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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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法律

 一晩明けて、ディスイヤの特区。

 そこには瓦礫の山と、黒焦げになった死体が散乱していた。

 なるほど、まさに戦争の後である。

 これを見れば、ディスイヤの特区に攻め込もうという馬鹿は当分現れないだろう。

 少なくとも安全な場所にいた上客たちは、運び出されている異世界の怪物も含めて、戦場跡をみて戦慄を隠せなかった。


「よく……戦ってくれたのう」

「いえ、私だけではなく、他の者たちもよくやってくれました。いいえ、彼らがいたからこそ、春を守れたのだと思います」

「----」


 復旧作業は既に開始されており、それをディスイヤの当主は椅子に座って眺めている。

 そんな彼の背後には、春と廟舞が控えていた。


「無論、皆に感謝しておるよ。儂は、果報者じゃな」


 痛ましいはずの光景、多くを失うばかりで何も得るものがなかった戦争の災禍。

 朝焼けに照らされるそれを、老人はまぶしそうに見ていた。 

 この光景に、絶望ではなく希望を見出していた。

 皆が全力でこの街の法を守った、それ自体がうれしかったのだ。


「……世の中には、人間を信じずにカネだけを信じるという者が居る」


 感動に浸りながら、老人は若い二人に話しかけていた。


「とんだ間抜けではないか? カネは人間を相手に使うもの、ヒトにカネを払えば必ず品物が手に入る、何かをしてもらえる、と無条件で信じておる。カネを信じるということは、ヒトを信じることだというのにのう」


 なるほど、そうなのかもしれない。

 少なくとも昨晩命を散らした彼らは、もうカネを使えない。

 最初からそのつもりで薬を使い、狂気に身をゆだねたのだ。

 そこには、カネだけではない何かがあるのだろう。


「そういう輩ほど、カネを信じすぎる。カネさえ払えば、なんでもしてもらえると思い込む。笑止よなあ、こんなもので何ができるのやら」


 ディスイヤは商家、財産をため込んだ家である。

 その当主が、金貨など価値がないと言い切っていた。


「金貨、貨幣、金銭、宝石、財宝、絵画。そんなものが、何の役に立つ? 価値がある? 永遠不滅? 馬鹿々々しい、この世で流動せんものなどない。価値などというものは、必ず変わり続ける」


 この国の誰よりも多くの財を抱えているであろう老人は、それは不変ではないと言い切っていた。

 確かにそうだろうと、元日本人の二人は納得する。

 相場とは変わるもので、貨幣の価値も変動する。ゲームではそうでもなかったが、現実では秒単位で価値が変動していた。どの国家が保証する通貨なのか、それによって、同じ『紙』でも全く違う価値になっていた。


「この世で、本当に意味を持つのは……食料と、武力だけ。これがなければ、国家どころか人間は生きていけぬ」


 そうだろう、少なくとも殴りかかってくる相手にカネを渡す意味はない。

 相手は殴って奪うつもりなのだから、カネも宝石も絵画も、身を守る手段にならないだろう。

 目の前の光景は、まさにそれだった。


「食料と武力、これしかない連中のことを蛮人と呼ぶものも多い。なるほど、そうかもしれん。しかし生きておるし、集団は維持されておる。数千年たっても、それを維持できるであろう。儂は嫌じゃが、それでも食料も武力もない生活よりはよい」


 武力と食料があれば生きていける。

 そうだろう。それは獣同然だが、それでもその両方がないよりはましだ。


「のう、ビョウブちゃんや。儂の孫はどうしておるか?」

「今、蓄財をひっくり返して、今回の戦いで誰にどれぐらい分配するのか、決めているそうです」

「よしよし、ディスイヤは安泰じゃな」


 だからこそ、ディスイヤはカネをばらまくことを惜しまない。

 カネとは人を動かすために使うのであって、貯めるだけでは意味がないからだ。

 そして、次につなげるためには惜しんではいけないときがある。

 非常事態だからこそ、惜しみなくばらまく。

 勇敢な死者へ正当な対価を払うことを、散財と呼ぶべきではないが。


「法律に文章を書くなど、そんなことは誰にでもできる。ああしろこうしろ、と書くことは重要ではない。無論、ああしてはいけないだとか、こうしてはいけないだとか、こういう罰があると書くことも重要ではない。それ自体は、書くだけなら誰にでもできる」


 特区が危機に陥れば、その地域の武装勢力は全力で特攻しなければならない。

 そう書くことは簡単だ、しかしそれが非常事態で守られるかは、なってみなければわからない。

 実際そうなったのは法律そのものよりも、この街を守りたいと願う人々の想いがあったからこそ。

 そうでなければ、順法精神など捨ててそのまま逃げだすだろう。

 他の街でなら、そうなっていたはずだ。誰もが、街よりも自分の命を優先するのだから。


 仮に自分が死んだ後で、自分の所属する組織にカネが入ったところで、慰霊碑に名が刻まれたところで、本人は死んでおしまいである。

 そう思ってしまえば、国家は立ち行かない。

 自分の命よりも大切なことがある、自分の利益よりも大事なことがある。

 そう思ってもらえる国であり、法であり、街でなければならない。


「儂は、間違っていなかった。いままでのディスイヤも、儂の代も、次の代も、彼らに利益をもたらしてきた。この街で暮らしてきた者たちにとって、この街は命よりも大事じゃった」

「----」

「うむ、ありがとう。シュン坊や、儂はお主にそう言ってもらえると本当にうれしい」


 再び、この街は再建される。

 ディスイヤ中から資産や材料、大工が集まる。

 また、醜い街が形成される。

 そうするのが、彼の仕事だった。


「お主らの同胞は、大抵この街を、ディスイヤを醜いとののしる。それはそれでよい、儂も美しいとは思っておらん。しかし……それでも、必要だと信じておる」

「----」

「その通りじゃ、この街がなければ、この国はもっと醜くなる。汚い部分は切り離すのではなく、隔離しなければならん。そうでなければ、余計いびつになるばかりじゃ」


 薬物だとか人身売買だとか、そんなものはないほうがいい。

 賭博だとか窃盗だとか、そんなことが合法化されているなど明らかに間違っている。

 間違っているが、その一方で強制しているわけではないし、奨励しているわけでもない。

 だが誰もが集まってくるし、誰もが悪を成す。

 それは、人間がきれいな部分ばかりではない証明だろう。


「お主らの同朋は、たまにバカげたことをほざく。己が国をつくるとほざく、素晴らしい理想の国を作り上げるとほざく。理想の法を布き、理想の民を治め、諸国の見本となっていく国をつくるという。寝言も甚だしいとは思わんか?」

「そう、ですね。正直、同じ日本人として恥ずかしいです」

「そのあたり、ウキョウはよくやっておるがな……理想国家、というものはそもそもが矛盾しておる。人間が国をつくること自体が、妥協であり打算。妥協と打算の産物で理想もへったくれもあるまい」


 おそらく、日本人の理想や理念からは最も遠く、同時に醜悪で下劣なものが再び再建されようとしている。

 一度焼けたにもかかわらず、同じものをまた建てる。

 なるほど、理解できないことだろう。

 しかそれは、理解したくないというだけで、必要ではあり続ける。


「理想の法律とやらは、さぞ道徳と理性にあふれているのであろうな。それを守れる民は、書かんでも守るわい。理想の国家がある場所は、さぞ安全で外敵を怖れん立地なのじゃろう。そんなところに、国などできるわけがない。その法を布く王や役人は、さぞ有能で潔癖なのじゃろうなあ。そんな奴ばかりなら、それこそ別の法でも問題あるまい」


 呆れしかない。

 法律は魔法でなく、呪術と違って強制力など働かない。

 そして、国民全体に呪術を布くなど正気ではない。


「そもそも、じゃ。なぜ理想の国など欲しがる? 平等で公平であることを求める? 自分たちがそこそこの糧を得られるのなら、それで満足できぬ? 自分が満腹になれても、それでは満足できぬからじゃろうに。他人がいい思いをしていることが不満である、という輩はまず自分が理想から遠いことを知るべきであろう」


 誰よりも財産を集めた老人は、この光景の尊さがわからない相手に軽蔑を隠さない。

 あるいは、誰よりも羨望され、誰よりも嫉妬され、誰よりも不満を持たれている老人は、呆れている。


「他でもない自分が幸せになりたい、と、我欲をもって特区を訪れる若者のほうがまだ潔い。他人の悪がそんなに目障りだというのなら、それこそ自分を顧みるべきであろう」


 理想の国、それは夢物語だと思っている。

 いや、夢物語だと思っていた。

 まさか、実物を見ることになるとは思わなかった。


「スイボクとサンスイ、あの二人は理想の国で生きておった。あの二人が五百年間生きたあの森こそが、理想の国なのじゃろう」


 国と呼ぶには小さすぎる共同体だろうが、それでも理想で崇高で、まったく穢れない美しき国家だった。

 スイボクと山水を知った老人は、心底からそう思う。


「飢えもなく病もなく渇きもなく、罪はなく罰はなく法はなく、国王も貴族も役人も、義務も税金も戦争もない。そこで暮らす民は己に必要なものを己で調達し、心正しく研鑽に励み、決して他人を傷つけることなく、自然に感謝し生きていく。まさか、本当にそんな人間がいて、国があるとは思わなんだが……だからこそ、無理だと分かる。サンスイやスイボクのような人間しかおらん国、そうでなければ理想国家など作れん」

「ハードル高すぎませんか?」

「じゃろう」


 んなもん、絶対に無理だと思っていた。

 実物を見て、さらに無理だと思った。

 あんなん、人間じゃない。

 まさに正しく超人たちである。


「大体まあ、理想的ではあっても余裕などない。少なくともあの二人は、赤ん坊を育てることさえできんと最初から諦めて、俗世へ赴いた。そのあたりも実に賢明じゃな、スイボクも言っておったが、俗世でも正しく生きられてこそ理想の民。理想の国でしか満足できんという輩とは質が違う」


 彼と自分が出会っていれば、どうなっていただろうか。

 そう思わないわけではないが、そんなことはどうでもいいだろう。


「さて……この街に来た輩は全滅させたが、あれが全員ということはあるまい」


 理想などどうでもいい。

 ここから先は、ただ武力あるのみである。


「賭けというのは、たまに役を作ることがある。賭けたチップの数倍得をすることもあるし、数倍の損をすることもある」


 連中が全力でこちらを殺しに来た。

 連中は命を賭けた。

 なるほど、ならば数倍にして返さねばなるまい。



「どこの誰だろうと関係ない、我ら『アルカナ』の総力をもって、相応の大損をさせてやらねばな」



 ドミノの時とは、明らかに状況が違う。

 相手は食料を奪いに来たわけでもなければ、土地を奪いに来たわけでもない。

 明らかに、この国を滅ぼすつもりだ。であれば、こちらも覚悟を決めねばなるまい。



「儂の可愛いシュン坊や、期待しておるぞ」

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