無用
改めて、昼頃。
海から戻ってきた師匠を含めて、多くの人たちに囲まれて俺は帰ろうとしていた。
いや、本当に……。
なんでこんなことになっちゃたんだろう。
体の一部が石になるわ、片腕がなくなるわ……。
腕は迅鉄道で斬られただけなので、ドミノへよればどうとでもなる。
しかし体の石化は、それこそセイブ家を頼るほかないだろう。
おかしいなあ、師匠のあいさつ回りにつきあっただけなのに、ここまで大怪我をするなんて。
名誉の負傷ではあるが、不必要な負傷でもある。
お父様やお兄様、怒るかなあ。
いやまあ、戦わずに逃げました、の方が怒られるだろうけども。
しかし、流石にまた戦いたいです、とか言ったら怒られそうである。
とくに祭我辺りは『お前俺の時と対応が違い過ぎないか』とか言いそうである。
あるいはトオンなら『いやはや、男前が上がりましたな。ですがご婦人には刺激が強いですよ』とか言いそうである。
「俗世に思いをはせるか、サンスイよ。いやはや、仙人でありながら俗人に仕え、更に俗人を育てるか。生中な仙人なら邪仙に堕するところであるが、よくも持ちこたえている。スイボクよ、良き弟子を育てたな」
「ええ、自慢の弟子です」
「お前は昔から何をやっても上手だったが、弟子の教育も他の追従を許さんのかもしれん……弟子の才能が恐ろしい。今更ながらな」
「カチョウ師匠……」
なぜか師匠の株が上がる。
いや、俺を育ててくれたのは師匠なので、それこそ一切不満はないのだが、師匠のことばかりほめ過ぎではないだろうか?
カチョウ様が、師匠のことを好きすぎる。さすが三千年も待っていただけのことはある。
でも師匠のことを叱れるのはそれこそカチョウ様だけなので、もうちょっと厳しめでお願いしたい。
「とはいえ、旅立つ前から比べて、だいぶ傷んだらしいな。このまま帰せばそれこそ大八州、花札が如何な蛮地かと思われるところである。多めに土産を包まねばなあ」
確かに送り出した国内最強の剣士が、ズタボロになって帰ってきたらみんな不安に思うだろう。
なんかのマンガか、って話である。
実際には、仙術に対して詳しい土地で、対策を練られて戦っただけなのだが。
ロイドと戦うときは、ぶっちゃけ里ごと相手にしたようなもんだし。
アレは一対一とは程遠かった……。
まあ国ごと相手にしたことはあるけど、アレは奇襲だし。
「蟠桃や人参果は喜ばれんのだろう? とりあえず、酒樽でも持って帰るか?」
酒瓶じゃなくて、酒樽?!
まあ瓶だけ渡されても、あんまり意味がないけども……。
と思っていたら、ふよふよ浮かんできたのは十個ほどの酒樽だった。
かなりでかい、軽身功が無かったら嫌がらせと思う量だ。
店でも開けというのだろうか、という量だがおすそ分けすればすぐなくなりそうである。
「あの、これって俗人が飲んでも大丈夫でしたっけ」
「……いかん、俗人が飲んだら猛毒であった。量によっては死ぬものであるな」
フサビスの言葉を聞いて、慌てて酒樽をどこかへ戻していくカチョウ様。
おすそ分けしなくてよかった……危うくアルカナの貴族を毒殺するところだった。
「……さしあたり、金丹をいくつか包むか。入用であろう?」
「ありがとうございます」
確かに必要だった。
金丹は肉体を成長させて手足を伸ばせるし、さらに身体能力も幾分か向上する。
これがあるのとないのでは、大分戦闘能力が変わるのだ。
でも、やっぱり俗人が呑むと死ぬ丸薬である。
他の物は、毒以外でお願いしたい。
「あ、そのですね……失礼します」
と、石になったゴクの師であるジエズさんが現われた。
その手には刀と脇差があった。
「この度は、弟子の不始末でご迷惑を……」
「いえいえ、私も楽しませていただきました」
「お詫びになるかわかりませんが、これは私の作った石の刀、干将莫邪です。どうかお納めください」
師匠が作った宝貝と同じ名前の武具だった。
というか、多分同じものであろう。
流石は本職の方が作っただけあって、装飾は普通に豪華である。
中身は、まあ今確認するのは失礼だろうし受け取っておく。
「ありがとうございます」
「お礼など……私の方こそ、貴方には感謝しかありません」
弟子が石になったのに、本心から感謝している。
確かに石化する間際の彼は、とても穏やかだったが。
「今後、何か入用でしたらお申し付けください。何百年かかってでも作って見せます」
「そんなに気合いを入れなくても……」
何百年後じゃ意味がないんだが……。
あと、これも飾る以外だと俺しか使わないだろう。
ぶっちゃけ、魔法の武器の方が強いし……。
「では火尖鎗などどうだ? 一番新しい物をやろう」
「大天狗が作った宝貝ですよね、よろしいんですか?」
「大天狗も場所がないからと押し付けてくるものであるしな、たまにはどうにかせんといかんし」
奉納したものを適当に人へくれてやっていいんだろうか?
今更ながら、双右腕を奉納したことを後悔していた。
あと大天狗は奉納というが、寄付というか、置き場がないので送ってきた感がある。
まあ俺も似たような理屈であるし。
「火尖鎗は溶岩でできた呼吸する宝貝でな、使うと周辺の仙気を吸って燃え上がり、大火災を引き起こすぞ」
「いりません」
俺は荒ぶる神の弟子ではあっても、あらぶってはいないのだが……。
周辺を大火災にしなければならない任務などない。
そもそも、風向きさえ考えれば火災なんて簡単に起こせるし。
「そうか……参ったな。スイボクよ、何が欲しいと思う?」
「そうですねえ……何分私もここを離れて久しいもので。まさに幾星霜、知らぬことの方が多いでしょう」
「まいったな……これでは本当に蛮地扱いされるぞ」
考え込み始めた長老たち。
彼らをおいて、剣士たちは俺に挨拶をしてきた。
「ほれ、ランドウもセキエイも。きちんと挨拶をせんか」
「まて、クジャク……背中を押すな」
「ふん……」
絶景流のクジャクに加えて、叙景流のランドウと佳景流のセキエイも現れた。
どうやら最後に挨拶がしたいらしい。
「ごほん……先日は、突然勝負を挑んで失礼をした」
先に挨拶をしたのは、大柄なランドウだった。
あまり人へ謝罪をしなれていないのか、とても恥ずかしそうである。
「しかし、剣筋に乱れはなかったと自負している。いや、剣を振るうこともできなかったが……お見事だった」
「おい、ランドウ。お主謝罪しに来たのか賞賛しに来たのか、どっちだ」
「やかましいぞクジャク! ごほん、とにかく、お見事だった。出来ることなら、生きているうちにお会いしたいが……仮に拙者が老い朽ちていたとしても、必ずや我が叙景流を継承した者が残っている。その折は、どうかよろしく頼みたい」
「だから、謝罪ではなかったのか。第一、お前も拙者同様に破門され、昨日復帰した身であろう」
やたら気さくなクジャクが、ランドウをからかっている。
なるほど、普段から仲がいいらしい。
仲が良すぎて、一緒に破門されたと……。
仲がいいのも考えものである。
「……申し訳なかった」
「謝ることなど何も。それに、貴方がまだ老いきらない前にまたここへ訪れさせていただきます」
「そうか……その時は、今度こそ尋常の勝負を申し込みたい」
「ええ、楽しみにしています」
「おい、逃げるなセキエイ」
「黙れ! なぜ拙者が謝らねばならん!」
「謝りたくないとしても、挨拶ぐらいしていけ。無礼な奴だ」
別れの挨拶をしていると、セキエイが逃げ出そうとしてクジャクに抑えられていた。
なんというか、意外と面白い三人組である。
「ニカワは許されたのに、なぜ拙者は……!」
「ニカワは未だに引き籠っておるのだからしかたあるまい。それに、スイボク殿はここに残るのだし」
師匠に梱包されたニカワという人は心に傷を負ったらしい。
意識がしっかりしている状態で、あんな風にされればそうもなるだろうが。
「……その、なんだ。先日は不覚をとったが、次はこうはいかん」
「ええ、それを楽しみにしています」
「ええい! そういう態度が気に入らないのだ! 絶対に後悔させてみせるぞ!」
やっぱり微妙に嫌われている俺。
いや、露骨に嫌われている。
まあ誰にでも好かれる、とはいかないが。
「そう思うのなら、まずはガリュウ様に追い付かねばな」
「当たり前だ! 今度こそ、一突き目を抑えられるような無様はさらさん!」
「いや、まったくだ……拙者も一太刀目をあっさり避けられんようにせねばな」
ともあれ、再会が楽しみな三人である。
できれば数年以内に再会したいが、ぶっちゃけ許可は下りるんだろうか。
その辺り、少し不安である。
「あ、サンスイ師匠。俺は色々考えたんですけど、残ることにしました。本格的な修業は師匠が俗世の仕事を終えてからってことでお願いします」
「そうだな、そっちのほうがいいだろう。それまでは、カチョウ様やスイボク師匠に習っているといい」
「俺、誰の弟子なんでしょうか……」
自分のルーツに悩むゼン君。
果たして彼は、カチョウ様の弟子なのかスイボク師匠の弟子なのか俺の弟子なのか。
もう全員の弟子でいいような気もするが、それは俺の勝手な理屈であろう。
「いえね、一番の下っ端なのは自覚してるんですけどね……」
「それを言い出すと、俺も君と五十歩百歩だから。天地法とか、全然習ってないから」
「先は長いなぁ……」
ゼン君、安心して欲しい。
師匠は弟子の育成も得意らしいから、きっとすぐ上達すると思う。
仙術の習得は基礎が大変だから、百年単位だけど。
「こういうとき、天地法は難しいのう。握り飯を持たせるわけにもいかぬし」
「とりあえず、これだけは渡しますが」
ふと、師匠の手元を見る。
そっと、目を閉じた。
「サンスイ、忘れ物である。先に渡しておくとしよう」
「違いますよ、師匠。それは忘れたのではなく、そこに置いたのです」
「それを忘れたというのであろう」
「いえいえ、私にはもう必要ありませんから」
双右腕を見て、露骨にフサビスが顔をしかめる。
そりゃそうだ、大天狗の偉大な部分と駄目な部分が凝縮されてるしな。
もちろん俺だって顔をしかめている。
「師匠、貴方は既に私へ剣を授けてくださっています」
「いいから、受け取れ」
「形のない、剣術と剣の心。それこそが肝要なのだと、師匠は言葉にせずとも教えてくださいました」
「はよう受け取れ」
「師匠とフウケイさんの骨でできた武具など、私には不要です」
「ええい、無理矢理持たせるぞ」
このままでは話し合いで解決することなど、何もないを地で行くことになりそうである。
なんとか受け取らずに済ませたい、出来れば処分したい。
俺はカチョウ様に助け舟を送ってもらうために視線を送った。
「のうスイボクよ。そもそもなぜそこまで押し付けたがる?」
割と当たり前のことを聞いてくださるカチョウ様。
周囲も同調している。だって自分の骨でできた刀なんて、弟子に渡したがる意味が解らない。
「これは、本来僕があるべきだった姿なのです。もはや取り返しがつきませんが、だからこそ僕の理想であるサンスイに、僕とフウケイの理想の在り方を預かってほしくて」
「己の理想を、弟子に押し付けるな。迷惑しとるぞ」
すごいなあ、カチョウ様のいうことは尤もすぎるぞ。
というか、言わないとわからないのか、この人は。
「ですが、カチョウ師匠!」
「人骨でできた武具など、持っていたら品を疑われるぞ」
「ですが、師匠!」
「別の物を作って渡せばよかろう」
「ですが!」
「じゃあお前が使え」
「これ、鞘に納めないと切れないので、使いにくいんですよ」
師匠、ぶっちゃけすぎ……。
使いにくいもんを、弟子に押し付けないでいただきたい。
ぶっちゃけ、昨日の戦いのときもガリュウが空気を読んでくれなかったら、相打ちに持ち込まれた可能性はあったしなあ。
「それに、僕には気功剣法の絶招がありますから!」
あっちはあっちで使いにくいが、確かに強力無比である。
実際、ガリュウと師匠が戦うなら、アレで立ち会っていた可能性もある。
その場合、剣だけ残って肉体は蒸発しただろう。
アレこそ剣でも何でもないしな。
「なんと、気功剣法の絶招?!」
「荒ぶる神の、気功剣法……興味深い」
「見せていただきたいですな……」
なにやら盛り上がり始めた周囲。
なんで俺を送り出す話をしていたのに、そんなことになるのか……。
「そうさな、少し見せてもらえるか? 儂も気になるし」
「ではカチョウ師匠、少しお力をお借りします」
スイボク師匠は、なんでもなさそうにカチョウ様の肩に触れた。
ただそれだけで、周囲の気配が明らかに切り替わった。
カチョウ様の仙気から、スイボク師匠の仙気に移行している。
さらっとすごいことしたぞ、この周辺の支配権を奪い取るなんて……。
「水墨流仙術気功剣法絶招、十牛図第七図“忘牛存人”」
突如として、空が暗くなる。
何事かと思って空を見上げれば、そこには夜空が広がっている……のではない。
大気がレンズを作り出し、師匠の掌へ太陽光を収束させている。
「天上天下唯我独尊、天蓋乃刃」
「……なあスイボクよ、これは気功剣法ではなく天動法ではないか?」
さらっとすごいことをした師匠は、カチョウ様から尤もすぎることを言われていた。
確かにやっていることは気功剣でもあるが、メインは天動法に見える。
「お前は儂の弟子なのだから、天動法と呼ぶべきではないか」
「……いえいえ、これは晴れた日用ですから。雨の日はまた別の技になりますから。雨雲を束ねますから」
「それはそれで天動法ではないか?」
一瞬の暗闇が解けて、白昼の元に師匠の剣があらわになる。
気功剣法とは名ばかりで、完全に仙術以外の何物でもない絶技。
それがはち切れんばかりに脈動していた。そのエネルギー量を察して、誰もが一歩後ずさっている。
「……天動法ですかね、これ。気功剣としてとどめる方が大変なんですけど」
「お前な……儂の弟子であることを誇るなら、それこそちゃんと示せ」
「ですが、既にフウケイを斬る時に気功剣法と呼んでますし……」
「じゃあ今から変えろ」
どうでもいいですから、さっさと消費してください長老がた。
どんな気功剣かと思って気軽に聞いただけなのに、いきなり天動法を使われた周囲のことを考えてください。




