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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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雷切

「参りました」


 男性風の服を着ている、まだ幼さの残った少女。

 手に持っていたレイピアを落とされた彼女は、目の前の騎士に降参していた。


 ソペード家の新当主就任の祝いの席で、王家と現役の四大当主達、その親族が集まっていた。

 普段は政策などで対立することはあっても、礼を失することはない。父から家督を受け継いだ彼を、誰もが祝福していた。


 その祝いの席で、余興として『指導』が行われていた。

 ソペードの我儘姫、彼女が護衛としておく二人の剣士。未だに少女でしかない彼女の、歳の変わらない子供。

 しかし、ドゥーウェはその二人だけを護衛とし、その力の絶対性を公言することはばからなかった。

 だからだろう、ちょっとしたきっかけによって、この国最強と呼ばれる、近衛兵の統括隊長と戦うことになったのは。


「この若さでこれほどの剣と風の腕前……感服した」


 そろそろ老齢に差し掛かるか、というしわの目立ち始めた顔の騎士。

 騎士としての全身甲冑に、魔法の剣を持った『雷霆の騎士』。

 彼は自分が下した、孫に近い年齢の少女を讃える。


 ブロワの才能は本物だ。少なくとも、剣も魔法も最高水準である。

 だが、その才能を極限まで磨き上げた、幾多の経験を積んだ雷霆の騎士には及ぶべくもない。


「仮に君が近衛兵に入隊を希望すれば、見習いを飛ばして正式な隊員として迎えるだろう」

「ありがたい申し出ですが……」

「差し出がましいことだったな、許してほしい」


 観戦していた誰もが拍手をしていた。

 しかし、当然の敗北をきっしたブロワの顔は浮かない。

 何故なら、自分の主であるドゥーウェが非常に不満そうな顔をしていたからだ。

 自分の認めた護衛が、『この国最強の騎士』と戦って負けたことが不満なのだ。

 如何に才気あふれる少女とはいえ、流石に二十にもならないブロワが太刀打ちできるわけもないが、そんなことは知らんとばかりに不満そうだった。

 相変わらず無茶な主であるが、そういう少女なので仕方がない。

 公の場ということでわめき散らさないだけ、彼女にしては理性的だった。


「そういえば」


 そして、王は後に後悔する言葉を言ってしまっていた。

 傍らに自慢の娘であるステンドを置くアルカナ王国の国王は、自分の護衛を務める近衛兵の強さを信じ、かつ稽古をさせてやろうという程度の認識で、軽率なことを言っていた。


「新当主の妹君にはもう一人若い護衛がいたと聞いているが、そちらはどうした?」


 この国最強の騎士と立ち合い、指導を受ける。これに勝る名誉はない。

 そう思った国王は、善意と少々の傲慢からそんなことを聞いてしまっていた。


「余り華やかな場には向かぬので、王宮の外で待機させてあります。ですが、妹が呼べばすぐにでも現れるでしょう。そうだな?」

「はい、サンスイは勘が良いですから」


 当主となった兄の問に答えて、ややムキになっているドゥーウェはポケットから小さなベルを取り出した。

 そして、それを鳴らそうと軽く振る。


「お呼びでしょうか、お嬢様」


 その前に、みすぼらしい姿の少年が、貴族たち全員の前に現れていた。


「まだ呼んでないわよ」

「し、失礼しました! では下がります」

「待ちなさい、用事があるのは本当よ」


 希少魔法の使い手であることは、全員の目に明らかだった。

 一切の音を立てずに、瞬時に現れるなど普通の魔法ではありえない。

 しかし、見るからに貧相な少年を見て、危機感を感じることはなかった。


「ふむ、聞いていた通りの出で立ちであるな……」


 着ている服が、質素ながらも質の良い布であることはわかる。

 持っている木刀の素材が、最高級の木であることもわかる。

 しかし、それをまとめても彼は質素すぎる外見だった。

 それが本人に合っていることも含めて、地味な少年だった。


「ではどのようなご用件でしょうか……」


 質問しておいてなんだが、既にその内容は察している。

 気配に敏感な彼は、ブロワが負けたことを察し、ドゥーウェが不快になっていることも察し、呼ばれそうであることを察したからこそ現れたのだ。


「そこにいらっしゃる近衛兵の統括隊長様と、戦いなさい」


 不機嫌の極みの様な顔をしている彼女にそう命じられれば、山水が応じないわけがない。

 しかし、戦うと言っても相手は王家直属の騎士である。山水は助けを乞うように新当主を見上げていた。


「我がソペードは武門の貴族だ。故にその配下であるお前にはこう命じるのみ」

「勝ちなさい」


 兄妹の厳命に対して、山水はやや諦めながら腰の木刀を抜いていた。


「承知いたしました、お嬢様、ご当主様」


 中段に構え、静かに雷霆の騎士と向き合う。

 その姿にも表情にも一切の恐怖はなく、威厳を持った統括隊長を前にしても、まったく動じることはない。

 それを見て雷霆の騎士は感心していた。下手をすればブロワよりも若く見える彼の構えが、何とも正しい構えだったからだ。

 その上で、王宮の中庭の護衛をしていた、自分の部下を睨む。

 如何に希少魔法の使い手とはいえ、不意の侵入者を許したのだ。仮に彼にその気があれば、王に傷を負わせていた可能性もある。


「では」

「ええ」


 自分の部下の未熟を置いて、雷霆の騎士は雷の魔法を己の剣に込めて、突き出す構えをとっていた。

 雷の魔法は、熱の魔法と並んで貫通力と殺傷力に優れている。その一方で、上位属性の魔法に共通する弱点として、有効範囲が狭いという弱点がある。

 一点集中の魔法だからこそ法術の壁さえ貫くが、しかし一点集中だからこそ狙いを定めるのが非常に難しい。

 風の刃と雷の針。動く的に当てるのであれば、どちらが難しいかなど考えるまでもない。

雷が光に近い速度で放たれたとしても、狙いが外れれば当たるわけもない。

 そうした意味でも難易度が高い雷の魔法であるが、当然この国の頂点に立つ騎士が、『難しい魔法』を失敗するわけもない。

 木刀に焼けた跡をつけてやろう。その程度の加減も可能な彼は、しかし改めて少年の姿を見ていた。


「先手を譲るつもりか?」


 希少魔法の特性ゆえなのか、少年はまるで動く気配がない。

 格上を相手にそれは良くない、と勘違いをした彼は、それでも尚加減はしなかった。

 威力こそ控えめであっても、それ以外の全てが万全。対峙している山水が見惚れるほどの技量、一切無駄のない突きと雷の魔法の使用。


「サンダー・レイ」


 動かぬまま終わるつもりなのか、そう錯覚するほどの少年に向けて、やや下に向けて雷を放とうとした。いいや、実際放っていた。


「お見事です」


 常人の目に映ったのは、雷の魔法の閃光と、それによって軽く焼かれた地面だった。

 そして、そこに立っていたはずの少年が消えていることに気付くと同時に、雷霆の騎士が膝から崩れ落ちていった。


「その技量、お見それしました」


 雷霆の騎士の懐に飛び込み、木刀を振りぬいていた少年は、甲冑を着た騎士が怪我をせぬように受け止めながら、ゆっくりと地面に寝かせていた。


「……え?」


 そう言ったのは誰だったのだろうか。

 兜こそ被っていないものの、鎧を着た近衛兵の統括隊長が、木刀を持っただけの少年に打ち伏せられている。

 その事実に、貴族も王家も近衛兵達も、全員が言葉を失っていた。


「すみませんが、担架を。頭を強くたたいたので、早く治療をするべきだと思います」


 どこまでも静かな中庭で、どこまでも静かに勝者はそう告げていた。

 何もかもが一瞬の勝負だった。その一瞬を、その場の誰一人としてとらえることはできなかった。

 けしかけたソペードの新当主自身さえ、この光景を見て目を疑っていた。


「これでよろしかったでしょうか、お嬢様、ご当主様」

「ええ、見事だったわ」


 一人上機嫌なドゥーウェは意地の悪い笑顔で自分の護衛を讃えていた。

 武門の生まれではあるが、その一方で武術にかかわりのない生活を過ごしていた彼女は、雷霆の騎士が実際どれほど強いのかなど知らない故にそう讃えていた。


「雷を……斬った?」


 事実に反することを、しかしそうとしか思えないがゆえに、王は口から漏らしていた。

 実際には、雷を切ったわけではない。雷は確かに地面に着弾しているが、それでも木刀で雷を弾くという芸当をしたわけではない。

 山水が実際にやったのはまた別の行動だった。

 雷が発射される直前に縮地で間合いを詰め、雷の魔法が発射された直後に木刀で統括隊長を打ちのめしていたのだ。それこそ、誰もがそれに気づく前に。


「と、統括隊長!」

「ご無事ですか?!」

「あまり動かすな!」


 中庭の周囲を固めていた近衛兵、親衛隊、ロイヤルガード達が受け入れがたい現実を呑み込みながら行動していた。

 尊敬する自分たちの隊長を、このまま寝かせていいわけがない。

 頭から血も流していない、明らかに手加減された隊長の気絶した姿に、安堵と共に憤怒が沸き上がっても仕方がない。


 こんな小僧に、自分達の象徴が打ちのめされた。


 その事実が、未だに若く、未熟な彼らの心を揺さぶっていた。

 当然、山水にはそれが分かる。そんなことは、顔を見れば一目瞭然だった。


「恐れながら、陛下!」


 運び出されていく隊長。それとは入れ替わりで、ロイヤルガードとはまた別の紋章が刻まれた鎧を着る騎士達が現れていた。


「統括隊長はご高齢で、少々技に鈍りがありました!」


 そんなことを想っているわけではない。彼の技量が老いてなお高まっていることは、王家直属近衛兵、粛清隊ロイヤルソードが一番知っている。

 だが、そう言わねば、この場で隊長と近衛兵の名誉を取り戻すことなどできない。


「この粛清隊の隊長は、若年ではありますが統括隊長を武力では越えていると自負しております! どうか、私めに決闘の許可を!」


 ちらり、と国王はソペードの新当主を見た。

 その彼は、冷静さを取り戻しつつ、自分の配下である少年を見ていた。


「挑まれたのであれば、応じるのが武門というものだ。しかし、この血気のはやりようでは、粛清隊の隊長を打ちのめしても収まるまい」


 一対一では、何度やっても負けないだろう。そう察した彼は更に無茶なことを言っていた。


「どうだ、粛清隊の隊員全員と戦うことになったとして、どうだ。勝てるか?」

「それは」

「謙遜も卑屈も許さん」

「……恐れながら、近衛兵全員と戦っても、後れを取るつもりはありません」


 心底申し訳なさそうに、しかし大胆不敵なことを吐いていた。

 その言葉を聞いて、雷霆の騎士を重用し、友情さえ感じていた王は怒りに燃えた。

 この少年は、勝ったにも関わらずまるでうれしそうではない。それどころか、面倒なことになったと嘆いていた。

 最強の騎士を相手にあしらい、かつ弱いものを虐めてしまったかのような罪悪感さえ感じているようだった。

 それこそ、王家全体へのこの上ない侮辱である。


「良かろう……では場を変えようではないか」


 ソペードの新当主としては、自分の持つ剣の、その強さを確かめるつもりだったのかもしれない。

 我儘姫と呼ばれている自分の妹などよりも、更に傲慢な物言いをする彼に対して、王は怒りをさらに燃やしていた。



 決闘の場、合戦の舞台には王宮の近くにある試合場が選ばれた。

 時折催しが開かれるその場には、貴族の中でも四大貴族の頂点に近いものしか観戦の席を与えられず、その中にはカプトの姫であるパレットも含まれていた。


「どうして彼は、あんなにも静かなんでしょうか」


 この状況を嘆きつつ、しかし諦念も恐怖も帯びぬ彼を見て、パレットは疑問を感じていた。

 恥も外聞もない、とばかりに親衛隊ロイヤルガードと粛清隊ロイヤルソードを布陣した王。彼ら全員の怒りを受け止めて、それでも尚『こまっている』だけの山水。

 その涼しさに、彼女は魅了されていた。


「勝ちなさい、サンスイ」

「仰せのままに」


「粛清隊、出るぞ!」

「親衛隊、迎え撃つぞ!」


 数名の騎士が、風や炎で飛翔する。ほぼすべての騎士が、まるで軍隊を迎え撃つように盾と槍で戦陣を作っていた。

 木刀を持っているだけの少年に向かって、攻撃魔法の準備をする。

 隠されない殺意を前に、しかし少年は虚勢を張ることもなく、ただ木刀を中段に構えた。


「「「レッドカーペット!」」」


 観客席の安全は当然保たれているが、それでもパレットは目の前の光景に圧倒された。

 数名が唱えた魔法によって燃え上がる地面は、その大地に人が立つことを許さぬ、とばかりに近衛兵達の怒りをあらわにしていた。

 布の服と草で編んだ靴しか履いていない山水など、この魔法で燃え尽きるかと思われた。

 しかし、焼けて苦しむ姿などどこにもなく……。

 観客も、近衛兵も、試合会場の誰もが山水を見失っていた。


「消えたぞ……」

「油断するな!」

「おそらく奴は法術の使い手ではない!」

「この炎の中に隠れていることはない筈だ!」

「空か、地中だ!」

「隊長を倒したほどの男だ、子供だと侮るな!」


 炎上した試合会場のどこに彼がいるのか、誰もが首を振りながら探している。

 そして、パレットは見つけていた。

 憤慨している近衛兵、その鎧の肩に、片足を乗せて少年が浮いていた。


 軽身功。

 その技は体重を軽くし、浮遊するように飛ぶことも可能である。

 それはつまり、兜を被って視界が狭くなった騎士達の、その肩に立っていても気付かれないことを意味していた。


 そして、自分から見て下段である騎士の頭へ、無慈悲な気功剣を振り下ろしていく。

 軽やかに飛び移りながら、騎士達の頭を打ち据えていく。


「う、上だ!」

「我らの事を踏みながら移動しているぞ!」

「こ、姑息な!」


 空ではなく頭上。余りにも静かな山水の仙術は、縮地と軽身功によってその居場所を全く悟らせない。

 移動の際に一切足音がせず、肩や頭を踏まれても気付かれない。

 それは鎧を着ている集団との戦いにあって、圧倒的な優位となっていた。


「我らごとでかまわん、攻撃しろ!」

「こちらは防具を着ている!」


 上空で待機していた騎士達に、下の騎士達がそう叫んでいた。

 元よりこの身は王家の盾にして王家の剣、傷つくことなど恐れないし、仲間を切ることもためらわない。

 だがあえて上空の騎士が魔法を放つ前に、縮地によって視界から消えた山水によって、目標を見失う。

 まさかそこに敵がいないのに、味方を攻撃することができるわけもない。

 再び敵を探す空中の騎士の、兜で制限されている視界を、山水の掌が隠していた。


 発勁。生物の体内を揺さぶり、或いは押し飛ばす打撃。

 それによって脳震盪を起こした上空の騎士は上下を見失い、気絶しそうになる。

 しかしなんとか踏みとどまって、徐々に高度を落としていく。

 全身に甲冑を着て落下すれば、その先などわかり切っている。自分が死ぬのは仕方がないが、下の仲間が死ぬことは許容できない。定まらない思考と視界の中で、彼が見た者は自分と同様に落ちていく仲間たちだった。


「凄い……」


 パレットには何が起きているのかわからない。しかし、上空の騎士達がフラフラとしながら試合会場の外へ落ちていく所を見て、彼の意図を理解していた。

 最小限の打撃で、相手を極力傷つけずに倒す。

 近衛兵の陣形の中に身を投じた彼が、移動と攻撃を繰り返しながら全員を圧倒していく姿を見て、彼女はそう思うしかなかった。


「そこまでだ!」


 そして、試合の停止を命じたのはソペードの当主だった。

 既に近衛兵の殆どが気絶するか戦闘不能になっている。

 それに引き換え、山水は焦げた跡さえ存在しない。

 これ以上続けても、何の意味もないと全員が理解していた。

 王家さえも、近衛兵達も、誰もがその事実を認めざるを得なかった。


「はっ!」

「見事だった、サンスイ。このまま続けても意味はあるまい、そうでしょう、国王陛下」

「……そうであるな」


 停止の声に即座に応じ、自分の主の下へ膝を突く山水。それは完璧に制御された力だった。

 主の声に従い、最小限の攻撃によって敵を鎮める。

 勇壮とは程遠い、しかし余りにも優しい戦いぶりに、パレットは眼を奪われていた。


 そして、その彼女の憧憬を裏付けるように、統括隊長を含めて近衛兵に死亡者はなく、それどころか後遺症を負う者さえいなかった。

 しかし、それを誰もが好意的にとらえたかといえば、それは違うのだが。


 軽装の少年に、自分の盾が砕かれ剣が折られていく、信じたすべてが翻弄されて倒されていく。その光景を見て王家が彼に好印象を受けるわけもない。

 ソペードが彼に対して今更恐怖を感じるわけもなく、しかし他の四大貴族がソペードを恐れぬわけがなく。


 一つ言えることがあるとすれば、四大貴族と王家の全てが、数ではどうにもならない個人を知ったということだった。

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