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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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予感

 さて、山水である。

 医師としての道を歩む秘境の天狗、フサビスを加えてスイボクとともに雲に乗っていた。


「それにしても……貴方の修業もなかなか興味深いわね」

「ああ、俺もだ。普通の修業ってそんな感じなんだなあ」


 フサビスと山水は、軽く話し合って同年代であることに気づき(フサビスが明確に年齢を言わなかった)、割とフランクに話し合っていた。

 多くの天狗に囲まれていたフサビスはともかく、山水にとっては五百年ぶりの同世代である。

 見た目の年齢も実年齢もだいたい同じという、結構嬉しい相手だった。


「本来、仙人や天狗の修業はそういうものであるべきなんでしょうけど……弟子が多いと大変よね」

「俺はまあ、贅沢な修業環境だったからなあ。世界最強の師匠と五百年間付きっきりだったし」

「フウケイ殿を擁護するわけじゃないけど、周囲に比較対象が多すぎると俗さが抜けにくいというかなんというか」


 山水はスイボクとずっと二人で生活してきた。

 深い森の奥で、自然に囲まれて過ごす。他の誰もがいない状況で、師とだけの修業漬け。

 なるほど、仙人や天狗にとってはまさに理想的で模範的な環境であろう。

 とはいえ、それはスイボクが一人しか弟子をとらなかったからであり、他に一切俗世とかかわりが無かったからである。

 秘境セルは大天狗の統治する里であるが、普通の俗人の方がよほど多い。

 よって、天狗たちは里の中でも外でも、俗人とかかわらざるを得ない。


 まあ、大天狗やスイボクなどの修業が成っている面々からすれば、その程度に影響を受ける時点で修行が足りないというであろうし、修業を達成するまでの時間が多少(千年単位)のびる程度だと思うだろう。

 実際、そう間違ってもいない。第一、俗人からすれば永遠に近い時間がある天狗が、俗人に対して気を使わないのもおかしな話であるし。


「とはいえ、私はそういう理想的な環境よりも、今の方が好ましいわね。師であるフカバーから医の道を継いだ身だし、俗人とは付き合いがあった方がいいのよ」

「というか、それって距離感が大変じゃないか? 仕官している俺が言うことでもないけど」

「そこはほら、里では医術で貢献し、里の外では薬学で貢献しているわ。もちろん、里の外に出す薬は普通のものよ。効果は高いけど」


 小さな雲の上で、天狗と仙人は語り合う。

 新鮮な情報は、何時だって心地よいものである。


「今回納品するお店とは、もう百年以上の付き合いになるわね。ここ最近政治が安定していて、都が焼かれたりしていないから」

「ああ、そういうこともあるよなあ。俺も仕事とはいえ、街をいくつか焼いたし」

「……仕官って大変なのね」

「儂も国をいくつか焼いたしのう」

「……仕官しなくても大変なのね(俗人側が)」


 祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。

 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。

 国破れて山河在り、城春にして草木深し。


 自然と一体となっている仙人にとって、国も町も興っては滅ぶもの。

 付き合いのあった店が町や国ごと滅ぶ、ということはよくあることである。

 それはまあ、そういうものなので余り気にしない。次の取引先を探すだけである。

 別に保護を約束しているわけでもないし、その場に居合わせたわけでもないのならなお仕方がない。


 居合わせれば、まあ別であろうが。

 流石にその場合は、山水もスイボクも、それなりには慈悲を見せるだろう。

 まあ、そんなことはそうそうないだろうが。


「それにしても、結構な量だな。そんなに納品するのか?」

「ああ、半分は私の宝貝よ。さすがにこの荷物が全部売りものじゃないわ」


 実年齢はともかく、見た目は小柄な少女そのものなフサビスは不相応な大きさの笈(背負う木でできた箱)を持っていた。

 それ自体が軽身功の付与された宝貝であり、軽身功が使えない彼女のためのものである。


「師であるフカバーからは、できるだけ普段から必要な道具は持ち運べと躾けられていたもの」

「なるほど、常在戦場の心がけか」

「そんな物騒な……まあ、仙人しか使えない宝貝だから、万が一盗まれても問題ないわ」


 一行は風に吹かれるまま、雲に乗って移動している。

 であれば、普段は徒歩で納品している距離である。そこまで時間がかかるわけもない。

 文字通り、雲の下に都が見え始めた。


「ほら、あそこがヤモンドの首都です。栄えているでしょう? 私もそこそこ生きていますが、マジャンの次にここが繁栄していますね」


 眼下の街は、航空写真の高度から見ても広い。

 広い平原の中に流れる長い河、その脇に城壁で囲まれた城郭都市。

 なるほど、少なくとも人口は多そうである。


 まあ、お世辞にもきれいとは言えない平屋の貧民街もかなりあるのだが、流石に城郭の中央に近づくと赤い瓦の屋根で色付けされた御屋敷も並んでいる。

 なるほど、栄えているようだ。地球でいうところの、中華風である。

 

「……師匠」

「うむ、これはいかんな」


 しかし、スイボクは気配を探知し、山水はそんな師匠の気配を察知していた。

 というか、師弟の観察力を発揮したところ、見るからに厄ネタにあふれている。

 今まさに、この街は滅びている最中ですよ、という雰囲気であふれているのだ。


「どうしたの? 特に戦火やらはないけれど」

「いや、お前、これはないだろ。もうちょっと観察力をだな……」

「普通は見ただけじゃわからないわよ」

「天狗なら見下ろすだけで察せねばならんぞ。お主、医の道に邁進するあまり必要な技術しか学んでおらん。いいや、自分が必要だと思っている技術しか学んでおらん。うむ、これは確かに未熟よなあ」


 山水もスイボクも、フサビスの言葉に対して呆れていた。

 なにせ、戦火よりも数段厄介なものが、栄えている街を脅かしているのだから。


「……そりゃあ、私は未熟よ。認めるわ、でも修業よりも実践の方が大事じゃない」

「いや、お主は危ういものを見分けるという基本的なことができておらん。大天狗も、これは心配であろう」

 

 スイボクの深刻そうな表情を見て、反論しようとしたフサビスも黙った。

 世界最強の仙人が、とても苦い顔をしているのである。


「……経験則であるが、国の貴人が乱心したな。この都市はたいそう混乱しておるぞ、我らが入ればそれに油を注ぎかねん」

「……悪いが、俺の経験上も問題があると思うぞ。普通に考えて俺たちを知った俗人が、生き胆とかを抜こうとしても不思議じゃないし」


 この世に滅びないものは無い。

 寿命が無く、この世でパンドラ以外に脅かすものが存在しない、最強無敵のスイボクでさえもうすぐ人生の幕を自らで引こうとしている。

 仙人も天狗も、何時かは死ぬ。それは当たり前のことだ。

 だがそれは、仙人と天狗の理屈でしかない。そんなことは、仙人も天狗もよく知っている。


 人間は老いるのを嫌うし、実際に老いていくと大いに焦るものだ。

 すぐ近くに不老長寿の『人間』がいれば、それこそ何をしてもおかしくない。

 ある意味、普通の反応である。


「……せめて、薬を納品したいのですが」

「止めた方がいいと思うが……確かに通すべき筋はあるな」

「フサビス、俺も仕事についている身だし言いたいことはわかる。ただ、その、なんだ……」


 山水も仕事で国を攻め落とした男である。フサビスが薬の納品という仕事を全うしたい、という気持ちもよくわかる。

 ただ、基本的に彼女は医師であり、俗人が傷つくことを良しとしない天狗であるということだ。


「今、師匠がいるんだぞ」

「うむ、儂がいるのだぞ」

「……その、えっと」


 心くじけそうになるフサビス。

 仕事の相手の顔を見に行って、その相手の所属する国が滅びてはそれこそ笑えまい。


「できるだけ、荒っぽいことは抜きに何とかしたいんですが」

「いや、お前バカだろ」


 割と直球で侮辱する山水。

 こんな危険地帯に、それ以上に危険人物を連れ込む意味が解らない。


店主『定期的に薬を売ってください』

フサビス『むこうが危険地帯でも、納品します』


国王『総力を挙げて、お前を殺す』

スイボク『独力(ぜんりょく)でお前の国を滅ぼす』


 どちらも、己なりの筋を通す結果である。

 そして、その辺りスイボクが妥協するとは考えにくい。


「ああ、いや、まあ相手次第ではあるがどうにかできなくもない」


 荒っぽいことを抜きに、という言葉に対して、スイボクはそう答えた。

 相手次第ではあるが、という言葉がどこまでも不穏である。

 出方次第では皆殺し、ということであるし。


「……あの、師匠。まさか、これを使うつもりですか」

「然りである。我が友も、いさかいをいさめるためであれば、さほど怒ることもあるまい」


 言葉にせずとも、分かり合う師弟。

 なお、倫理観は共有できていない。


「いや、師匠……多分、怒ると思いますよ」



 でも、結局三人は下界に降りることになった。

 お仕事は大事だからね、(結果的に国が滅びても)仕方がないね。


「その……なにか、不穏な空気が流れていますね」

「遅いぞ」

「然りである」


 子供の姿のままで、三人は都に入った。

 大通りは、それこそ行軍できるほどに広い。

 しかしその一方で、街の人々に活気はなく、それどころか陰に隠れて噂をしている。


 飢饉が起きているとか、戦争の準備中ではない。

 だが、それに匹敵するほどよくない雰囲気だった。

 それが意味するところは、より状況が悪いということであろう。

 内憂は外患よりも性質が悪いのである。

 もちろん、スイボクという驚異に比べれば些細であろうが。


 獅子身中の無敵神(ムシ)、獅子がパンクして破裂するまで秒読み段階である。


 山水もスイボクも、この国ではさほど目立たない。

 なにせみすぼらしい恰好であるし、ある意味ではこの国の服装にとても近い。

 髪の色や目の色も、周囲は黒ばかりであるし。顔つきこそ違うが、それでもアルカナ近辺よりは目立たないだろう。


「あの、お嬢ちゃん」


 しかし、フサビスは多少目立つ。

 服装はともかく、髪の色が特徴的なので仕方がない。

 街の住人であろう女性が、笈を背負っているフサビスへ話しかけていた。


「何でしょうか」

「もしかして、背負っている荷物は薬かい? もしもそうなら、売って欲しいんだけど」

「いえ、違いますよ。この中に入っているのは、木工細工です」


 ここで素直に『そうですよ、でも売れません』というのは天狗以前にバカである。

 その程度には、フサビスも処世術を知っている。


「そ、そうなの……それじゃあ、手持ちの薬とかはないかしら」

「ごめんなさい、来る途中でお腹が痛くなってしまって……」

「……呼び止めてごめんなさいね」


 残念そうに去っていく女性。

 そんな彼女を見て、また周囲からも失望に近い視線を浴びて、フサビスは状況を理解した。


「……もしや、相当マズい状況なのでは」

「遅いって」

「然り」


 嫌な予感、というか現状理解をしつつ、三人は表通りから裏へ進んでいく。

 薬屋と自宅を兼ねた平屋にたどり着いたのだが、そこは昼から閉店状態で戸も閉じていた。

 というか、かなり厳重に封鎖されている。

 まるで押し寄せる暴徒を遮ろうとしているようだった。


 というか、周囲から隠れた民衆からの視線が痛い。

 それこそ、天狗でもわかる。


「……裏口から入れるといいんだけど」

「この場合、裏口から入る意味がないような」

「然り」


 これは推理小説で言えば、探偵がトリックを再現しているシーン並みに情報が列挙されている。

 裏から入って、薬を納品して、そのまま帰れる流れではない。


「……あの、この国はもう駄目かしら」

「放っておいても駄目っぽい気もするし、もう手遅れだぞ」

「然りであるな」


 これから天変地異、震天動地、国家滅亡の大災害(個人の武力)が起こるのかと思うと、三人は歴史の分岐点に立っている気分だった。

 とはいえ、スイボクの場合は自重すれば済む話だと思われるが、その気はないらしい。

 筋を通すことは、人命や国家より大事なのである。


「その、すまない。店主はいらっしゃるだろうか」


 裏口をノックする。

 家の中には一人の気配があるのだが、居留守を決め込んでいた。

 それに対して、三人は顔を見合わせる。

 このまま帰るべきなのではないだろうかと。

 その場合、自分たちが国を滅ぼすことにはならないわけであるし。


「いないなら仕方ないな、帰るとしますか」

「そうだな、帰ろう」

「ぬ」


 帰ろうとした三人(これから向かう先は大八州なので帰るのはスイボクだけ)、しかし何やら家の中でドタバタしている音が聞こえてきた。

 ここで姿を見せないほど、三人は薄情ではなかった。いや、残った方が薄情なのかもしれないが。


「もしや、フサビス様ですか?!」


 若い女性が、戸を開けて現れた。

 その顔は、泣きはらしていて赤い。


「ああ、フサビスだ。どうしたのだ、嫁殿。義父である店主と夫である跡取りは」


 開いた裏口から、三人は店の中に入り込んだ。

 店の裏側から見ても、店内は露骨に閉店状態だった。

 それこそ、売り物がなにもない状態である。

 客に売る完成品はおろか、その材料さえない。

 それは、三人の心中の不安を全肯定するものだった。


「それが……夫と義父は、御城へ連れていかれてしまいまして」


 あ、これ知っている奴だ。

 三人は、いよいよ逃げ場を失っていた。


「大ヤモンド帝国の皇帝陛下のお妃さまが、ご病気らしくて……この街どころか、国中のお医者様や薬師が集められているそうなのです」


 なるほど、なんかよく聞く話だった。

 いやなファンタジー(実話)である。


「それで、夫や義父が連れていかれた後も、既にあったお薬がある間は営業をしていたのですが、すぐに売り切れてしまって……閉店した後も、お客さんがいらして……」


 少なくとも、この大きな都市の病院や薬局が、全部閉店している状態である。

 なるほど、それは都市として不味かろう。

 残された彼女の不安を思うと、なかなかやりきれない。


「……その、スイボク殿」

「なんであるか、フサビス」


 予定では、薬を納品した後は大八州へ向かうはずだった。

 しかし、この流れでは、この店が偉いことになることは確実である。

 というか、既に店の前に客が並び始めている。

 そんな気配、というか音が薬屋の妻の耳にも届いていた。

 仮にフサビスが持ってきた分を素直に全部出しても、全員に行き渡ることはない。

 確実に、店の前で乱闘になるだろう。


「申し訳ないのですが……私は天狗であり薬師であり医師です。このまま付き合いがある薬屋を、この都市の人を見捨てられません」

「であるか……良し、ならば儂も協力しよう。サンスイ、お前も手伝え」

「承知しました、師匠」

 

 たとえどんな結果になっても、三人の長命者は全力を尽くすと決めていた。

 そう、どんな結果になっても。


 碌な結果にならない、とわかっていても。


 正直、嫌だけども。

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