よし、さっきよりもうまくやってみせるぞ! 火、出ろ!」

「え、ちょっと、話を聞いて……」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」


 村長の言っていたことが完全に再現されていた。

 つまり、大して力を込めていないであろう彼の指先から、攻撃魔法でもありえないほどの火柱が上がっていた。

 そして、そんなことまで再現しなくていいのに、パニックになった彼は自分の指をぶんぶんと振って真上に向けておけばよかった火柱を、四方八方に向け始めていた。


「お嬢様、お下がりください! ブライトウォール!」


 ほとばしる火柱の威力がどれほどだったとしても、法術の壁を破るほどではなかったのか、聖騎士隊長の壁によって、専属の魔法使いとパレットは身を守っていた。

 周囲に燃える物が無いということもあって、火柱は何も燃やすことなく周囲の土を焼くばかり。

 しかし……。


「みみみみ、みみ、みずぅううううううう!」


 ほとばしる火柱を振り回してしまったため、その火の粉が彼の体を軽く焼いていた。

 そのことでさらにパニックになった彼は火の魔法を止めて水の魔法を使用していた。

 そして……。


「ぎゃあああああああ?!」


 手のひらからほとばしる火柱を越える膨大な水。

 それはまさに、家一軒どころか村をまとめて吹き飛ばす、ありえない量の水だった。

 そして、自分が出している魔法によって、彼は瞬く間に押しつぶされて……。

 そのまま、地面を泥まみれにしながら本人は気絶していた。


「……彼に悪意はありませんね。強いて言えば、頭が悪いのです」


 壁に守られていたため、ケガはない三人。しかし、余りに知性を感じられない光景にあきれ果てていた。

 花火を括り付けられた猿がパニックになって、浅い池に頭から飛び込んで気絶したような状態である。

 専属魔術師の冷静な指摘に、二人の法術使いは黙る他なかった。

 いいや、パレットは呆れながらもなんとか口を開く。


「隊長……制御できない力とは、恐ろしいものなのですね……」

「お嬢様、私もここまで制御できないとは思っていませんでした」


 強大すぎる余り自らをも滅ぼす魔力を持ち、加えて浅慮と軽率を絵にかいたような落ち着きに欠ける気性の男。

 考えなしに魔法を使えば必ず自滅するにもかかわらず、常に考えなしで行動する『傷だらけの愚者』興部正蔵。

 制御が極めて困難なカプトの切り札が、パレットの保護下に置かれた瞬間だった。

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