最悪
「まあ~~」
現在王都には、テンペラの里から出稼ぎにきた傭兵たちが集まっていた。
全員が希少魔法の使い手であり、セイブやカプト同様に希少魔法の使い手が極端に生まれやすい血統を守ってきた十の家系。
そう、十である。
スイボクをして他に類を見なかった、十もの希少魔法が存続してきた里である。
それがどれだけの奇跡か、語るまでもないだろう。
なにせ里の自己申告では三千年存続しているのである。それだけでも大概だった。
「すごいわねえ、こんなに希少魔法の使い手がそろうなんて……」
旧世界からやってきた怪物の首を手土産に王都へ参上した彼らは、既にケガを負っている者も多かったのでダヌアが出した人参果や蟠桃を食べて回復している。
そんな彼らを見て、学園長が興奮するのも仕方がないだろう。
既に半分に関しては知っているし指導者もある程度確保できているが、また新しく五つも増えればほぼ網羅と言っていいのではないだろうか。
占術や神降しは教えられないし、銀鬼拳に関しては慎重にならねばならないし、呪術や仙術は習いたがらないだろうが、影降しを含めてここ最近で十個は増えるのだ。
それは彼女としてはとても嬉しいことだろう。
「ねえねえ、サイガ様。貴方は彼らとこれから交渉するんでしょう? 今回の戦争が終わった後、この学園へ指導しに来てくれないかも、ついでに言ってくれないかしら?」
「あの、学園長。今この国が滅ぶかどうかの瀬戸際なんですけど」
気持ちはわかるが、TPOを考えていただきたい。
祭我は直球で断っていた。さすがにこの状況でそれを認めるのは、貴族の責務とか以前である。
教育の大切さはわかるのだが、国防の重要性もわかっていただきたい。
「それに、テンペラの里には負い目しかないんです。何か要求できる相手じゃないですって」
テンペラの里。
二千年ぐらい前にスイボクが滅亡寸前まで追い込み、数年前にランが大暴れした隠れ里。
スイボクはそのことを悔いていたし、ランも結構後悔している。
その二人と縁がある祭我としては、要求できる要素が一つもない。
そもそも今回も、連絡したわけでも要請したわけでもないのに、命をかけて戦ってくれたのである。
もちろん見返りを求めてのことではあろうが、詐欺でも何でもなくアルカナ王国にとってこの上なく有益な援軍なのだ。
彼らへ失礼なことなどできるわけもない。
「……というか、エッケザックス。俺が言うのもどうかと思うけど、テンペラの里って本当に強いんだな」
今回彼らが『戦果』として持ち込んだのは、旧世界の怪物の首だった。
なんとも蛮族だが、敵の戦力を大いに減らしたことが分かりやすく伝わってきている。
アルカナ王国はこれに対して、多額の対価を払うことが既に決まっている。
もちろん無契約で勝手に戦っただけだ、と突っぱねることもできるが、その場合彼らは怒って帰るだろう。
そこでケチるほど、アルカナ王国はバカではない。
「二千人の拳法家が戦って、損失はほとんどなしで、三倍も倒すなんて……」
テンペラの里の男衆二千人で、オセオ人を合わせたとはいえ六千体も首を持ち帰ってきたのである。
敵の総数が分からない現状では何とも言えないが、それでも少なくない戦果だった。
「あいつらって、里を出る前の私よりも、ずっと弱かったと思うんだが」
「捨てた実家が想ったより強かった……」
「そんな、相手はランでも厳しいはずだったのに……」
「じゃあどうしてランには勝てなかったんだろう……」
「おかしい、どんな汚い手を」
この結果に一番驚いているのは、他でもないテンペラの里を出奔した面々だった。
彼女たちは見限ったはずの実家が、思ったよりもずっと強いことに現実を疑っていた。
一番失礼だが、彼女たちからしてみれば当然のことであろう。
「お前たち、言っていいことと悪いことがあるであろうに。せめて聞こえないところで言え」
文句ありげに祭我や五人へ話しかけてきたのは、やはり祭我たちを里で迎えた亀甲拳の当主だった。
当人は戦える年齢ではないが、予知要員として参加したようである。
「これは、亀甲拳の当主様。この度は援軍に来ていただき、感謝しております」
「……うむ、そちらも息災そうで何より。とはいえ、我らの助力など些細であろう。今後の為にも、勝利を期待したい」
老齢の当主は、祭我もさることながらエッケザックスへの視線が生ぬるい。
過去を見通した老人からすれば、彼女は恐怖の対象なのであろう。
「拳で証明せず口で弁解するなど拳法家にあるまじきことだが、テンペラの里の名誉のために言わせてもらうと、じゃ」
なぜランが十の家を倒せたのか、という話である。
手加減していたとか、実はやんごとなき家系で手が出せなかったとか、そういう拍子抜けする理由ではないらしい。
もしもそうなら、彼はもう少し晴れがましい顔をしているだろう。
というか、ランの強さはスイボクのお墨付きである。弱いわけがない。
「ランを我らが倒せなんだは、ランが強かったからであり、小娘だったからじゃ。そりゃまあ、手を選ばねば勝てるとも。そもそもランは分家筋であり、テンペラの里で飯を食っとったのじゃぞ? やろうと思えば手口などいくらでもあるわい」
武術的ではなく、犯罪的な方法でなら『処理』はどうにかできたらしい。
もちろん悪血を膨大に宿していた彼女が、そう簡単に毒やらなにやらで倒れるとは思えないが、それこそいくらでも手はあるのだろう。
「もちろん、あんまり長引けばそういう手も考えていたが、その前に出て行ったのでなあ……」
改めて、実力では倒せなかったことを口にする当主。
彼としては孫ぐらいの小娘に、里中の使い手が及ばなかったことを口にすることはつらいのだろう。
本家の天才少女、とかなら多少はメンツもたつのだが、まったく新しい拳法の開祖である。そりゃあ誰もが面白く思うまい。
「今回我らがこれだけの戦果をあげられたのは、それこそお前たちが想っているように『汚い手』を使ったからにすぎん。もしも真っ向から戦えば、それこそ全滅の憂き目を見たであろうな」
普段はルール通りに戦っているテンペラの里が、全力で行ったルール無用の残虐バトル。
なるほど、戦果が上がるのは当然であろう。
「試合と実戦はまるで違う。試合とは『両者が極力ケガをせずに戦う』ために多くの縛りがあるが、実戦とは『一方的にケガをさせるように戦う』から守るべき原則はあっても守るべき縛りなどない」
強くなるため、競うための試合。
勝つため、殺すための実戦。
それを混同してはいけない、と言い切っていた。
とはいえ、それは自分でも情けない理屈だとは思っているようである。
「それなのにお前たちと来たら、規則に守られた試合が嘘だとか八百長だとか無意味だとか手抜きだとか言いおって」
拳法家としては粋がった子供の戯言と笑って、反則をしてくる子供をぶちのめして『どうだ、規則無しで戦って負けた感想は?』とかいうべきなのだろう。
それが出来ずにこうして口で説教していることに、矜持が傷ついているらしい。
とはいえ、ランたち五人はその言葉の重さを既に理解しているので、恐縮して聞いていた。
「目を突くだとか実際に骨を折るだとか、転んだ相手に追撃をするとか寸止めせずに当てるとか。そんなことを試合でやってどうする? そんなこと、やろうと思えばいつでもできる。それをせんのは、しても強くなれんからじゃ。試合で勝っても負けても、どうにもならんのじゃぞ? 相手を一々再起不能にしてどうする」
その辺り、山水は指導する相手によく言っていた。
確かに稽古でケガをするのはある程度仕方がないが、稽古で再起不能者を出すのはよくないだろう。
「……まあ、どういっても、対等な条件でランに誰も勝てなかったことは事実じゃがのう」
分家筋の小娘に、大の大人が手も足も出なかった。
その上で卑劣な手段に訴えるほど、彼らの自尊心は安くなかったのだろう。
「今回の勝ち戦で皆が喜んでおる。できればお前たちには引っ込んでいて欲しい」
自尊心とは大事である。
如何に乱暴で天才で最強な小娘といえども、毒殺だとか兵糧攻めだとか陰湿な嫌がらせをしないだとか、そういう人間としての品性を保つために重要なものだ。
俺は大人だし、我慢しないとな、という強がりを言えるのは確かに『大人』である。
「……そういうことなら、わかった。四人とも、下がろう」
すんなり引き下がるランと、その取り巻き四人。
彼女たちも大人としての気づかいが出来るようになった、ということであろう。
「はぁ……」
「どうしました?」
「いえね……そのまあ……ランがここに来て変わったのは、ありていに言って自分よりも強い相手に諭されたからでしょう」
「……そうですね」
祭我自身、自分にあっさり勝った山水に諭されたから、今のような性格になった自覚はある。
やっぱり暴力は大事である。相手より強くないと、説教などできるものではない。
粋がっているガキは、ぶん殴ってから怒鳴りつけないとだめ。体罰を正当化する教師の言葉のようなことを、ランも祭我も身をもって体現してしまっていた。
「儂がやりたかったなぁ……」
「あ、それわかります」
※
「まず感謝の言葉を。よくぞこの窮地で、援軍としてはせ参じてくれた。テンペラの里の精鋭、テンペラ十拳よ」
アルカナ王国の首脳陣は、最大級の礼をもって代表である亀甲拳の当主を迎えていた。
国王と四大貴族、それから右京と同じテーブルに席を用意し、まるで対等の同盟相手の様な扱いである。
いつかの亡命貴族とは大違いの歓待だった。
「貴殿らが討ってくれた怪物や敵国の兵は、知っての通り我が国の領地へ深く侵入し民衆を脅かしている。貴殿らのおかげで、どれだけの民衆が救われたのかわからぬ」
予知していた通り、アルカナ王国はテンペラの里を相手にしっかりと『握手』していた。
俺たちの仲間になってくれてありがとう! この後も全力で戦ってね!
という圧力を亀甲拳の当主にかけていた。
戦争で沢山殺せば英雄で、平常時は一人殺せば殺人者だ。
そんな言葉もあるが、実際その通りである。
戦争中だからと言って誰もかれもを殺していいわけではない、戦争相手である武装した敵を殺すから英雄なのである。
倫理がどうとか言っている場合ではない、殺さないと殺されるのである。自分だけではなく、自分の家族や友人たちも含めて、大量に殺されるのだ。
それを防ぐのだから、英雄に他なるまい。
「そちらが望むものを準備し、そちらが望むものを報酬として準備し、そちらが望む戦場で戦ってもらう。遠慮なく言って欲しい」
他の兵士が聞いたら怒り出しそうな好条件だが、実際に一人も損失を出さずに三倍殺して参上したのだから文句のつけようがない。
文句を言う輩がいるのなら、自分の兵を率いて三倍の戦果をあげればいい。そうすれば文句はない。
「過分な厚遇に感謝いたします。ですが、あいにくと今までのような戦果を挙げることは、もうできますまい」
もうすでに、分散されていた敵軍は集合しつつある。
それは本格的な開戦が近いことと同時に、奇襲に対する備えを始めていることを意味している。
分散している敵の側面を叩くという、理想的な奇襲ができたからこそ、三倍もの戦果を挙げることができたのだ。
今後、こんなうまい話はないだろう。
「とはいえ、霧影拳なら幻影を見破れますし、我ら亀甲拳ならある程度敵の動きを予測できましょう」
「それで充分、いやさそれに勝るものはない。これで大幅に勝算はあがるとも」
完全迷彩の敵軍を発見でき、かつ予知によってある程度でも攻撃を予測できる。
誰がどう考えても、戦術的にとても意味があることだった。
「それでは報酬について話そう。無礼ではあるが、一番重要なことは先に話しておかねばな」
「ありがとうございます」
いきなりカネの話をするのは確かに行儀がよくないが、実利こそ相手が美辞麗句よりも求めるものである。
いやさ、名誉が欲しいというのなら、それはそれで報酬である。早く話すことに文句を言う輩はいないだろう。
「聞くところによれば、テンペラの里は二千年間沈黙を保っていたそうな。それがこうして表に出たのだ、何か特別なものが必要なのだろうか」
テンペラの里は基本的に山水やスイボクと同じように、山奥で生活しながら鍛錬にいそしむという求道者の集団であると聞く。
この場の面々は既にその存在や、なぜ二千年間沈黙していたのかという理由も知っている。
だからこそ、あえて聞いていた。
通常の報酬以外の何かを、彼らが求めているのではないかと。
実際、今のアルカナには蟠桃や人参果、八種神宝や宝貝など、テンペラの里では都合できそうにないものがたくさんある。
あるいは、マジャンなどの他国との太いパイプもあって、この国にないものも手に入れることが可能だった。
そして国が滅ぶかもしれないこの状況では、何を要求されても受け入れるつもりである。
どれだけの厚遇を約束しても、相手が二千人ならさほど問題もないわけであるし。
「いえ、我らはただ、戦争の報酬を求めているのです。できれば、その後も長期間にわたって雇用していただきたく存じます」
「……構わないが、本当にそれでよろしいのか?」
「ええ、実は情けない話なのですが……」
予知できることとは、必ずしも突飛とは限らない。
しかも、楽しいこととも限らない。
「里全体の飢饉を予知してしまいまして……」
予知された十年ほどの不作、それは小さい共同体にとって致命的なことだった。
「今稼がないと、口減らしどころか滅亡するのです」
「……なるほど、それは大変ですな」