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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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老害

【かつては、人間も我らへの対策を持っていた。長命者曰く、人間はとても手強く、強力で、竜以外では勝てなかったという。母なる世界で、二番目に強い生物だったそうだ】

「この結果は、対策を練っていなかったからだと?」

【それが一番大きい。この優位を生かしたまま戦いたいが……それも、相手に八種神宝がいる以上、難しいだろう】


 幻に恐怖し、肉体に力が入らない状態で、逃走した兵士(さんぞく)たちは捕らえられた。

 ほぼ全員が無傷で、拘束された状態である。

 その中には、中心となった面々も含まれていた。


「……逃走そのものは、決して許されないことだ。しかし、同情はする」


 オセオ王国の軍事において、最上位に属する大臣が、本来なら直接話すなどあり得ない末端の兵士たちに語り掛けていた。

 砦の内部で略式で行われる『軍法裁判』は、通常に比べてとても感情的なものだった。


「私も若いころは剣を振るっていた身であるし、現場で直接敵兵と切り結んだ経験が無いわけでもない。その経験から言って……童顔の剣聖は怪物だ」


 オセオ王国の兵士だけが、死体として並んでいる安置所。

 その死体のほとんどが、とてもきれいなものだった。

 まるで腕利きの処刑人に首を落とされたかのように、切断面は鮮やかで滑らかだった。

 ただ事実として、たった一人で敵国に侵攻し、そのまま最短距離で国王に達した。それだけでも脅威だというのに、相手はほとんどの兵士を丁寧に殺していたのである。

 それが、どれほど人間の剣士を逸脱しているのか。それこそ、ソペードが誇る最強の剣士、という呼び名が実像から離れている証明だった。


「彼を阻もうとした、兵士たちを尊敬し、悼む。そして、逃げ出した諸君らに同情する。こちらよりも強大で多数の敵から逃げたのならともかく、単独で軍隊をせん滅する化け物から逃げたのなら、それは仕方がないことだ」


 本音を言えば、逃亡兵であっても死んだ兵よりは役に立つ。

 とはいえ、今言っている言葉も、決して建前ではない。

 本音だからこそ、自分の口から伝えるのだ。


「加えて……今回の一件の発端も、納得できないだろう。少なくとも、命をかける理由にはならない」


 一つの事実として、大臣も怒っているのだ。


「あの剣士が堂々と語っていたことを、私も『王女』から直接聞いている。故に肯定しよう、噂は真実だ」


 本当に、取るに足らない理由だったのだ。


「アルカナ王国は八種神宝の全てを得て、更にあの剣聖を含めた絶対の切り札を五人もそろえている」


 普通に考えて、場に出すだけで勝利が確定する切り札など、それこそ信頼に値しない。

 他国が誇張しているであろう情報など、酒場の冗談程度にしか扱われない。

 しかし、この場の誰もが知っている。一国を軽々と攻め落とせる、最強の剣士の存在を。


「革命によって崩壊したドミノを掌中に収め、躍進に次ぐ躍進を遂げた。そんなアルカナ王国が、己の繁栄を周囲に知らしめるべく、盛大な結婚式を披露した。それに、ブラック『王女』が嫉妬した」


 これは他国の人間からも、証言として裏付けられている。

 つまりは、本当にどうでもいいことが発端だったのだ。


「そう、嫉妬だ。躍進を遂げたアルカナ王国の繁栄を己の目にして、そんなアルカナ王国をたたえる諸国の貴人を見て、まるで自分の国がないがしろにされていると思い込み……嫉妬で暴言の限りを尽くした」


 ブラック王子の容態を聞いて、溜飲が多少下がったのは彼も同じだ。

 一番責任を負うべき男が、死よりもひどい目にあっている。それが、多少は心証を良くしていた。


「それを言われた花嫁が怒り、剣士をけしかけた。それが今回の一件の全てだ」


 もちろん、事前に色々とあったことは事実だ。

 しかし、おそらくこの場の面々にとって、完全にどうでもいいことだった。


「そんな理由で、我が国は壊滅寸前まで追い込まれた。破壊工作も含めてな」


 非は王子にあり、王子はオセオの代表であり、だからこそ正当性はアルカナ王国にあるのだろう。


「……そう、そんなどうでもいい理由で、諸君らの戦友は命を散らしたのだ」


 しかし、正当性があるから、何だというのだろうか。

 少なくとも、ここまで叩きのめされ、死ぬ寸前まで痛めつけられる理由ではない。


「少なくとも私は、他でもないブラック王女にこそ、一番腹を立てている。だが、同じようにアルカナ王国へも怒りを向けている」


 このまま、優位なアルカナ王国から『今日はこれぐらいにしてやる』と通告されて、それで納得できるわけがない。

 それこそ、このまま自分たちだけが痛い目をみて、そのまま滅びていいはずがない。

 少なくとも、やり返さなければならない。そんな私情も、少なからずあるのだ。

 

「我らオセオは、反攻計画を練っている。もちろん、アルカナ王国に対してだ」


 普通なら、それこそ誰もが呆れるだろう。

 極端な話、もう一度山水がこの国に攻め込んでくれば、それだけでオセオは壊滅する。

 そんな連中が、あと四人もいるのだ。それで、どうして立ち向かえるというのだ。


 誰がどう見ても、人間ではない軍勢がいなければだが。

 そう、この場の誰もが神話で知っている、旧世界の怪物たちがいなければ。

 はるか先祖を逃走に追い込んだ、竜の(しもべ)たち。


 普通に考えて、悪魔と取引をしたようなものだ。

 戦争が終わった後に、利用されるだけされて、そのまま滅ぼされるかもしれない。

 そんな、人間の敵と手を組むのだ。


「諸君、私は、オセオは、君たちを許す。その上で再びアルカナ王国と、その切り札、そして八種神宝に挑んでほしい」


 整然と並んでいる異形の戦士たち。

 その彼らの中で、一際筋骨隆々な牛の体を持つ戦士が一人。

 二足牛の男が、縛られた山賊の首謀者たちから離れて立っていた。


「竜の軍勢と手を組んで!」


 従精を、人間でいうところの影気を宿す戦士が、その準備を終えていた。

 一瞬後に、彼の前に十体の『影』が現われていた。

 拘束されている首謀者たちは、その分身たちが何のために生み出されたのかなど考えたくもなかっただろう。

 

 その期待を裏切ることなく、巨大な戦士たちが全力で突撃していく。

 巨体に見合わぬ速度は、まさに猛獣のそれだった。


 牛という生物の強さを知っている兵士たちは、それを更に強大にした二足歩行の戦士の鮮烈な突撃に目を奪われていた。

 

 その一撃で、人間が肉の塊になる瞬間を、誰もが見ていた。

 そう、八種神宝は八つしかなく、切り札たちも五人しかいない。

 しかしこちらには、人間ではない強大な戦士たちが軍勢をなしている。

 ここに、恐怖の対象は報復の対象となる。

 アルカナ王国は倒せない敵ではなくなっていた。



 さて、秘境セル。

 その地を治める大天狗が住まう小屋で、山水は見たくもないものを見ていた。

 己の師匠と、知らぬ仙人の気配を色濃く宿した一本の刀。

 それがセルの作ったものであるとわかるのだが、わかりたくないのはその材料だ。


「……師匠、念のためお伺いしますが」

「ぬ、儂は知らんかったぞ。大天狗が儂の去った後に作ったのじゃ」

「儂も悪くないぞ。なぜなら墓を荒らしたわけでもなく、この刀で何を斬ったわけでもない」


 世界最強の仙人と、世界最高の宝貝職人が、互いに責任を放棄していた。

 スイボクの場合はそうでもないとして、セルは絶対に責任を放棄してはいけないと思うのだが。


「確かに未熟な自分にとってはありがたい代物ですが、もう少しましな材料で作っていただきたいです」

「おう、受け取ってくれるか? てっきり流儀に反するのかと思っていたが」


 セルにとっては少々意外だったが、山水はすんなりと受け取っていた。

 正しく言うと、受け取ること自体は受け入れていたが、触ろうともしていない。


「もちろん、流儀ではありません。師匠からは木刀の使い方しか習っていませんし、壊れた時に自分でどうにかできない代物をもらっても、正直困ります」


 山水は今まで、木刀が折れれば新しいものを作ったし、敵から奪った真剣が折れればまた別の剣を拾っていた。

 弘法筆を選ばずを地で行くスイボクの弟子である、道具にはほとんど頓着しない。

 というよりも、替えが効かない道具を嫌がっているともいえる。

 スイボクが到達した境地が、『剣とは物体ではなく技術』というものだったから当然かもしれないが。

 ともあれ、自分で作れず、壊れても直せないものは確かに問題があるだろう。

 それを使うならともかく、それに頼るのはよくないことである。


「ですが、今回は私も自分が未熟であることを痛感しました。師匠は『特別な剣を使うな』とはおっしゃりませんでした。必要な時、必要なことをする。それが大事なのだとしたら、私はこの刀を受け取らせていただきます」


 受け取ります、とは言った。

 しかし、手を伸ばそうともしていない。

 正直に困る、というのは本音だったらしい。


「それに……師匠にもエッケザックスの力を借りていた、エッケザックスに頼っていた時期があると聞いています。それはそれで、当時の師匠には必要なことだったのでしょう。であれば、私もこの刀に、師匠の体と大天狗の技に頼ろうと思います」

「その割には、手を伸ばさんな」

「だって、師匠の一部でしょう? 正直、恐ろしくてですねえ」

「儂が作った、最強の剣だぞ。お前は大天狗の保証が信じられんか」


 むしろ、だからこそ怖いのだが。

 この剣には、最強への妄執が染みついているように感じられる。

 それこそ、材料も使い手も。


「理論上、この星をも斬れるのだぞ。机上の理論ではあるが」

「机上でも、それは凄いですなあ」


 いや、それは悪感情しかもたらさない。

 この大天狗は、星を切り裂く刀を作っておいて、特に不安もなく他人に渡してしまうのか。


「星を斬ってどうするんですか」

「なに、斬りたくなることもあるであろうさ。仙人の人生は長い、そういうこともある」


 斬りたくなるかどうかは別にして、斬ってもいいのだろうか。そんなにこの星は軽くなかったと思うのだが。


「案ずるな、若き仙人よ、スイボクの弟子よ。どうせ星なぞ星の数ほどあるし、放っておいても数十億年後だかには滅ぶ。宇宙そのものさえ、百億年ぐらいを経れば滅ぶ。であれば、今この星が滅びても不都合などあるまい」

「まさに諸行無常ですな、大天狗よ。この世に滅ばぬものなどないのですなあ。国破れて山河在りとはいいますが、私は国を幾度も滅ぼして、山を吹き飛ばし河を埋めたものです」

「国も山も河も滅ぼす、当に盛者必衰よなあ」

「ええ、誠に。私も貴方も、栄えるばかりで衰えたことがありませんが」


 まずこの二人を斬るべきと思う山水である。

 少なくとも、善悪で言えばこの二人こそ悪であろう。

 善悪で考えない山水も、善悪が頭をよぎっていた。


「では、所有者として責任をとり、この刀を壊してもよろしいですか?」

「それはやめろ、とても頑張って作ったんだぞ」


 どうやら、この大天狗にとって星よりも刀の方が重いらしい。

 なるほど、我儘で自分勝手であることが、長生きの秘訣のようだ。

 長生きはするものではない、彼もまたさっさと死ぬべきである。


「まあとにかく、だ。その刀はエッケザックスを越える剣だ。できることなら、エッケザックスを持つ者と戦って勝ってほしいところだな」

「すみません、もう戦って勝っているんですが」

「なんだと?! なんて甲斐の無い剣士だ!」


 ぐぬぬ、と悔しそうなセル。

 とはいえ、言われてみればそうなのだろうと納得しようと苦心している。


 おそらく、広い世界の頂点に立つものであろうセルは、己がまだ知らないことだらけであることを感じているようだった。


「……とまあ、儂は、俺は、世の広さをいまいち知らん。作ったこの刀も、実際にどうなるかはわからんのだ」


 そう言って、セルは最高傑作を布で包み始めた。


「この刀に、世界の広さを教えてやって欲しい」

「……大天狗、承知しました」


 受け取るように突き出してくるセル。

 言葉では応じつつ、それでも山水は手を伸ばそうともしなかった。


「おい、さっさと受け取れ」

「心の準備が……」

「言動を一致させろ!」


 一致しない方がいいのではないだろうか。

 山水は両手を背中に回しつつ、いぶかしんでいた。

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