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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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上下

 仙人、あるいは天狗は瞑想し、集中することで周囲の情報を集めることができる。

 戦闘さえしていなければ、観戦に徹するならば、それこそ難しいことではない。

 だが、秘境セルの天狗たちの顔色は優れない。


 また、同様に巫女道の使い手たちも『接続』している相手と感覚を共有できる。

 ざっくり言えば、援助している相手が見ているものを、自分も見ることができる。

 それにとどまらず、対象が限られているだけに、繊細に把握することも可能だった。

 今現在、里中の巫女道の使い手全員がロイドとつながっている。

 よって、迅鉄道の膨大な負担を百人以上の体制で支えているため、一人一人の負担は軽かった。

 だが、全員が困惑していた。


 山水が見せた超絶の技。

 それを間接的にとはいえ目の当たりにして、青ざめていたのだ。

 もちろん、迅鉄道の使い手たちは全員がまったく把握していない。


「あの、どうなってるんですか!」

「大天狗殿?!」

「まだ戦っているんですよね?!」

「ええい! 俺たちも追うぞ!」


 山水が離脱し、そのまま遠くへ避難した。

 そこから先でも戦闘が続いているのは、球形であるセルの中ゆえに捕捉は簡単だった。

 だが、何が起きているのかわからない。

 故に、迅鉄道の使い手たちは、己らの代表を追いかけていった。


 一方で、巫女道の使い手も天狗たちも、誰もがスイボクを見る。

 今戦っている山水を鍛え上げた、世界最強の男を見る。


「……おい、スイボク。お前の弟子、何歳だったか?」

「儂の元にきて、五百ほどになります」

「お前は……師としても大概だな」


 その言葉は、アルカナ王国の面々や八種神宝たちよりも、むしろ天狗であるセルやその弟子たちの方が痛感している。

 五百歳という年齢が、仙人としては若いのだと知っている。

 だからこそ、山水がああも見事に縮地を使いこなしたことが、理解の他だった。


「恐縮です」


 スイボクが強いのは今更だ。そんなことは、驚くようなことではない。

 しかし、山水はスイボクの血縁でもなんでもない。ただ弟子というだけで、スイボクに鍛えられたというだけで、一切才能がないにも関わらず超絶の技を見せた。

 それはスイボクが仙人として完成し、師としても超一流に達していることを示している。


 とはいえ、それはスイボクにとって驚くべきことではない。

 スイボクはうれしかった。秘境セルの住人たちとは少し違う驚きが、確かにあったのだ。

 自分の弟子は、血を見ても心を乱さなかった。被弾することを怖れずに、ためらわずに最善を選択した。

 それが、単純にうれしい。

 やはり、己の弟子は昔の自分とは違うのだと分かる。


 確かに、一撃も被弾せずに倒す、というのは目指すべき理想である。

 しかし、被弾を怖れてもいけない。被弾を怖れる心が、技を乱し体をこわばらせるからだ。

 同時に、被弾したときに一々心にとめてもいけない。血を流したからと言って、それを気にしてもいけない。

 重要なのは戦うことであり、勝つこと。

 生きていれば血が流れるのは当たり前であり、戦えば怪我をするのは当たり前だ。

 昔の自分は、そんなこともわかっていなかったのだと思い出しながら、しかし自分の弟子の仕上がり具合に感動さえしていた。


 山水は祭我やラン、トオンと戦いながら、しかし一度も攻撃を受けたことがなかった。

 もちろん、それは山水がそれだけの強さを得ているという証明でもある。

 その一方で、不安もあった。果たして、怪我を負った時にいつも通りに立ち回れるのかと。

 杞憂だった。

 自分の弟子は、本当に理想の剣士に仕上がっている。


「……流石は、お前が認めただけのことはある」

「ええ、本当に孝行な弟子です」


 若き日の、二千五百年前のスイボクを知る、成熟した天狗たちは納得していた。

 かつて文字通りの意味で神の座に達したスイボクは、それでもなお強さを求め続けていた。

 その彼が、誰よりも純粋に強くなりたいと思っていた彼が、本当に目指していたものに山水は達している。

 それは、彼の仙人としての、今世への未練が断ち切られていることを意味していた。


「……スイボク」

「はい」

「確かに、自慢の弟子だろう。だが、もっと教えてやりたいことがあるんじゃないか?」

「それは……もちろん。ですが……」

「きりがない、というんだろう」


 セルは、ひとえに惜しんでいる。

 これだけの仙人を育てられた、ようやく迷いを超えた男が、死を求めていることを惜しんでいる。

 あまりにも、もったいない。


「スイボク、お前は昔月を切りたいといったそうだな」

「え、ええ」

「お前こそが、月なのだ」


 そこにあるとはだれもが知っている。

 天を仰げば、そこには必ずそれがある。

 それがスイボクであると、セルは語る。


「お前こそ、この世で一番強い男であり、目指すべき頂であり、届かずとも求められる月なのだ」

「それは、既に引き継いでいます」


 大天狗セルは知るまい、仙人の中では若輩である山水が既に、多くの俗人へ指導を行っていることを。

 国内最強の剣士として、多くの門下生を送り出していることを。

 剣士として、戦士として、軍人として、武人として、規範たるべき存在として尊重されていることを。


「本当に伝えなければならないことは、もう伝えているんです」

「それだけでは足りないだろう。確かにお前の弟子は剣仙一如の境地に達しているのかもしれんが、それでも、骨子だけでは不足だろう」

「それもまた、己で見つけていくでしょう。私はそれを信じています」

「……まあ、お前への沙汰はカチョウに任せるとして」


 ありえる可能性の一つとして、今のスイボクが大八州の主になることもある。

 齢四千年を刻んでいるスイボクは、既に仙人としては一人前を名乗っていい時期だ。

 大八州の仙術の多くを学んだ彼なら、多くの弟子に多くの術を教えることができるだろう。

 そのあたりを、セルはカチョウに任せることにした。

 実際、今となってはスイボクを裁ける唯一の男と言っていい。


「お前には言うまでもないが、まだ勝負はついていないぞ」

「ええ、お手並み拝見ですね」



 上空から見下ろしているロイドは、いったん自分の足場に使っている歯車一枚だけを残して、すべての歯車を消していた。


(強いが、不死身でも無敵でもない。勝ち目はある)


 一旦、手を止めて作戦を組み立てる。

 それができる冷静さを、今のロイドは持っていた。

 確かに手持ちの八卦宝珠は尽きたが、それでも山水には傷が蓄積していた。

 こちらも無傷ではないが、負傷具合は山水の方が深刻だった。

 その事実が、ロイドを冷静にする。


(確かにありえない域の縮地だが、それでも原理原則に反してはいない。少なくとも、フウケイほど逸脱しているわけではない)


 水墨流仙術、あるいは風景流仙術。

 己の名を刻むほどの、原理原則に沿ったうえで逸脱する術理を、山水は会得していない。

 であれば、原理原則を守りつつ立ち回れば、勝ち目はある。


(この高度を維持していれば、まずは問題ない。相手は縮地主体であり、縦軸の移動はどうしても遅れる)


 ロイドは縮地を知っている。だからこそ、正しく対策を練っていた。

 上空の敵に対して縮地で接近する、あるいは牽牛で引き寄せるには、いったん高度を上げる必要がある。そのうえで移動するないし移動させてから攻撃をしなければならない。

 もちろん、発勁なら動作の必要なく攻撃できる。しかし宝貝で武装しているロイドを倒すには火力不足だった。

 重身功を用いた、気功剣による打撃。あるいはそれに類する技。それが山水の接近戦における有効打のはず。遠距離攻撃でも、おそらくは大差がないはず。


(相手は早い、早すぎる。一度見せた技や道具をそのまま使っても、なんの意味もない。それどころか、多少工夫して組み合わせても最良の選択をして対処してくる)


 それこそが、山水とスイボクの絶対的な優位。

 一度見た技や道具に対しては、完璧な対応を行う。攻撃を仕掛けた側が戸惑うほどに。

 そして、そのまま相手へ後の先を取る。そうしているのが、彼の強みだろう。


(難しいだとか、確率が低いだとか、そんなものは意味がない。相手はどれだけ遠い針の穴でも、精妙に射貫いてくる。だが、それでもそれは、あくまでも理解力と想像力の及ぶ範囲。少なくとも、先ほどは攻撃を受けていた)

(と、考えているだろう。まあ間違ってはいない。それだけ精密に作戦を練るのなら、それはそれで対処しやすい)


 山水は山水で、いったん足を止める必要があった。

 瞬身功を連続で使用したことにより、仙気が減少していた。

 呼吸を整えて、集気を行い多少でも回復したいところだった。

 特に、騒鐘を止めるために左手を酷使した。それを多少でも何とかしたいところである。


(まず間違いなく、相手には他にも手品の種がある。特に縮地対策は当然しているはずだ)


 八卦宝珠はやたらと小さかった、騒鐘も同様である。

 もちろん小さくする技術は素晴らしいのだろうが、音を出す騒鐘はともかく打撃武器である八卦宝珠は大きく重いほうがいい。

 なぜ小さくしているのかと言えば、携帯性を高めるため。携帯性が高いということは、多くの宝貝を装備できるということである。


(お互いに装備が自由で合意だったのに、ロイドはほとんど手ぶらだった。おそらく、俺が師匠から宝貝のことを聞いていると思って、手の内を文字通り隠したかったんだろうが……)


 今のところ、山水が見た宝貝は着ている服そのものと、瞬身功の効果をもつ帯、八卦宝珠や騒鐘だけ。

 これだけ、というのはあまりにも拍子抜けだ。


(とはいえ、縮地対策を練っているとしても、だからこそ手の内もある程度は想定することができる)


 まず、迅鉄道の使い手ゆえに四方に歯車を配置することで、原理原則にのっとった遮断が可能である。

 完全に亀へ徹すれば、それこそ山水が突破することはできない。しかし、それは相手にとって必ず負ける道だ。相手が防御に徹すれば山水も回避に徹するほかなく、縮地を使えるようになった今の山水をロイドがとらえることはほぼ不可能だ。

 よって、ロイドはあくまでも隙を作るしかない。そうしなければ、山水は攻撃を仕掛けてこないのだから。


 次いで、全く未知の攻撃手段で、回避の余地なく山水を捕らえること。

 これが一番恐れるべきことであり、先ほどの騒鐘のように行動を阻害されると山水は弱い。

 おそらく、もう一度食らえば流石に耐えきれない。

 だが、おそらく二度はない。先ほど、ロイドは山水を止めるために騒鐘を投擲した。それはつまり、それに該当する宝貝がそれしかなかったからだ。

 もちろん同じ宝貝をもう一つ持っている可能性も否めない。しかし、可能性は低いだろう。アレは本来、投げて使うのではなく緊急回避のためのもの。複数持つ意味がない。


 三つめは、拘束である。

 縮地封じというのなら、これが現実的だった。

 縮地は瞬間移動ではあるが、そこまで融通が利くものではない。

 閉ざされた部屋の外や中へ出入りできないし、地面に固定されているものを引き寄せたり、あるいは自分が拘束されていれば使用できない。

 また、単純に雨が降っていたり砂嵐が吹き荒れていても、使用できない。


(網で包む、縄で縛る、粘性の液体でぬめらせる、雪を降らせる行為も、それなりには現実的か)


 以前山水は、火花をまき散らす近衛兵を相手に、縮地で間合いを詰めることができず火傷を負うことがあった。

 これは騒音攻撃と同じ分類、というよりも双方の合わせ技と言っていいのかもしれない。


(だが、だからこそ、それをいきなり使うことはない。ロイドがそれを使うとしたら、俺を誘いこんでから。いくら秘境が閉鎖されているとはいえ、その全体に及ぶ宝貝なんざないだろう。あくまでも、自分の周囲に煙幕のように張り巡らせるのがやっとのはずだ)


 よって、一番あり得るロイドの作戦は、ある程度隙を作りつつ山水を呼び込むか山水に自分を引き寄せさせ、そこで拘束型の宝貝を発動。その宝貝ごと山水を攻撃する、であろう。

 であれば山水の作戦は、その拘束宝貝をなにがしかの手段で回避しつつ、隙に攻撃をねじ込むことだ。


(と、思っているだろう)


 水墨流仙術の絶招は、相手の一歩先、一手及ばず、紙一重、一拍遅れ、危機一髪。

 すなわち、無に等しい一を無限遠に至らしめることにある。

 そして、山水はそれをスイボクから託されている。

 

(簡単に勝てる相手ではないと分かっているが、こちらも簡単に負けるつもりはない)


 決して激高することなく、山水は右手で木刀を強く握っていた。

 あくまでも、主導権は上を取っているロイドにある。

 そのロイドが動き出したときが、最後の攻防の始まりだった。


(いいや、勝たないとな)

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― 新着の感想 ―
仙人は基本的に天候操作ができるから、自然の雨とかに縮地を阻害されることはなさそう サンスイがどうかはわからんけど、色々と教わってる今なら雨が降るのを止めるぐらいはあるいはできるかもしれん それこそヴァ…
驚愕の事実 サンスイくん、雨の日は縮地を使えない
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