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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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先人

 山水は右ひじから先を喪失したが、人参果をそうそう使えないということでそのまま止血だけされていた。

 しかし、日常生活でも不自由があるだろうということで、義手が用意されていた。


「それも宝貝ですか」

「ええ、木でできた義手ですが、仙人ならばちゃんと握ることもできますよ」


 腕の切断面に合わせて微調整された、すべすべとしている『人間』の手。

 人形の関節はなくそれこそマネキンのようだが、切断面に接着してみると開くことも閉じることもできていた。


「これは凄いですね、フサビス様が作成したのですか」

「ええ、この程度なら私でも」


 流石は医療の修業に捧げている天狗、宝貝製作もできるらしい。

 木の手から感じる仙気からそれを察した山水は、とても素直に褒めていた。

 自分が仙人だからかもしれないが、触感さえ再現されている。

 正直、自分の腕が復元したようにしか思えなかった。


「迅鉄道の使い手が多いこの里では、こうした宝貝も需要があるのです」

「仙術もそうですが、宝貝も奥が深いのですね」


 なにせ、山水が知る宝貝はスイボクが作れる物に限られる。

 スイボクが作る宝貝と言えば、それこそ『自分が使う』物に限られる。

 スイボクは人参果を作れるので、こういう宝貝の作り方を学ばなかったのだろう。


「……一応言っておきますが、こうした医療用の宝貝の研究はここ千年で始まったのです」

「最近なのですね」


 千年の研究が最近というのは価値観が狂っている気もするが、何分スイボクがこの地を訪れてから千五百年後なので、山水の主観からすれば最近である。


「そのとおり……俗世ならともかく、天狗や仙人にとってこうした義肢は需要がありません」


 とても当たり前の話だった。

 なにせ仙人は寿命が長い、スイボクも自分が欠損や重大な怪我を負ったときは、エッケザックスとともに長期間を費やして錬丹法を行った。

 つまり、時間さえかければ解決できることを、今解決しようとは思わない。それが仙人というものだ。

 であれば、この技術は俗人のための技術ということになる。


「既に修業を『完了』した、私の師であるフカバーが大天狗と協力して開発したのです」

「なるほど、治癒に生涯をささげた天狗だったのですね。その志を継いでおられるとは、なんとも素晴らしい」


 仙人や天狗にとって、修業とは生きている限り終わることが無い。

 だとすれば、修業の完了とは人生の終わりに他なるまい。

 しかし、それは決して悲しいことではない。弟子がこうして存在し、その志を継いでる。

 それはとても素晴らしいことだ。山水はそれをたたえる。

 しかし、肝心のフサビスは悲し気というか申し訳なさそうである。


「確かに私は師の跡を継いでいます。ですが、だからこそ先人の偉大さに対して、思うところが」

「……」


 山水とフサビスは、仙人と天狗である。

 共に長い人生を歩んでおり、だからこそ一々隠し事などしない。

 双方は、既に結論が分かっているうえで話をしていた。


「貴方は世界最強の仙人の弟子であり、その骨子を継承していると認められていますね」

「ええ、それだけは絶対に譲れません。スイボク師匠が三千五百年かけてたどり着いた『解答』を、理想の最強を私は確かに受け継いでいます」

「……貴方は、尊敬する人物が『世界一』なのです。私は違います」


 大天狗、とは大先生(だいせんせい)だとか教授(きょうじゅ)だとか、その言葉自体が敬称なのだろう。

 大天狗セル、希代の問題児はスイボクをして崇拝の対象なのだ。若手の天狗たちからすれば、どれだけの存在なのか想像もできない。


「私は元々この里の出身ですが、だからこそ大天狗セルのことは幼いころから聞いていました。というか、遠くから見ていました」

「そう、ですか……遠方から弟子入りした私には、いまいち想像できません」

「とにかく、お世辞にも威厳のある方ではなかったので、軽く見ていました。それは天狗になって以降も同じで、直接の師であるフカバーの方が偉大であると信じて疑っていませんでした」


 広い意味では、この秘境の住人は全員セルの弟子である。

 狭い意味でも、天狗たちは全員セルの弟子なのだろう。

 さかのぼれば、全員がセルの系譜なのだ。


「はっきりいって、大天狗セルは私たちとは格が違います。こうした義肢や、老齢の方のための補助具なら私でも作れますが、大天狗は石や木で臓器さえ再現できます」

「はぁ?! 臓器というと、心臓などですか?! 木や石で?!」

「心臓どころか、肝さえ再現できます」


 心臓はそこまで複雑な臓器ではない。

 重要な器官ではあるがただ血液を循環させるポンプでしかなく、機械的に代替できると山水は記憶している。

 しかし、肝臓というのは本当に複雑で、多くの機能を持っていた。

 その辺りを、専門家であるフサビスはより深く理解しているのだろう。


「もちろん、私には無理です。今の私、ではありません。千年修業しても、出来るとは思えません。少なくとも、我が師であったフカバーも生涯不可能でした」


 つまりは、千年かけて熟成された、宝貝による人体の代替。

 それは決して、己の師の功績ではないのだ。


「はっきりいって、大天狗が千年前まで治癒に関する宝貝を製作しなかったのは、単に興味が無かったからです。もちろんそれは他の仙人も同じですが、錬丹法に頼り切らない治癒法、そのための宝貝製作は大天狗抜きにはありえなかった」


 他の現役天狗たちがそうであるように、フサビスも師が自然に帰った後は直接大天狗とかかわるようになった。

 その結果、余りにも遠すぎる境地を目の当たりにしたのであろう。

 山水が五百年毎日見続けてきたものを、彼女は突然見たのだ。


「もちろん、限界はある。宝貝は修験道(せんじゅつ)の再現であり、それゆえにどうしても力が足りないことはあります。ですが、貴方が体得しているように、己の名を刻む術に至る仙人(てんぐ)がいる。原理原則に沿ったまま、原理原則の限界を超える者が。正直私には、石や木で臓器を再現できる原理がまるで理解できない」


 それは、それこそ大天狗ぐらいしかわからないことなのだろう。

 医療の専門家を越えて人体を理解する、宝貝の専門家。

 それは、なるほど、つらいだろう。


「性格は、悪童ですし」

「そりゃあ辛いですねえ……」


 高潔な天狗なら、とっくに寿命を迎えている。

 迎えていないということは、それこそ悪人ではないが相当に自分本位ということなのだろう。


「矛盾です。達成されている手段をより突き詰める趣味人こそが、長い時間情熱を保てる。結果として、誰もマネできない境地に至る。いえ……それは師から太鼓判を押されている貴方には、侮辱以外の何物でもないでしょう」

「いえいえ、私にとっても師は遠い背中です。師が己の人生に決着を付けた後でこそ、私は頑張れねばならないというのに、今から不安で仕方がありません」


 それこそは、かつてフウケイが味わった矛盾。

 真面目に正しくあろうとする者ではなく、純粋に己の為に高めようとする者の方が術に長けるという現実。


「ですが、そこまで気にすることではないでしょう」


 発言をした後で、わかり切った結論を互いに言い合う。


「私は貴女に感謝します。治療をありがとうございました、フカバーの弟子である天狗フサビス」

「……怪我人に愚痴を言ってしまいました。許してください、スイボクの弟子である仙人サンスイ」


 さて、治療が済んだ山水は治療所を出た。


「修業は控えてください」

「ええ、会いたい人がいるだけですので。激しい運動は控えておきます」



 大量の歯車が、大地を削って掘り返していく。

 並んでいる迅鉄道の使い手たちが、農作業の服をきて横一列に並んでいる。


 そう、実輪を使って畑を耕しているのである。

 それこそ山水の知る農耕用の機械のように、人力や家畜の力ではありえない力で地面を砕いていく。


「すげえな」


 祭ばかりやっている村はないし、戦ってばかりの村もない。

 迅鉄道の使い手たちは、規則正しく周囲と協力し、ゆっくりと畑仕事をしていた。

 なるほど、こういう使い方が主なのだな。

 山水は納得しながらその農作業を眺めていた。


 山水は既に目当てのロイドを見つけているが、仕事中ということもあって大規模な農作業を眺めることにしていた。

 暇人が仕事中の人を邪魔してはいけないのである。

 そう思っていると、自分に誰かが気付いて走ってきた。


 その姿と気配からして、迅鉄道の使い手、の子供たちだった。

 少年はともかく、少女まで僧兵風なので少し違和感を感じるが、まあ山水が言うことではあるまい。


「ああ! 天狗だ!」

「天狗だ、天狗だ! 父ちゃんと戦った天狗だ!」


 レインとさほど変わらないであろう子どもたちが、山水の見た目より少し年上であろう子どもから離れて指さしながら走ってきた。


「お、おい! 大天狗スイボク殿のお弟子だぞ! 無礼は止めろ!」

「ええ、だって、父ちゃんは大天狗に褒めてもらえたけど、アイツは寝てたんでしょ?」

「修験道しか使えない天狗が、迅鉄道八段の父ちゃんに勝てるわけないじゃん!」

「バカだよなあ、天狗は天狗らしくパオペーを作ってればいいのに」

「ば、バカ! お前ら、黙ってろ! すみません、天狗サンスイ。弟や妹が、その……失礼なことを言ってしまって!」


 当たり前だが、この里には子供もいるらしい。

 というか、口ぶりからしてロイドの子供らしい。


「ちゃんと、親父が負けたって教えたんですが……人参果で治してもらった親父が家に普通に帰ってきたんで、親父が勝ったっていって聞かなくて……」

「いえいえ、気にしていませんよ。確かに負けのようなものでしたし」

「そんなこと言わんでください。負けた親父が一番傷つくんですから」


 どうやら、長男であるらしい彼だけは、現場で山水との戦いを見ていたらしい。

 それゆえに、山水にも敬意を払っていた。


「おら、お前らは家に帰ってろ」

「え~~せっかく父ちゃんがご褒美をたくさんもらったのに~~」

「そうだよ、大天狗が色々作ってくれるって言ってたのに……」

「友達に自慢するんだよ!」

「うるせえ! 親父に言いつけるぞ!」


 怒鳴りつけると、流石に子供たちも散っていく。

 さて、改めて長男と山水は話をすることになる。


「……その、がっかりしてませんか?」


 第一声は、申し訳なさそうだった。


「その、貴方は五百年間毎日修業していたと聞きました。あのフウケイさえ軽々と倒した、最強の仙人の元で。その貴方が、その……普段は農作業をしている男に負けるなんて、とか」

「がっかりなどしていませんよ。むしろ、嬉しいぐらいです」

「どこが?!」


 どうやら、少年としては農作業は格好がいいものではないらしい。

 なるほど、ある意味普通の感性である。

 彼も迅鉄道の使い手なのだとしたら、戦闘だけをしていたいに違いない。


「……貴方は、その、アルカナだかどっかで、王様に仕えて剣士をやってるんですよね?」

「そうですね、似たようなものです。主に剣の指導を」

「ああ、やっぱり。すごいっすよねえ……迅鉄道八段の親父と、木刀一本でやりあってのしちまうんですから」


 実際には王子が王女に転職する際に発生したクラスチェンジアイテム(隠喩)を、お父さんの所へお届けする宅配サービス(隠喩)もしている。

 なんで転職した時にクラスチェンジアイテムが発生するのか、そんなことは考えてはいけないのだ。考えても、つらいだけなのだから。


「そんなスゲー人が、農作業している奴に負けて悔しくないんですか? 農作業の合間に稽古しているぐらいっすよ?」

「農作業はとても大切な仕事です。確かに多くの人が従事しているので珍しくはないでしょうが、誰に恥じることのない立派な仕事ですよ」

「……そんな、他の天狗とおなじようなことを」


 できれば賛同してほしかったのであろう彼は、なんとも恨めしそうにしていた。

 あるいは、自分の父をこの里から出して、『王様』に推薦してほしかったのかもしれない。

 なるほど、それはそれで夢のある話である。


「家族を養うために、皆と一緒に仕事をしている。立派なお父さんではありませんか」

「それは、感謝しているよ。でも、せっかく強いのに……もったいない」

「確かに強かったですよ。私が自分の負傷を恥じていないのは、己の未熟さ故の傷ではなく相手の強さ故の傷だからこそ。貴方のお父さんは、仮にこの里から出ても無様をさらすことはないでしょう」


 本音である。

 それこそ、世界中を渡り歩いたスイボクをして、迅鉄道は最強と評していた。

 であれば、この里で一番の使い手であろう彼が、弱いわけがないのだ。


「……だったら」

「ですが、戦うということは常に危険をはらみます。貴方のお父さんは確かに強いですが、それでも戦えば死ぬかもしれません。であれば、戦う理由がないのなら、戦うべきではないでしょう」


 戦うのは強いからではなく、戦う理由があるから。

 戦う理由がないのに、戦うのはバカである。それこそ、山水がこうして右腕を失ったように。


「はぁ……正直、期待してたんですけど」

「貴方が出たいなら、それは止めませんよ。ですが、それを父親に押し付けてはいけません」

「はい……」


 自分の父親が格好いい仕事に就くことに憧れている少年に水を差すようで悪いが、しかし大切なことが常に格好がいいとは限らないのだ。




「それに、年がら年中修業ばかりしていることが、必ずしも格好がいいとは限りませんよ」




 山水は、まさにこの後自分の先人たちの駄目なところを見ることになる。

 そう、格好がいいものではないということを、身をもって知るのだった。

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