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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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実績

 改めて、四人は服を強制的に着替えさせられた。

 皇帝と直接言葉を交わすのだから、当然の配慮と言えるだろう。

 天狗の服はまだしも、仙人の格好は完全に浮浪者なので必要な処置だった。

 その点でも山水は感動しているのだが、フサビスは自分が女官というかもうちょっと色気のある格好になっていることに不満があった。


「フサビス様、まるでお姫様みたいです」

「私は庶民なのだけど……」


 改めて、皇帝と会うことになる。

 もうすでにお腹いっぱいなのだが、まだ何も解決していないので仕方がない。

 とはいえ、既に願いがかなわないことは話が行っているはずだ。

 それを信じてくれるのなら、もめることなく話が終わるのだろう。


 ともあれ、一行はそろって謁見の間へ案内された。

 そこにはやはり皇帝と妃が玉座に座っており、その脇を重臣らしき人物たちや兵士も並んでいる。

 伝説の仙人や天狗の現物を前に、誰もが感嘆の表情をしていた。


「朕が、大ヤモンド皇帝。永世である」


 威厳のある声だった。

 少なくとも山水は、目の前の相手が血を継いでいるだけの男だとは思わなかった。

 兵長の言葉が偽りないものである、ということは認識できる。


「……この度、お前たちを見つけるためにずいぶんと苦労させられた。ずいぶんな詐欺師にも出会い、カネや命惜しさに朕をだまそうという輩にも出会った」


 その声を聞いているだけで、薬屋の嫁は震え上がる。

 声そのものに威厳が宿り、それゆえに強く心へ伝わってくる。

 先ほどまでは后に圧されていたが、それは既にどこかへ消えていた。


「感心だな、自ら我がひざ元へ参るとは。天狗と仙人よ、名乗れ」


「カチョウの弟子、仙人スイボクと申します。花札にて千年の修業を積み、千五百年俗世を彷徨い、その末に千五百年森にこもり行を積みました」


 そこそこに暗算が出来れば、目の前のスイボクが四千年前から生きているという自己申告にめまいを起こすだろう。

 少なくとも、薬屋の嫁はまさにめまいをしていた。

 四千年、という年月は凡俗には長すぎる。


「スイボクの弟子、白黒山水と申します。師の元で五百年、修業を積ませていただきました」

「……フカバーの弟子、天狗のフサビスと申します。秘境セルにて、およそ四百五十年ほど修業を積みました」


 話の流れからして、年齢を申告しなければならなかったフサビスが、忌々しく思いながらも名乗った。

 今彼女が着ている華やかな服も合って、なんとも言えない神秘性をもった説得力がある。


「……その言葉を疑うことはない。少なくともフサビスよ、お前は己の不死を示したのだからな」


 皇帝はとりあえず信じていた。

 少なからず、天狗の不死性を己で見て驚嘆していたのだろう。


「さて、天狗と仙人よ。お前たちは朕の都をどう思う?」

「陛下を敬い、法に従う民ばかりでございました」

「精強なる兵士が務める、難攻不落の城郭かと存じます」


 スイボクと山水は、各々の率直な感想を述べた。

 しかし、フサビスは己の意見を前に出す。

 元々自分の我儘で、この国に深く立ち入ったのだから。


「多くの民が安寧の中で過ごす、素晴らしい都と存じます。ですが、皇帝陛下。何故己の臣民を、無辜の医師や薬師を民から奪うのですか」


 その言葉に、重臣たちがざわつく。如何に天狗であっても、皇帝に直言する自由などあるわけもない。

 同時に兵士たちは緊張する。場合によっては、自分たちが天狗を殺すことになるからだ。


「この都の民は、長く続いた戦乱を治めた陛下をたたえております。乱世を治めた偉大なる陛下が、何故自らの治世をみだすのですか。どうかお心を鎮め、医師や薬師を家族や患者の元へお返しください」


 誰もが思っていたことを、直球で伝える。

 叡智と仁愛で平原を統一した皇帝が、子供でも分かることを実行した。

 しかし、それを誰がとがめられるだろうか。

 少なくとも重臣たちは、不敬に対して激憤さえ感じていた。


 しかし、皇帝は寛大にもそれを受け止めて黙っていた。

 目の前のフサビスの、その言葉を反芻していたのかもしれない。

 あるいは、ただ呆れているのだろうか。


「天狗、フサビス。貴様は秘境セルで修業を積んだといったな」

「はい」

「秘境セル、とはどのような由来だ?」

「悠久の時を生きる大天狗の名前でございます。錬銀炉にも、その名が刻まれていると存じますが」


 ざわり、と周囲が緊張する。

 永遠の命の断片であるそれに対して、重臣たちもおこぼれを欲していたのだから仕方がないのだが。


「……その通り、錬銀炉には古い字でセルが作ったと刻まれている。それを知るものは極めて少ない、なるほど本物のようだな」


 フサビスが天狗であること、錬銀炉の製造者の知り合いであることを確認していた。

 その上で、彼女の言葉をことごとく無視していた。


「直々に命じる。朕の配下を引き連れ、その秘境へ案内せよ」

「……何故ですか」

「決まっている、その地も朕の領土とするためだ」


 威圧してくる皇帝は、自分の命令を絶対的なものとしていた。

 それこそ、それに反する言葉を許さぬ迫力があった。


「そんな?!」

「錬銀炉を大天狗が作ったというのなら、もう一度作らせる。できぬとは言わせんぞ」

「陛下は既に所有なさっていると伺っております、であれば……」

「愚問だな、天狗よ。アレでは足りん、そもそも正しい使い方を失伝している」


 そう言って、皇帝は冕冠の角度を変えて、己の顔を見やすくする。

 眼力こそすさまじいが、その一方で肌には深くしわが刻まれている。

 なるほど、既に体の衰えを強く感じている年齢のようだ。


「錬銀炉一つでは、十年で一年分程度しか賢人の水銀を生まない。それで何になる?」


 なるほど、正論である。

 実際に効果があると、この皇帝は知っているのだろう。

 だからこそ、それが盗まれたことは心底恐ろしいに違いない。


「この歳になって、強く思う。若さとは力であり、強さだ。それは貴様らこそがよく知っているのでは?」


 否定したいが、三人は否定しない。

 何百年も、何千年も、そしてこれからも永遠に生きることができる。

 そして、老いとはほぼ無縁。そんな自分たちが何を言っても、それこそ誰も信じることはないだろう。


「朕は、生きねばならん。朕が生きていることこそが、この国にとって最大の利益である」


 そして、皇帝は自分の言葉を、突然翻した。


「いいや」


 もっと、更に、それこそ皇帝以外に許されない言葉を口にする。


「朕こそが、国家なのだ」


 山水は右京を思い出す。

 彼は本気で、自分がいなければ国家が崩壊すると信じている。

 あるいは、ただの事実なのかもしれない。

 右京が死ねばドミノが崩壊するように、ヤモンドもまた皇帝の死が国家の死を意味するのかもしれない。


「大言であると嘲るか?」


 自分でもその『言葉』の価値をよく理解している彼は、言葉そのものに呆れることを許していた。

 逆に言えば、自分にだけはその権利があると信じていた。


「確かに、朕もこの言葉には聞き飽きている。中原の制覇など夢のまた夢、統一国家など成立できるわけがない、などと誰もが口にした。その上で、自分がいなければ己の国は亡ぶといっておった」


 武力で乱世を治めた皇帝である、彼は自らの手で多くの王を倒してきたのだろう。

 なるほど、自分をあざける声には慣れているのだ。それを、行動で解決してきた、行動で証明してきたのだ。

 当然、凡俗ではない。同じ言葉でも、重みが違う。彼は自分の言葉を疑わない。


「実際、世の多くの者が朕と同じことを口にした。乱世を治め、中原を制覇する。その言葉を実現できたのは、即ち朕だけである」


 朕こそが国家である、という資格が自分にだけはある。

 彼はそう語っていた。


「如何なる絵空事も、口にすることはできる。朕も若いころは、少なからずその不安を抱えていたこともあった」


 自分の掲げる目標は、誰もが掲げる理想である。

 であれば、自分は特別な存在ではなく、歴史に埋もれるあまたの王と同様の存在なのではないか。

 そうした懸念が、無かったわけではないだろう。

 しかし、それを前向きに活かしていた。

 そうなってたまるかと、彼は気骨の限り戦い抜いたのだ。

 そうでなければ、数多の国を滅ぼし平定することなどできまい。


「しかし、結果は明らかだ。すべての国は滅び、世は天下の全てを治めた」


 彼は自分が特別であることを、世界と歴史と民衆に示した。

 理想や言動ではなく、行動の結果で示したのだ。

 だからこそ、誰もが彼を支持しているのだろう。

 偉大な皇帝だと喧伝しているのではない、事実偉大だからこそ誰もがあがめているのだ。


「朕こそ、国家であり世界なのだ。朕こそあらゆる人民を統べる、偉大なる皇帝である」


 力強い言葉だった。

 そして、重臣たちも兵士たちも、その言葉にうっとりとしている。

 この皇帝に、一切の間違いがあるはずもないと思っている。

 少なくとも、今まではそうだったのだ。如何なる強敵も困難も打破し、現在に至っているのだ。


「その朕に、手が届かぬところなどあってはならん。その朕が、寿命に縛られて眠るなどあってはならん」


 そう言って、椅子から立ちあがる。

 手を伸ばして、握りしめる。


「不敬にも朕を見下ろす天界、朕の目を欺く秘境。その二つが隠す、永遠の命を得る秘宝。それを真に得るに足るのは、朕をおいて他にない」


 大きな台座の上にある玉座、その上から三人を見下ろす。

 この国の建国以前から生きている、ただ生きてきただけの長命者を。

 偉大なる皇帝でさえいまだに掌中にない、永遠の命を既に手に入れている蛮人。

 決して、このままに甘んじることなどできない。


「朕はあらゆる民を永遠に導く天命を得た、天下の全てを掌中に治める皇帝!」


 自分こそが、自分だけが、唯一にして絶対の君主。

 そうでなければ、再び天下は千々に乱れる。

 そんなことを、認められるわけがない。

 自分を信じて戦った将兵、自分に忠義を尽くす重臣、そして民衆。

 彼らの為にも、永遠の命が絶対に必要なのだ。


「朕の言葉は絶対である、今までがそうであったように、これからもそうなり続ける。なぜならば……」


 あるいは、エリクサーの使い手に選ばれるかもしれない。

 そんな強すぎる意志を彼は放っていた。


「朕は、己の言葉を実現するために、如何なる手段をも惜しまないからだ」


 フサビスは、彼を認めていた。認めざるを得なかった。

 彼にはそれを言う権利があり、ある意味では義務がある。

 それを把握したうえで、彼女は返答した。



「天命を信じるのなら、天寿を受け入れるべきでは?」



 ものすごく、素で答えていた。

 というよりも、一種呆れていたのかもしれない。

 あまりにも、度を超えて前向き過ぎたのだ。

 人間と尺度が違う天狗だからかもしれないが、彼女からすれば彼の言葉は誇大が過ぎる。


「……なんだと」

「陛下が偉大なる皇帝であることはよくわかりました。ですが、貴方も人間なのです。であれば、己の命運を受け入れるべきです」

「朕に、永遠の命を諦めよと?」

「そう言っています。貴方は確かに広大な国土を治める皇帝なのでしょう、ですがそれだけです。我らは天狗であり仙人、俗世へ積極的にかかわることは禁じられています。その程度は各々が判断するところですが、少なくとも一国の君主に長寿の法を授けることなど許されません」


 授ける、という言葉に誰もが反感を感じていた。

 実際そうであっても、不適当な表現はある。


「一国の、君主だと? 中原を制覇した朕を、一国の君主だと?」

「事実でしょう、貴方が想っている以上に、天下は広いのです。貴方が治めている国など、この地全体から見ればそう広いものではありません。少なくとも、我が師の時代には更に広大な版図を誇った大帝国があったそうです。貴方の偉業をすべて否定するわけではありませんが、貴方は全ての人民を治める天命など受けていません」


 山水は思った。

 フサビスはもしかして、バカなのではないのだろうかと。

 真実だとしても、言ってはいけないことなど山ほどあるのに。


「八種神宝の一つも所有していないのに、神に選ばれたとは妄言もいいところです! 貴方は己の力で目標を達成し続けてきた、それを誇りに思うべきであって神や天の名など出す必要はありません! 貴方は人の王であり皇帝、それになんの不満があるのですか! 神の意志などというあやふやなものではなく、確かにここにいる人民が貴方をたたえているのですから、その彼らに対して誠意を尽くすべきなのでしょう!」


 というか、一番怒っていたのは彼女なのだろう。

 たとえ自分に劣る医者だとしても、効果が曖昧な薬しか調合できない薬師だとしても。

 人を救うことに従事している人間を、あろうことか政府の人間が弾圧した。

 それが絶対に許せず、だからこそ声を荒げているのだ。


「貴方が真に偉大な皇帝なら、自分が死んだあとのことも考えるはずです! 貴方が死んだら終わる国だというのなら、それは貴方が後進を育成する能力が無いということ!」

「朕に能力がないだと?!」

「貴方の配下も、戦乱の中で倒れていき、あるいは平穏な世になったとしても多くの臣民が命を終えたはず。その彼らが倒れた後に貴方を支えたのは、配下の後進たちだったはず! であれば、貴方もそうするべきです! それが人間というものです!」


 天狗でも、仙人でも、後進を育て使命を託していく。

 それはスイボクでさえ同じこと。

 フサビスは、目の前の皇帝へ思い上がりを指摘していた。


「この、不敬者が……!」


 その時の皇帝は、まさに怒髪天を突くものだった。

 たとえ事実だとしても、認められないことはある。



「朕に向かって、下衆(・・)と同じように老いて死ぬことを受け入れろというのか!」



 そして、言葉として正しくとも、言うと不快になることはある。



「薬屋の嫁よ、これは処置無しだ」



 この世界で一番強いと、ほかならぬ神に選ばれた男が穏当に済ませることをあきらめていた。

 世界最強の剣士にして仙人、スイボク。

 彼もまた大ヤモンド帝国皇帝永世同様に、口にしたことは絶対に妥協しなかった男である。



「この都は、海に捨てる」

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