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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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万能

 さて、薬屋のお嫁さんは周囲からの圧力に震えていた。

 実際には目の前にいる男の方が数億倍危険なのだが、味方なので安全だ。これからこの国が滅ぶことになるのだが、彼女だけは助かるのだから。


「スイボク殿、お伺いしたところ貴方は医学薬学鍼灸法も修めているそうですが、力添えをしていただけませんか?」

「無論である。さて、では金丹を練るか。さすがにこのナリのまま医療はできまい。サンスイ、お前も呑んでおけ」

「はい」


 三人の『子供』は、同時に成長を始めた。

 それによって、肉体的な全盛期を迎えていた。

 山水とスイボクは戦闘的なものに、フサビスは女性的な意味で。


「……ああ、なるほど」

「私にも若い時期があったんだ! 察するな!」


 山伏の服装でも隠せないほどに性的な肉体美は、明らかに『調整』のあとがある。

 つまりは、彼女が元々どういう動機で医療分野の天狗に弟子入りしたのか、見るからに明らかだった。

 医学薬学によって、自分の体を美しくするためだったのだろう。実際、どう見ても成功しているし。

 もちろん、そういう時期もあったという程度で、今は違うのだろうが。

 そもそも、山水自身もスイボクも、まるで偉そうなことが言えないし。


「さて、とはいえ物が無ければ何もできんな。サンスイ、お前はここにいても仕方ないし、道中で見かけた森へ行け」


 スイボクは店の隅に残っていた、薬草の細切れを集めて山水に渡した。


「この草を、この籠に収まるだけ入れて帰ってこい」

「はい、承知しました」


「あ、あの、この近くにそんな大きな森はありませんよ? 日帰りなんて……」

「大丈夫だ、こいつは縮地がすごいからな。私と同じに考えない方がいいぞ」


 嫁の心配とは裏腹に、山水は店の中の竹籠を背負って、そのまま裏口から走り去っていった。

 実際、いてもなんの役にも立たないので、正しい運用であろう。


「さて……持ってきている医療用宝貝を見せてもらうぞ」

「はい、鍼灸用の針一揃えと、止血用の包帯、天狗の妙薬です」

「うむ、足りんな」

「はい、この周辺への処方となると、まるで足りません。サンスイが戻るまで、なんとか持たせたいですね」

「家に持ち帰る分はともかく、本人が直接来た場合には儂がなんとかする。薬屋の嫁よ、湯を頼む」


 なんとかする、という曖昧極まる言葉ではあるが、しかし絶対的な自信がみなぎっていた。

 それこそ、専門家に劣るわけがない、という自負が満ち満ちている。


「お、お湯ですね?」

「うむ、熱くせよ。儂らに火傷の不安はないゆえにな、出来るだけ多めに頼む」


 そこまで言ってから、スイボクは動線を確認した。

 このまま店を開ければ、店を出る人間がつっかえてしまう。


「嫁よ、この家を壊すぞ」

「え?」

「発勁」


 店の側面の、木製の壁。

 それが一息で粉砕されていた。

 なるほど、ここが出口ということらしい。


「な、あ……」

「案ずるな、後で塞ぐ。それよりも、もう店を開けるぞ。フサビスよ、処方と勘定は任せたぞ」


 いきなり店を壊されたことで硬直する彼女をおいて、封鎖していた店の入り口を無断で開ける。

 この辺り、スイボクは実に自分勝手である。

 そして、スイボクが店の戸を開けると、そこには多くの民が争いつつも店に入ろうとしてきた。


「おい、どけ! 俺が先だ!」

「ふざけんな! どこの店も閉まってるんだぞ!」

「こっちは病気のガキもいるんだ!」

「今なら薬は何でも飛ぶように売れるんだ!」


 自分用、家族用、保存用、転売目的。数十人からなる男たちが、先を争ってスイボクを押しのけようとする。

 それを見て薬屋の嫁は悲鳴を上げることもなく顔を抑え、フサビスはやや引きながらも客を憐れんでいた。


「発勁、雷伝」


 打ち込むのは、揺さぶる発勁。

 密着している複数の人間を相手に、伝播し拡がっていき全員を麻痺させる波長の無属性魔法。

 今この店の前に集まっている男たち全員を膝から崩れ落ちさせる、そんな攻撃が出合い頭に叩き込まれた。


「薬屋の前で騒ぐとは、なるほど全員頭が悪いらしい。儂が全員に頭を叩いて(こわ)しても良いが、どうする?」


 スイボクも山水も、最大の弱点は強そうに見えないことである。

 よって、お世辞にも威嚇が得意ではない。

 しかし、流石に目の前で数十人の男が膝から崩れて、そのまま足腰立たないままふらつけば、相手がさほど強そうに見えなくても降参であろう。

 男たちにおびえて隠れていた女性客も、もっとおびえて震えながら絶句していた。


「薬は確かに入荷したが、あいにくと無尽にあるというわけではない。直近で必要ではないのなら、そのまま帰って寝ろ。文句があるのなら聞く気はない、動けなくして黙らせる」


 現実に動けなくなって舌も顎もまともではない男たちは、スイボクから這って逃げ出していく。

 そして、そんな彼らをよけながら、女性客たちが店に入ってきた。

 虎口に入ってでも、虎児が欲しいのである。


「あの、薬を……」

「はい、どのような薬でしょうか」

「火傷に効くものを」


「私は、切り傷に効くものが欲しくて」

「頭痛に効くものが……」

「風邪薬が欲しいのですが……」


 と、ようやく普通の営業が始まった。

 フサビスの姿に面食らいながらも、薬屋の娘が慌ててお湯を沸かしているところも見えたので、慌てつつも薬を買った。

 そして、スイボクが開通させた店の横の出口を通って、足早に去っていく。せっかくの薬を、周りに取られてはたまらないからだ。


 そう、今この都市は不安に包まれている。

 薬屋や医者が全員城に連れていかれて、そのまま帰ってこないのである。

 そんな状況では、普段は薬を欲しがらない層も、念のためと思って買ってしまう。

 というか、そんな連中へ高く売ろうという輩も出る。

 それによってどんどん品薄が加速する、偽物まで出回る。まさに悪循環であろう。


「あ、あの……その、うちの子が、熱を出して、その」

「ああ、うむ。それは儂が観る」


 よちよち歩きの幼児を連れた母親が現われた。

 薬どころか医者に見せるべきであろうが、その医者がいないので噂を聞いてきた次第である。


「そのまま抱えておれ」

「はい……?」

「発勁、母胎」


 顔を赤くして、息が荒かった子ども。

 その呼吸が、だんだん穏やかになっていく。

 ただ手をかざしているだけにしか見えないが、それの効果は余りにも劇的だった。

 周囲の他の客もその光景に息をのみ、母親は感動して震えていた。


「ふむ、既に快方に向かっておるな。案ずるな、明日には熱も下がるであろう。塩を混ぜた水をこまめに飲ませてやれ、それでだいぶ良くなる」

「あ、ありがとうございます!」

「勘定はそっちで払え」


 気にするな、とスイボクはフサビスへ向かわせた。

 一方で、フサビスはその光景に驚いていた。

 発勁の中でもかなり難しい部類に入る技を、病気の子供に使用して完全に成功させていた。

 あまりにも無造作なそれに、目を奪われていたのである。


「そ、そのよう、大工仕事で、腕を切っちまって」

「うむうむ、動くなよ。針を打つ」


 左腕に大きな裂傷を負った男が薬屋に入ってきた。

 一応、度の高い酒で消毒して布で縛ってあるが、このままでは不安なのだろう。

 スイボクは布をはいだ後に、長めの針を裂傷の腕に一瞬で十本ほど指していた。


「な?!」


 やはり、それを見てフサビスは驚く。

 もちろん、周囲の客も、何よりも患者本人が驚いている。

 それこそまさに、目にもとまらぬ早技だったからに他ならない。


 この地方にも鍼を打つ技はあるのだが、それこそ戦闘で使うような一瞬の早業ではない。

 なぜ一瞬で針をツボに正確に刺せるのか、それがまるで分らない。


「うむうむ、酒で消毒してあるな。関心関心、縫うゆえに髪をもらうぞ」


 割とひどいことに患者の髪を掴んで、ごっそりとむしり取っていた。

 一切問答するつもりがないらしく、前置きをせずに痛みもなく抜き取っていた。


「ひぇ?!」

「ああ、動くなというに。気功剣法、数珠帯」


 左の掌に乗せた短い髪。

 それが一瞬で連結し、一本の黒い糸になっていた。


「気功剣法、端針鞭(たんしんべん)


 そして、その糸の先端が鋭利な針のごとく高質化する。

 それが何を意味するのか、もはや誰もが疑わなかった。


「もう一度いうが、無駄に動くなよ」

「お、おう!」


 まるで、チャックをしめるようだった。

 傷口の上を、スイボクの右手が這う。それによって、彼の傷口は彼自身の髪によって縫い留められていた。


「す、すげえ……」

「しばらくすればまた出血するであろうが、傷口はそのまま塞がるであろう。清潔な布を買って、沸騰した湯につけてから巻いておけ」

「お、おう……」


 もう不要と判断したのか、やはり一瞬で針を抜いていく。

 それが済むと、フサビスへ通していた。


「えっと、いくら払えばいいんだ?」

「そ、その……これぐらいで」

「すげえ安いな」


 何分、薬屋なので医療処置の基準などない。

 フサビスはとりあえず適当な値段を決めて、男に請求していた。


「おい、嫁どの」

「あ、はい!」

「湯に、この針を頼む」


 薬屋の嫁は、渡された針を慌てて煮たてた湯につけていた。

 フサビスのことを義父から聞かされている彼女は、スイボクも天狗なのだろうと察して納得していた。

 しかし、同じ天狗であるフサビスはスイボクの手並みに開いた口が塞がらない。

 瞬身功を使ってはいた。しかし、その精妙な動きには一切迷いもぶれもなかった。

 純粋な医者ではなく、ただ戦闘の為に仙術を学んだ男だと聞いている。

 にも関わらず、その技は明らかに自分を凌駕していた。

 自分の戦傷を治すためだけとはいえ、しっかりと習得した技は見事の一言だった。


「これが、万能仙人スイボク……本当に、次元が違う」


 未熟な専門家を凌駕する技に、彼女は己の未熟さを痛感せざるを得なかった。


「師匠、お待たせしました」


 と、そこで縮地を多用して帰還した山水が戻ってきた。

 その籠には、これでもかと大量の薬草が入っている。


「うむ、ではフサビスよ。たまった金をサンスイに渡せ。サンスイ、今度はその金で豚を三頭ほど買ってこい。若い子供が良いぞ」

「え、ええ……サンスイ、これだけあれば買えると思うわ」

「ああ、ありがとう。では、師匠。すぐ戻ります」


 また去っていく山水。

 それを見送ることもなく、スイボクは籠に満載されている薬草の山の上に手を置いた。


「発勁」


 一瞬で、カサが減っていく。

 同時に、籠の隙間から水があふれてきた。

 どんな原理なのかわからないが、『乾燥』というか『脱水』しているらしい。

 このままでは加工が難しいと判断したのか、それとも仙気を草に注いでいるのか。

 ともあれ、一瞬にして天狗の妙薬を作る準備が整っていた。


「フサビス、調合は任せてよいか」

「あ、はい……」

「では、薬屋の嫁よ。勘定を頼む」


 そうして、客の前で何もかもが高速回転していく。

 客へ速やかに対処できるからこそ、どんどん客が増えてきている。


「あ、あの……」


 そうしていると、いかにも貧乏そうな子供が入ってきた。


「実は、僕のお父さんとお母さんが……」

「しばし待て」

「え」

「師匠、豚を買ってきました」

「よし」


 意気の良い豚を抱えてきた山水から、豚を受け取るスイボク。

 店の中にあった包丁を牽牛で引き寄せ、そのまま猛烈な速度でさばきはじめた。

 肉屋がビックリしそうな速さで、瞬く間に解体されていく。


「よし、これが肝である。これを焼いて食わせよ、さすれば両親はよくなるであろう」

「え」

「お主の両親は、ただ滋養が足りんだけじゃ。肝を焼いて食わせれば、大分よくなる」

「えっと、なんでわかるんですか?」

「儂は仙人ゆえな」


 スイボクは、集気法によって町全体を常に観察している。

 それによって、並んでいる客のことも把握しているらしい。


 子供が持っていた小銭をすりとると、背中をたたいた。

 どう考えても赤字であろうが、それでも対価を受け取った扱いのつもりらしい。


「あ、ありがとうございます!」

「うむ、養生せよ」


 薬屋に対して無断が過ぎるが、薬屋は軒先を貸しているに等しいので、そこまで文句はないだろう。

 まあ、文句を言うであろう店主もいない状況ではあるのだが。


「サンスイ、また薬草を摘んで来い」

「はい、わかりました」

「フサビス、手が止まっておるぞ」

「も、申し訳ありません」

「嫁よ、そちらも」

「も、申し訳ありません」


 剣仙一如。剣も仙も医も商も、何事も一つに帰結するといわんばかりに、スイボクは万能さを発揮していた。

 山水にとっては驚くことではないが、それ以外の全員にとって驚くべきことが起きている。



「うむ、アルカナでの貴族あしらいが生きるというものよなあ。貴人、客人の相手をしたものである」

「そんなことしてたんですか……というか、荒ぶる神になんてことを」

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