禁忌
いつか自分が言った言葉を思い出す。
そう、俺や師匠が体現していることは、他の誰かでは絶対に不可能というわけではない。
むしろ、ある程度の域に達している使い手なら、意識と無意識の違いはあれども実践している。
目の前のガリュウもその一人である。いや、俺や師匠と同水準に達していると言っていい。
「驚いたな、剣の技量はフウケイより数段上だぞ」
遠くで見ている師匠も感心している。
もちろん、他の剣士たちは俺たちの戦いを見て驚嘆していた。
俺もガリュウも、理論値に近い戦いをしているので当然なのだが。
「しかし、フウケイは技量だけで勝てる相手ではなかった。なるほど、病むわけだ」
そう、目の前の彼は究極の域に達している。
一対一の試合形式なら、俺を相手にしても完璧に立ち回れる。
究極、完璧。
それはなんとも素晴らしい言葉だ、実際ガリュウは素晴らしい剣士だ。
だが、それは当人にとって耐えがたいことだろう。
なぜなら、究極だとか完璧というものは、発展の余地がないということなのだから。
彼はたゆまざる鍛錬と賢人の水銀によって、心技体を極めている。
つまり、彼は現在の技量を維持することはできても、ここから先更なる強さを得ることはできないのだ。
「フウケイは豪身功と硬身功と瞬身功を同時に使用し、機に応じて重身功まで使いこなしていた。はっきり言って、今の儂でも無理な難事である。それを常時維持していたのだ、技量だけでどうにかできるわけもない」
仙術ではある程度自己強化が可能だ。もちろんそれは王気の神降しや悪血の銀鬼拳に比べれば弱いが、それでも無強化よりは明らかに上である。
もちろん宝貝で再現は可能だが、三つの宝貝を並行して同時に使用するのは難しいだろう。仮にできたとしても、燃費が悪いのですぐにばててしまう。
速度域が違えば機を捉えても相手に対処されるし、気功剣で普通に斬るだけでは硬身功を突破できないし、素のままでは豪身功の腕力に対処できない。
技量が通じるのは、身体能力や反射神経が近い相手だけ。
ガリュウは理論値に近い剣士だが、それは彼の限界だった。
「儂がフウケイに勝てたのは、発勁や気功剣を含めた剣術だけではなく、仙術さえも不惑の境地に納めていたからこそ。発勁や気功剣だけ不惑でも、フウケイには対処されるであろう」
ガリュウが如何に血風に満ちた修業を行ったとしても、百年とたたずに達成できた修業。
その修業を俺や師匠が更に膨大な時間を費やしていたのは、彼に比べて密度が薄かったからだけではない。
確かに俺は安全に育てられた、庇護下に置かれていた。
だが、それを抜きにしても、俺も師匠も長い修業が必要だった。
たとえ斬り合いをしている中でも、周囲の気配を常に感じ続けなければならない。
そうでなければ、背後を刺されるとかではなく、緊急回避で縮地が使えない。
それが大きいと言えば大きいが、それだけではない。
感覚と思考、判断と行動。それらの最適化が剣術に収まっていれば、どうしてもこちらの行動の選択肢が少なくなってしまう。
こちらの手札が少なければ、どうしても相手に予想を許す。
それは逆に言って、手札の数が増えれば増えるほどに動作の最適化が難しくなることを意味している。
数多の仙術と剣術の組み合わせ、それをすべて最適化できているのは師匠だけ。
俺はまだまだ未熟で、最適化に組み込めている術が少ない。
そして、ガリュウには気功剣と発勁、剣術しかない。
「スイボク様、それではもう勝負はついているのですか?」
「フサビス様の言う通りですよ、スイボク様。ぶっちゃけ普通に仙術を使えば勝てるじゃないですか」
「……フサビス、ゼン。お前たちは集気以前に観察力と想像力が足りん」
勝利を確信している二人に対して、スイボク師匠は呆れていた。
そう、確かに理屈で言えばガリュウは既にすべての力を出し切っている。
おそらくガリュウは、仙術を使う俺に対応しきれない。
剣術が互角だからこそ、そこから先で差が出てしまう。
だが、ロイドの時とは話が違う。
そう、既にガリュウもゴクも、こちらの手の内を知っているのだ。
その上で、戦いを挑んできたのである。
「ゴク殿!」
「応っ!」
事前に準備されていたであろう、いくつかの宝貝が投擲された。
それらは見覚えのある布で包まれており、内側の気配を読むことができなかった。
もうその時点で、ろくでもない武器であることは明らかだった。
なにせ持っているので、その辺りはよくわかる。
師匠が抜かせる前に片づけた理由が、よくわかるというものだった。
「獄流仙術、宝貝法絶招!」
いや、はっきり言おう。
俺はそれを見た時、自分の想像が間違っていたことを悟った。
「禁式宝貝、俗人骨、黄泉戸喫!」
その日本刀から漂う余りにも禍々しい気配。
それはとても感じた覚えのあるものだった。
自然そのものである仙気からは余りにもかけ離れた、異常な力だった。
鞘からは『呪力』が発され、刀からあふれるのは『玉血』だった。
どんな形式であれ、宝貝は仙術の再現である。
であれば、どんな宝貝であっても仙気以外を宿すなどあり得ない。
だが、確実に、これを作ったゴクは禁忌を犯していた。
「なるほど、そういう理屈か」
納得するしかない。
確かに師匠がやったように強制的な解脱以外で、フウケイさんを倒す手段は二つしかない。
一つはパンドラ、もう一つは『呪術でハメる』こと。
であれば、可能か不可能かはともかく、呪術に手を出すのは当然のことだ。
そして、玉血の強度は他のいかなる術をも凌駕する。仮に神宝が相手でも、一切打ち負けることはない。
「き、禁式宝貝だと?!」
「それも、俗人骨?! 馬鹿な、仙人ではない者の遺体を材料にしたのか?!」
「仙気以外、仙術以外を宿した宝貝?!」
「それはもはや宝貝どころではない!」
まともな仙人たちが絶叫する。
そう、余りにもわかりやすく、彼が抜いた日本刀は金属ではなく骨でできていた。
その上で、呪力と玉血を宿している。
これで気づかない者は仙人でも天狗でもあるまい。
「そう、これは己の生み出した、禁忌の宝貝だ」
自慢気にゴクが語る。
実際、自慢するだけのことはあるのだろう。
それを生み出すための、倫理に触れる工程を除けばだが。
「本来なら、如何に仙術以外の術を操れるとは言え、その死体を使っても宝貝にはならない。生前操った術をそのまま再現することなど、できるわけもない」
引け目と達成感、双方を感じながらゴクは語りだす。
ただでさえ禁忌とされる、毛髪以外の人体を材料とする禁式宝貝。
それでさえ、仙術の再現という原則からそれるものではない。
それを越えたのだ、確かに発表する価値がある。
「だが、己はやり遂げた! 生まれながらに強い気血を持ち、それゆえに誰に習うことなく術を操る者。その遺骨によって、仙術以外の再現に成功したのだ」
つまりは、ツガー・セイブの先祖と同じく、呪力の血統の開祖。加えて、四器拳の開祖。
それらの墓を暴き、遺骨を盗み出したということ。
なるほど、破門されて当然である。
「そして、もちろんそれだけではない!」
「獄流仙術、宝貝法絶招。禁式宝貝、俗人骨『黄泉醜女』!」
一種、なつかしさを感じる。
ガリュウが濃い体毛に覆われていき、獣人ともいうべき姿になっていく。
それはいつかの祭我そのものであり、仙術の限界を超えた強化の姿だった。
マジャン王家の先祖同様に、王気を尋常ではないほどに宿した誰かの遺骨。
あるいは、マジャン王家の先祖本人の墓を暴いたのかもしれない。
地理的に近所だし。
「この二つこそ、己が生涯最高の傑作! これをもってすれば、大仙人であるフウケイ殿さえ切り伏せ得るだろう!」
狂気をにじませて、ゴクは叫んだ。
実際、それだけの価値はある。
おそらく、フウケイ殿に対しても有効だったのだろう。
「……大天狗セルは、偉大な宝貝職人であった。それとは違うが、邪仙でありながらフウケイ殿も強大な武人であった」
突如としておとなしくなり、浸る。
彼は感動さえ覚えていた。
悲願が達成されるかどうか、という瀬戸際である。
なるほど、感慨に耽るのも当然だ。
「しかし、大天狗セルはフウケイ殿を倒せる宝貝を作れず、フウケイ殿は荒ぶる神に敗れた」
「であれば、我らはスイボク殿に挑むほかない。その前にその弟子を討ち、我らが力を示した上で!」
重く、熱い人生の情熱。
それは俺の人生になかったものだ。
ただ何となく最強になりたいと思って、本当に最強の人に弟子入りして。
そのままひたすら保護されて、十分な力を得るまで育ててもらった。
辛く苦しい日々だったとは思う。
しかし、目の前の彼らほどに、血を吐くほどに悩みもがいたわけではない。
だから、それに応える。
「そして、お前の最大の武器を封じさせてもらう! これは本来フウケイ殿の集気を妨げるために作ったものだが、性能が及ばず未完成のままに終わったものだ! しかし、縮地を封じるには十分すぎる!」
「宝貝、神便鬼毒!」
ガリュウを中心に、気配が乱れていく。
それによって、視界は良好なままに周囲の状況が分からなくなっていく。
「その発想はなかった!」
スイボク師匠が立ち上がって絶叫していた。
そう、ものすごく単純で、しかし直球で俺たちの縮地は封じられた。
「ジエズよ、お前の弟子は天才だな! これは完全に盲点であった!」
「ほ、褒めている場合ですか?! お弟子が危ないのでは?!」
師匠は興奮のあまりジエズさんを褒めているが、実際俺も褒めたいところだった。
まさか禁式でもなんでもない、極めて普通の宝貝で縮地が封じられるとは思っていなかった。
確かに盲点であり、天才の所業である。
「スイボクよ、お前が変わるべきではないか?」
「カチョウ師匠、今の僕では戦いになりません。彼を殺すことはできますが、それは勝利ではない」
そう、それでも師匠は勝つだろう。
縮地の一切を封じられても、それでも師匠には最適化されている術や技が多すぎる。
俺と違って、余りにも余力がある。
そう、俺には余力がない。
この世の万物を切断できるであろう、ゴクの傑作に対してこの日本刀では心もとない。
技量が拮抗しているからこそ、得物の差は大きくなる。
金丹の強化に瞬身功を足しても、獣になったガリュウの方が上だろう。
なにより、頼みの縮地が一切使用できなくなっていた。
「それに、こちらにも宝貝はあるのです。大天狗セルが、我が弟子へ送った世に比類なき最上大業物が」
「おお、大天狗の刀か!」
スイボク師匠が『俺の刀』を投擲した。
それを受け取った俺は、封印の布を解く。
それによって、濃密な仙気が周囲へあふれ出ていた。
呪力や玉血、王気を宿す宝貝とは異なる、普通の宝貝の気配が漂っている。
「相手は大天狗の刀を持っているようだ。しかし、この刀なら勝てる。そうだろう?」
「……」
「ゴク殿?」
俺が封を解いたそれを見て、仙人だけが、天狗だけが絶句していた。
ちらりと師匠の方を向くと、フサビスとカチョウ様が師匠を凝視している。
そりゃあそうだろう、これはそういう武器なのだから。
「な、なんだ?」
「仙人たちが、驚愕している……」
「大天狗が作ったという宝貝、だからなんだというのだ?」
「アレは仙気を宿す、『普通』の宝貝なのだろう?」
「何がそこまで、恐ろしいのだ」
剣士たちが周囲を見る。
そう、素人目にも俺の宝貝は普通の気配を発していて、ガリュウの宝貝は異質な雰囲気を発していた。
彼らには、この刀の放つ気配の種類が詳しくはわからないからだ。
「う……うそ、嘘だ……」
誰よりも、それを信じられなかったのは。
誰よりも、それを信じたくなかったのは。
誰よりも、現実に打ちのめされていたのは。
他でもない、大天狗打倒を誓っていたゴク本人である。
彼自身が作った宝貝によって集気が乱れてもなおわかるほどに、『コレ』は余りにも荘厳な気配を放っている。
「禁式、宝貝、だと……!」
「何をそこまで驚く、確かに大天狗が禁式を作ったのであれば驚愕することだ。しかし、普通の仙術を再現するだけなのだろう?」
「ちがう、ちがう、ちがう、ちがう!」
俺は、ゆったりと、初めてこの刀を抜いた。
柄を握り、鯉口をきり、ゆっくりと引いていく。
剣士の誰もが、その刀に注目し、目を疑う。
そこには、あるべきものが無い。
「大天狗作、最上大業物」
この刀には、刀身がない。
それでも、俺はさも刀身があるかのような所作で柄と鞘を握った手を動かしていく。
完全に刀を抜ききって、腰に鞘を差した。
刀身がない刀を両手でつかみ、八双の構えに移行する。
「禁式宝貝、仙人骨『双右腕』」
直後、世界が暗くなった。
一瞬の暗転の後に、俺が握っている刀に刀身が現われる。
八種神宝、最強の神剣エッケザックスをも超える刀が怪しく揺らめいていた。
「刀は『水墨』」
剣士たちは、その銘を聞いて絶句する。
ようやく、何が異常なのかを理解する。
この俺が握る剣が、何を材料にしているのかを認識する。
『この世の万物』を両断するであろう刀を前に、『この世の外』そのものが刃となって表れる。
日本刀の刀身ほどの長さを持った、日本刀の刀身同様の反りがある、実態の存在しない『なにか』がそこにあった。
「鞘は『風景』」
その刀へ無尽の力を注ぐのは、俺自身ではなく『鞘』。
刀が抜ききられた瞬間に、その鞘は刃を形成するための力を集めていく。
「世界で一番強い男たちを材料に」
刀身を形作る黒が、暗が、闇が、無が、虚が。
「世界で最高の職人が作り上げた」
この刀を作り上げた狂気が、悪戯が、邪悪が、頂点が、神業が。
「この世界の外側そのものを刃とする宝貝」
外道を気取る、彼の前に、彼らの前に。
師匠が、フウケイさんが、大天狗が立ちふさがる。
「勝つのは俺だ、俺たちだ」
俺は、心を込めて。
彼らを、鼓舞する。
「来い、俺の敵よーーー全身全霊で斬り殺してやる」




