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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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防衛

 ディスイヤは浮世春を全力で守っている。

 それは他の家への対抗心もあるが、ともかくそれだけ春が重要な存在だと位置づけている。

 世の中にはバカがいて、特に理由もなく春に襲い掛かる。

 本人がさほど強くないこと、パンドラが無差別に殺すこと、それらによって街中でからまれることは珍しくない。

 だからこそ、極めて分かりやすく守っている。

 春とパンドラの弱点は有名すぎるため、当然細心の注意を払っている。

 よって、そんな春を狙う輩が仕掛けてくるということは、それだけ全力で挑んでいるという証明である。

 千人以上が護衛している状況で、それを突破して殺そうとする勢力。それは明確にアルカナの外敵である。


 よって、非常事態を示す十点鐘が発令される。

 この街に住まうすべての武装勢力の、強制招集。

 これに参加しなかった場合、あらゆる権利がはく奪されたうえで、一切の財産が保障されなくなる。

 この街の中で一切の権利が奪われる、ということが何を意味するのか。

 それはけっして想像が難しくない。


「おまえらああああああ! 『ハッパ』はキメたかあああああ!」

「おおおすぅ!」

「おおおお!」

「ああああ!」

「んがあああ!」


 そして、もう一つ。

 わかりやすく彼らも危機感を持っている。

 この街の勢力は厳正に定められた法の下で、嫌な思いをしつつも営業をしている。

 法と秩序の元に、安定した収入を得ている。

 たしかに悪事ではあるのだが、それでも濡れ手に粟というほど簡単に蓄財できるわけではない。

 だがそれでも、彼らは工夫しつつこの街を繁栄させてきた。


 その街を、外敵勢力が武力で襲う。

 それはつまり、自分たちが爪に火を点す心でため込んだ財布に、よそ者が手を突っ込んで盗み取るということである。

 そんなことが許せるわけがない。誰かに指示されるまでもなく、そんな無法者をこの街の住人は許さない。

 そこいらの盗賊の穴倉とおなじように、ディスイヤの特区の宝物庫を考えてはいけない。

 必死になってため込んだ資産だからこそ、それを彼らは全力で守る。

 そう、それこそそれを自分たちで破壊することになったとしても。


「ワシにつづけえええええ!」

「アニキにつづけええええ!」

「オジキにつづけええええ!」


「カチコミじゃあああああ!」

「戦争じゃあああああああ!」

「タマぁとったれぁあああ!」


 若い衆全員が、体に樽やら酒瓶やらを巻き付ける。

 明らかに体に優しくない薬物を摂取して、極めて科学的に正気を失った彼らは、騒ぎの中心へ全速力で走っていく。


 一人二人ではなく、十人二十人ではなく、百人二百人ではなく、千人二千人ですらない。


「別のファミリーに後れを取るなあ!」

「ワシらが一番乗りじゃあああああ!」


「遅れてるぞ! もっと走らんかい!」

「オイイイイっス!」


 何十万もの鉄砲玉が、華やかな表通りから裏通りへ殺到していく。

 時にはぶつかりながら、時には怒鳴りあいながら、しかし誰もが炎上する場所へ殺到していく。


【来たぞ!】

【なんだ、あの恰好は】

【正規の兵士ではない、民兵とかいう奴か】


 封鎖個所の一つに陣取った旧世界の怪物たち。

 切り札と思わしき強者の元へ援軍を送ったためいささか人数は減っているが、それでも人間の軍勢を相手に引きさがるつもりはない。

 もとより、ここを死守するのは前提だ。退路を保たなければ、後々の戦争に差し支えるのだから。


【まずは我らが出鼻をくじく!】


 半魚人としか呼べない者たちが、連携して不可視の波を放つ。

 それによって、先頭を走っていた数十人が、まとめて脱力し地面に転がっていく

 全速力で走っていて、しかも精神的に不安定。そんな状況で地面に転がるということは、つまりは地面に激突するというようなものである。

 誰もが手足をいびつな方向へ曲げながら、戦闘能力を失っていく。

 まさに自滅、自爆と言っていいだろう。


 なるほど、敵の戦力をそぐことはできた。

 しかし、それで相手の出鼻をそぐ、という目的は全く達成できなかった。


「ぶちころせえええええ!」

「皆殺しじゃあああああ!」


 そんな仲間のことを踏みつけ、踏み殺しながら、まったくひるまずに、倒した数の数十倍の人間が向かってくる。

 その眼は血走り、夜の暗い街の中でも光っているようだった。


【ぬぅ!】

【ここは我らが!】


 分身した猛牛たちが隊列を組む。

 如何に薬物で限界を超えた力を出しているとしても、所詮は脆弱な人間である。

 どれだけ殺到してくるといっても、猛牛の群れに及ぶわけがない。


【ここは通さん!】


 まさに、壁が現れたようなものだった。

 複数の術者が屈強な分身を生み出せば、それは即席の軍隊となる。

 そして、死を恐れぬ、死を恐れる必要がない分身は、一切被弾を気にせずに武器を振るった。


「んぎゃっ!」

「ぐひゃっ!」

「ひぎゃっ!」


 人間たちは、猛獣の腕力を前に何もできない。

 手にした武器は人間の腕力では持ち上げることもできない重さで、その攻撃は人体を紙のように引き裂く。

 金属製の鎧を身に着けているわけでもない相手なら、なおのこと簡単に切り裂けた。

 相手が薬で痛みを忘れようが恐怖を忘れようが、そんなことは何の関係もない。

 百が百十になろうが、百二十になろうが、千の前では誤差に等しい。


【これでもひるまない、か】

【薬で正気を失っている。愚かなことだ、そんなことで真の必死さは得られん】


 大量の血があふれ出る。

 大量の死体が散乱していく。

 それに乗って、悪臭が漂ってくる。


【……なんだ、この匂いは】

【ま、まさか?!】


 悪臭にまぎれて、何かが漂っている。

 死体が持っていた荷物が散乱し、それが宙に舞っている。

 そう、彼ら全員が身に着けている、樽や瓶。

 それにはいっていた、発火しやすい火薬と油である。


「もやせえええええ!」


 この国の人間のほとんどが、マッチやライター感覚で火の魔法を習得している。

 それが意味するところは、この場の誰もが火を付けることができるということ。

 相手を焼き尽くす必要はなく、ただ火種を飛ばせばいい。

 ここは彼らの住む町であるにも関わらず、如何に避難が済んでいるとはいえ、彼らは全力で爆破をおこなった。


【こ、こいつら! こいつら全員、火薬を背負っているぞ!】

【分身ではなく、自分自身で?!】

【バカな、我らが火を使えるのなら、連中は全滅だぞ?!】

【そもそも、なぜそこまでする?!】


 薬を使って正気を失わせて、人間を死兵とする。

 それはまあわからなくもない、無法者たちならそれもあるだろう。

 しかし、町に被害が出る火薬を、その死兵たちに背負わせて突撃させる意味が分からない。

 確かにこの場の面々は、ゆくゆくはこの国を脅かす敵国の兵だ。しかも旧世界で人類を脅かした、竜の手先である。

 であれば、命をとして倒そうとするのは当然だ。そうと知っているのなら、である。

 彼らはそんなことを知っているわけがない、もしも彼らが知っているのなら、それこそこの場を元々守っていた正規兵が知らないわけがないからだ。


 なぜいきなり現れただけの敵を相手に、こんな最終手段のような手をぶちかましてくるのかわからない。

 自分たちは死を覚悟してここにいる、突入したオセオの兵士たちもその覚悟を固めている。

 国家の存亡にかかわり、種族の存亡にかかわるからだ。

 だが、なんでそれを知らない人間たち、それも悪党たちがそれをするのかわからない。


「まだまだあああ!」

「次はワシじゃああああ!」

「アニキにつづけえええええ!」

「焼き殺してやるわあああ!」


 この街は、ぬるま湯である。

 確かに法に守られており、悪党同士の抗争もほとんどない。

 安定した利益を受け取ることができ、まじめに納税している限り悪を国家が保障する。


 だからこそ、ぬるま湯を全力で守る。

 この街で暮らす悪党たちは、何が何でもこの微温湯を守らなければならない。

 縄張りを誰かに渡すことを極端に恐れるし、縄張りそのものが崩壊することをさらに恐れている。

 こんな条件のいい街を、誰かに壊させるわけにはいかない。


 そして、そのためならディスイヤも悪党も、いかなる犠牲をも恐れない。

 建物が壊れても建て直せばいい、人が死んでもまた雇えばいい、カネはまた稼げばいい。

 だが、街という物は守らなければならない。

 ディスイヤの特区、それは無尽の富を生む町ではあっても、盗賊団に狙われる穴倉であってはならない。

 仮に盗賊が襲ったなら、絶対に生かして返さない。

 どれだけの物を失ったとしても、どれだけの犠牲を払っても、たとえ奪われたほうが安く済むとしても、それでも絶対に譲らない。


 もしも例外を認めれば、あらゆる無法がすべての特区を襲うからだ。

 相手が異世界の侵略者だろうが、敗残兵の集団だろうが、まったく一切関係ない。

 兵士を常駐させ武力で抑止するのではない、有事には街にいるあらゆる人員が戦闘員となって殺到する恐怖をもって抑止とする。


 ディスイヤの特区に手を出してはいけない。

 その幻想を守るために、彼らはあっさりと正気も生命も財産も差し出していく。

 仮にこの場に多くの浮浪者が残っていたとしても、あるいは富裕層が人質に取られていたとしても、一切関係なく突貫し爆殺する。

 それがこの街の流儀(ほうりつ)である。


【ぐぬ! ここだけではないぞ!】

【この街を、人間を侮ったか!】


 乾燥した砂漠を地獄ということがある。

 確かにそうかもしれない。

 高温多湿のジャングルを、緑の楽園と呼ぶことがある。

 確かにそうかもしれない。

 しかし、生命が少ない地が地獄なら、生命にあふれる地もまた地獄である。

 尋常ならざる競争率の中で生きていく彼らは、自分が楽園を生きているとは思うまい。

 仮に楽園だと思っているとしても、楽園だと思っているからこそ死力を賭すのだ。


【だが、引けぬ理由は我らにもある!】

【絶対に通すな! 少なくとも、パンドラの使い手を殺すまでは!】


 異世界の軍勢は、気を引き締め直す。

 相手は確かに民兵で、正規の訓練を積んでおらず、薬物で正気を失っている。

 それでもなお、彼らは強敵なのだ。


【前線を上げろ!】

【通路に近づけるな!】

【火をここまで近づけるな!】


 旧世界の怪物たちは、下がることができない。

 仮にパンドラの有効射程に自分たちが入ってしまえば、それこそ何もかもが無駄に終わる。

 パンドラのリミッターが外れ、そのまま全滅の憂き目を見る。

 それだけは、ぜったいに避けなければならない。


「根性みせろやああああ!」

「ぶち殺してやるわああ!」


 もちろん、そんなことを彼らはまるで知らない。

 ただ、目の前の敵を殺すのみ。

 そして、彼らが道をふさぐなら、それを突破するのみである。


【ぬぅおおおお!】


 死を覚悟した猛獣、二足歩行の犀。

 四器拳と同等の、絶対防御の盾と一刀両断の大鉈。

 彼らは火にまみれながらも襲い掛かってくる敵の群れに猛進し、自らが火薬まみれになることを怖れずに切り込んでいく。


【我らの死地、ここと見た!】

【来るがいい、有象無象!】


「しねやああああ!」

「皆殺しじゃあああ!」

「ディスイヤなめんなああああ!」


 仮に相手が百人力なら、こちらは千倍の数で押しつぶす。

 通常なら百人力に挑むなど恐れるところだが、薬で正気を失った彼らは死体の山を作りながらも向かっていく。

 それは決して途切れることがなく、それどころか街中の荒くれ者がさらに数を増していく。


【ぬ! こっちにも来たか!】


 撤退のために屋根の上で待機していた、二足歩行の猫科肉食獣。

 いかにして援護するかと思っていたが、彼らの前にも敵が来ていた。


「なんだこらああああ!」

「ぶちころしたるわああああ!」


【ええい、通すな! 絶対に通すな!】

【ここを抜かせるな!】


 猫科肉食獣たちは、幻術を用いて周囲の光景を書き換える。

 不揃いな建物の屋根の上が、さらに足場が汎善しなくなる。

 どこが屋根でどこが建物の間なのか、人間にはわからない。


「んぎゃああ!」

「ふぎゃああ!」

「まだまだあああああ!」


 だが、最初から彼らは正気を失っている。

 誰もが無策で突っ込み、そのまま落ちていく。

 それでも何百人もの人間が登ってきたことによって、誰がどこで落ちたのかで次の人間たちは空白を飛び越えていく。


【……まずい!】

【くそ! 火の手が!】


 そして、大量の死体とそれについた火薬が、爆発して実体をもつ建物を破壊していく。

 それどころか燃え盛る街によって、彼らの逃げ場が確実に絶たれていく。

 まさに死地、というほかない。

 誰もが死に物狂いで、相手を殺そうとぶつかっていく。



『ぬぅはあああああああ!』


【殺せぇええええ!】



 最も燃え盛る場所。

 それこそ、他でもなく廟舞の戦場だろう。


 何十頭もの牛が何百頭もの牛となり、巨大な猿神に組み付いていく。

 燃え盛る街の中で、燃え上がる瓦礫をぶち壊しながら、巨大な鉄柱が振り回される。

 人外と人外、旧世界の怪物と異世界の怪獣。

 命と命を燃やしながら、激しくぶつかり合っていた。

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