不滅
「なんでも切れる刀に加えて、刀で斬った部位を石に変える鞘か。それが結果としてあだとなったな」
凄まじい戦いの結果、と言っていいのだろう。
感知の乱れが正され、周囲の気配を再び感じられるようになる。
俺たちの戦いは終わり、世界は再び動き出す。
カチョウ様は敗因を分析しながら、沈痛な面持ちで二体の石像へ近づく。
特異な力に溺れた結果、と思ったのかもしれない。
「抵抗なく切れるがゆえに、斬っても血が出ぬゆえに、義手と気づかなかったか。だからこそ、狙い定めていたことに気づかなかった、か」
痛ましく、潔く、二体の石像は並んでいる。
「いいや、スイボクよ。お前の弟子は、そうなるように立ち回ったということか?」
「はい、師匠。我が弟子ながら、実に見事でした」
スイボク師匠は俺に近寄り、俺を労ってくれた。
その言葉が、とても嬉しい。
「よく頑張ったな」
「はい……強敵でした。普段の己が、どれだけ気配察知に甘えているのか、よく理解できました」
「それでもなお、お前もガリュウもよく戦った」
お互い、大技に頼らずに切り合った。
基礎力にほぼ差はなく、だからこそ小技が明暗を分けた。
「……本当に、惜しい男であった」
スイボク師匠は、腰から切断されたガリュウの石像を浮かせた。
その上で、一つにつなげた。それは、剣に命を捧げ、邪道を全うした男の見事な死にざまだった。
「ガリュウが言うように、死にざまで醜態をさらすものは多い。この二人は、本当に天晴というほかない」
「バカを言うな、スイボク。儂は最後の最後で、命乞いをしてほしかったぞ」
俺は昔、呪術の発動を見たことがある。
その時呪術師は事前に説明をしていたが、アレはただの事務手続きではなく必要な手順だったのかもしれない。
そして、呪術は術者にもなにがしかのデメリットがあるのだろう。
ゴクはこの呪術の鞘を戦闘へ組み込むにあたって、戦闘するガリュウだけではなく己へも何かの術を施していたのだろう。
おそらく『敗北して刀を鞘に納める場合、自分は石になる』ないし、『刀の使用者の石化を自分も負う』とかそんな感じだ。
本当に、命を捧げていたのだ。
「及ばぬのならそれを受け入れるもよし、次に託すのも良い。無理だからと言って、そのまま死ぬ馬鹿がいるか」
それは長命な仙人のおごりなのだろうか。
しかし、周囲の剣士たちもそれに頷いているようでもあった。
「のうスイボク。アレは本当に、剣に限ればお前に及んでいたのか?」
「はい」
「であれば、それを誰かに託すべきであった。この場の誰もが、ガリュウの技を認めていたというのに」
剣士たちの多くが、拳を強く握っていた。
世界最強の剣士である師匠が認めるほどの、この上ないほどに剣を極めた男の死を惜しんでいた。
「フウケイは、実りの無い人生であった」
多くの剣士がフウケイさんに憧れていた。
師匠を追って四千年鍛え続けてきた、フウケイさんに憧れていた。
フウケイさんに憧れて、近付きたいと誰もが思っていたのだ。
「無くて当然であろう、種をまくことが無かったのだから」
種をまくべきだった。稲を育てるべきだった。実りをもたらすべきだった。
カチョウ様は、目の前で潔く不毛な人生を終えた二人に、己の弟子であるフウケイさんを重ねていた。
「実りのある人生とは、豊かな人生とは、己が得たものを誰かへ惜しみなく与える日々だ。それが一年で枯れる花であっても、千年生きる巨木であっても、等しく素晴らしい」
我執を捨てているカチョウ様の言葉は、その場の仙人たちにも伝わっていく。
まさに徳の高い仙人の、素晴らしい言葉だった。
「過ちを引き継ぐべきではないと、己を卑下するからこうなる。己が正道を歩んでいないとしても、弟子が必ずしもそうなるとは限らない。自分の価値を、勝手に見切ってはいけない。誰かへ託そうとすること、それ自体が修業である。そうではなかったか、我が弟子スイボクよ」
「はい」
カチョウ様の言葉に対して、師匠は全面的な肯定を見せた。
そう、師匠はよく俺のことを褒めていた。
俺こそが理想の最強だと褒めていた。
自分は、強いだけの男だと卑下していた。
「カチョウ師匠……僕は兄を斬りました。兄に憎まれて当然のことをした僕は、最後まで兄に不幸な真似をし続けてきました。ですが、弟子をとったその時既に、己の人生が如何に間違っていたのかを悟っていました。それでも弟子をとりました」
「それでよい」
ふわりと、遠くから何かが浮かんでこちらへ向かってきた。
とても小さく、それこそ人の手に収まる程度の物だった。
「過ちを犯した者が弟子をとれず子をなせぬというのなら、それこそあらゆる命はとっくに絶えている。横柄にふてぶてしく、げらげらと笑えばいい。変に拗ねて孤独を気取ることほど、愚かなことはない」
それは石だった。
この地のどこにでもある、小さな石だった。
「命に貴賤はなく、生きることに貴賤はない。であればどうして、引き継ぐ価値が無い邪悪が存在しよう。何もかもを投げ捨てるのではなく、何かを残すべきだ。自分の所業を後世の者に、次代の者にどう思われてもいいではないか」
カチョウ様は、その石を手に握った。
「恥ずかしいことだと思っても、それでもいいではないか。恥ずかしい人生だったと、盛大に笑われていいではないか」
「はい」
「スイボク、こっちへ」
スイボク師匠は、砂利の敷き詰められた境内で座った。
その前にカチョウ様が立っている。
「で、お前。あの刀は何だ?」
「フウケイと僕の腕で作った武器です」
「ふざけてるのか?」
手に持った石で、思いっきり顔をぶっ叩いた。
すごい、実に合理的な攻撃だ。
いいぞ、もっとやれ!
「ご、ごめんなひゃい……」
「ごめんで済むか、この大戯け者め! 自分の弟子に、己の骨と兄弟子の骨で作った武器を持たせるとは、どういう神経をしておる!」
「す、すみません……」
「ええい、顔を伏せろ! お前の顔など見たくもない!」
カチョウ様に言われるがままに、ひれ伏す師匠。
果たしてこうなることが分かっていなかったのだろうか、我が師匠は。
わかっていても、わかっていなくても、こうしていたに違いないということだけは確実だが。
「お許しください……」
「嬉々として作った大天狗殿も大概であるが、お前もお前だ! よく考えれば、アレを墓へ埋めようとしたら止めていたな! どういうことだ!」
「へへぇ……」
ふと空を見上げる。
先ほどまではきれいな空だったのだが、だんだん暗くなってくる。
ほぼ間違いなく、カチョウ様の天動法だろう。
「へへぇではないわ、この大馬鹿者が!」
本当に、天空から落雷が降り注いだ。
それによって、スイボク師匠は一瞬閃光に包まれた。
ああ、普通の仙人が戦うのってこういう感じなんだなあ、と思ってしまう。
今は天地法を使えるのはカチョウ様だけだそうだが、確かにこれは凄いと思う。
五百年前の俺なら、こっちを教えて欲しいと思うだろう。
「……まったく応えておらんな、化け物め」
「お、お許しください……」
「許すか!」
まさに神仙の怒りであろう、周囲の仙人たちは全員おののき、剣士たちも恐怖でひれ伏している。
うん、俺はそんなに怖く感じないが、普通は怖いだろう。
フサビスもゼン君も、ものすごくおびえているし。
「お前はあれから三千年も修業をして、未だにこんな真似をしているのか! この、未熟者め!」
天空に浮かぶ大八州だからであろうが、眼下や周辺にも暗雲が漂っている。
その四方八方から、膨大な落雷が殺到してきている。
落雷、というとなんかおかしい気もするが、高度の低い雲から上へ雷が『落ちて』くる。
とにかく、ものすごい電気の量だった。
「へへぇ……」
それでも、師匠は体に傷一つ負っていない。
「……嘘でしょ」
「本当に化け物だ……」
「ありえん……カチョウ様の最大術だぞ」
「どういうことだ……」
「アレが荒ぶる神……」
仙人たちやフサビスが、未だに平然としている師匠に驚いていた。
そりゃあそうだろう、いかに仙人が自然現象に耐性があるとはいえ、仙術の場合は話が違う。
魔法の場合はそうでもないが、術によっては同じ系統の術に耐性を得ることもある。
聞くところによると酒曲拳はその一つで、未熟な術者は高位の術者へ一切影響を与えられないとか。
まあそうじゃないと拳法として成立しないだろうし。
仙術も同様で、術者の力量差によって有効か否かが変わるらしい。
具体的に言うと、相手を軽くするとか重くするとか、直接外功法を使うにはそれこそ絶対的な力量差が必要だそうだ。
天動法でも同様らしいのだが、流石に術の規模が大きければ多少は効果があるとか。
それで、師匠である。
悠久の時を越えて天地法を極めているカチョウ様を相手に、それこそ完全にノーダメージだった。
いくらなんでも、極まりすぎではないだろうか。
「……はあ。儂の気持ちも考えよ」
「申し訳ありません」
「儂の術を断絶させかけたお前は、もっと反省せよ」
あ、そこに帰結するんだ。
さっきまでの怒りも嘘ではないだろうけど、最終的にはそこなんだ。
「才能が無く覚えられんとか、望んでおらんかったのならまあともかく、まるで教えようともしていないのはどうかと思うぞ」
「すみません……」
「まったく」
しょうがねえなあ、と呆れる一方でもう許していた。
個人的にはもうちょっと一方的にぶちのめしていいのだが。
特に、この刀を処分するとかそういうくだりは特に。
「曇らせてしまったな」
そう言って、更に自分の所業を反省しているカチョウ様。
そりゃそうだ、近くにいて前後を知っている面々でさえ、閃光と落雷に恐恐している。
俺が知覚できる範囲でも、多くの人々が恐怖で天へ祈っていた。
リアルに怒らせると天が震えるのだ、まさに神のごとき威厳である。
絶対に逆らえない、とはこのことだろう。
「カチョウ師匠もすごいけど、スイボク様もすげえ……」
ゼン君の言葉は、この場の全員が想うところだろう。
流石は四千年以上この地に仙気を満たしてきた御仁だ、この地でほぼ不可能はないだろう。
「……改めて、この地に集まった剣士たちよ」
そう言って、カチョウ様はゆっくりと空を晴らしていった。
特に、横の暗雲ではなく真上の雲を動かしていった。
「直接教えを受けずとも、フウケイやガリュウに憧れた者たちよ」
空の晴れ間から、光が差し込んでくる。
「人の技を修め、高みを目指す者よ」
この地を統べるものが、ゆっくりと語っていく。
同じ目線で、人として語っていく。
「我らは決して逃げん。剣で挑まれれば剣で応える、人として挑めば人として応じる。それは、そこの、一人前の仙人が示した通りだ」
長老は、師匠を踏みつける。
その上で、石になった二人にも光を集めていく。
気づけば、へたり込んでいる俺の上にも光がさしていた。
「諦めてもいい、惰性でもいい、達観でもいい、無用でもいい。それでも、剣を捨てるな、流派を捨てるな」
それは、仙人の語る価値だった。
「下界から遠いこの地で、争うためでも生きるためでも奪うためでもなく、しかしひたすら剣の技が磨かれてきたのはなぜだと思う」
この地で俗人を見守ってきた長老は、剣士たちへ歴史を語る、原点を語る。
「暇だったからだ」
思いのほか浅い理由だった。
「しかし、暇だからこそ剣の術は受け継がれてきた。多くの師が多くの術を思いつき、それを弟子に伝えてきた。弟子たちは競い合い、己の技を磨いて更に継承してきた。その先にこそ、お前たちはいる」
それでも、決して間違っていないと師匠を踏みつけながら語る。
「不要でもよい、暇つぶしでよい、それでも剣から身を離すな。そうやって、術理は受け継がれてきた。惰性では嫌だというのなら、真剣に高みを目指したいというのなら、ここに世界最強の男がいる。不要で無用な剣を、誰よりも極めた大馬鹿者がいる」
ゆっくりと、雲が晴れていく。
「ガリュウの戦いを、誰よりも仙人に肉薄したあの男を、多少でも残したいと思うのならばこそ。お前たちはそれを残さなければならない」
雲は晴れた。
仙人も剣士も等しく光の中にいる。
「己の心に、感動に、無念に嘘をつくな。お前たちは確かにガリュウへ姿を重ね、その意志を引き継いだはずだ」
ガリュウの様になりたいと思ったはず。
仙人に達したいと思ったはず。
自分もああなりたいと思ったはず。
「ガリュウが残さなかったのなら、お前たちが勝手に引き継ぐしかない。そして覚えておけ」
仙人へ示す。
仙人とは、天狗とはどうあるべきなのかを。
人を導くとは、こういうことなのだと。
「剣は死なない、憧れる心が生きている限り不滅なのだ」
大事なことは、好きであるということなのだと。
仙人は全てを肯定しつつ、師匠を罰していた。
自分の術が滅びかけたので、仕方ないと思われる。




