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十拳

テンペラ十拳


星血(せいけつ) 亀甲拳(きっこうけん)

牙血(がけつ) 動輪拳(どうりんけん)

強血(ごうけつ) 嵐風拳(らんぷうけん)

弾血(だんけつ) 鮫噛拳(こうこうけん)

侵血(しんけつ) 爆毒拳(ばくどくけん)

玉血(ぎょくけつ) 四器拳(しきけん)

酔血(すいけつ) 酒曲拳(しゅきょくけん)

光血(こうけつ) 無明拳(むみょうけん)

幻血(げんけつ) 霧影拳(むえいけん)

操血(そうけつ) 傀儡拳(くぐつけん)

 山水は生徒へ指導するにあたり再三言っていたことであるが、集団だろうが個人だろうが、不意を突かれるのは最悪の事態である。

 つまりいかにして不意を突かれないか、不意を突かれた場合にどれだけ早く立て直せるか。それこそが集団の練度そのものを意味している。真正面からぶつかる分には、個々の戦闘能力や武装やら士気でなんとかなるが、いったん集団が崩れた後でそれを修正するのは極めて難しい。


 逆に言って、いかにして先制攻撃を成功させ、かつ可能な限り甚大な被害を与え、そこから畳みかけられるかどうか。

 それこそが戦術の極意であろう。


「テンペラ十拳」


 服装の異なる拳法家たちが、そう名乗った。

 彼らは相変わらず不気味に構え、こちらへ警戒を怠らない。


「お前たちに恨みはないが、全員殺させてもらうぞ」


 それを聞きながら、オセオの将兵は迅速な判断をしていた。

 敵は少々練度の高い山賊などではなく、明確な目的意識をもって編成された『軍隊』だ。

 その規模がどうあれ、こちらより少ないということはないだろうし、そもそも最初の土砂崩れで半分以上が脱落している。

 もう既に負けているし、もうすでに壊滅している。

 ここからどう頑張っても、自分たちの死は免れない。


「誰でもいい! ここから逃げ出して、こいつらのことを友軍へ報告しろ! それ以外の者は、血路を開くのだ! いいか、一点突破あるのみだ!」


 オセオの兵士の言葉に、誰もが覚悟を決めた。

 確かにそれが最善の策だろう、なにせ彼らは身を隠しているはずの自分たちを完璧に迎撃した。

 これでは部隊を分散させていることが、完全に裏目に出る。

 少数に分けて進軍しているのは敵に居場所を悟られないためであり、こうして逃げにくい場所を通っているのも見つからないためだ。

 もしも同数規模で叩かれれば、今後もたたかれ続けてしまうだろう。


【足が速い者、全員でバラバラに逃げろ!】

【おい、二足猫! お前たちが一番逃げ足が速いだろう!】

【空走鳥はもう全滅か……】

【我らは一人でも多く道連れにするぞ!】


 当たり前だが、屈強な猛獣は鈍重であり長距離を高速移動できない。

 逆に足が速い猛獣は、その分脆く先ほどの爆破に耐えきれなかった。

 硬い者が盾となり、脆い兵を守る。それが崩された今、逃走さえままならない。


「いいか、事前打ち合わせ通りに四器拳と爆毒拳を主体に戦え」

「それ以外では確実に倒せると思うな、いいな?」

「多数で戦うことを意識しろ、周囲と連携をとれ」


 もちろん、肉体的には旧世界の怪物の方が数段上である。そのうえで、相手は希少魔法を使ってくる。

 であれば、テンペラの里の面々に個体としての優位は全くない。

 ここから先は実力勝負、というのならテンペラの里の面々にとって苦戦を強いられるところであろう。

 しかし、それを覆すのが戦術というものである。


【ぬぅおおおおお!】


 雄牛が分身を突撃させる。

 横に列をなし、厚みさえ作った、即席の軍団。

 それはまさに数的優位を覆す力だった。


 だが、それも想定の範囲内である。


「動輪拳、足になれ!」

「四器拳か、承知! 乗れ!」


 両足を前に出して地面に座る、というなんとも不格好な姿勢の動輪拳。

 その彼らの足の上に、四器拳の使い手たちが片足で立ち、乗り込む。

 動輪拳の使い手たちは、四器拳の使い手の軸足を両手で抱えて固定し、自分の両足と臀部から車輪を出して走行を始める。


 間抜けな図に見えるが、これを四器拳の使い手が乗っている状態だと考えれば笑えるものではない。

 四器拳の拳足は、それこそ『なんでも切れる剣』である。

 踏み込む必要も体重を込める必要もなく、それどころか一切抵抗を感じることがない刃物である。


 同じ玉血を宿す犀を相手にするには心もとないが、相手が分身だというのならなんのこともない。

 ただ直進し、相手にぶつかるだけで、ただ敵は死んでいく。

 突進してくるだけの相手など、どれだけの重量があろうがどれだけの厚みがあろうが、一切関係なく『突破』が可能なのだ。


【ぬぅ! 小細工を!】


 相手の手足が強固なのは理解した。

 雄牛たちは手に武器をもち、分身を突破してきた拳法家たちを迎え撃つ。

 要は手足に触れず、首を落とすか頭を割ればそれでいい。

 

【おおおお!】


 彼らは人間では両手でも持ち上げられない武器を、片手で軽々と振るう。

 大きく振りかぶって……。


【ぬぅううあああ?!】


 振りかぶりすぎて、体勢を大きく崩していた。

 それが一人二人なら戦場ゆえの力みといえるだろう、だが迎え撃とうとしたすべての雄牛がそうなったのだとしたら、それは明らかに人為的な術である。


「操血、傀儡拳。二人羽織」


 巫女道と同じ力を操る、傀儡拳の使い手たち。

 本来対象へ力を供給し、補佐する役目を持つその力を、他人の妨害へと昇華させていた。

 相手が全力で行動するとき、それを大幅に補佐する。

 それは相手の姿勢を大きく乱し、結果として阻害となる。

 そして、一瞬の隙は接近戦において決定打につながるのだ。


【しまっ……!】

「遅い!」


 正中線から両断されて、生きていられる生物はいない。

 連携するとはこういうこと、何も一斉にかかることばかりが協力ではないのだ。


「四器拳! 手刀、足刀!」

「動輪拳! 輪拳、縦切り!」

「傀儡拳! 糸引き背押し!」


 集団の中へ飛び込んだ四器拳と動輪拳。

 その彼らへ旧世界の怪物が襲い掛かるが、しかし力が入りすぎて大きく踏み込み過ぎてしまう。

 手にしていた武器を振るうはずが、しかし体からぶつかっていってしまう。


 間合いが狭く、武器を持つ敵に劣る。

 その素手の弱点は、完全にこの場では逆転していた。

 四器拳は言うに及ばず、動輪拳もまた高い攻撃力をもつ。

 その攻撃を無防備に受ければ、旧世界の怪物だろうとひとたまりもない。


【ぐっ……これは……】

【やむをえん、ここはもろともであっても……!】


 土砂の直撃、爆破の直撃を受けた魚たちが這いあがってくる。

 頑丈とは言い難く、俊敏でもない彼らは、ズタボロになりながらも這い上がり、援護を行おうとする。

 どうやら掃討されている最中だが、背に腹は代えられない。

 せめて一矢報いようと術を始動させようとするが……。


「足掻くな!」


 その彼らへ、同種の力を宿した酒曲拳の使い手たちが殺到していく。

 掴みかかり、地面へたたきつけていく。


「酔血、酒曲拳! 一本背負い!」

【ぐがぁあ?!】


 相手が二足歩行なら、人外だろうと関係はない。

 ぬめる相手を強くつかみ、腰を使って受け身をとれぬようにたたきつけていく。

 如何に身動きが取れなくなっている相手とは言えども、油断はできないと息の根を止める。


【ぬぅ……やむを得ん、もはやここまで!】

【全員狂気に身をゆだねよ!】

【命尽きるまで、戦い続けるのみ!】


「来るぞ!」

「ランと同じ気血の敵か!」


 二足犬、と呼ばれる犬とも狼ともつかぬ猛獣が狂気に身をゆだねる。

 もはや敵も味方もわからぬほどに狂暴化する、悪血と同じ力、狂精。

 それを解き放った彼らは、全身の体毛が銀色へ染まっていく。


「だが、この状況なら負けん!」

「仮にも同胞であるラン相手にはできなかった、暗の技!」

「古文書に残されるばかりだった、戦場の技を思い知るがいい!」


 およそ二千年前、スイボクはエッケザックスを手にテンペラの里をせん滅した。

 それによって、テンペラの里は復興まで一切傭兵稼業などできなくなっていた。

 そして、復興を終えた後も、彼らは身を潜めた。

 上には上がいる。その事実に、心が折られたのかもしれない。

 限りなく頂点に近かったとしても、強さの山の頂に近づいたとしても、そのはるか頭上で輝く星に届かないことを悟ったのかもしれない。


 だが、それでも伝承は残っていた。

 戦場で先祖が如何に戦ったのか、里の内部で使うには危険すぎる戦法。

 それを彼らは訓練したうえで、実戦に投入する。


「霧影拳! 爆毒拳! 嵐風拳!」

「応!」

「承知!」

「任せろ!」


 ただでさえ人間を越えた力を発揮できる旧世界の怪物。

 その彼らが自らの身体能力を大幅に強化する、なるほどランでさえ対抗できるかどうか。

 神降しならある程度対抗できるかもしれないが、それでも多数で襲い掛かられればひとたまりもあるまい。


「確かにランは速く、硬く、傷が治った。だが、瞬時に遠くへ行けるわけではないし、無敵ではないし、不死身でもない! お前たちがランより強かったとしても……その程度の数なら脅威ではない!」


 少なくとも、最初の段階でほとんどの猛獣は仕留められている。

 であれば、こちらには対策の余地がある。要は殺せば死ぬのだから。


「霧影拳、霧礫!」


 複数の術者が、膨大な幻覚を生み出す。

 それは少々色がおかしいだけの石、それが高速で獣たちに向かっていく。


【おおおおあああああ!】

【がぁあああああああ!】


 避けきれる量ではない、雨あられという量の石。

 しかしそれが実体のないものだとわかれば、狂暴化している獣たちも無視を決め込む。

 その上で、周囲で既に戦っている他の拳法家を襲おうとする。

 しかし……。

 あまりにもありふれた手が、彼らを襲った。


「嵐風拳、下段投石!」

「爆毒拳、極濃爆石!」


 無数の幻影の中に紛れる、数個の実物。

 極限まで侵血をしみこませた、強力な爆弾。

 それが無警戒な彼らの中心で爆発する。


「確かにランは学習能力が高かった。再生能力と反射神経も相まって、我らの総がかりでも及ぶことはなかった」

【おおおあああああ!】

【ぐるううああああ!」

「ならば簡単な話だ、学習を終える前に殺せばいい。全く違う手管を尽くしてな」


 敵に攻撃された。その事実だけで、彼らは攻撃目標を切り替える。

 斜面の上側で待機している、四組の拳法集団。

 彼らを敵視して、荒ぶる狼たちは猛スピードで、地滑りが起きたばかりの斜面を登っていく。

 如何に幻影へ紛れさせたとしても、投石は回避されるだろう。

 投げた石は、当たらないだろう。


「爆毒拳、極濃爆石!」


 事前の準備は怠らない。

 出し惜しみも一切しない。

 爆毒拳の長所は、完全に術者の任意で爆破が可能ということ。

 特別な濃度の石を土砂に紛れさせたとしても、それが粉々になっても、決して爆破されることはない。

 粉微塵になっても、その威力は決して衰えることはない。


「逐次爆破などしない。どうせ回避するのだろう? それなら一度で全部使い切るとも」


 星血、亀甲拳の使い手たち。

 彼らは深く読み、先の先を見通す。

 絶対に命中する攻撃以外が命中しないのなら、絶対に命中する攻撃だけを行う。


【おおおあああああ!】


 爆破の煙を突破して、数体の狼が躍り出る。

 その体には、痛々しい傷が刻まれている。


「やはり、傷の治癒能力はランほどではないか……」


 狂乱している、手負いの獣。

 なるほど、必死さも相まって手強いのだろう。

 だが、罠にはまった獣など恐れるに足りない。


「間合いを詰めれば勝てると思ったか?」


 強血(ごうけつ)を宿す、嵐風拳の使い手たちが手負いの獣を迎え撃つ。


「俺たちが、石を投げるだけが取り柄だと思ったのか?」


 両足を深く曲げて、全身の筋肉を盛り上がらせて、力を溜めに溜め込んだ男たちが、その全身でぶつかっていく。


「嵐風拳!」


 強血は、王気や悪血と同様に身体能力を強化する気血である。

 ただし、恒常的に身体能力を強化できる二つと異なり、ほんの一瞬一度の動作しか強化が発揮できない。

 それはさながら、極限まで縮んだバネが弾けるがごとく。


「上段、肉弾猛突!」


 ぶちかまし。

 鍛えに鍛えた肉体を弾丸として、人外にぶちかます(・・・・・)

 それは、損傷を負っていた怪物たちにとって、余りにも重い一撃だった。


【ごふぁ……】


 吹き飛び、力なく落下し、そのまま斜面へ転がり落ちていく。

 もはや虫の息、彼らは結局何もなせずに息絶えようとしていた。


「へこむねえ、渾身のぶちかましだったのに。まだ生きてるなんて」

「仕方あるまい、相手は人間ではないのだからな」


 そして、戦場では確実に殺せるものから殺していくものである。

 もしも自分たちの手口を知られれば、盤石な勝利は遠ざかるのだから。


「爆毒拳、(しるし)


 死ぬ寸前の狼の喉を掴み、深く侵血を注ぐ。

 そして、首そのものを爆破した。


「ランの奴に、こうできればよかったのだが」

「できなかったことをゴチャゴチャと……まあ同感だがね」


 これで、ほぼ処理は終わった。

 当然だろう、魔力による魔法の使い手を相手にするつもりだった集団が、自分たち同様の希少魔法の複合集団と戦えるわけがない。


「あとは、逃げた猫どもか」

「そっちは鮫噛拳と無明拳の奴らに任せよう」


 空を飛べるのならまだしも、大地を走る程度で鮫噛拳と無明拳から逃れられるわけがない。

 確信をもって、彼らは首を落とし始めていた。

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