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寝覚

「まったく、せめて儂に一言ないのか」

「すみません……」

「お前ももう四千年も生きておるし、弟子もいる身であろう。後進の良き見本にならねばならん」


 千年以上生きている仙人たちが、一人も理想的な見本として存在していない件は、カチョウ様はどう自覚(・・)しているのだろうか。

 まあ理想の押し付けはよくないのだろうが、それでも限度はあると思うのだが。


「バツとして、晩飯は抜きである」


 ゆるっ!

 兄弟子の遺骨をもてあそんだ武器の存在を、師匠に黙っていた罪に対してバツが緩い!

 もうみんな、カチョウ様に対して不信の目を向けるレベルだぞ?!


「人間、飯を食えぬことほどつらいことはないからのう。一晩ひもじい思いをせよ」


 その理屈だと、俺の五百年と師匠の千五百年は、ずっと自罰的なものだったのだろうか。

 いやまあ、確かに自罰的な修業だったとはおもうけど。

 なんだろうか、五百年間の断食って……地獄か?

 思い返すのは、ブロワが作ってくれたサンドイッチの感触……五百年ぶりに食べ物に触った感動。

 それが仙人のスタンダードだと思っていた俺って、いったい……。


「はい、師匠……すみませんでした」

「では頭を冷やしてこい。外功法、傾国、奈落」


 カチョウ様は、ひれ伏している師匠を蹴っ飛ばした。

 直後、師匠へ働いていた重力のむきが突如真横へ変わる。

 しかも、師匠自身の重さが一気に増大していた。


 軽身功は自分が軽くなるのではなく、自分の重さを周囲へ分散させるものであり、重身功は周囲の重量を己へ集中させるものである。

 今カチョウ様が使ったのは、周囲へ広く分散させていたこの大八州の重量の多くを負担させる術だ。

 今師匠は、この巨大な島の重さを背負っているに等しい。

 重力の方向が制御されているので、真横へ落ちていく。

 そして、この島の外に出た時点で垂直に落下していった。


「このあたりの海は深いが、まあ大丈夫であろう。アレはその程度で死ぬような男ではない」


 素直に術を受け入れた当たり、師匠も悪いとは思っているのだろう。

 じゃあやめろよ、というのが弟子の心境である。


「それに、フウケイに対してスイボクも似たようなことをしていたし、因果応報である」


 フウケイさん……貴方のことを思うと、胸が締め付けられます。

 昔の師匠って、どんだけ酷かったんだろう。


「ああ、そうそう。フサビスよ、サンスイの治療を任せてもよいか? 何分儂はスイボクと違って何でもできるというわけではなくてのう」

「え、はい。ですが、その、大仙人、私もスイボク様ほどではありません。いったん庵へ縮地を……」

「儂を大天狗と並べて語るな。如何にこの地を仙気で満たしているとはいえ、虚空法はおろか縮地さえできん」


 ふわり、と俺は浮かんだ。

 触られてもいないのだから、地動法だろうか?


「ゼンよ、フサビスと共にサンスイを連れていけ。儂はこの場の者へ色々と言わねばならん。具体的には、ガリュウとゴクの石像をどうするか相談する」


 ふわりと浮かんだ俺を連れて、ゼン君は大急ぎで走っていく。

 戦闘で酷使された俺の左腕は、内出血しているのか変色している。

 残っている右腕も大概なので、確かに治療して欲しいところだった。

 先日まで戦闘で負傷、ということが無かったのでなかなか新鮮である。

 

「っていうか、あの、スイボク様って本当になんでもできるんですか?」

「ええ、私は錬丹法の専門家であり医療を専攻している天狗ですが、スイボク殿に技量で負けています。大天狗は虚空法も操れるのですが、それさえスイボク殿の方が上と聞いています」

「本当になんでも勉強したんですねえ……」



 さて、庵である。

 俺は横に寝かされて、裸に剥かれていた。

 なお、金丹の術はもう解けているので、絵面としてはだいぶいかがわしい。

 なにせフサビスが、金丹の術で成長しているので。

 奥様が見たらすごく笑いそうだと思った。


「この石化は呪術、ね。私は全然知らない術だけど、治せないことだけは確実ね」

「スゴイ不自然な、ヤバイ感じの術ですね……サンスイ師匠、肝が据わってますねえ。あんな刀の使い手と真っ向勝負するんですから」

「ただの馬鹿でしょう。特に必要もないのに、あんな術の使い手に挑むなんて……」


 実際には、まったく色気のない話だった。

 義手の方はともかく、俺の体に直接刻まれた石化は、ガリュウを倒した後も普通に残っていた。

 つまり体の一部が未だに石である。

 ものすごく不自然な力が、ものすごくこびりついているかんじで落ち着かない。

 顔も石化しているが、正直そこまで問題だとは思っていない。


「確かにあの刀なら、フウケイさんでも殺せたかもしれませんね……まあ面倒に思ってあしらってたかもしれませんけど」


 微妙にひどいことを言うゼン君。

 でもまあ、そうかもしれない。というか、本人たちもわかっていたのかもしれない。

 なにせフウケイさんは最強になりたいとか後進を育てたいとか思っていたのではなく、単にスイボク師匠と戦って勝ちたいと思っていたんだし。


 あの、文字通りの意味で呪われた刀に対して、まともに接近戦などするだろうか。

 流石に会ったことが無いので、何とも言えない。

 しかしゼン君がいうのだから、あしらったのかもしれない。


「それでいいのよ……とりあえず、両腕から処置するわね。内出血がひどい……左手もかなり傷んでいるわね」

「薬草摘んできます」

「ええ、お願い」


 当たり前だが、フサビスはいたってまじめだった。

 それこそ、医者の顔と言っていいだろう。

 裸で寝ている俺に対して、慎重に鍼を打っていく。

 のだが、本人の色気がスゴイ。

 俺が仙人じゃなかったら、多分いかがわしい気分になっていたであろうことは確実だ。


 果たして、俺は得をしているのだろうか、損をしているのだろうか。

 なんで五百年も生きて欲が薄れた後で、こんなイベントが発生しているのだろうか。


 もちろん、俺の身も心も、一切反応していない。

 ただ客観的に『漫画みたいなシチュエーションだなあ』と思っているだけである。

 しかし五百年前の俺だったなら、やっぱりいかがわしい気分になっていたのだろう。

 そう思うと、思春期というのは一種の病気なのかもしれない。

 極めてまともに医療行為をしている女性に対して、やたら欲情するのは如何なものだろうか。


 というか、こういうイベントはどっちかというと祭我の方がふさわしい気もする。

 いや、それはさすがに邪推だろう。

 あいつだって、四百五十歳の女なんて嫌だろうし。

 ああ、でもエッケザックスは一万歳だったな。なにげに大天狗より年上だろうし。


「ねえ、サンスイ。私今気づいたのだけど」

「なんだ?」


 フサビスは、俺の腕へ慎重に鍼を打っている。

 師匠がやるように、戦闘レベルで一瞬のうちに大量の鍼を……ということはなかった。

 普通に一本一本差している。


「私、金丹の術を使う意味があったのかしら」

「……むしろ、なんで使ったんだ」

「都でずっと成長した姿で施術してたから……」


 施術してもらっていてどうかと思うが、この女大分無防備で間抜けだ。

 今までは迅鉄道の使い手が護衛をしていたらしいが、さぞ苦労しただろう。

 フサビスはフサビスで、大分天然である。


「確か貴方結婚しているのよね、俗人と……罪悪感が湧くわ」

「じゃあ解いてくれるか? 俺もさっきからずっと、これ不味いなあと思ってたんだ」

「貴方にはわからないでしょうけど、金丹の術ってそう簡単に解けるもんじゃないのよ……」


 お互い性的に無反応なので、まったくいかがわしい空気ではなかった。

 なにせフサビスは純粋に医療行為をしているだけだし、俺は俺で重体ないし重症である。

 しかし、もしも邪推するものがいれば、それこそ話題にするだろう。

 少なくとも、この場にブロワがいたら微妙な反応をしそうだ。


「どうしましょうかね、コレ……」

「普通に治療を続けてくれると嬉しいんだが……」


 流石にこの状況で『じゃあ金丹の術が解けるまで治療をやめてくれ』とは言えない。

 少なくとも、俺は自分勝手に勝負して負傷したのだ。善意で治してくれている彼女へ、そんな心ない言葉は言えない。


「してるんだけど……別に今すぐ処置しなくてもいいような気がしてきたわ」


 普通、こういうイベントというかシチュエーションって、片方が異性を意識するもんではないだろうか。

 なんで両方が性欲ないのに、こういうことがおきるのか……。


「しなかったらどうなる?」

「後遺症が残るかもしれないわね」

「じゃあ何とかしてほしいんだけど、駄目か?」

「客観視すると、本当になんていうか……なんていうかね」

「そうだな、なんていうかなんだよな……」


 俺たちは性欲を克服できている一方で、常識を克服できていないのだった。

 いや、克服しちゃいけない、ということもさっき実例を見たので理解しているのだが。


「……考えなかったことにしないか?」

「……そうね、忘れましょう」



「ということで、あの二人とその宝貝はあの神社に奉納されることになった」


 すっかり日が暮れた状況で、俺たちは庵で晩飯を食っていた。

 流石に薬屋の三人は人里にいる。その辺りも手をまわしたらしい。

 この地の物理的な支配者である、大した要件でもないし誰も特に文句が無かったらしい。


「何やら恐縮しておったな。儂は見た目がこうであるから、人里の子供からはよく馬鹿にされるのだが」


 自分がさっき雷を落としたことを忘れているのだろうか。

 案外、本当に忘れているかもしれないから困る。

 重税を課す為政者と、無税だけどときどき雷を落とす為政者はどっちが暴君なんだろう。


「どうだ、運動をした後であるから腹が減っているであろう」


 人里からもらってきたお米を入れたおかゆを、俺に勧めてくる。

 なお、片手は義手が無いので使えないし、もう片方も固定されているので使えない。

 もちろんゼン君が食わせてくれている。すこし申し訳ないが、一番下っ端ということで、承知してくれている。

 なお、フサビスと俺の間には微妙な距離感が。

 いっそ、片方にでも性欲があれば『馬鹿かお前は』で済んだのになあ……。


「スイボクの奴にも困ったものだ……明日の朝には帰ってくるであろうし、その時には二食分用意してやらねばな」


 もしかしてカチョウ様はハピネと同じタイプの駄目人間なのではないだろうか?

 四千年生きている仙人への態度とは思えないのだが。

 まあ師匠だって俺のことを五百年生きている仙人扱いしている、とは言い切れないが。

 その辺り、関係性は固定されているのかもしれない。


「スイボクは昔から元気すぎてなあ……勤勉なのだが、その倍はやんちゃでな。なにせ初めて木の剣をにぎったとき、大人を数人殴り殺したということで儂の弟子になったのだ」


 それはほんわかしながら語ることなのだろうか……。


「すみません、サンスイ師匠。カチョウ師匠って、スイボク様のことやフウケイさんのことを語る時、すげえ馬鹿になるんです……」


 申し訳なさそうなゼン君。

 大丈夫だ、君は悪くない。


「それで、聞くところによればサンスイは、俗人に仕え俗人と結婚し俗人と子供がいるとか?」

「なんでこんなところで死にかけてたんですか?!」


 ゼン君の正論が痛い……。

 そうだよな、こんなところでこんなことしている場合じゃないよな……。

 なんでこんなところで、こんなことしてるんだろう……。

 冷静になると、自分のテンションが上がっていたことに気づいて嫌になる。

 そうだよな、師匠に全部任せればよかったんだよな……


「すみません、仙人になってから、初めて盛り上がっちゃいまして……」

「お子さんいらっしゃるんですよね!? なんでここで盛り上がるんですか?! ただ浮いている石の塊なのに?! 相手は若返っているだけの爺さんで、やってることも呪われた刀での斬り合いなのに?!」

「そうね、普段農作業している中年と、普通に危ないことしているだけだったのに」

「……そうだよな、なんで新婚旅行の時より盛り上がってたんだろう」


 閉鎖空間とか空中の島々とか、心躍る場所だったし……。

 やっぱり行く先々で、自分より年上とか同世代がいたのが大きいんだろうか……。

 おかしいなあ、結構精神年齢低いつもりだったのに……。


「いかんな、仙人に交じっていると俗世の流れから取り残されるぞ」


 ここは竜宮城か?

 ウラシマ効果なのか?

 重力が強いんだろうか……。


「サンスイよ、明日の昼には出立することを勧めるぞ」

「そうさせていただきます」


 一気にアルカナ王国のことが心配になってきた。

 もどったら全員寿命で死んでたとかないだろうか。

 エッケザックス以外、全員俗人だしなあ……。


「あと、ちゃんと帰ってきてスイボクから天地法を習えよ。儂の唯一の心残りである」

「あ、はい」


 こうして、素面になった俺は急に帰ることが決まったのだった。

 大分仙人として成長し、俗人を逸脱していることを思い知る俺であった。

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