必然
「ディスイヤを襲ったのは竜の先兵、つまりは旧世界の敵か」
ディスイヤを襲った旧世界の怪物たち。
辛くも迎撃に成功し、パンドラとその完全適合者を守り切ることはできた。
しかし、その代償は決して安くなく、なによりも全く脅威は去っていない。
緊急で国王と四大貴族の当主たちが集まっていた。
その顔は、当然緊迫したものである。
「八種神宝を集めたが故、か? いずれにせよ迎え撃つほかない」
「当然だ」
国王の断言に、ソペードは力強く応じていた。
その眼には武門の名家としての矜持と覇気に満ちている。
「相手が人間だろうがそうでなかろうが、敵は殺すだけだ」
「違いない。我らの使命は国家の維持、それを脅かす相手には断固たる態度で臨まねばならない」
同じく武門の名家であるバトラブの当主も、一切ぶれを見せずに頷いていた。
「相手は確実に八種神宝を脅威としてとらえ、それへの対策として人間を引き込んでいる。一万年前と違って、八種神宝で押すことは難しい。切り札の使いどころ、配置も考えねば」
「そもそも、一万年前に神から助力を得ても、竜を相手にすれば最後には敗走を選ばねばならなかった。我らに八種神宝があるからと言って、確実に勝てるとは思わない方がいいでしょうな」
本来は穏健派に属するカプトも、しかし一切異議を唱えない。
相手の初動が、完全にこちらの戦力をそぎに来ている。
人間全体を滅ぼすかどうかはともかく、この国を滅ぼしに来ていることは確実だ。
そんな相手に示す慈悲は、流石のカプトも持ち合わせがない。
「とはいえ、竜の先兵も一応は生物。倒せないわけではない、ということでしたか」
「うむ、私服兵士がだいぶやられたが、それでも殺せないわけではない。ただ、相手の数次第ではこちらが尽きるのう」
今回直接対決したディスイヤの当主は、とても不機嫌そうに答えた。
切り札に匹敵する廟舞をぶつけてなお、数十体を相手に危うく殺されるところだった。
相手を人間より少し強い実力程度で考えれば、敗北は確定している。
もちろん、このままでは、という意味だが。
「ただ、パンドラが言うところによるとじゃが……竜以外はダヌアとウンガイキョウでどうにかなるらしい。もちろん、ある程度戦えるようになるぐらいらしいが」
竜と戦うために生み出された八種神宝。
その中でも道具の複製と食料の生産を機能としている、ウンガイキョウとダヌア。
鏡と蔵が直接戦うわけがないのだから、それこそ人間そのものを強化するのだろう。
おそらく竜の陣営にとって一番頭が痛いことは、その二つともがエリクサーの所有者によって確保されていることだろう。
パンドラよりもそちらを奪われれば、よりアルカナの状況は悪かっただろう。
「しかし、竜を倒せるのはパンドラとダインスレイフ、エッケザックスの所有者。あとはショウゾウとスイボクと、もう死んでおるフウケイぐらいだそうな」
気が重くなる情報だった。
相手が何百いるのか何千いるのかわからないが、こちらで対抗できるのが四人だけである。
それで前向きになるのは、それこそ楽観どころか現実を見ていないだろう。
神も気が利かない。八種どころか、百種ぐらい作ってよこしてくれればよかったのだ。
主な敵が竜で、竜を倒せるのが三人だけとか、旧世界で人類が滅びるのは必然だったのだろう。
「とはいえ、だ。相手はパンドラを真っ先に排除しようとした。相手が八種神宝を恐れていることは確実だ」
ほぼ確実に成功する、一万年ぶりの奇襲。
それをあえてパンドラの確保で使ったのだ、相手は確実に脅威と受け止めている。
「敵は、竜は、八種神宝を恐れている。その恐怖を信じて、全力を賭するほかあるまい」
※
「あっがいたんでぇええええええええ!」
ドミノ共和国首都にて、恵倉ダヌアが絶叫していた。
彼女は直観的に悟っていたのだ、今再びこの世界で人類と竜の戦争が始まったのだと。
「リミッターが外れたべさああああ! どぎゃんすっかああああ!」
とてもわかりやすく取り乱し、右へ左へ大騒ぎである。
普段からやかましい彼女だが、今の騒ぎかたは尋常ではなかった。
「なあダインスレイフ、よくわからんがダヌアのリミッターが外れるとどうなるんだ?」
「なぜ我に聞く、後で本人に聞けばいいだろう」
「黙るまで待つのも面倒だろ」
竜が現われたときいても、右京の反応は薄かった。
ディスイヤが襲撃されたという報告を受けていない今、この星のどこに現れたともしれない相手に対して危機感が湧かないのだろう。
「……上限はあるが、食べた人間を強化する食事を作れるようになる。それから、作った料理が一日で消えるという制限もとける」
「なるほど、確かにリミッターが外れたな」
「あら、ダヌアだけじゃないわよ」
そう言って、自らもリミッターが外れているウンガイキョウは優雅に、しかし気力をみなぎらせて笑っていた。
「我のリミッターも外れたわ。これで劣化品の生産ではなく、現品よりも大幅に強化された武器が生産できるようになる。それから、現時点で既に生産されている武器も強化されるわよ」
「それは頼もしいな。それで、他の連中のリミッターはどうなってる」
五つの神宝の主は、その場に並んでいる他の宝にも確認する。
中でも気になるのは、浮かない顔をしているダインスレイフに対してだった。
「エリクサーとヴァジュラ、そして我はまだ解けていない。まだ直接対峙していないからな。旧世界の敵と対峙すれば、我らも真の力を開放できる」
「その割には浮かない顔だな、ダインスレイフ。なにがそんなに嫌なんだ?」
「……竜との戦いは、いい思い出が無い。他の連中はそうでもないかもしれないが、私はこの日が来てほしくないと思っていたよ」
「そうだったな、ダインスレイフ! それなら、今度はそうならないように頑張ろう!」
力強く、エリクサーがダインスレイフを励ましていた。
「お前は復讐心に応じて強くなる、だからこそ最初の所有者は戦局がひどくなるたびに強くなっていった。克己心を糧とするエッケザックスや破滅願望を糧とするパンドラと違って、それはもう酷かったな。うむ、覚えている」
「エリクサー……」
「お前は、ことさらに使用者への情愛が深い神宝だ。アレはつらかっただろう」
「そう言ってくれるのは、お前だけだよ。お前は昔から同胞意識が強いからな」
「そう言ってやるな! 我らは互いのことよりも、主への献身こそが大事なのだ! 今回も、いいや今回だからこそ、前回のようなことにならぬように尽くそうではないか!」
一万年ぶりに、戦いが起きる。
人間同士の戦いではなく、強大な生物である竜との戦いが起きる。
神が人間の為に生み出した道具たちは、今度こそ勝利を願っていた。
「その、通りだとも!」
反骨の天槍ヴァジュラが、誰よりも意気を高めていた。
周囲に紫電を走らせて、こぶしを握り、たぎっていた。
「一万年前味わった、我が主の屈辱! 今こそ晴らしてくれようぞ!」
ノアに乗り込んで、旧世界から逃げ出さなければならなかった、反骨心に満ち溢れた己の主。
人類を導く使命を帯びていたがゆえに、旧世界へ残ることができなかった無念。
それを最後まで、最期まで悔やんでいた主の涙が焼き付いている。
ヴァジュラもまた、最初の使い手を忘れていない。
「ヴァジュラはいつも通りだな、安心した」
「待て!? 待て、我が主! いつもよりよほど気合いが入っているのだぞ?!」
「いや、そんなことないぞ。いつも通り空回りしてるぞ」
「違う! 断じて違う! 他の宝とは比べ物ならないほど、大き見えるであろう?!」
「むしろ小さく見える」
「そんなはずは……」
『ダヌア~~~~!』
城の外から、とんでもなく大きな声が聞こえてきた。
それこそ城全体が揺さぶられるほどである。
そこには、普段よりもさらに巨大な船となっている最大の神宝が出現していた。
「な、ここはドミノ?! 私たちはさっきまでカプトにいたはずなのに!」
「すげ~~ワープしたのか……」
その甲板には、しがみつくようにパレットと正蔵が乗り込んでいる。
おそらくノアも、リミッターが外れたことでダヌア同様にパニックを起こし、そのままの勢いで制限されていた機能を使って瞬間的に移動していたのだろう。
『たたた、大変だよ~~! 早くエリクサーと一緒に逃げないと~~!』
本人が既に逃げ腰であるという点を除けば、なんとも勇壮な姿だった。
その巨大な姿を見て、未だにリミッターが外れていないヴァジュラは嫉妬を隠せない。
「の、ノア! お前が近くにいると、我が小さく見えるだろうが! ず、狡いぞ!」
「お前のそういうところが小さいっていうんだ」
目の前に現れた、人類の希望をつなぐ舟。
旧世界で敗れた人類を、この新世界へ至らせた巨大な箱舟。
それを前にして、五つの宝を持つ男は目の前の戦いの苛烈さを予感した。
「……これは、気合いを入れないとな」
この船に乗せきれるほどに減った、旧世界の人類。
今回は、そうならないように己が戦うのだ。
※
「エッケザックス、聞いた通りだ」
『ああ』
祭我とエッケザックスは王都にいたため、既にディスイヤが襲われたことを知っている。
竜を殺せる四人のうち一人として、誰よりも最前線に立たねばならない。
貴族の次期当主としてよりも、一人の戦士として戦う。
それに高揚している自分に呆れながら、剣になっている彼女を強く握っていた。
「……スイボクさんがいたら、一人でどうにかできる。そう言ってたよな」
『今のアレは、きっと数頭斬ったら飽きて帰るだろう。それどころか、一匹も斬らんかもしれん』
「そうだな……」
昔はともかく、今のスイボクはまともな仙人である。
相手が竜だとしても、戦う理由が無ければ自分から戦うことはないだろう。
なによりも、スイボクはこの国に所属していない。
人類全体の危機かどうかはともかく、この国を守るのはこの国に所属するものであるべきだ。
「エッケザックス、俺は、俺が、頑張って戦うよ。相手が竜でも、なんであっても」
『その意気だ』
「それで、一応聞くけども……」
『聞くな』
「……わかった」
自分で不足はないか、そう聞くことはなかった。
肝心な時にいない己の師を微妙に呪いつつ、しかしそれを嬉しく思いながら。
祭我は、剣を強く握っていた。
次回から『神々の領域』です。




