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酩酊

 大八州はかつて花札と呼ばれ、外界からは天界と呼ばれている土地である。

 とはいえ、秘境同様に楽園というわけではない。

 もちろん外国とか異民族の脅威は一切ないのだが、普通に農民がいて普通に農業をしている。

 平地がほとんどないので大変そうだが、なんとかなっているらしい。


「土地ごと移動できますからねえ、カチョウ師匠が適温な場所へ動かしてくれるんですよ」


 渡り鳥か?


「貯水とかも特にないですけど、水が足りなくなったらそれこそ雨を降らせられますし。大嵐が来ても逃げられますし」


 土地ごと動かせる、というのは本当に強い。

 仙人自身がヴァジュラ同様に天気予報できるのも大きいのだろう。

 そういう意味では、本当に楽園なのかもしれない。


「なるほど、ここではそうなのね。秘境ではほとんど大天狗が調整していたし、よくわからないわ」


 そう思っていたら、秘境も大概だった。フサビスの言葉を聞いて、虚空法のインチキさも思い知る。

 秘境も大八州も、天狗や仙人が支配するのは当然の流れなのだろう。

 長く生きているのが偉いとか以前に、基本無欲で税の徴収とかもほとんどしないだろうし。

 そもそも食欲とかもそんなにないし。


 楽園かどうかはともかく、相対的にマシ、ということではないだろうか。

 そもそも日本で暮らしていて不満を持っていた俺が何を言っても駄目だし。


「とにかくまあ、みんな時間があるんですよ」

「そうみたいね」


 俺たちが急ピッチで作成し、さらに師匠が仕上げをした社。

 つまりフウケイさんのお墓であり慰霊碑。

 それを作りましたと各所に山彦の術で連絡したところ、大量の参拝者が訪れた。


 もちろん徒歩ではなく、空を移動する宝貝によるものだ。

 『岩船』とかいう岩でできた小舟で、まさに見たままの名前なのだが、水にさえ浮かびそうもないそれが空を飛んでいるのはとても驚く。

 とはいえ、見るからに田舎の農民が大量に乗っていて、しかも岩船そのものが大挙して空を漂っていると、ただの乗り物なのだと思ってしまう。


「岩船は『呼吸する宝貝』なんで、練習すれば俗人でも使えるんですよ」

「あ、ウチで作ってるやつだわ」


 どうやら秘境で作られた宝貝らしい。

 うむ、世間は狭いなあ。

 いや、普通に近所なのだろうけれども。


 とにかく、たくさんの岩船が社の上空に集まって、適当な着陸場所を探して降りていく。

 船っていうかタクシーだな、空飛ぶタクシーだ。

 とにかく結構な数が空から降りてきて参拝を始めている。

 自分が作った社へ、たくさんの参拝客が来ているというのは一種の感慨がある。

 まあ一夜城みたいなもんなので、そこまで実感はない。

 しかし、参拝客は本当に幅広い。


「ねえお父さん、このお社はどんな仙人さんが眠っているの?」

「ここにはね、武神様が眠っているんだよ」

「試合をするところは、もっと立派だよ?」

「あそこは試合会場だからね……この大八州にいたときは、あそこで試合をしていたんだ」


「いいか、ここには我らが叙景流に長く指導をしてくださった仙人、いいや大仙人が眠っていらっしゃる! 気合を入れてお参りするんだぞ!」

「は~~い」

「は~~い」


「婆さんや、フウケイ様がおかえりになったってよう」

「爺さんや、まさかフウケイ様が私たちより先にお亡くなりになるなんてねえ……」

「ああ、わからないもんだ……」


 ううむ、みんな行儀よく並んでいる。

 何気にヤモンドは行儀よく並ばせるのも一苦労だったから、そのあたりはありがたい。

 とはいえ、薬屋の行列とお墓の行列を一緒にするのはどうかと思うが。


 とにかく、たくさんの人が参拝している。

 ゼン君の言うように、この地でフウケイさんは慕われていたようだ。


「ううう……見とるか、スイボク……フウケイの墓にこんなに人が来とるぞ……」

「ううう……涙で前が見えません、カチョウ師匠……」


 その一方で、俺たちの背後で酔っぱらっている長老仙人二人は、泣き上戸であった。

 俺もフサビスもゼン君も、カチョウ師匠がフウケイさんをぼろくそに言っていたことや、他でもないスイボク師匠がフウケイさんを殺したり死体を有効活用したことを知っているので、なんとも言えない気分だった。

 もちろん、二人とも本気で泣いて喜んでいる。二人とも演技をするような年齢ではないので、一切偽りがない。

 だからこそ、逆に寒々しいと感じている俺たち三人は、決して間違っていないだろう。


「すみません! 大八州瓦版の者ですが!」

「失礼します、花札瓦版の者です!」

「カチョウ仙人、高弟であったフウケイ仙人がお亡くなりになったということですが、現在の心境をどうぞ!」


 とか思っていると、新聞記者らしい人たちがやってきた。

 手にはメモ的な紙と筆を持っている。如何にも記者っぽいが、その表情には良くも悪くも情熱が湧き上がっていた。

 地元の有名な武芸者が討ち死にしたということで、それはもう大ニュースなのだろう。

 十人ほどの俗人が、長老二人を囲んでいた。


「ぬ? カチョウ師匠、こやつらは?」

「ああ、うむ、噂好きな連中だ。適当に相手をしてやれ」


「いえ、カチョウ仙人から直接お言葉を!」

「大八州の者が、今回の事件に関して興味を持っています!」

「どうか、心中を!」


「ああ、儂か……弟子が死んで悲しいが、皆が悲しんでくれていることが嬉しい」


「そうですか、ではどのような経緯でフウケイ仙人がお亡くなりになったのか、ご存知ですか?!」

「不滅にして無尽の境地に達した、最強無敵の大仙人が敗北するなど、まして命を落とすなど!」

「一体だれが予想したでしょうか?! そのあたり詳しく!」


「ははははは!」


 なぜ笑う。

 酔っぱらっているとはいえ、笑うことだろうか。

 記者だけではなく、参拝客たちも驚いている。

 不謹慎だと咎めるところだが、当事者だし最高権力者なので誰も突っ込めない。

 仮に不敬を働けば、この大八州も海に捨てられかねないしな。


「誰が予想したとはな……儂は四千年前からずっと無理だと言っておったのに!」


「な、なんと?!」


「フウケイなら、儂の二番弟子であるスイボクに挑み、そのまま負けたのよ! ほれ、スイボク!」

「ええ、僕が殺しましたぁ~~」


 ううむ、フウケイさんを慕う方々からすれば、ぶっ殺したくなるであろう醜態だ。

 いくらなんでも酔い過ぎではないだろうか。

 とはいえ、本気で大泣きしている。こんなに悲しそうな師匠は見たことがない。


「フウケイを……兄弟子を、僕が、僕が殺しましたぁああああ~~」


「スイボク……荒ぶる神、スイボク仙人ですか?!」

「なんと、あの伝説の仙人が、フウケイ仙人を返り討ちにしたと?!」

「では、この大八州を去ったのは、やはりスイボク仙人を討つため……」


「フウケイ……三千年も、僕を殺すために努力していたなんてぇ……! ごめん、帰って謝るべきだったよぉお。ごめんねええええええ」

「全くだ! スイボク、お前はしょっちゅう顔を出さんから! こじれてこうなってしまったのじゃ……! ええい、のめのめ!」

「はい、カチョウ師匠……!」

「お前は昔っから酒の付き合いが悪かった……フウケイの奴もそうであったなあ……兄弟そろって、不義理であったぞ!」

「だって、カチョウ師匠……酒を飲んだら剣が鈍るしぃい……」


 凄いなあ、記者が一切つっこめない。

 というか、フウケイさんの意外な一面が。

 いや、意外でもないか……。

 師匠もフウケイさんも、お酒を飲むような御仁に思えないし。


「悲しい時に呑まんでどうする!」

「えっぐ……はい、師匠……」


「で、では、そのスイボク仙人がフウケイ仙人を返り討ちにしたと……」

「荒ぶる神は、不死身の大仙人さえ殺してしまうと……」

「それで、スイボク仙人、フウケイ仙人はお強かったですか?!」

「やはり、苦戦されましたか?!」


「フウケイは……強かったぁ! うん、あんな難しい術を使えるようになるなんて……僕を殺すために、ひっく、とっても努力したのに……僕は、僕はぁあああ!」


 酒は人を変えるなあ……。


「木刀でぶちのめして、頭をカチ割って、何度も何度も、ぶち殺して……ええっぐ……黒焦げにしたんだ……」

「そうかそうか、お前は強かったもんなあ……スイボク、もっと飲め……」

「はい、カチョウ師匠……」


 瓦版の人たちは、みんな呆れていた。

 仮に彼らが悪意を持っていても、持っていなくても、なんかひどい記事にしかならないだろう。


 じゃあ殺すなよ。

 そう思わないでもないが、他の結果はありえなかったのだろう。


 師匠は自分の首を差し出したが、フウケイさんはそれを受け取れなかった。

 であれば、そういうことなのだろう。

 邪仙になるということは、そういうことなのだろう。


「失礼」


 そう、俺は感じていた。

 邪仙の気配、淀んだ仙気の持ち主を感じていた。


 見た目は中年の、筋骨隆々の、しかし戦士ではなく職人特有の手をした仙人。

 陰気なものを抱えた、楽しそうではない仙人が現れた。


「あ、ゴクさん」

「な、ゴクなの?!」


「おう、フサビスは久しぶりだな。如何にもゴクだ」


 執念というべきものを抱えた男が、俺のことも見ている。

 その眼には、暗い炎が燃えているようだった。


「フカバー殿は息災か」

「いえ、既に私に後を託して……」

「そうか」


 フサビスの師を知っているあたり、秘境に行ったことがあるとは思われる。

 とはいえ、本人にあまりいい思い出はなさそうだが。


「ゴク、貴方邪仙に……」

「そう嘆くな、まあ仕方があるまいさ」


 ちらり、とスイボク師匠やカチョウ様を見る。

 呆れを隠しつつ、失笑を漏らした。


「どうやら長老二人はお楽しみのようだ。どうだ、若い天狗や仙人だけで場所を変えないか」



 同じ島の中にある、生い茂る森の中で神社が建っている。

 建物そのものは大きくないが、砂利の敷き詰められた庭はとても大きい。

 そこへ案内された俺たちは、改めて参拝客が多いことに気付く。


「フウケイ殿は、同じ邪仙として思うところがあった。というよりは……俺にとっては、あの御仁こそが超えるべき壁だった」

「貴方は武勇に秀でた仙人ではなかったはずよ、ゴク」

「そのとおり、俺は宝貝職人だ。あの方を倒せる宝貝を作るのが夢だった」


 そう言って、神社の中を見る。

 そこには、宝貝が奉納されている。

 一本や二本ではなく、多くの宝貝がそこに飾られていた。


「だからこそ、この星で一番の宝貝職人の技を盗もうと思った」


 文脈から察するに、この神社に奉納されているのは大天狗の作った宝貝だろう。

 スイボク師匠が武の頂点なら、宝貝制作の頂点に君臨するのは大天狗セルだ。


「百年、長いのか短いのか大天狗の下で修業を積んだ」

「ええ、それは私も知っているわ」

「最初は俺も自分の才能を信じていた。だが、百年の間に腕を上げて……思い知ったのは大天狗の実力だ」


 そう言って、俺を見る。


「俺は、自分の実力不足を思い知った。この星の頂点、決して及ばない絶対の実力の前に、俺は無力だった」

「それは、大天狗は、その……」

「お前はまだいい、分野が違うからな。だが俺は違う、全く同じ分野だ。同じ分野で、遠すぎる背中を見た」


 世界最強の男の、その弟子を見た。


「その時ようやくわかった、フウケイ殿のお気持ちがな。そして気づけば、邪仙に堕していた」

「ゴクさん、そんなことは気にすることじゃあないですよ」


 自嘲するゴクに対して、ゼン君が諭す。

 それは明らかに気遣いがあった。


「邪仙になって、それでおしまいじゃないです。邪仙になっても、そこからまた修行なんです。フウケイさんは、そりゃあ、最後まで邪仙のままでした。でも、みんながそうってわけじゃあ……」

「それで、勝てるのか? 荒ぶる神であるスイボクや、大天狗セルに」


 それを、振り払う。

 それこそが、邪仙なのだと言わんばかりに。


「あのフウケイ殿でさえ、あのにやけた酔っ払いに、手も足も出なかったのだろう!」


 ……。

 どうしよう、一切弁護できない。


「意味がない。最強を、一番を追求しなければ意味がない!」

「それで苦しんでは仕方がないでしょう、ゴク。気が滞れば、術にも滞りが……」

「苦しまずに、高みが目指せるものか!」


 それは、正しい。

 少なくとも師匠にだって、苦しい時期はあった。

 苦しんで悩んで、それを乗り越えた先に開眼があった。


 だが、それを肯定し過ぎてはいけない。俺はそう信じている。

 苦しみさえすれば高みに達せるということではないからだ。

 だが、それが通じないことも、なんとなく察することができる。


「フウケイ殿が修行を完成させ、この地を去ったのは十年以上も前のことだ。そのあとに俺の宝貝も完成した。あの方を倒せるほどの宝貝をな!」

「ええ?! あの、不死身のフウケイさんを?! ゴクさんが?!」

「そうだ、だがフウケイ殿は帰らなかった。戻ってきたのは体の一部、それで納得などできるわけがない!」


 俺は、静かに受けていた。

 彼が放つ敵意を、ひたすら静かに。


「なあ、荒ぶる神の後継者」

「白黒山水と申します」

「お前は、存在そのものが妥協であり諦念だ」


 言われるであろうことを、俺は静かに聞いていた。

 そんなことは、他でもない俺が理解していることだからだ。

 悟っている、とは逃げ口上。

 最強を志したくせに、最強の師匠の弟子になったのに、俺は師匠の下に甘んじている。

 俺は、師匠を超えようとも思っていない。

 師匠はそれを許している。俺が師匠の下であることを、師匠自身が許している。俺は、甘んじている。


「お前にはあるのか、荒ぶる神に挑み、勝利する気概が」

「それが、先日の連中に渡した刀と関係があるのか?」

「あるとも。まさか抜く前にあしらわれるとは思っていなかったがな」


 挑発的に笑う。

 強敵を前にして、それを喜んでいた。


「逆に安心したよ。これでもしも弱ければ、フウケイ殿が弱い相手に負けたとあれば、それこそ俺はどうしようもない」


 曰く付きの、危険な武器。

 それを師匠の襲撃者に与えたのは、いいやそもそも作ったのは……。

 間違いなく、目の前の彼だ。


「お前は、勝てない」


 確固たる信念と、意地。

 負けてたまるか、と燃えている。


「俺に、俺たち(・・・)に勝てない」


 俺を、否定している。


「お前は、ぬるま湯の中で優しく育てられたのだろう。最強の男の掌の上で、あらゆる危険にさらされることなく、ひたすら甘やかされたのだろう」


 俺を正しく認識して、そのうえで否定している。


「最強に挑まずして、最強を継いで、それで最強を名乗るのか?」


 決して、間違っていない。

 そう、彼は正しい。


「最強の男を見送って、それでよしとするのか?」


 俺が、間違っている。


「ならば、どけ。俺たちは、お前を踏み超える。お前を踏み越えて、先に進む」

「お断りだ」


 だが、それはそれとして。


「師匠に挑む前に、俺と戦うつもりなんだろう?」


 間違っていることと、勝敗は全く別だ。


 俺は俺で、闘志に火が点いていた。


「いつ、どこで、俺は誰と戦えばいいんだ?」


 五百年生きているが、同じような年齢の相手から言われて、黙ってなどいられない。



「……明日の正午」



「ここで」



「返景流、ガリュウと戦ってもらう」



 俺は、受けた。


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