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絶無

「そうか、皇帝が乱心し仙人や天狗を求めたか」


 師匠と俺とゼンで急ピッチの突貫工事を敢行し、なんとか再建されたカチョウ様の庵。

 既に日暮れの時刻になったということで、俺たちは昼飯と併せた晩飯を食うことになった。

 カチョウ様の薬膳はとてもおいしく、それこそ師匠のそれによく似ていた気がする。


「はい……否定したところ、焼き鏝や酸を垂らされまして……」

「私だけではなく……他の者も……」

「そうかそうか、災難であったな、薬屋よ」


 涙ながらに語る二人に、大変だったねと労うカチョウ様。

 しかし災難だったという言葉を聞くと、カチョウ様とスイボク師匠以外の全員が少し違う気がした。

 なにせまあ、災難というか厄災そのものだった個人が、すぐそこに座っておいしそうに薬膳くってるし。


「こう見えても儂は仙人の中でも長老である。薬師というのなら話は早い、里の者に口を利いてやろう」

「あ、ありがとうございます」

「感謝の言葉もありません」

「助かりました……」


 恐縮している一方で、安心する三人。

 やたら地味な助け方だが、これでいいのだろう。派手に助けられても、みんな困るだろうし。

 普通に考えて、自分が暮らしていた都を海に捨てるような強硬手段をとられても困るし。

 ぶっちゃけ俺か師匠が侵入して二人だけ助けて、そのまま退避した方が良かったのではないだろうか。

 それはそれで筋が通らないとは思うが、筋を通した結果首都の人間が根こそぎ海に消えるところだったしなあ……。


「それでサンスイよ。この薬膳はゼンが作ったのだが、なかなかであろう?」

「はい、美味しいです」

「そうであろう、修業の最初にそこを叩き込んだからな。挫折したら料理屋にするつもりであったし」

「そんなこと考えてたんですか?!」


 なんか相撲部屋みたいな話だった。

 でもまあ、俺と違って選択の余地があったと思うし、それも師匠としては正しい判断だったのだろう。

 それによく考えれば、彼も軽く見積もって百年以上生きている仙人だ。

 百年以上料理作ってるなら、それこそ大ベテランだろうし。


「懐かしいのう。フウケイはなかなか苦心しつつも上手に作れるようになったが、スイボクは一度教えただけでフウケイよりも上手につくってのう」


 なんか、聞いているだけでフウケイさんがかわいそうになってきた。

 視点が違えば師匠も主人公的なアレがあるのだが、近くにいたらとてもいらいらしただろう。

 少なくとも、俺以外の全員もフウケイさんへ同情を示していた。


「そっちは材料がそろわんだろうし、いろいろ工夫もあったのではないか?」


 と、なぜか俺に話を振ってくる。

 なんで俺が料理の練習をしていることが前提なのだろうか。

 いや、そうでもないか。

 少なくとも師匠は、『あ、やべ』って顔しているし。


「すみません、私は師匠が料理を作れると知ったのも最近でして……」

「おい、スイボク」


 カチョウ様が真顔で師匠を見ている。

 師匠がとんでもなく申し訳なさそうに、カチョウ様に謝っている。

 師匠、謝ってばかりだなあ。


「すみませんカチョウ師匠。僕は独自の教育方針によって、弟子に米の一粒も食わせてません」

「お前は鬼か!」


 なんか五百年で大分麻痺していたが、やっぱりアレは仙人基準でも異常な修業だったらしい。

 天狗のフサビスもおかしいって言ってたしなあ……。


「教育方針だとか以前に、弟子が良く死なんかったな」

「ええ、そこはまあ、色々と」

「具体的にいえ」

「集気法息吹で仙気を供給していました」

「……お前に聞いた儂が馬鹿だった」


 スイボク師匠の説明を聞いて、怒る気も失せたらしいカチョウ様。

 というか、フサビスもゼンも絶句している。青ざめて、正気を疑っている。

 なんだろうか、息吹とはどんな術なのだろうか。


「そうか、お前は化け物だったな。であれば、そういう育成も可能か……」

「ええ、これも修業と思いまして」

「弟子で試すな。阿呆め……弟子はもっと愛でるものであろう」


 そう言って、カチョウ様は俺の皿をとって、勝手に薬膳を継ぎ足していく。

 もっと食えとか、そんな意味だと思われる。


「ずいっといけ、ずいっと。それにしても、お前は儂の教えをどれぐらい弟子に教えたのだ? もうなにも教えていないに等しいではないか」

「そうですね」

「お前は鬼か」


 独自過ぎて、一切伝達が行われていない。カチョウ様は涙目だった。

 しかし考えてみれば、師匠は術を主体で習い、俺は剣を主体で習ったのだから仕方がないといえる。


「まったく……そんな言葉を聞けば、死ぬに死ねんではないか……」

「ですが、ちゃんと仙人の心は伝えました」

「それはわかっておる、というかそれは見ればわかる」


 不安そうに俺をちらちら見ているゼン君。

 彼は俺の弟子になっていいのか、それこそとても心配な様だった。

 しかし、そこは仙人。カチョウ様は俺のことを一瞥で見切っていた。


「フウケイには術と技の才があったが、お前には術と技だけではなく心の才もあった。そのお前が太鼓判を押した弟子だ、なんの心配もしていない」

「カチョウ師匠……」

「ようやく、お前は本当にやりたいことを見つけたのだな」

「はい」

「儂が教えたことは教えておらんのにな」

「……すみません」


 本当に断絶具合がすごいな。

 そりゃあカチョウ様も、解脱から復帰するわけである。


「まあお前の悩みはお前にしかわかるまい。少なくとも我らには、お前やフウケイに術を授けた者たちからすれば、どっちもどっちであった」

「そ、そうですか」

「然り。お前が最終的に仙の心を持って剣を振るうなど、当時の誰もが確信しておったぞ」

「……」


 本人は三千五百年修業してようやく至った境地なのに、はたからはとってもわかりやすかったらしい。

 スイボク師匠は、それこそ目を見開いて驚いていた。

 薬屋の三人もフサビスもゼンも、師匠を抑え込んでいるカチョウ様にびっくりしていた。

 もちろん俺も、師匠に対して師匠っぽいことをしているカチョウ様にびっくりしている。

 俺もアルカナにいた時はそんな感じだったので、師弟の関係とはそういうものなのかもしれない。


「仙術で争うなら、それこそ天地法だけでよい。にもかかわらず、お前は錬丹法にまで手を伸ばしていた。つまりお前は傷つけるのではなく、傷つけあうことを求めていた。つまり殴り合うとか斬り合うのが望みだったのだ」


 一方的に傷つける仙人もどうかと思うが、傷つけあうことを求める仙人もどうかと思う。

 いや、俺はその思想を継承しているけども、そういう風にいうとひどさがすごいな。


「同様に、フウケイのことも誰もがあきらめていた。お前を相手に張り合っていたし、アレは自分のゆがみをお前のせいにしていたが、ただ己が愚かで醜いだけだ」


 すげえぼろくそだった、それこそ大天狗よりひどい。

 俺がスイボク師匠からそう言われたら、それこそ立ち直れないかもしれない。


「上には上がいる。人とかかわるということは、常に己の至らなさを思い知るということである。フウケイには才能があったが、お前には更に才能があった。フウケイは確かに必死で努力したが、それでもお前に及ぶわけもなかった。お前も同等かそれ以上に努力していたしのう」


 当時から修業好きだったらしい師匠。

 というか俺が知っている師匠は夜寝る派なので、昔はもっとひどかったのかもしれない。

 そんな師匠と張り合うのだから、フウケイさんも相当頑張ったのだろう。


「仙人であれ俗人であれ、道を追い求めれば必ず『上』にぶつかる。どれだけ努力しても及ばぬ、どうしようもない相手に出会う。そうでないということは、狭い界隈でふんぞり返っているだけでしかない」


 俺の場合、師匠が最強すぎて張り合うという発想が無かった。

 しかしフウケイさんの場合は年下で、しかも同じ師匠の元で育った仲だ。

 それこそ、とんでもなく張り合っただろう。結果を思うと、手を合わせざるを得ない。


「スイボク、お前はそれこそ最強だ。修業すればどんな壁でも壊せたであろう、しかし他はそうではない。フウケイがお前に出会わなかったとしても、他の誰かに嫉妬し、執心し、勝手に自滅したであろう」


 ひどい話だ、とは思わないでもない。

 しかし、納得もできる。

 確かにそういうものかもしれない。


「断言してもよいが、仮にお前が仙人として品性を保っていたとしても、フウケイは絶対にお前を憎んでいた。むしろそっちの方がひどかったのかもしれん。お前が『悪』だからこそ己を正義として立たせることができたが、お前が善だったなら、それこそ己の醜悪さに耐えきれなんだろう。儂らがどうこう言うのではなく、己自身の倫理に苦しめられてな」


 薬屋の三人は、天狗や仙人も大変なんだなあ、と感心していた。

 意外と悩みが普通なので、共感できている。

 流石年長者、言っていることに含蓄がある。


「では、フウケイ様はどうすればよかったのでしょうか」

「決まっている。正直に醜くあればよかったのだ」

「醜く、ですか」

「己が醜いとしたあり方を、悪とした考えを、己自身だと受けいれればよかったのだ」


 フサビスから質問を受けて、それにも快く答える。

 改めて、スイボク師匠をにらむカチョウ様。そこにいる、世界最強の男をにらむ。


「どの道でも、己より上はいる。その相手が自分にとって好ましい相手でも、そうでなくとも、それどころか自分へ危害を加えてくるとしても。そんなもんは、どこにでもいてどうしようもない。頑張ればどうにかできる相手しかいない人生も、頑張れば解決できる課題しかない人生も、それこそスイボクぐらいのものだ」


 お前は楽でよかったな、とは言っていない。

 カチョウ様はちゃんと師匠自身の悩みも見抜いた上で、それは他の人間とは違うのだと言っていた。


「スイボク自身の人生はともかく、フウケイの人生は普通であった。フウケイの悩みは、相手がスイボクであるという点を除けばありふれたものだ。それを勝手に特別と定めたことこそが、フウケイの過ちであり愚かさであった」

「スイボク様のことを諦めるべきだったと」

「当然であろう、俗世に旅立った相手をいつまでも目の敵にしてどうする」


 認めることと、諦めること。

 なるほど、なんとも仙人的である。

 ある意味では、とても賢い生き方なのだろう。

 

「なぜそれをフウケイ様やスイボク様に教えなかったのですか?」

「多少は口にしたがな……言っても無駄なことはある」


 フサビスの更なる問に対して、世界最強のスイボク師匠とそれに次ぐ強さを得ていたフウケイさんの、共通の師匠は断言していた。



「話し合いで解決することなど、何一つない」



 スイボク師匠が、わかるわかる、と頷いている。

 俺もなんとなくわかるのだが、それは認めていいのだろうか。


「人間も動物であり、動物は言葉が無くとも生きていける。だからこそ、人間にも言葉が必要というわけではない。必要ではないもので解決できることなどない」


 三段論法だが、論理が飛躍していないだろうか。

 それを認めたら、それこそ人類は知的生命体を名乗れない気がする。

 いや、仙人的にはそれでいいのだろうが。


「相手へ要求を通すには、話を聞くことで益になると期待させるか、話を聞かないと損をすると察させるしかない。論理だとか正当性などというものは、話を聞く気のない相手にはなんの意味もない」


 確かにそんなものかもしれない。アルカナ王国が師匠を対等に扱ったのも、言葉による論破ではなく、物証による証明でもなく、仙術による暴力そのものだった。

 国家を脅かす個人がいると切り札たちを通じて知っていた上に、その個人たちをはるかに超える力を発揮した師匠に敬意と恐怖を抱いたからこそ、ちゃんと話ができたのだ。

 もしもその辺りが抜けていたら、ヤモンドの皇帝同様に横柄な態度をとっていたのかもしれない。


 というか、まさに祭我が俺の話を聞いたのは、俺が三回勝った後だったしな。

 確かにあの時の祭我には、言うだけ無駄だった。

 なんか、自分の行動が『話し合いで解決することなど、何一つない』を実践していたものだと思うと、なかなかきついものがあるな。


「フウケイはスイボクに勝つこと以外何も望んでいなかった。そんなことできるわけがないのだから、何を言うこともできん」


 相手へ利益をもたらせないのなら、自分の要求を通そうとすること自体が無謀であり傲慢であり、相手の立場を考えていないことなのだろう。

 だからと言って破滅の道を進む者へ何も言わないのはどうかと思うが、それが長く生きた仙人ということかもしれない。


「とはいえ、スイボクよ。フウケイの人生が何の実りも残さなかったわけではないぞ」

「本当ですか?」


 とても嬉しそうな師匠。

 フウケイさんの死体を使って大規模な術を使ったとは思えないほどに、師匠はフウケイさんのことを後悔していたようだ。



「フウケイはこの地で四千五百年過ごした。仙術の鍛錬と武の鍛錬を怠らなかった。仙術は仙人に学んだとして、武術は誰に学び、誰を相手に練習したと思う?」

「では、フウケイと戦ったものがこの地に残っているのですね」



 邪仙に堕したフウケイさん。

 その彼が人と関わり、何かを残してこの地に宿っているのなら。

 それは師匠にとっては救いなのだろう。


「うむ、お前と戦う為に旅立ったフウケイを見送った者たちが、フウケイを返り討ちにして戻ってきたお前に対して殺気立っておる」


 そして、その救いと俺は戦わなければならないのだろう。

 俺は布で隠された剣を強く意識していた。

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