梱包
三度笠をかぶり、着物を着ていて、腰には二本の刀。そんな刺客が、十名ほど。
中国っぽかったヤモンドに対して、日本っぽいこの大八州。
森の中で斬り合いを始めようとする、なんとも『らしい』シチュエーション。
それに一種の滑稽ささえ感じつつ、しかし俺は冷静に振舞っていた。
目の前の彼らは、明確な目的意識をもって自己鍛錬し、相応の苦難を越えて力を得ている。
その上で、自分へ攻撃的になっている。ただ頼まれたからとかではなく、自ら自身の意思でここにいる。
その彼らの前に、俺は失礼のないように立たねばならない。
これは決闘ではない、もっと別の何かだ。
「……スイボクの弟子、と名乗ったか」
「やはり、先日の地動法は、スイボクの物か」
「つまり……フウケイ様は」
三人が前に出て、三度笠を脱ぐ。
その上で、一人だけが腰の刀を抜いて中段に構えた。
一種の奇妙さを、俺の背後の五人は感じている。
誰がどう考えても、全員で刀を抜いて全員で切りかかるべきだ。
そうしない理由が、今一わからないのだろう。
だが俺にはわかる。
彼らの信仰ともいうべき心の在り方が分かる。
それが愚かだというのなら、一番バカなのは俺だ。
「叙景流、名は……ランドウ」
一際背が高い男が、大上段に日本刀を構えた。
これから振り下ろす、と言わんばかりの堂々たる構え。
それに対して、背後の五人は生唾を呑む。
単純な理屈だが、大柄な男が大上段に構えると、それだけで圧力がある。
それは心を委縮させ、結果的に体を固くする。
そして、それだけではない、虚仮でも虚精でもない威圧感があふれている。
「荒ぶる神の弟子、どうか受けていただきたい」
烈火のような気迫が、俺を射抜いていた。
今の俺は金丹を呑んでいないのだが、それでも一切油断が無い。
子供だからと侮ることはなく、小さいからと嘲りもしない。
俺を格上と認識したうえで、一心に振り下ろそうとしてくる。
「既に、受けている」
「……いざ」
瞬身帯を身に着けており、その速度は俺と同等かそれ以上。
険しい顔に隙は無く、一挙一動を見逃さない構えだった。
受ける、とは言ったが受けきれる自信はまるでない。
手に持っているのは木刀だし、それ以前に相手とは地力が違い過ぎる。
大男の、単純な振り下ろし。
しかしそれを、愚直に鍛えぬいたが故の実力を感じ取れる。
おそらく、虚をついて間合いを乱し空振りさせる、ということはほぼ不可能だろう。
「気功剣」
振りかぶっている剣が、気血で覆われた。
「十文字」
その上で、気血が膨れる。
真剣を覆う、必殺の気合い。
それを見た俺は、じりじりと間合いを離し始めた。
つまりは、後退。木刀を持っている自分にとって最適な間合いではなく、真剣を振りかぶっている相手にとって最適な間合いに移動する。
自らに利する間合いになったことに対して、ランドウは一瞬気を緩めるがその上で更に引き締める。
俺の狙いが分かったのだろう、周囲の緊張感はさらに増していく。
人間たちだけが息をのみ、自然はそんなことに興味がないと通常通りに動いている。
その中で、俺たちはほぼ同時に動いていた。
「発勁」
いや、ほんのごくわずかに。
「震脚」
俺の方が先に動いていた。
ランドウが真剣を振り下ろしきるより先に、俺の木刀の切っ先がランドウの喉をとらえていた。
大上段の構えからの振り下ろしよりも先に、中段の構えからの刺突が相手をとらえていた。
「強かった」
俺はそう賛辞し、ランドウは地面へ倒れる。
同時に人間たちの時間も動き出す。
「ランドウを相手に、先の先をとらえたか」
西部劇で拳銃を抜き合うように、剣士同士の贅沢な一瞬。
それを探り合い、俺が勝った。
とても単純な理屈を理解したうえで、次の相手は腰の刀を鞘に納めたまま腰を落とした。
「神の弟子よ、次は私だ。絶景流、クジャク。お相手願う」
「どうぞ」
居合、あるいは抜刀術。
どっちがどうなのかは、流石に知らない。
しかし、これが尋常の抜刀術ではないことを、俺は既に見抜いている。
相手も見抜かれていると察したうえで、己の技をぶつけようとしていた。
「フサビス」
「あ、はい!」
「ランドウを頼む。死なせるには惜しい男だ」
喉を俺が潰したので、彼は呼吸ができない。
処置をしなければ、そのまま死ぬかもしれない。
俺はちょうどいる医者にそう頼んでいた。
「敵の心配とは、余裕があるな」
「いいや、ない」
俺は木刀をゆったりと下した。
下段の構えのまま、前にじりじりと進んでいく。
「斬られた後では、救助は頼めない」
「……そうか」
ほんのわずかに、乾いた笑いが相手に浮かんだ。
その上で、こっちに対して少々の親近感が生じていた。
案外、話せば楽しい相手なのかもしれない。
「それじゃあ自分が斬られた時の為に、もう頼んでおいたらどうだ?」
もちろん、ここで収める気など双方にないのだが。
「心配はない」
俺が言葉を言いきれば、きっと彼は俺を斬るだろう。
それでも、俺は特に変化なく最後になるかもしれない言葉を言い切った。
「俺が斬られたときは、頼まなくても助けてくれる」
「そうか……」
俺は、一歩と言わず半歩と言わず、上体をわずかにのけぞらせた。
「気功剣法、十文字」
それを、クジャクは意識できなかった。
彼の意識は既に、己の刀を抜くことに集中しきっていた。
「発勁法、烈破」
鞘の中で、クジャクの発勁がさく裂した。
頑丈な鞘の中で、気血が爆発する。
それは圧力を生み、鞘に収まっている刀を勢いよく押し出していた。
発勁の勢いを利用した、高速の抜刀術。
それは当然、瞬身功を使った俺の反射神経を凌駕している。
しかしそれは、相手の反射神経をも超えていることを意味していた。
「その技を極めるために、どれだけの鍛錬が必要だったのか」
俺が既に剣の軌道から避けていることに、彼は気づけなかった。
それに気づくよりも先に、俺が下段から切り上げて顎を叩いていた。
「ですが、ほんの少し、俺の方が強い」
彼は俺の『後の先』に気づくこともなく、意識を失って前のめりに倒れていた。
降りぬいた真剣は跳んでいき、そのまま森の木に刺さっている。
「絶景流を相手に、後の先をとるとは」
三人目が中段よりも少し高い剣を構えて、俺へ切っ先を向けていた。
「仙人よ、鍛錬を積んで何年になる?」
「師の元で、深き森の奥、五百年の修業を積みました」
「……剣士とは、ここまで強くなれる。五百年の時間を費やせば、そうなれて当然だと?」
怒気がある。
俺に対して、仙人に対して、長命者に対して、怒気がある。
「限られた寿命の中では、その高みに達せないとでも?」
俺の剣を十分に見た、と確信をしている。
その上で、俺に勝てるつもりだった。
「人間を、侮るな」
「そう思うのなら、全員でかかるべきだった」
「そうすれば、お前を殺せたかもしれない」
はたから見れば、バカに見えるだろう。
人数の利を一切活かすことなく、ただ仲間が倒れていくところを眺めているだけなのだから。
「それは、勝利ではない」
俺の背後の五人を人質にとることもなく、ただ包囲しているだけ。
それを間違いというのなら、きっとそうだろう。
「そこまでしなければ、仙人に勝てないとでも思っているのか?」
それを言えば、ここまで剣を極める意味もきっとない。
「人間が、皆、誰もが、お前たちに対して屈服しているとでも思っているのか?」
意味がないからこそ、こだわりがあり、大事なことになっている。
「俺は『人間』じゃない」
大事なことをかけて、俺に挑むのだ。
俺には、それにこたえる義務がある。
「俺は佳景流、セキエイ。人間の技で、お前を突き殺す」
早い踏み込みだった。
「発勁法、震脚」
一瞬で間合いを詰めながら、俺につきこんでくる。
速い、というか速すぎた。
明らかに踏み込みと突き込みが同調していない。
腕だけが早く動き、俺に剣を届かせようとする。
「佳景流、三段突き」
これは、踏み込みだけは発勁によるもので、腕の動きだけは瞬身帯によるものだ。
共に高速ながらも、しかし速度が一致していない。
速度差による、単独の高速連続攻撃。
それを制御しているのは大したものだ、と思わないでもない。
しかし、流石に先ほどの抜刀術ほどではない。
「気功剣法、数珠帯」
「な……!」
俺が縦にした木刀を貫く、一度目の刺突。
踏み込む足をそのままに、腕を引いて二度目の突きへ移行する。
しかし、俺の木刀に刺さった刀が抜けない。
俺の気功剣法で、刀と刀がつながっているからだ。
「この俺を相手に、三回も攻撃できると思ったのか?」
踏み込んでいる途中、宙に足が浮いている状態では、踏ん張りがきくわけがない。
俺はてこの原理で木刀を動かし、木刀に刺さったままの刀をひねった。
それによってセキエイは大きく体勢を崩す。
「発勁」
体勢が崩れたところで木刀から片手を離し、その手でセキエイの顔を捉える。
そこから普通に揺さぶる勁を打ち込めば、彼はそこまでだった。
あっさりと地面に崩れ落ちる。
「五百年修業しているから強い、か。そうかもしれないな」
三度笠を脱いだ三人は、ここに倒れた。
それを認識した瞬間に、他の男たちも刀を抜いて俺を包囲する。
「あいにくだが、俺が強いのは五百年修業したからじゃあない」
それでも俺は、木刀を腰に差した。
「スイボク師匠に五百年修業をつけてもらったからだ」
「あ、いや! その、サンスイ師匠!?」
「ちょっと、なんで戦うのをやめるのよ?! まだたくさんいるじゃない!」
もはや恥も外聞もない、と三度笠の集団は人質もとっている。
薬屋の三人を含めて、全員が刀を喉元に突き付けられていた。
「安心しろ、もう戦うつもりはないんだろう」
「……その通りだ」
「どうか、待っていただきたい」
「我らの腕では及ばないことはよくわかった」
「だが、ここを動かれては困る」
彼らも相応の実力者だろうが、既に俺と戦うことを諦めていた。
なにせ頭一つ抜けた三人が、初見であるにも関わらず完封されたのだ。
同じ術理しか使えないであろう彼らがあきらめて、『時間稼ぎ』に徹してもさほど不思議ではない。
「だが、もう意味がないぞ」
俺と師匠は、ずっと把握していた。
彼らが俺たちに襲い掛かる準備をしていたことを。
俺と師匠が分断される時を待って、師匠へ襲い掛かる準備をしていた。
「師匠を襲った連中は、もう全員倒されている」
しかし、前提から間違えている。
俺はともかく、師匠を相手にするのは無謀が過ぎる。
悲しいかな、俺の師匠はそれこそ最強なのだ。
「ぬ」
俺の言葉を信じるか信じないか、と思っていた三度笠の連中。
彼らの外側から、眉をひそめている師匠と呆れているカチョウ様がやってきた。
その背後には、大量の剣士が浮かんでいる。
「……サンスイ」
「はい」
「お前、フウケイの弟子たちにケガをさせたな?」
途中まで治療をされているランドウや、治療されていないクジャクやセキエイを見て、師匠は本当に悲しそうだった。
俺ならケガをさせずに倒せる、と信頼されているのだろう。
しかしその場合、仙術を使わないとだめだった。
発勁、気功剣だけで戦うとなると、今のがやっとだったのだが。
「まったく……律義な奴だ。あえて相手の土俵でだけ戦うとはな。しかしそれでケガをさせては、フウケイに申し訳が立たん」
「いや、お前の方がひどいと思うぞ」
カチョウ様が、心底から呆れている。
そうだろう、スイボク師匠の背後で浮かんでいる面々は、それこそ『梱包』されている。
土壇場で首を斬られる直前のように、両手を後ろにした状態で正座し、太ももと腹がくっついている。
全員がそのまま浮いているのだから、まさにたたまれているとしか言いようがなかった。
確かに、尊厳もへったくれもない。もうちょっと敬意をもって倒せないもんだろうか。
「な……!」
「ここで倒れているのは三人だけか? ちょうどいい、こ奴らを連れて帰ってやれ」
「そんな……ニカワ様まで、全員が倒されたのか?!」
「嘘だ、早すぎる!」
師匠はマジで強いからなあ。
俺が何億人いても、何兆回挑んでも、それこそまったく勝ち目ない御仁である。
そんな人がケガをさせないように立ち回れば、そりゃあ瞬殺である。
逆に言えば。
師匠はフウケイさんのお弟子を相手に、戦うのではなく制圧することを選んだということでもある。
それなりの理由があるのだろう。
「う、うぉおおおおお!」
「ぬ?」
よせばいいのに、師匠に切りかかる男がいた。
いや、この状況でそうしないのは無理だろう。
今の師匠も、子供のままだし。
「縮地法、牽牛、乱地」
一瞬で師匠の手元へ移動し、しかも師匠に背を向ける形になる。
「発勁」
両ひざを軽く蹴りながら押し、脱力させる。
「発勁法、饅頭」
膝が落ちて崩れるところで、首を掴んで麻痺させる。
「気功剣法、毛釘。鍼灸法、糸切」
更にその麻痺を定着させるべく、全身へ自分の髪の毛を刺していく。
「外功法、投山」
そして、梱包を終えると宙に浮かせて見せた。
なるほど、こうやったんだなあ、と誰もが理解する。
いや、高速で行われたので、完全に見切れたのは俺ぐらいなのだが。
「さて」
続けるか、と言わずに周囲を見る師匠。
当然、誰もが恐怖して動けなくなっていた。
「うむ、よしよし」
「スイボク、お前……」
カチョウ様の顔を見るに、三千年前から比べて格段の成長を遂げたのだろう。
その一方で、師匠の行動にドン引きしているようだった。
「まだそんなことしとるのか」
「いやあ、カチョウ師匠の前なので、ついつい調子に乗ってしまいまして……」
「昔と同じことを、昔以上の手並みで実演するな、まったく」
やっぱり、どれだけ手並みよく行うかよりも、そもそもどうやって戦うかが大事なのだなあ。
俺は師匠の行動を全肯定せず、自分の行動が正しかったと思うのであった。