表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/497

梱包

 三度笠をかぶり、着物を着ていて、腰には二本の刀。そんな刺客が、十名ほど。

 中国っぽかったヤモンドに対して、日本っぽいこの大八州。

 森の中で斬り合いを始めようとする、なんとも『らしい』シチュエーション。

 それに一種の滑稽ささえ感じつつ、しかし俺は冷静に振舞っていた。


 目の前の彼らは、明確な目的意識をもって自己鍛錬し、相応の苦難を越えて力を得ている。

 その上で、自分へ攻撃的になっている。ただ頼まれたからとかではなく、自ら自身の意思でここにいる。

 その彼らの前に、俺は失礼のないように立たねばならない。

 これは決闘ではない、もっと別の何かだ。


「……スイボクの弟子、と名乗ったか」

「やはり、先日の地動法は、スイボクの物か」

「つまり……フウケイ様は」


 三人が前に出て、三度笠を脱ぐ。

 その上で、一人だけが腰の刀を抜いて中段に構えた。


 一種の奇妙さを、俺の背後の五人は感じている。

 誰がどう考えても、全員で刀を抜いて全員で切りかかるべきだ。

 そうしない理由が、今一わからないのだろう。


 だが俺にはわかる。

 彼らの信仰ともいうべき心の在り方が分かる。

 それが愚かだというのなら、一番バカなのは俺だ。


「叙景流、名は……ランドウ」


 一際背が高い男が、大上段に日本刀を構えた。

 これから振り下ろす、と言わんばかりの堂々たる構え。

 それに対して、背後の五人は生唾を呑む。


 単純な理屈だが、大柄な男が大上段に構えると、それだけで圧力がある。

 それは心を委縮させ、結果的に体を固くする。

 そして、それだけではない、虚仮でも虚精でもない威圧感があふれている。


「荒ぶる神の弟子、どうか受けていただきたい」


 烈火のような気迫が、俺を射抜いていた。

 今の俺は金丹を呑んでいないのだが、それでも一切油断が無い。

 子供だからと侮ることはなく、小さいからと嘲りもしない。

 俺を格上と認識したうえで、一心に振り下ろそうとしてくる。


「既に、受けている」

「……いざ」


 瞬身帯を身に着けており、その速度は俺と同等かそれ以上。

 険しい顔に隙は無く、一挙一動を見逃さない構えだった。


 受ける、とは言ったが受けきれる自信はまるでない。

 手に持っているのは木刀だし、それ以前に相手とは地力が違い過ぎる。


 大男の、単純な振り下ろし。

 しかしそれを、愚直に鍛えぬいたが故の実力を感じ取れる。

 おそらく、虚をついて間合いを乱し空振りさせる、ということはほぼ不可能だろう。


「気功剣」


 振りかぶっている剣が、気血で覆われた。


「十文字」


 その上で、気血が膨れる。

 真剣を覆う、必殺の気合い。

 それを見た俺は、じりじりと間合いを離し始めた。

 つまりは、後退。木刀を持っている自分にとって最適な間合いではなく、真剣を振りかぶっている相手にとって最適な間合いに移動する。


 自らに利する間合いになったことに対して、ランドウは一瞬気を緩めるがその上で更に引き締める。

 俺の狙いが分かったのだろう、周囲の緊張感はさらに増していく。


 人間たちだけが息をのみ、自然はそんなことに興味がないと通常通りに動いている。

 その中で、俺たちはほぼ同時に動いていた。


「発勁」


 いや、ほんのごくわずかに。


「震脚」


 俺の方が先に動いていた。

 ランドウが真剣を振り下ろしきるより先に、俺の木刀の切っ先がランドウの喉をとらえていた。

 大上段の構えからの振り下ろしよりも先に、中段の構えからの刺突が相手をとらえていた。


「強かった」


 俺はそう賛辞し、ランドウは地面へ倒れる。

 同時に人間たちの時間も動き出す。


「ランドウを相手に、先の先をとらえたか」


 西部劇で拳銃を抜き合うように、剣士同士の贅沢な一瞬。

 それを探り合い、俺が勝った。

 とても単純な理屈を理解したうえで、次の相手は腰の刀を鞘に納めたまま腰を落とした。


「神の弟子よ、次は私だ。絶景流、クジャク。お相手願う」

「どうぞ」


 居合、あるいは抜刀術。

 どっちがどうなのかは、流石に知らない。

 しかし、これが尋常の抜刀術ではないことを、俺は既に見抜いている。

 相手も見抜かれていると察したうえで、己の技をぶつけようとしていた。


「フサビス」

「あ、はい!」

「ランドウを頼む。死なせるには惜しい男だ」


 喉を俺が潰したので、彼は呼吸ができない。

 処置をしなければ、そのまま死ぬかもしれない。

 俺はちょうどいる医者にそう頼んでいた。


「敵の心配とは、余裕があるな」

「いいや、ない」


 俺は木刀をゆったりと下した。

 下段の構えのまま、前にじりじりと進んでいく。


「斬られた後では、救助は頼めない」

「……そうか」


 ほんのわずかに、乾いた笑いが相手に浮かんだ。

 その上で、こっちに対して少々の親近感が生じていた。

 案外、話せば楽しい相手なのかもしれない。


「それじゃあ自分が斬られた時の為に、もう頼んでおいたらどうだ?」


 もちろん、ここで収める気など双方にないのだが。


「心配はない」


 俺が言葉を言いきれば、きっと彼は俺を斬るだろう。

 それでも、俺は特に変化なく最後になるかもしれない言葉を言い切った。


「俺が斬られたときは、頼まなくても助けてくれる」

「そうか……」



 俺は、一歩と言わず半歩と言わず、上体をわずかにのけぞらせた。



「気功剣法、十文字」



 それを、クジャクは意識できなかった。

 彼の意識は既に、己の刀を抜くことに集中しきっていた。



「発勁法、烈破」



 鞘の中で、クジャクの発勁がさく裂した。

 頑丈な鞘の中で、気血が爆発する。

 それは圧力を生み、鞘に収まっている刀を勢いよく押し出していた。


 発勁の勢いを利用した、高速の抜刀術。

 それは当然、瞬身功を使った俺の反射神経を凌駕している。

 しかしそれは、相手の反射神経をも超えていることを意味していた。


「その技を極めるために、どれだけの鍛錬が必要だったのか」


 俺が既に剣の軌道から避けていることに、彼は気づけなかった。

 それに気づくよりも先に、俺が下段から切り上げて顎を叩いていた。


「ですが、ほんの少し、俺の方が強い」


 彼は俺の『後の先』に気づくこともなく、意識を失って前のめりに倒れていた。

 降りぬいた真剣は跳んでいき、そのまま森の木に刺さっている。


「絶景流を相手に、後の先をとるとは」


 三人目が中段よりも少し高い剣を構えて、俺へ切っ先を向けていた。


「仙人よ、鍛錬を積んで何年になる?」

「師の元で、深き森の奥、五百年の修業を積みました」

「……剣士とは、ここまで強くなれる。五百年の時間を費やせば、そうなれて当然だと?」


 怒気がある。

 俺に対して、仙人に対して、長命者に対して、怒気がある。


「限られた寿命の中では、その高みに達せないとでも?」


 俺の剣を十分に見た、と確信をしている。

 その上で、俺に勝てるつもりだった。


「人間を、侮るな」

「そう思うのなら、全員でかかるべきだった」

「そうすれば、お前を殺せたかもしれない」


 はたから見れば、バカに見えるだろう。

 人数の利を一切活かすことなく、ただ仲間が倒れていくところを眺めているだけなのだから。


「それは、勝利ではない」


 俺の背後の五人を人質にとることもなく、ただ包囲しているだけ。

 それを間違いというのなら、きっとそうだろう。


「そこまでしなければ、仙人に勝てないとでも思っているのか?」


 それを言えば、ここまで剣を極める意味もきっとない。


「人間が、皆、誰もが、お前たちに対して屈服しているとでも思っているのか?」


 意味がないからこそ、こだわりがあり、大事なことになっている。


「俺は『人間』(どこかのだれか)じゃない」


 大事なことをかけて、俺に挑むのだ。

 俺には、それにこたえる義務がある。


「俺は佳景流、セキエイ。人間の技で、お前を突き殺す」


 早い踏み込みだった。


「発勁法、震脚」


 一瞬で間合いを詰めながら、俺につきこんでくる。

 速い、というか速すぎた。

 明らかに踏み込みと突き込みが同調していない。

 腕だけが早く動き、俺に剣を届かせようとする。


「佳景流、三段突き」


 これは、踏み込みだけは発勁によるもので、腕の動きだけは瞬身帯によるものだ。

 共に高速ながらも、しかし速度が一致していない。

 速度差による、単独の高速連続攻撃。


 それを制御しているのは大したものだ、と思わないでもない。

 しかし、流石に先ほどの抜刀術ほどではない。


「気功剣法、数珠帯」

「な……!」


 俺が縦にした木刀を貫く、一度目の刺突。

 踏み込む足をそのままに、腕を引いて二度目の突きへ移行する。

 しかし、俺の木刀に刺さった刀が抜けない。

 俺の気功剣法で、刀と刀がつながっているからだ。


「この俺を相手に、三回も攻撃できると思ったのか?」


 踏み込んでいる途中、宙に足が浮いている状態では、踏ん張りがきくわけがない。

 俺はてこの原理で木刀を動かし、木刀に刺さったままの刀をひねった。

 それによってセキエイは大きく体勢を崩す。


「発勁」


 体勢が崩れたところで木刀から片手を離し、その手でセキエイの顔を捉える。

 そこから普通に揺さぶる勁を打ち込めば、彼はそこまでだった。

 あっさりと地面に崩れ落ちる。


「五百年修業しているから強い、か。そうかもしれないな」


 三度笠を脱いだ三人は、ここに倒れた。

 それを認識した瞬間に、他の男たちも刀を抜いて俺を包囲する。


「あいにくだが、俺が強いのは五百年修業したからじゃあない」


 それでも俺は、木刀を腰に差した。


「スイボク師匠に五百年修業をつけてもらったからだ」

「あ、いや! その、サンスイ師匠!?」

「ちょっと、なんで戦うのをやめるのよ?! まだたくさんいるじゃない!」


 もはや恥も外聞もない、と三度笠の集団は人質もとっている。

 薬屋の三人を含めて、全員が刀を喉元に突き付けられていた。


「安心しろ、もう戦うつもりはないんだろう」

「……その通りだ」

「どうか、待っていただきたい」

「我らの腕では及ばないことはよくわかった」

「だが、ここを動かれては困る」


 彼らも相応の実力者だろうが、既に俺と戦うことを諦めていた。

 なにせ頭一つ抜けた三人が、初見であるにも関わらず完封されたのだ。

 同じ術理しか使えないであろう彼らがあきらめて、『時間稼ぎ』に徹してもさほど不思議ではない。


「だが、もう意味がないぞ」


 俺と師匠は、ずっと把握していた。

 彼らが俺たちに襲い掛かる準備をしていたことを。

 俺と師匠が分断される時を待って、師匠へ襲い掛かる準備をしていた。


「師匠を襲った連中は、もう全員倒されている」


 しかし、前提から間違えている。

 俺はともかく、師匠を相手にするのは無謀が過ぎる。

 悲しいかな、俺の師匠はそれこそ最強なのだ。


「ぬ」


 俺の言葉を信じるか信じないか、と思っていた三度笠の連中。

 彼らの外側から、眉をひそめている師匠と呆れているカチョウ様がやってきた。

 その背後には、大量の剣士が浮かんでいる。


「……サンスイ」

「はい」

「お前、フウケイの弟子たちにケガをさせたな?」


 途中まで治療をされているランドウや、治療されていないクジャクやセキエイを見て、師匠は本当に悲しそうだった。

 俺ならケガをさせずに倒せる、と信頼されているのだろう。

 しかしその場合、仙術を使わないとだめだった。

 発勁、気功剣だけで戦うとなると、今のがやっとだったのだが。


「まったく……律義な奴だ。あえて相手の土俵でだけ戦うとはな。しかしそれでケガをさせては、フウケイに申し訳が立たん」

「いや、お前の方がひどいと思うぞ」


 カチョウ様が、心底から呆れている。

 そうだろう、スイボク師匠の背後で浮かんでいる面々は、それこそ『梱包』されている。

 土壇場で首を斬られる直前のように、両手を後ろにした状態で正座し、太ももと腹がくっついている。

 全員がそのまま浮いているのだから、まさにたたまれているとしか言いようがなかった。

 確かに、尊厳もへったくれもない。もうちょっと敬意をもって倒せないもんだろうか。


「な……!」

「ここで倒れているのは三人だけか? ちょうどいい、こ奴らを連れて帰ってやれ」

「そんな……ニカワ様まで、全員が倒されたのか?!」

「嘘だ、早すぎる!」


 師匠はマジで強いからなあ。

 俺が何億人いても、何兆回挑んでも、それこそまったく勝ち目ない御仁である。

 そんな人がケガをさせないように立ち回れば、そりゃあ瞬殺である。


 逆に言えば。

 師匠はフウケイさんのお弟子を相手に、戦うのではなく制圧することを選んだということでもある。

 それなりの理由があるのだろう。


「う、うぉおおおおお!」

「ぬ?」


 よせばいいのに、師匠に切りかかる男がいた。

 いや、この状況でそうしないのは無理だろう。

 今の師匠も、子供のままだし。


「縮地法、牽牛、乱地」


 一瞬で師匠の手元へ移動し、しかも師匠に背を向ける形になる。


「発勁」


 両ひざを軽く蹴りながら押し、脱力させる。


「発勁法、饅頭」


 膝が落ちて崩れるところで、首を掴んで麻痺させる。


「気功剣法、毛釘。鍼灸法、糸切」


 更にその麻痺を定着させるべく、全身へ自分の髪の毛を刺していく。


「外功法、投山」


 そして、梱包を終えると宙に浮かせて見せた。

 なるほど、こうやったんだなあ、と誰もが理解する。

 いや、高速で行われたので、完全に見切れたのは俺ぐらいなのだが。


「さて」


 続けるか、と言わずに周囲を見る師匠。

 当然、誰もが恐怖して動けなくなっていた。


「うむ、よしよし」

「スイボク、お前……」


 カチョウ様の顔を見るに、三千年前から比べて格段の成長を遂げたのだろう。

 その一方で、師匠の行動にドン引きしているようだった。


「まだそんなことしとるのか」

「いやあ、カチョウ師匠の前なので、ついつい調子に乗ってしまいまして……」

「昔と同じことを、昔以上の手並みで実演するな、まったく」


 やっぱり、どれだけ手並みよく行うかよりも、そもそもどうやって戦うかが大事なのだなあ。

 俺は師匠の行動を全肯定せず、自分の行動が正しかったと思うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ