閉店
活動報告にも書いてありますが、書籍化に関して続報があります。
よろしくお願いします。
「私の子供が、お腹が痛いって……それに痩せてしまって」
「うむ、よくない虫がはらわたで増えておるな。虫下しを飲ませたいところであるが、あいにくと在庫が無い」
「そんな?!」
「ゆえに、このまま直接殺す。腹を出して、あおむけに寝かせよ」
痩せた子供が運び込まれてきた。
寄生虫が増えてしまっているその子をスイボクは寝かせると、腹に手を当てる。
「発勁、解脱掌」
その技を見て、感じて、フサビスは絶句した。
それこそ、自然に帰る直前の仙人と同じ波長が、スイボクの掌からあふれている。
そして、それをあろうことが病気の子供に充てている。
天狗としての気配感知能力をあげるとわかるのだが、子供には一切危害を加えずに腸の中の寄生虫だけがその機能を停止していく。
つまりは、安楽死。おどろくほど速やかに、処置が終わっていく。
「あ、あの……」
「うむ、これで良し」
とはいえ、それは仙人や天狗にしかわかるまい。少なくとも、一般人には何もわからない。
ただ掌を当てているようにしか見えないので、それこそ不安があるだろう。
しかし、そこは四千年を生きる仙人。ちゃんと不安をぬぐうすべも身に着けている。
「これで、良い」
にこやかに笑って、断言。
納得しろ、という圧力を加えた。
「あ、はい」
「疑うなら、今晩の便を見よ。虫の死骸が混じって、さぞ白いぞ」
「え、ええ……」
「しばらくの間、余り油の濃いものは食わせるな。消化のよい、柔らかい粥を食わせよ。大事にな」
さあ、出ていけ。
小銭を受け取って、そのまま出口へ押していく。
面倒な客を追い立てるようであるが、実際客が多すぎるので仕方あるまい。
順番が早く回ってくるということは、自分も長く相手をしてもらえないということだ。
そこは我慢していただきたい。
「その……私なんですが……その、病気で」
「ああ、うむ。わかっておる、そこに座れ」
現れたのは、顔を布で隠しているみすぼらしい女性だった。
およそ、どんな職業でどんな病気になっているのか、周囲の人間もわかっている。
だからこそ、彼女とは誰もが距離をとっていた。
「その、お金……」
「黙れ」
「はい」
スイボクはその辺り頓着が無い。
というか、それこそどこにでもある商売である。別段、気にすることではない。
「さて、妙薬を使うぞ」
フサビスの作っていた薬を、スイボクは引き寄せて掌に乗せた。
「おい、尻を向けろ。穴に薬を入れる」
「へ、へえ?!」
「黙って従え」
「はい……」
お世辞にもきれいではない肌をさらしつつ、万人が恥ずかしがるであろう格好をさせられた彼女は、まさに泣きそうだった。
その彼女に対して、スイボクは無表情で医療行為を行う。穴は、穴である。そんなくだらないことを、医療従事者は気にしないのだ。
スイボクはよく人間の『中身』をぶちまけていたので、一切気にしないし。
「さて、後は毒であるな。気長に出すのは一番であろうが、尿で抜くのが早いゆえにそうするとしよう」
服を着なおさせると、今度はへそに指を突き刺した。
周囲の人間は目を疑うが、誰も口をはさめない。
医療を受けに来たので仕方がないが、踏んだり蹴ったりである。
「発勁、流毒」
体の中の毒が、血流にのって動き始める。
それによって、彼女の顔色や肌の色が一気に悪くなった。
「う、うあ……」
「良し。嫁よ、このまま厠へ連れていけ。一気に出るはずである」
薬屋の嫁が、慌ててふらつく彼女を連れていく。
そして、ほどなくすると二人とも戻ってきた。
「その、えっと、本当に、よくなりました……」
「ありがとうございます! 本当に、嘘みたいです!」
色々と恥ずかしい治療だったが、それでも彼女は顔を布で隠さなくても済むほどにきれいになっていた。
なるほど、別人に変わったと疑われそうなほどである。
「このやり方は臓腑に負担が大きいゆえに、この妙薬を一日一度寝る前に水で飲むのだ。三日分出しておく、その間は仕事を休むように」
「はい! ありがとうございます! それで、お代ですが……」
「あと、これは豚肉である。焼くのではなく煮て食べよ、汁も呑んだ方が良いぞ」
「あ、はい」
「もう出ていけ、後が閊えておる」
「……はい! ありがとうございました!」
ぞんざいな対応であるが、それでも腕は確かで金もないなら取らない。
なるほど、素晴らしい医者であろう。
「さて」
一方でスイボクは、店の外で列を整理している己の弟子へ、術で指示を出していた。
※
『聞こえるか、我が弟子よ。そろそろ並ぶ列を打ち切れ』
「承知しました」
既に結構な数の人間が並んでいて、治療や薬の購入を待っている。それを乱そうとする人間も大量に現れて、全員山水がぶちのめしていた。
しかし、時間は有限である。スイボクは閉店時間を逆算して、客を制限していた。
流石に、キリがない。いくらスイボクが高速でさばいても、この大都市全体を見るには限界があるのだ。
「は~~い、皆さん。列はここまでですよ~~。もう並ばないでくださいね~~」
と、最後尾に立った山水は、新しく並ぼうとしている客を切っていた。
当然、新しく並ぼうとしていた客たちは、山水にむかって叫ぶ。
「ふざけるな! こっちはようやくここに来たんだぞ!」
「そうだ! 他の店は全部閉まってるんだぞ!」
「ウチの子を見てください!」
「他に行き場がないんです!」
なるほど、とても心苦しい。
もちろん、転売目的の客もいる。
もちろん、迅速な処置が必要ではない客もいる。
もちろん、ただ不安になっているだけの客もいる。
しかし、そうではない客も多い。
既に並んでいる客たちは、断じて譲るものかと目を背けている。
そう、誰もが病の前には無力なのだから。
「駄目です」
しかし、山水はそんなことに囚われない。
彼は仙人として、五百年間森の中で過ごしてきた。
けがや病気になるのは人間だけではなく、草木や動物も同様である。
そんな彼らは、自己治癒能力を超えた場合、そのまま息を引き取って他の命の糧になるのだ。
命の尊さは、人間だけのものではないのである。
まあ要するに、あきらめろということだった。
「お帰り下さい」
ここで引き下がる客ばかりではない。
なにせ彼らには、それこそ明確な根拠があって、今日でなければならない理由があるのだから。
「なあ、頼む! 俺の子が危ないんだ! 薬が欲しいんだよ!」
「あと一人分、一人分でいいんだ!」
「頼む、この通りだ!」
彼らも本気で必死だ。
だからこそ、なんとしても食い下がろうとする。
あるいは、列に既に並んでいる客たちに、変わってくれるように訴えていた。
とはいえ、それでもうまくはいかないのが当然なのだが。
流石に、暴力へ訴えるものはいない。
そういう輩は、既に山水がぶちのめして道に転がしている。
その辺り、山水が容赦するわけがない。
「駄目です。お引き取り下さい」
誰にでも、事情はある。
仮に転売目的だったとしても、金銭を得るという目的はある。
場合によっては、その金銭がどうしても必要という理由があるだろう。
そして、理由は行動の免罪符になることはない。
誰にでも、理由などあって当然だ。そこで区別する方が間違っている。
仮に自分の空腹を満たすためだけであっても、それはそれでとても尊い。
子供のためだろうが妻のためだろうが、それと大差などあるわけがない。
「頼む!」
「駄目です」
「お願いだ」
「駄目です」
頼まれても願われても、駄目なものは駄目。
周囲から乞われても、山水はとても平静に応じるばかり。
確かに気分が良いわけではないが、少なくともオセオでしでかしたことよりは、大分マシである。
※
山水が定期的に暴漢へ暴行していたので、結果的に客たちは割り込むことなく帰っていった。
とはいえ、それでも店の前に気配がちらほらとある。
日没とほぼ同じタイミングで店は閉ざされ、並んでいた客たちにはちゃんと治療や販売が出来ていた。
「……ありがとうございました」
心細かったであろう薬屋の妻は、スイボクたちに感謝の言葉を送っていた。
実際、ある種の無神経さとずぶとさが無ければ、あれだけの人数をさばくことなどできまい。
もちろん、武力と暴力と腕力という、直球の強さも必要であろう。
そう、必要なのだ。必ず、要るのだ。
相手が弱者で、病気や怪我を負っているからこそ、どうしようもなく力が必要である。
怪我や病気を治すことが必ずしも美しい行動によるものではないように、治療が必要な人間が必ずしも礼儀正しいわけではない。
むしろ、弱って余裕がないからこそ、普段以上に攻撃的になって暴れるのである。
「うむ、礼ならばフサビスに言うがよい。儂は最初からこの都によるつもりさえなかった」
「……いえ、私と、私に普段からついている護衛だけでは、それこそ何もできませんでした」
日が落ちた夜の薬屋。
臨時収入で買ってきた油によって、わずかながらも明るい店の中で、四人は食事をしていた。
とはいえ、薬屋の嫁は憔悴しているので茶しか飲めず、他の三人も金丹が尽きているので水しか飲んでいなかった。
それでも、一応は食事である。一服と言った方がいいのかもしれないが。
「さすがは、偉大なる仙人スイボク。荒ぶる神と恐れられるだけではなく、あらゆる術を学んだと言われる秀才の一端を見ました」
「なに、もとより儂は怪我の治療に関しては戦闘の次に得意なのでな。というよりも、それに関しては特に学んでいる。病気に関しても、その師から学んでおる。修業中には、よく俗人の治療を手伝った」
「……私は、未熟を恥じるばかりです」
「いうな、それは儂の方が恥ずかしい」
「そうですね」
「……うむ、恥ずかしい」
今回、スイボクはよく人を使った。
己の弟子と天狗、そして俗人の女。
たった三人ながら、うまく扱って治療を滞りなく行った。
それはそれで、医術の一環と言えるのかもしれない。
フサビスは偉大なる先人の、死を間際にした現在の姿に感服した。
「それにしても、今回の件は本当にどうしようもない話だ」
アルカナ王国に仕官している山水は、腕を組みながらため息をついた。
なるほど、少なくともこの都中の医者や薬屋がいなくなっていることは本当のようだ。
それが、よりにもよってこの国のトップが、自らの意思でやっているのだからたちが悪い。
「俺が仕えているおじょ、奥様も、かなり性格が悪かったが、領地領民を脅かすことだけはしなかった。今回の暴挙は、それを軽々と超えている」
その辺り、ドゥーウェもきっちりと躾けられていた。
言い方は悪いが、彼女は性格も素行も悪かった。しかし領地領民へ被害が出るようなことはしていなかった。
そんな彼女に長く仕えていた彼からすれば、一国の皇帝が無意味な暴挙にでたことが本当に意味不明である。
「おそらく、皇帝本人かその家族が病気にでもなったんだろうが……お抱えの医者がどうにもできない時点で、あきらめるしかないだろうに」
「いうな、サンスイ。そうと知っても、諦められないのが人であろう。それに、我ら仙人や天狗が言っても説得力がない」
仙人や天狗は、他の人間とは明らかに一線を画す存在であろう。
人間には四つの苦しみがあるといい、生まれた苦しみ、病む苦しみ、老いる苦しみがあり、死ぬ苦しみがある。
そのほとんどが、仙人には適応されない。たいていのことはどうとでもなってしまう。
そんな存在が、俗人へ何を言っても説得力がない。
確かに言うのは無駄であろう。
「とはいえ、私も同感です。怪我や病気を治すには、人数をそろえてもどうしようもないのは当然。医療も技術であり、その限界は常にある。それをどうにかするには、長期的な研究が必要なのに」
専門家であるフサビスも山水に賛同する。
感情には理解できるが、理屈が通らないことを皇帝がしてはいけない。
結果的に、誰もが損をしているばかりである。
「うむ、昔から俗人の薬学は訳が分からんからなあ。乾いているだの湿っているだの、五行だの陰陽だの、人間の体のことよりもわけのわからん理屈をこねることしか考えん。それで病気が治るわけもなかろうに」
そんな天狗や仙人の言葉を、薬屋の娘は呆れながら聞いていた。
それこそ、スイボクの医術やフサビスの調合は、もはや奇跡の域である。
実際に奇跡を行使する者たちが、この国の薬学研究を根こそぎ否定している。
では自分たちが売ってきた薬は、いったい何だったのだろうか。
「城に連れていかれた、夫や義父はどうなっているでしょうか」
「血なまぐさい空気はない。しかし……穏当に解放されることは難しいかもしれんな」
スイボクは、誰よりも長期間にわたって俗世を彷徨った男である。
だからこそ、経験的にこれから起きることを察していた。
いいや、三人全員が分かっていることなのかもしれないが。
「案ずるな、乗り掛かった舟である。この国を捨てることにはなると思うが、それでもお主だけは助けるし、うまくいけば夫も店主もなんとかしよう。その後の生活もな」
「……お願いします」
伏して頼み込む薬屋の嫁。
しかし彼女は気づいているのだろうか。
国を捨てる、という言葉の意味が、普通とは正反対になる可能性があることを。




