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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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異種

 一方そのころオセオでは。


 先日、山水はソペード当主の命によって、オセオの首都までの道を荒らしに荒らした。

 とはいえ、山水は剣士であり仙人。広範囲を速やかに吹き飛ばす、ということはない。

 なので当然、山水に挑むことなく逃げ延びた兵士たちは、比較的多く存在した。

 もちろん、法的には逃亡兵である。相手が規格外を極めているとはいえ、敵前逃亡は肯定できない。

 仮に彼らを許せば、それこそ山水と戦って散った兵士たちが浮かばれない。

 とはいえ、それは表向きの話である。

 今のオセオには、逃亡兵を皆殺しにする余裕などない。

 如何に旧世界から援軍が現われたとはいえ、国体を維持するには人間の兵士が絶対に必要である。

 ということで、逃亡兵が集まった集落、ぶっちゃけていえば山賊の根城の前に旧世界の軍勢は集まっていた。


「無理に、とは言わない。判断はそちらに任せるが、出来るだけ兵士を降伏させてほしい」

【承知した。合理的な理由であり、理解は示せる】


 意外にも、旧世界の面々はそれをあっさりと呑んでいた。

 それこそ、人間からしても『体面』を重んじた結論なので、理解してもらえないかと心配していたのだ。


「その……構わないのか?」

【もちろんだ、戦力は多い方がいい。理性的な判断であると支持する】


 旧世界からの代表であるアラゾメからしてみれば、むしろ皆殺しにしてほしいという発言をされた方が困る。

 なにせ、できるだけ多くの人間に八種神宝と戦ってほしいのだ。であれば、できるだけ兵士は回収したいところである。


【先に言っておくが、正常な竜は今回の作戦に協力しない。できるだけ八種神宝から身を隠したくあるし、そもそも生け捕りに適さない】

「そうか、それで勝算は? 本当に、無理にとは言わないのだが」


 ホワイト国王もその側近も、逃亡兵をできるだけ回収したいとは思っているが、その結果旧世界の戦士が減ることも嫌だった。

 優先順位としては、間違いなく現時点で味方になっている側の方が高い。


【懸念は尤もだが、ほぼ問題ない】

「それほど自信があると」

【それもあるが、最大の理由は最適化だ。今この世界では、熱や雷の魔法を扱える人間が少ないのだろう?】

「それは、そうだが……」

【であれば問題ない。おそらく、ほぼ問題なく鎮圧できるだろう】


 その言葉を裏付けるように、旧世界の戦士たちが進軍していく。

 精鋭をそろえている、という言葉は嘘ではないだろうが、それを抜きにしても威容が伝わってくる。

 なにせ、並んでいる戦士たちの誰もが、装備うんぬんを抜きにしても巨体なのだから。


【さて、一応言っておくが、我々は翻訳機を用いている。これは長命種が作り上げたもので、母なる世界では一般的なものだ。かつて、人間たちも使っていたという。なので、そちらの耳に入る言葉はかつて人間たちが使っていたものだと思ってほしい】


 と、不必要にも思える発言をされた。

 とはいえ、その後の名乗りを聞けば納得できるのだが。


二足猫(ワーキャット)族、百体】

二足魚(マーマン)族、百体】

二足牛(ミノタウロス)族、百体】


 なるほど、あらかじめそう言ってもらわなければ、自分を卑下しすぎと思って仕方があるまい。

 己たちの先祖は、大分他の『亜人』を下に見ていたようだ。

 そのあたり、今後は調整した方がいいのかもしれない。


「なるほど、誰もが屈強だな。もしも彼らが今武器を向けてくれば、私も観念して降伏するだろう」


 人間の指揮官は、そうつぶやいた。

 個体差こそあるものの、それこそ人間と彼らは大型犬と小型犬ほどの違いがある。

 ただ立って並んでいるだけでも、それこそ千軍を相手取りそうな『猛獣』である。

 竜が彼らを力で支配しているのなら、その強さは想像もできない。

 八種神宝をもってしても、人類が敗走したのも納得である。


【……それは、違った。人間の先祖は、観念も降伏も一切しなかったという】

「なるほど、よほど傲慢で命知らずだったのだな」

【うむ、正常な竜は確かに傲慢だ。それは己の強大さが故であり、ある意味では根拠を持つ。しかし、人間たちは根拠もなく傲慢で、最後にノアに乗り込み敗走する時まで、一人も降伏しなかったという】


 レッサードラゴンと呼ばれた彼、アラゾメ。

 その彼からは、明らかに警戒が見て取れた。


【もちろん、過去のことだ。長命者にとっても一万年前は古すぎることであるし、話半分だと思っている。しかし、それを抜きにしても事実として、彼らは同じ世界に生きた竜に挑んだ。同じ生き物である我でさえ、正常な竜には恐怖を覚える。にもかかわらず、人間は己こそ至上であると真っ向から戦った】


 竜に挑み、滅亡するまで戦い続けた。

 なるほど、竜を知る旧世界の住人からしてみれば、それだけで警戒と恐怖に値するのだろう。


【もちろん、母なる世界とこの世界では事情が違う。人間にとって我らは伝説の怪物であろうし、我らにとっても似たようなものだ。だが、まかり間違って、それこそ同じ生物でしかなく明確な外敵であると人類全体に認識されれば、我らに未来はないだろう】


 ただの怪物なら、それこそ逃げ出すだろう。

 しかし普通の生物であり、明確な意思を持って侵略に来たと悟られれば、死に物狂いで襲い掛かってくる。

 それが人間であり、ある意味では正常な生物の反応だ。


【だからこそ、その前に決着を望む。先々のことはともかく、我らには『今』、住む土地が必要なのだ】


 相互理解が発生する前に、こちらの事情を把握される前に、とにかく侵略して土地を確保しなければならない。

 人間全体から見れば旧世界の住人など害悪でしかなく、生かして迎える意味がない。

 だからこそ、その前に。


【竜の名代として命ず。三つの種族よ、今日の糧を得るために己の力を、精を示せ】



 アルカナ王国は広大な国であり、西側には海岸線も存在する。

 しかしオセオはそこまで大きいわけではなく、内陸部に存在し海岸とは接していない。

 基本的に山が多く、高低差の激しい地形も多い。

 それは他国から攻め込まれにくいという性質があり、それゆえに町から少々離れた堅牢な砦が国内にいくつか点在している。

 とはいえ、その砦も友軍が悪意を持って侵入した場合は、とてももろかった。

 逃亡兵たちは山水から散り散りになって逃げた後、合流しながら一つの集団となり、誰ともなく危機感を感じ悪意に走った。

 つまり負傷兵を装って、救援を求めて砦に侵入しそのままのっとったのだ。


「なあ、オセオはどうなったと思う?」

「滅びただろうさ……お前も見ただろう、あの化け物を」


 彼らはそれなりに賢かった。

 絶対に勝てないとわかり切っている相手につっこむのは、愚かなことである。

 少なくとも山水は、自分に挑んでくるものに対しては、一人残らず地面に横たわらせていた。


「アレが、アルカナ王国が誇る最強の剣士か……」

「アレが剣士?! 死神の間違いだろう、そうでなくちゃあ絶望の壁だ!」


 一応兵隊であった彼らは、皮肉にも一定の士気と秩序を保っていた。

 首謀者は階級が高い者であり、年長者だった。

 砦で見張りをしている者たちも、階級が下であり年若い者たちばかりだった。

 しかし、流石に『公務員』だった時ほどの真面目さはない。

 砦の外壁で見張りをしている二人は、それこそ不真面目に話をしていた。


「俺は見た、あの男に誰もが殺到していって、殺され倒されていった! まるで壁にぶつかった卵みたいにな! アレにぶつかって、そのままお陀仏だ! アレが剣士だって?! よしてくれ、あれは剣を持っているだけの死神だ!」


 進軍している者たちは、きっと目の前に兵士が一人いることしか見えなかった。

 しかし、はたから見れば崖へ全速力で突っ込んでいるようだった。

 崖にして壁、最強の剣士はもはや人間どころか地形の様に表現されていた。


「……ああ、そうだったな。俺も見たよ、あの化け物が草を刈るように兵士の首を落としていくところを」

「アルカナには、あんなのが五人もいるんだぞ! そんな国にケンカを売る王子のバカに、俺の友達は付き合わされて死んだんだ!」


 なんとも悲しいことに、情報は正しい。

 彼らは忠義を誓った王子のせいで、アルカナ王国最強の剣士と戦うことになった。

 理由も大概であり、ばかばかしいものだった。

 はっきり言って、そんな理由で戦うなどごめんである。


「ああ、本当だ。立ち向かった俺の同僚も……俺は、怖くて逃げることしかできなかった」

「目をえぐられ、耳と鼻を落とされ、肝心なところも落とされちまったそうだが、いい気味だ!」


 唯一の救いは、原因になった王子が一般的に言ってひどい目にあっていることだろう。

 仮にどれだけ手厚い治療を国から受けられるとしても、絶対に幸福など感じられないだろう。

 それだけが、兵士たちにとって救いだった。


「なあ、オセオ王国がこの砦に攻め込んできたらどうする?」

「そりゃあ来るだろうが、お前あの断崖絶壁と戦いたいか? 俺はごめんだね」

「そうだな……俺たちは兵士で、人間相手にしか戦えないぜ」


 山水ともう一度戦うぐらいなら、王国と戦った方がまし。

 なるほど、確かにその通りであろう。


「あれは人間じゃねえって」

「ああ、化け物とは戦えねえよ」


 しかし、およそこの世界の誰もが想像していなかったことが起きる。

 オセオ王国と、旧世界の怪物が全面的に手を組んだ。


 そして、なんとも不幸なことに。

 アルカナ王国最強の兵士たちと戦うことを避けた『山賊』たちは、人類としては一万年ぶりに人間以外の知恵ある生き物と戦うことになった。


「ん、なんか聞こえないか?」

「そうだな、なんか唸るような……」


 人間が宿す王気と竜が宿す覇精は、本質的に全く同じである。

 呼び名と生物が違うだけで、力そのものは違いなどない。

 翻訳の辺りに関しては、かつて人間がそう呼んでいたというだけのことで、今の人間はまた別の呼び方をしているだけなのだろう。

 しかし、その規模はまるで異なっている。王気を宿し神獣となった神降しの使い手が何十人そろっても、本物の竜にはまるで及ばない。


 同様に、二足猫、二足魚、二足牛。

 この種族も宿しやすい力は異なっており、その規模やあり方さえ著しく異なる。


「……なんか、臭くないか?」

「ああ、湿っぽくなってきたような」


 二人の兵士は、他に誰もいない砦の城壁で、何かを感じ取っていた。


「ひぃ?! な、なにか触ったか!?」

「おい、冷たいぞ! 驚かすな!」


 感じるだけで、そこにはなにもない。

 気が昂っているのか、それとも何かあるのか。

 二人は何とも言えない恐怖に身震いしていると……。


「ぎゃああああ!」

「ぎゃああああ!」


 ともに、恐ろしいモノを見て気絶した。

 それに実体はなく、二人はただ声をあげて倒れただけである。


 テンペラの里に存在する、霧影拳の源になる幻血。

 それを非常に宿しやすい生物こそ、二足猫と呼ばれる旧世界の生物である。

 今現在森に潜んでいる彼らは、既に術を放って砦の内部にいる人間たちへ攻撃していた。

 

 虚精と呼ばれる力を操る彼らの術は、人間の霧影拳とはまるで違う。

 人間ではどうあがいても視覚にしか干渉できないが、彼らの術は実体こそないもののあらゆる感覚に干渉ができる。


【間抜けな連中だ】

【声からして、ずいぶん倒したぞ】

【このまま全滅させられるかもな】

 

 森の中で目を光らせる二足猫たちは、それこそ二足歩行の大型猫科肉食獣である。

 人間とは見間違えようのない彼らは、山中の砦を遠くから眺めていた。


【無駄なことを言うな】

【そうだ、さっさと終わらせるぞ】

【今度は我らの番だ】


 それに次いで、まさに二足歩行の魚としか思えない二足魚たちも動き始めた。

 昂精、人間でいうところの酔血を宿す彼らは、己の力を解き放った。

 人間が放てば粘性のある球体のようになる程度のそれは、しかし彼らが集団で放てば、まるで透明な津波のようになりながら、巨大な建造物を飲み込んでいく。

 人間の術では一時しか有効ではないこの力も、しかし二足魚が放てば長時間肉体の自由を奪うことになる。


 つまり、当然と言えば当然だが……。

 こうしていともあっさり、砦一つが陥落したのだった。

【終わったようだ】

【我らの出番がないな】

【良いことだ】

【いや、運ぶ仕事があるだろう】

【そうだった】

【良いことだ】

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