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愚者

「正直、理解に苦しむな」

「おっしゃりたいことはよくわかります」


 アルカナ王国第一王女、ステンド・アルカナ。

 険しい顔をした彼女は、目の前のパレット・カプトをぎろりと睨んでいた。

 激高して責め立てるのではなく、正論を淡々と述べて相手を追い込んでいく。

 それが才媛たるステンドの振る舞いなのだが、それに対してパレットは穏やかに応じていた。


「我が領地が接する国境沿いに、敵軍が布陣しつつあります。新生ドミノ帝国……いいえ、ドミノ共和国の軍隊が。それを迎え撃つにあたって、我が領地の聖騎士を始めとする騎士団は、既に布陣を終えています」

「……君の領地の騎士達の実力を、私は疑ったことがない。全体の数こそ少ないが、しかし戦闘的な法術使いで構成された聖騎士たちは、士気も練度も非常に高い。加えて、今回の戦いは要塞都市の防衛戦。補給が貧弱な新生ドミノなど、畏れぬに足りぬ、といったところか?」

「……私が、カプトが、自らの領地に他の四大貴族や王家の軍を入れたくない。そう思っていらっしゃるのでしょう」


 基本的に、四大貴族と王家には一段の格の差がある。

 少なくとも、世間的にはそうなっている。加えて四大貴族は互いに一定以上の富と権力を持つゆえに、態々王家や他の貴族と事を構えてまで、内戦をしてまでこれ以上の富を求めることがない。

 金持ちはケンカをしない。既に富栄えている彼らは保守的で、これ以上の力など求めていないのだ。

 いいや、はっきり言えば態々ケンカをしてまでは、という意味である。内戦に発展しない範囲なら、互いに競い合う仲ではある。

 少なくとも、隣の国から攻められているからといって、容易に援軍を要請することはない。できるだけ独力で守ろうとするし、実際守り切るだけの力はあるのだ。


「ああ、愚かだ。少なくとも私は、今回の件に関して楽観していない」


 金がない、ということは単純に現金が少ないということではない。

 もっと深刻で、食料が不足していて、専門家が不足していて、労働者が不足していて、建造物が壊れたままになっている。おまけに治安も悪く景気も悪く、良くなる見込みがない。

 それをひっくるめて金がないという。


 そして、アルカナ王国は善政というわけではないが、少なくとも餓死者が出る恐れはない。

 軍隊も同様で、装備が良く、教育が良く、給料が良く、士気も高い。

 であれば、貧乏な国が起死回生の自棄な策として、満足な装備もなく練度の低い反乱軍を、そのまま前線に投入するだけなら、脅威とは言えないのかもしれない。


「確かに守城戦は、防衛側が有利だ。ましてや相手の補給が貧弱ならな。国境の守りの要である彼の要塞都市なら、武器も兵糧も大量にある。ほぼ負けは無いだろう」

「そうですね……」

「だが、敵は尋常の軍隊ではない」


 当然と言えば当然だが、アルカナ王国の王家もドミノ帝国が反乱軍によって壊滅するまでを、ただ座してみたわけではない。

 なぜ反乱軍が優勢なのか、諜報員を送り調べていた。


「貴女なら知っているはずだ、この世界には神の宝と呼ばれる人の姿を持つ道具の存在を」

「バトラブが得た神剣エッケザックス、ディスイヤが保有している災鎧パンドラ……」

「俗にいう八種神宝だ。もちろん実在し機能も知られている、決して伝説だけの物ではない」

「ええ、もちろん存じています」

「その内『四つ』を、敵の首魁は持っている。我が国の二つと、箱舟ノアと恵蔵ダヌアを除く、神の宝を半分もだ」


 もちろん、伝説の道具を四つも持っている個人がいるからといって、どうにもならないかといえばまた別だ。だが、その内の一つが非常に厄介と言えるのだ。


「実鏡ウンガイキョウ、知らぬわけはあるまい」

「……まさか、そんな道具をドミノが」

「そうだ、奴らはその力で旧政権を打倒したのだ」


 その名を聞いて、パレットは顔を悲し気にしていた。

 そう、その鏡の機能を知っているのならば、決して楽観はできないのだから。





「いやあ、すげえよなあ。新しい『陛下』が下さった武器はさ!」

「ああ、こんなすげえもんがあれば、戦争なんて楽勝さ!」


 隣の国へ攻め込み、土地を奪う。もちろん敵を皆殺しにするわけではないが、少なくとも進軍先の領地を奪い、食料を奪い、更に攻め込んで講和の際に更に財貨を得る。

 やっていることは強盗を通り越した行為だが、彼らにとっても死活問題なので、元反乱軍の士気は高い。

 帝国の軍隊を打ち破り、勝利という経験を得た彼らは、もちろん正規軍ではなかった。

 圧政によって抑圧されていた彼らは、指導者を得て立ち上がり、遂には政権を打倒した革命軍だ。

 悪く言えば、つい先日までクワをもって畑を耕していた男たちばかりであり、中には女性も混じっていた。

 当然、十分な訓練を積んでいるとは言い難い。行軍中にも無駄口が多く、加えて言えば歩き方もだらだらとしたものだった。

 どう見ても統制が不十分で、数に頼むとしてもそこまでの大軍には見えない。城攻めという難しい作戦を、成功させられるようには思えないだろう。

 だが、彼らの楽観を、しかし客観的に肯定するものがあった。武装である。

 一般的な民兵でしかないはずの彼らは、しかし全員が魔法の防具を身に纏っていた。持っている武器も、魔法の剣と魔法の槍。

 それだけではない。誰もがいくつもの巻物を持っており、それは敵に向かって広げるだけで魔法の効果を発揮するという、使い捨てながら高級な道具だった。

 治癒の法術のスクロールを大量に積んだ馬車も隊列を組んでおり、兵の練度を補って余りある編成だった。


「なにせ、この巻物を持っていれば俺達全員魔法使いだぜ?」

「この魔法の兜も盾も鎧も、俺達の国の国宝だってよ!」

「ああ、こんだけ国宝があれば、負けるわけがねえぜ!」


 攻城戦で使用される攻城兵器、それを代行できるほどの強大な魔法の込められた巻物。それを全員が持っている。

 これで負ける方がおかしい。相手が如何に法術使いをそろえているとしても、精々千人程度だろう。

 しかしこちらの兵士たちは、数万人全員が攻城級の大魔法使い。しかも尽きぬほどのスクロールによって、疲れることさえない。

 如何に堅牢な城塞であっても、風前の灯であった。


「新しい『陛下』万歳!」

「これで冬を越せるってもんだ!」



「実鏡ウンガイキョウ、その力は道具の複製だ。一年という時間の経過によって消えるものの、オリジナルにやや劣る程度の偽物を、際限なく生み出すことができる。一度採算性を度外視して試作品を製造すれば、それを大量に兵達に供給することができる」

「……それによって、彼らは政権の打倒を達成したのですね……」

「そうだ、そして量産するべき高級な魔法の道具を、すべての兵士たちが持っている。帝国が所持していた、国宝と呼ぶに値する魔法の巻物や装備を、兵士一人一人に配ってなお余りあるほどにそろえている」


 もちろん、食料の複製はできないとされている。仮にできるのであれば、隣の国に攻め込むわけがない。

 また、通貨の偽造も可能といえば可能だが、まさか国家規模でニセ金をばらまけるわけもない。

 加えて、建造資材なども、一年で消えるものを使用できるわけもなく……。

 つまり、消耗品である武器を大量に生み出すことこそ、その『ウンガイキョウ』の真価と言えよう。


「一夜と持たぬぞ、国境を守る要塞都市であっても!」


 パレットは、王女の言葉を受けて祈っていた。

 戦場で失われるであろう、多くの命に祈りをささげていた。

 会話の途中でありながら、余りにも哀しすぎる現実を前に、祈らずにいられなかった。


「……王女様」

「なんだ」

「貴女は、王立の学園で勉強をされたと聞いています」


 祈りを終えたパレットの話題は、いきなり世間話に代わっていた。

 しかし、冗談を言っているようにも見えない。ステンド王女は、いぶかし気に頷いていた。


「あの学園長先生は、今でも健在ですか?」

「ああ、相変わらずとぼけたところもあるが、王国に対する献身に疑いはない」


 学園長を務める彼女は、王国でも有数の魔法使いだった。

 高齢ゆえに一日無理をすると数日寝込むが、それでも尚最上級の魔法使いだった。


「あの方の授業はとても人気があると聞いています」

「そうだな、アレは面白可笑しく興味本位で見る者も多いが、そこは彼女の手腕だ。加えて、内容も極めて重要だと思っている」

「ええ、先人の成功だけではなく、失敗からも多くを学ばねばならない。それはとても素晴らしい事です」


 はあ~~


 ものすごく露骨に、パレットはため息をついていた。

 仮にも王女を前に、そんなことをすれば無礼千万である。

 というか、彼女らしからぬ行為であり、ステンドは怒るよりも困惑していた。


「すみません……とにかく、あの授業で良く教える事例として、上空からの土魔法による攻撃と言うものがありましたね」

「ああ、発想は面白かったが、企画倒れだったな。とはいえ、実戦でいきなり試したわけではなく、あくまでも安全を確保した上での実験だ。少なくとも私は、彼の試みを笑う気はない」


 風魔法によって上空へ行き、土魔法によって塊を作り出し、落下させて攻撃する。

 魔法そのものの威力だけではなく、自由落下の加速度を加え、更に上空にいることによって安全を確保する。

 少なくとも、そこまでおかしいことをしようとしたわけではない。


「しかしだ、一般的な魔法使いの有効射程は百メートルほどだ。それを越えると精度はなくなり威力も衰えていく。強力な魔法使いであればその倍はいくかもしれないが、二百メートル程度なら十分視認できるし、敵の反撃を受ければそれまでだ」

「ええ、その通りです。空を飛ぶことは難しいですし、上空で留まることは魔力を消費し続けることになりますからね。それをしながら攻撃するとなると、全く現実的ではない」

「……だからなんだ?」

「では、融合魔法に関しては?」


 例えば城を守る際の手段として、煮えた湯を鍋からぶちまけるという行為がある。

 もちろん落石などの方が簡単だが、落石と違って熱湯は盾でも鎧でも防げない。

 体がやけどを負えば、そのまま死ぬことも珍しくないのだ。


「熱湯を魔法で生み出そうという実験があったこともご存知ですか?」

「ああ、水の魔法使いと火の魔法使いに協力させて、熱湯を作り出して攻撃するという話だったな。だがそれも、二人の火の魔法使いに別々に攻撃させた方が効率がいいという結果になったのではないか?」

「ええ、火と土の魔法も同様でした、余りにも無駄が多すぎると。火と風も相性が良かったそうですが、やはり別々に攻撃させた方がよかったと聞いています」

「……だからなんだ」


 煮えた湯を作るなら、普通の水を火の魔法で暖めることが一番良いとされる。

 魔法には持続時間があるため、普通の水を魔法の水で代用すると、煮える前に消えてなくなってしまうからだ。それなら普通に水の魔法をぶちまけた方が、時間も手間も節約できるというものだ。


「融合魔法は、通常の魔法や雷などの高位魔法に比べて、特有の効果があることを認められましたが、しかし効率が悪いということで普及されることはありませんでした」

「……だからなんだ」

「これは最後になりますが……貴女は童顔の剣聖が、近衛兵と戦った時の事を覚えていますか?」


 その禁句を、パレットは恐れることなく言い切っていた。


「……もちろんだ、忘れたことなどない」

「一騎当千、万夫不当。それはある意味ではウソです。少なくとも、国家において精鋭中の精鋭である近衛兵達でも、精鋭部隊であるというだけで主力部隊ではなかった」

「ああ、そうだ……精鋭部隊には精鋭部隊にしかできないことはあるが、数の暴力の前には何の意味も持たない。あれを見るまでは、そう思っていたのだ……」


 ロイヤルガードとロイヤルソード。

 それは王家の威信を示すものであって、決して軽んじるものではない。

 仮に同数でぶつかり合えば、四大貴族の抱える精鋭といえども一方的に倒すことができる。

 少なくとも、国家において彼らに太刀打ちできる部隊はないと思われていたのだ。


「雷切……!」

「あれを見て、私は知ったのです。比較対象さえ存在しない、『数量』を圧倒する『個人』が存在するということを」

「そうだ、それは私もだ……」


 精鋭部隊といえども、数には勝てない。そんなことは誰でも知っていることだ。

 だが、白黒山水という男にそれは通じない。

 仮に一国家の君主であっても、彼が殺したいと思えば、傷一つ負うことなく一方的に殺すことができるのだ。


「私は、ソペードを恨んでいる……偽らざる想いだ」

「私は彼に理想を見ました。そして貴女もこう思ったはずです、彼の様な『最強』が欲しいと」

「ああ、そうだ……『最強の剣士』など馬鹿馬鹿しいと思っていたが、その体現者が現れるとは思っていなかった」


 剣聖の名に恥じぬ、野心も示威も存在しない人格者。

 主であるドゥーウェと比べて、ありえないほどの毒気の無さ。

 最強と呼ぶには、余りにも小さく見える童顔の剣聖。

 護衛としておくには、この上ない男である。


「そうだ、我が王家も彼のような男を求めた……今でもだ」

「……そろそろ本題に入りましょう」


 ソペードの切り札を見てほどなくして、カプトはある男を確保していた。

 山水と余りにも対照的ながら、しかし等しく絶対と呼ぶに値する男を、秘密裏に確保していたのである。


「仮に、一人前の魔法使い百人と、一人前の魔法使いの百倍の魔力を持つ魔法使いがいたとして、貴女ならどちらを雇いますか?」

「どちらかしか選べぬというのなら、一人前の魔法使い百人だろうな」

「ええ、私もそう思います。もちろん示威としては十分ですが、選ぶなら一人前の魔法使い百人でしょう」


 ここでいう魔法使いとは、一般的に魔法を使える者、という意味ではない。

 学園長のように、剣術などを用いない純粋な魔法の専門家である。


「二手に分かれることもできず、交代で休むこともできず、何よりも魔力が百倍というだけで一人の命でしかない魔法使い。一発の弓矢によって命を落としかねない、儚い命です」


 戦場に投入する以上、不意を突かれて死ぬことはよくある。

 マジャンの神降ろしならまだしも、どんな希少魔法の使い手でも、人間であることに変わりはないのだから、死ぬときはあっさりと死ぬのだ。


「百倍の魔力で魔法を唱えるとしても、百人の魔法使いなら対抗できるでしょう。確かに強いでしょうが、戦線に投入することは難しい。仮に、そんな魔法使いを投入することがあるとすれば、護衛を何人も付けることになる」

「……だからなんだ」

「ですが、サンスイ様が他の剣士を千人そろえても対抗できないように、百倍の魔力を持つ魔法使いにしかできないことがあります」


 ここで、話は何もかも立ち戻る。


「『射程距離』です。百倍の魔力を持つ者は、百倍相応の射程距離を持つでしょう」

「……まさか」

「一人前の魔法使いが百人そろっても、百倍の魔力を持つ者の有効射程距離に達することはない。単純に届かないのです」

「まて……」

「とはいえ、百倍の射程を持つと言っても、地続きの場所では背後から刺されることもありましょう。それこそ、上空にでもいない限り」


 企画倒れとなっていた、上空からの魔法攻撃。

 これを失敗させたのは、相手を一方的に攻撃したいが、その場合自分の攻撃も届かないという矛盾である。

 だがそれは、相手の百倍以上の射程距離を持つ魔法使いがいた場合、机上の空論から理想の攻撃方法として実現する。


「カプトにはいるのか? 百倍の魔力を持つ魔法使いが!」


 そんな人間が、いるわけがない。

 魔法を使うための『魔力』はこの世界に生きる人間の多くが持ち、分母が大きい分優秀な人間も見つけやすい。

 しかし、いくら何でも百倍もの魔力を持つ人間がいるわけもない。


「いいえ、いません」


 カプトの切り札、興部正蔵。二つ名は、傷だらけの愚者。或いは不毛の農夫。

 最強の魔力を持ち、あらゆる属性の魔法を操る、この世界最強の『魔法使い』である。



「要塞都市の守りとして配置している『キョウベ・ショウゾウ』の魔力は、『一万倍』を超えています」



 パレットは祈る。

 慎ましいながらも、平凡な幸せを守ろうとしていた、軍人ですらなかった一般の民兵。


 彼らに罪はない、わけではない。

 他国の富を奪う略奪者になった彼らは、剣を取った時点で罪深い。

 ああ、だが、そこまで悪いのだろうか。

 飢えた家族を救うために戦う彼らは、どんな殺され方をしても仕方がないのだろうか。


 大地ごと耕される彼らは、残骸すらも残るまい。

次回から新章『派手な馬鹿はそれでも最強です』編に移行します。

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