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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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発展

【事前に情報を確認したい。パンドラの使い手が所属するディスイヤとは、どのような場所だ】

「悪徳の街だ。そう言ってもわからないだろうが、人間的に言えばそうなる」


 現在、オセオの国情はとても悪い。

 なので国外に脱出する若者は極端に多く、人数をディスイヤに送り込むのはとても簡単だ。

 なにせ、ディスイヤとはもともとそういう町なのだから。

 そして、流石に人間ではない連中でも、幻術でだましてしまえば入ることは可能だった。

 入ることは簡単で、悪だくみの準備も簡単。ディスイヤとは、アルカナ王国でも特異な場所である。


「アルカナ王国は、諸外国から見ればとても奇異な国だ。なにせ中央の、王家の力が極端に弱い。にもかかわらず、国難に対しては一枚岩だ。一つの王家と四つの貴族、というよりは五つの王家のようなものだと思ってほしい」


 旧世界の生物に王家という概念が伝わっているのか疑問だったが、とりあえず黙って聞いてくれていた。アラゾメに対して、大臣は説明を続ける。


「よって、それこそとても基本的な法律こそ共通するが、社会の仕組みが地域ごとに大きく異なる。ああ、基本的、というのはだ。危険な薬物を所有してはいけないとか、販売してはいけないだとか、人身売買などだな。少なくとも、奴隷という階級は存在しない。表向きにはな」


 もちろん、奴隷がいないなら平和で平等で公平なのか、といえばまるで別の話である。

 貧富の差があるのなら、それこそ人間は階級に区別なく他人を酷使する。

 法律で禁じ、罰則を設けるとしても、やはり守るとは限らないし取り締まれるとも限らない。

 とはいえ、法律で許されているのか、いないのか。その差はとても大きいだろう。


「しかし、ディスイヤはそうした基本的な法律さえ守っていない。極めて合法的に、特別な地域を認めていて、その街の中ではいくつかの行為が合法であると明文化している。具体的には、賭博や人身売買などだな」


 人間は水と食料があれば生きていくことができる。

 しかし、それが満たされると他のものが欲しくなる。

 当たり前だが、金持ちも貧民も食べられる食事の量はそう変わらない。

 いくら金持ちだからと言って、貧民の十倍以上も食べるということはないだろう。

 いくら質を向上させるといっても、やはり限度はあるわけで。


 つまり、他のことにカネを使う。

 それの最たる例が賭博などをはじめとする、娯楽産業なのだろう。


「言うまでもないが、人身売買といっても労働目的ではない。もっと残酷な趣味を満たすものだ。具体的には、闘技場などだな。キメラに借金を背負った貧民を食わせる見世物もあるらしい」

【ずいぶんと余裕があるのだな、羨ましい】

「皮肉かな? いや、そちらの事情を思えば、確かに景気のいい話に思えるだろう。私も似たようなものだ」


 確かにお世辞にも趣味がいいとは言えないが、そんなくだらないことができるというのは、余裕があるということだろう。

 確かに滅亡寸前なオセオや旧世界の住人から見れば、生存に余裕があるというのは羨ましい話だ。


「その街は基本的に観光地であり、まともな生活に飽きた貴人が刺激を求めて訪れている。そんな彼らの落とすカネが収入となっているわけであり、そんな連中の落とすカネを目当てに多くの悪党が街に集まっている。なので当然、治安は悪い。一獲千金を夢見て国中や近隣の国から若者が集まり、その結果殆どの者が魚の餌になっている」

【殆ど、か】

「そのとおり。性質がわるいことに、極めて一握りではあるが、本当に成功している若者も多い。金持ちが集まるということは、芸術家や音楽家を雇用する者も集まるからな」


 そう、ディスイヤは確かに多くの若者を食い物にしているが、その一方で成功者も生んでいる。

 皮肉なことに、本当に成功できる可能性があるからこそ、そうした悪徳の街は栄えているのだ。


「まあ、皮肉なことに他でもないディスイヤ家自体が芸術家の巣窟なのだがな。今の我らには無価値だが、四大貴族の一角でありながらほとんどの人間が政治から身を引いて、音楽だの芸術だのに走っている。老体が未だに当主を務めているのもそれが原因だ。跡取りの押し付け合いになっているのだから、笑えん」


 例えば、ディスイヤ楽団なる音楽団が存在する。

 ディスイヤが出資している、音楽家の集まりであろうと誰もが思うだろう。

 実際には、ディスイヤ家の分家や本家の人間だけで構成されている、世界随一の音楽家集団である。

 これが本当に超一流の演奏家ばかりで、これを目当てにディスイヤを訪れる者も少なくない。

 なにせ楽器をその場で演奏するので、絵画と違って『あれは別人だ』とはならない。

 カプトが法術使いの家系なら、ディスイヤは芸術家の家系だ、とも言われている。


「演劇なども含めて、とにかくディスイヤ家の人間は何でもやる連中の集まりでな……結果として、特別な地域はとにかく自治色が強い」

【それでよく、面倒なことにならないな】

「私も若いころにディスイヤに行ったことがあるのだが、その時に聞かされた。なんでも悪徳であれ何であれ、長続きするには秩序が必要だとな。悪徳の街には悪徳の街の秩序があり、結果として長く続く。まあそもそも、どれだけ合法であっても、治安が悪化するのではなく繁栄をするには現地の人間の努力があるのだろう」


 もちろん、悪い噂は本当だ。

 しかし、良い噂も本当だ。

 金持ちは現地の『民間人』に多額の報酬を支払うことで、『安全を保証された刺激』を楽しむことができる。

 賭博をしても大損をすることはなく、それなりに損をしたり小銭を得ていい気分になれる。

 病気を持たない女を後腐れなく抱いて、法的に問題がありそうな子供にも手を出せる。

 また、ディスイヤ家の人間が脚本を書いた、ディスイヤ家の人間が演じる、ディスイヤ家の人間が音楽を奏でる、最高の演劇を楽しむこともできる。

 値打ち物の、本物の芸術品を購入して故郷で自慢することもできる。


 金持ちにとっては最高の街、それがディスイヤの特区である。

 だからこそ、その金持ちに対して悪をなすものをディスイヤは許さない。


「とはいえ、逸脱するものは多い。自由だからと言って、何をしても許されるわけではない。そうした輩を徹底的に罰するのが……」

【破滅の災鎧、パンドラの使用者か。ならば、使用した後を叩く。頻繁に使用されているのなら、こちらとしてはありがたい】

「そうだな……それでも守りを突破するのは難しいが、我らで何とかするしかない」

【パンドラは制限されている限り、一度使用すれば充填するまで死なせることができないからな】


 伝説の武器ということは、有名な武器ということでもある。

 パンドラもその例にもれず、その弱点もよく知られている。

 他の神宝は使用者の感情によって力を増減させるが、パンドラだけはその限りではない。

 パンドラだけは、使用者がだれでもさほど結果に違いはない。

 再使用までもスパンが変わるだけで、感情の強さは無関係なのだ。


【全力で確保しなければならん。アレは、竜さえたやすく死なせるからな】


 誰が使っても、誰でも殺せる。

 まさに伝説の武器と言えるだろう。

 例外がある、という点も含めて。


【そうでなくとも、完全適合者だけでも殺さねばな】


 使用者本人さえ公平に死なせる、パンドラが殺せない数少ない生物。

 それこそ、完全適合者に他ならない。



 さて、秘境である。

 いよいよ山水とスイボク師弟が、この里を出ることになっていた。


 出立のあいさつに、ロコモ・ロイドも姿を見せていた。

 改めて、素のままの山水と握手を交わす。


「貴方はとても強かったです。今度はゆっくりとお話をしたいですね」

「そう言ってもらえると、救われる」


 ロイドは自分の長男とさほど変わらない姿の山水へ、感謝と尊敬を向けていた。


「信じてもらえないかもしれないが、あの時の全てを覚えている。恐怖と高揚が混じった、とても楽しい時間だった。もう二度とごめんだが」


 自分の中に流れる、猛威という最強の力。

 それを農作業にしか使えず、普段はただ稽古をするのみ。

 己の力を戦いに使いたい、と思わなかったことはない。


 そんな考えが若いころから、ずっとくすぶっていた。

 フウケイと他の者が戦うところを見て、更にそれが燃えていた。

 それをぶつけられる相手と、最高の戦いが出来ていた。


「天狗、いいや仙人サンスイ。貴方との戦いは、一生の思い出だ」

「貴方が懸命に戦ってくれたおかげで、私も修業にハリが持てそうです」


 お互いが一定の価値観を共有したからこそ、楽しい戦いになった。

 それを維持したまま、二人は別れる。もう二度と戦うことはないだろう。


「戦ったのが、貴方でよかった」


 固く握手する迅鉄道の使い手と仙人。

 その二人を、スイボクはまぶしそうに見ていた。


「どこかに、答えがある。ここではない場所に、想像を超えた最強の男がいる」


 そのスイボクに、セルは言葉を贈る。


「お前がかつて求めたものは、己の内に見つかった。お前こそが、お前が求めたものだ」

「……そうですね。昔の私は、ああもさわやかなことになれませんでした」

「この世界のどこか、深い森の奥。最強の仙人が、はるか高みに座して今も修業している。彼の弟子になれば、誰でもその高みに触れ、迷いは取り払われ、答えに達することができる。まさにお前そのものだな。そして……それは確かに引き継がれている」


 スイボクは求めたものに、自分がなっていた。

 どこにもなかった答えを求め続けて、それを見つけて、託している。

 それはとても素晴らしいことだった。他のことはともかく。


「さて、フサビス」

「なんですか」

「お前、たしかヤモンドの都に用事があったな? スイボクよ、そこへ寄り道し、そのまま大八州まで連れて行ってくれ」

「な、なぜ?!」


 医療の道を極めんとしている、若い天狗フサビス。

 俗世と取引しようとしている彼女に、そのまま仙人の本場へ向かうように願っていた。

 なぜいきなりそんな話になったのか、彼女には理解できない。


「私は構いませんが、なぜ彼女まで?」

「そうです、いつも通りに迅鉄道の使い手を護衛として、そのまま帰るべきでは?」

「お前はまだ若い。修験道だけではなく、仙術も学ぶべきだ」


 思い付きではなく、深い思慮もあるらしい。

 伊達や酔狂でこの秘境を治めてきたわけではない、大天狗はただの悪童ではない。

 スイボクがそうなったように、まともな指導者としての側面を持っている。

 やろうと思えば、まともに振舞うこともできるのだ。


「それにだ、お前は儂を、俺を侮りすぎだ」

「どういう意味ですか」

「牽牛」


 ぽんと、縮地で何かを引き寄せた。

 この秘境の中で、セルに縮地させられないものはない、と言わんばかりに突拍子もなく子豚が引き寄せられていた。


「これは俺が育てた豚だ。集気法で探ってみろ」

「……これは?!」


 なにがなんだか、と思いながら子豚を調べてみる。

 すると、その子豚の内側の異常を感じ取っていた。

 子豚の臓器は、普通なら豚の物である。

 しかし、それは明らかに人間のものだった。


「仙術で加工し、豚の内臓を人間のものに近づけた」

「それは、倫理的に問題なのでは?! それに、木石でも作れたはず!」

「なるほど、俺は作れるな。だが、お前はどうだ?」


 世界最高の宝貝職人は、自分にできないことはないという。

 その上で、自分にしかできないことにも、何の意味もないという。


「良いか、道具作りは常に通過点だ。仮に満点の物が出来上がったとしても、必要なものが出来上がったとしても、求められている機能を完全に備えていても。それは完成ではない。今度は、それをより簡単に、誰でも作れるようにせねばならん」

「そ、それは……」

「お前は一人前だとフカバーも認めている。だが、学びに妥協点などない。お前は儂が木石で臓器の宝貝を作り、それに甘んじるような未熟者だと思っていたのか」


 スイボクと山水を顎で示す。

 到達した境地を、きっちりと引き継いだ男を示す。


「いいか。本当に優れた天狗というのはな、ちゃんと後継者を育てられるものなのだ。自分だけ最高の境地に達した、誰にも真似できん技を使えるようになった、と悦に浸るのは未熟もいいところだ」

「……では、その豚は、その、私でも臓器の宝貝を作れるように、簡単な方法を、生み出すために」

「それもある。しかし、正解は一つではないと示すためでもある」


 豚を品種改良することも、その豚の一部を体に埋め込むことも、倫理的に問題があるだろう。

 少なくとも、何でも治せる果実のほうが、怪我人や病人としてはありがたいはずだ。


「いいか、もともとお前の師は『人参果や蟠桃に頼らない治療法はないか』ということで、儂と共同で宝貝を製作したのだ。結果的に代替となる宝貝を作れるようになったし、お前の師はそれで満足した。だが、お前がそれに甘んじては駄目だ。不満を感じているお前は、そこから更に先を目指すべきだ」


 一つの方法がダメでも、他の方法はないかと探るべき。

 世界最高の宝貝職人ではなくても、なんとかできるようになるべき。

 木石で再現できるのがセルだけならば、他の手段を模索するべき。


「俺のこれが模範解答と思うな。お前がこれに納得できないなら、納得できる方法を探ってみろ」

「大天狗……」

「できないことがある、不満があることを引け目に思うな。できないと思う、できないと気づくことが大事だ! フカバーがそう思ったようにな」

「……はい、学んで帰ってきます」


 全肯定できないが、確かに尊敬できる面もある。

 それこそが、年長者に他ならない。

 フサビスはその言葉を聞いて、それを再確認できていた。


「……」


 なお、封じられた『最高傑作』とフウケイの死体が詰まった袋を担いでいる山水は、そんな大天狗の言葉を今一素直に受け取れなかった。

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