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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
294/497

主旨

地味な剣聖はそれでも最強です

第一巻、発売中です。

コミカライズ版もどうぞ。

 無許可で医療行為をした、それを皇帝がとがめている。

 それに対して、三人は全面的に非を認めていた。

 薬屋の嫁にしてみればとんでもない話だが、むしろ三人の方が『違法』行為だという認識がある。

 特に山水にしてみれば、いくら効果があるとしても仙術で医療行為をすることを看過するのは、国家としてアウトだと思っている。

 日本でこれをやったら普通に捕まるので、この国でもそうなのだろうと考えていた。

 皇帝がしでかしたことが合法であるとしても問題だとは思うが、自分たちの行動が違法でしかも問題があるとは思っている。

 というか、半分ぐらい捕まるのが目的だったので、渡りに船と言えるだろう。

 もちろん、最悪の場合逃げ出せる(あるいは滅亡させる)だけの自信があるからできる判断ではあったのだが。


 そして、フサビスにとっては常識で、山水やスイボクは察していたことなのだが。

 どうにもこの国には『魔法』が存在しないらしい。

 希少魔法だとか無属性魔法だとか、厳密には魔法ではないものも、この地域にはないらしい。

 全くないわけではないのかもしれないが、少なくとも国家が管理している状況ではないようだ。

 マジャンとかが近くにあるのに、大丈夫なのだろうかとは思わないではない。


「皇帝陛下の御前である! 平伏せよ!」


 城へ連行された四人は、直で皇帝の前に案内された。

 とはいっても謁見の間ではなく、どちらかというと処刑場に近い印象だった。

 石畳でも木の床でもなく、平らに整地されているだけの地面に四人は座らされ、その正面には建物がある。

 貴人は建物の二階から見下ろす形になっており、この上なく露骨に格差を見せていた。

 平伏せよと言ったのも、当然皇帝本人ではない。

 皇帝自身は妃とともに椅子に座り、冕冠(べんかん)をかぶって顔を見せにくくしている。


(スゴイ、感動的なほど普通の対応だ!)


 山水は平伏しているので周囲の状況を視覚的に把握できないのだが、だからこそとんでもなく感動していた。

 こう、得体のしれない自称外国の医者、に対して真っ当な対応である。

 ゲームのような、直で一国の王に話しかけられる状況とは違い、直接声をかけられることもない。

 立場の違いが前面にでていて、儀礼的でありまともだった。

 ある意味では、皇帝に観られている立場、というだけでも異常事態なのかもしれない。

 少なくとも、薬屋の嫁は今にも心臓が止まりそうである。


「薬屋を占領し、許しなく怪しげな術で庶民を惑わせた。陛下のおひざ元で、その罪はとても重い! 通常なら極刑である!」


 上意を伝えている御仁もたいそうな役職についている人なのだろう。

 それを思うと、確かに異常事態である。


「しかし連行した兵長が言うところには、貴様らは天狗と仙人だという。それが真実ならば、刑を軽くする余地はある」


 重ね重ね、普通の対応である。

 確かに自称天狗や自称仙人など、疑うのは当然だ。

 そんなことは、むしろ三人の方が分かっている。


「面をあげよ! これより貴様らが伝説の天狗や仙人なのか確かめる!」


 三人は顔をあげた。なお、薬屋の嫁は下げたままである。

 そして、改めて周囲を見る。そこにはどう考えても穏やかではない物がそろっていた。

 人間が入れそうな大鍋や、なにやら物騒な薬品が入っていそうな大甕(おおがめ)、大量の薪と松明、鉄の棒。

 武装した兵士たちも控えており、なんとも万全な状況である。

 皇帝を欺いていたとはっきりした場合、それこそそのまま殺されそうである。

 拷問と試験を兼ねている、ということだろう。


(ファンタジーというか、タイムスリップした気分だ……いや、五百年生きている俺が想うことじゃないけども)


 とはいえ、三人は落ち着いていた。

 なにせいきなり槍で刺されて、人参果の効果で蘇らないから偽物、という判断ではないらしい。

 その判定法だと、三人ともお陀仏である。

 しかし、並べられているものは、正しく仙人を見分けられるものだった。


(ぎょう)をつんだ仙人や天狗は、如何なる熱にも汗一つかかないという! そこの女、寸鉄を帯びていないことを示したうえで、そこの大鍋に入れ! 煮立たせてもらうぞ!」

「え」


 しかし、裸になるとなると、フサビスは難色を示した。

 なにせ彼女は女性である。年齢的にはともかく、それなりに羞恥心はある。

 とはいえ、命じられたからには仕方がないと判断し、とりあえずまず立ち上がった。


 そして、フサビス以外の全員が、空気の変化を感じ取った。

 皇帝が彼女の姿に見惚れ、妃が彼女の美しさに嫉妬した。

 いや、憎悪と言ってよかったのかもしれない。

 その場の兵士たちが、立ち上がったフサビスの美しさに見惚れていたのだから。


 だからこそ、妃は侍女を呼び小さな声で命じた。

 その侍女が更に役人へ伝言する。

 それを聞いて、やや残念そうな顔をしつつも、役人は新しい指示を出した。


「ごほん、変更だ! 大甕の中身を顔に浴びよ!」


 明らかに、露骨に、危険な薬品を取り扱っております、という服を着ている屈強な男が二人現れた。

 彼らは大甕を持ち上げて、そのままフサビスにぶちまけていた。

 それによって、周囲に刺激臭が漂う。

 水と見間違う無色のそれは、土に落ちると何やら煙を上げ始めた。


「……これは、酸?」


 というか、彼女が着ている修験者の服が焦げながら溶けている。

 それはある意味では、とても凄惨な光景のはずなのだが……。


(都合よく服だけ溶ける液体をぶっかけられたみたいだ……)


 山水がそう思うほどに、なぜか笑いが漏れる光景だった。

 なにせ、酸で天狗は傷つかない。強力な酸を浴びれば人体は著しい傷を負うこともあるのだが、彼女の場合は服だけが都合よく溶けている。

 崩れかけた服を着ている、美しい女性。それが今の彼女だった。

 それをみて、皇帝が指示を出す。


「ごほん! 酸でただれていないのかを確認する! 立て!」


 明らかに別の目的が発生しつつあるが、彼女は赤面しつつも立った。

 するとだんだん服が崩れていき、彼女の素肌があらわになっていく。

 酸でただれるどころか、彼女の肌には傷一つない。とても潤いがある、美しい肌だった。


 それを見て、妃は更に腹を立てた。

 侍女に多少大きい声で命じる。

 そしてまた伝言が行われる。


「うむ、では次だ! 焼けた鉄棒を押し当てよ!」

「また私?!」

「黙れ! 陛下の御前であるぞ!」


 何やら、雲行きがおかしくなってきた。

 なんでこんなことになってきたのか、フサビスにはまるで分らない。

 彼女以外は、大体把握している。

 そして、山水とスイボク以外は、微妙に期待していた。


「さあ、やれ!」


 命令されるままに、明らかに耐火耐熱服を着ている兵士が、そのまま彼女へ赤くなっている鉄の棒を押し当てていく。

 なぜか素肌が露出している部分ではなく、彼女のぼろぼろになった服に充てていた。

 刺激臭がさらに強まるが、彼女の服が更に崩れていく。



「おおおお」


 最終的に、彼女は浴場にいるような格好になっていた。

 しかし、それでも彼女は美しく、酸でも鉄でも一切損なわれていない。


「その女を煮えた油にぶち込みなさい!」

「私だけ?!」


 ついに大声で命じる妃、そしてついに文句を叫ぶフサビス。

 確かに彼女は修業を積んだ天狗である、煮えた油にぶち込まれてもまるで問題はない。

 しかし、こうも露骨に攻撃されては、いい気分になどなれない。


(煮えたぎる油に入れられた場合、揚げるというのか煮えるというのか……)


 山水はどうでもいいことを考えていた。

 実際、どうでもいいことである。

 もうなんか、全員目的が変わってきた。

 これは極めて一方的な、女の戦いである。

 いろんな意味で、戦いになっていないが。


「ああ……なぜこんなに油の無駄を」


 大鍋の中で沸騰している油の中に、フサビスは全裸になりながら入った。

 それを見て兵士たちはもじもじとしているが、なにせ顔しか見えていないのでそこまでである。


「……あの、これ、何時まで浸かっていれば」


 仮に、フサビスが油ではなくお湯に入っているとしても、ぼこぼと沸騰している現状では熱で崩れるだろう。

 しかし彼女は天狗なので、まるで応えていない。

 羞恥で赤くなっていた顔も、高温の油の中では逆に平常になっていた。

 そんな彼女を見て薬屋の嫁は、改めて彼女が人間ではないのだと感動を覚えている。


「……その女を! 油に沈めなさい!」

「なぜ?!」


 妃の絶叫に、兵士たちは大慌てで応じる。

 台などを持ってきて、彼女の頭を槍の石突で押し込み始めた。


「な、な、な?!」


 最初は抵抗していた彼女だが、逆らうだけ無駄だと判断して体勢をかえ、そのまま油の中に頭を突っ込んだ。

 煮えたぎる油のなかで潜水している、という状態である。

 もう何が何だかわからない。

 特に、そんな彼女を押し込めている兵士たちが、熱中症で倒れそうである。


「……どうですか?!」

「妃様、その……まだ生きています」

「本当に入っているのですか!」


 殺意を隠そうとしない彼女は、更に怒鳴りつける。

 皇帝もそろそろ止めたいのだが、なんか今止めたら夫婦関係にひびが入りそうなので、なかなか止められない。


「もっと薪をくべなさい! 火を大きくするのです!」

「も、申し訳ございません、薪が尽きました!」

「城中の薪をもってこさせなさい!」


 こうして、フサビスが潜水している大鍋へ、それはもう大量の薪がぶち込まれていくことになった。

 水にも油にも沸点があるし、そもそも薪の燃焼温度以上に油が過熱されることはないので、労力と資源の無駄でしかない。

 彼女はちゃんとした天狗なので、仮に溶けた鉛のなかに放り込まれても問題ないし、溶岩の中でも平然としていられる。

 よって、当に無駄なのだが……。


(聞こえるか、フサビスよ……儂は山彦の術でお前に語り掛けておる)

(はっ、スイボク様?!)

(未熟者め)


 その一方で、スイボクはフサビスへ未熟であると告げていた。


(お主がきちんと気を練れておれば、服が溶けることなどない。まったく、未熟者め)

(申し訳ありません……それで、その、私はいつまでこうしていれば?)

(油がそのうち蒸発して尽きるであろう。これも修業と思って、のんびりと待て。いっそ瞑想して集気の修業をすればどうだ)

(そうですね! 修業すればいいですね!)


 なんだかんだ言ってフサビスも天狗なので、時間のかかる修業には慣れっこである。

 それがいいことなのかどうかはおいておいて、彼女は集気法の修業を始めることにした。

 瞑想を何十年も続ける修業もあるので、それこそ妃が寿命で死ぬまで続けても問題ない。


「……そのなんだ、そろそろ止めよ」

「なぜですか、陛下! あの女の裸が、そんなにみたいのですか!」

「いや、そうではなく……あの女は、本物の天狗であろう?」

「いいえ、そんなはずがありません! あんな男をたぶらかすための体をした天狗などいるわけがありません!」


 いよいよ、皇帝と妃が言い争っている。

 なるほど、美しさは罪なのかもしれない。

 

(シェット姉さんを思い出すなあ……)

(儂も修業するか)

(私はいったいどうすれば?!)


 少なくとも薬屋の娘は、大量の火にあてられて今にも気絶しそうだった。


 こうして、天狗の揚げ物が始まった。

 もうこの際槍で突き殺せと命じるべきなのだろう。伝説にもある通り、そうすれば普通に死ぬ。

 しかし、意地になった妃は日が沈むまで火を絶やさせなかった。

 果たしてこれになんの意味があったのかわからないが、ついに油が鍋から尽きる。

 そうなると、鍋の底で焼かれている状態になるわけだが、それでも当然フサビスは平然としていた。


 流石天狗、修業の成果はばっちりである。


「……もうよかろう」

「はっ! もう火を止めよ!」


 その指示を待っていました、という兵士たちが疲れきった顔で夕焼けの明かりが残る城の中で、片づけをはじめた。彼らこそが最大の被害者であろう。

 そして、まるで手品のように無傷のフサビスが鍋から出てくる。もちろん、冗長すぎて誰も歓声をあげなかったが。


「どうであったか、煮える油の中での瞑想は」

「妃からの敵意と殺意を感じました。否定と羨望、自己嫌悪と自己肯定も」

「集気せずとも気付け、バカめ。天狗としての修業は、俗世のことを忘れるということではないのだぞ」


 フサビスも若いころは、己を美しくするために修験道を修めていた。だからこそ、今こうして美しいわけである。

 それを経たうえで医師としての使命感に目覚めたわけであるが、かつての自分が『女性から羨望を集めたい』という動機で『女性から嫉妬される肉体』に至ったことを忘れていた。

 そのため、なぜ自分だけが試されているのか、途中まで本気でわかっていなかった。

 まさに天然というほかないだろう。


「ごほん、お前たちが天狗であり仙人であるということはわかった! これより、皇帝陛下が直接の謁見をお許しになる! 服を着替えて参るがよい!」


 山水とスイボクはなにもしていないしされていないのだが、また繰り返すのも嫌な様だった。

 実際、全員が嫌だった。

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