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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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苦渋

 宝貝、騒鐘。

 単純に大音量をかき鳴らす、お世辞にも高等とはいいがたい宝貝である。

 しかし、装着している人間が気絶すると同時に発動する、という点に意味がある。


 装着者への気付けであると同時に、付近にいる敵にとっての妨害になる。

 爆音と侮るなかれ、至近距離で聞けばしばらくの間耳が機能しなくなる。


 もちろん直撃を食らうのは使用者であり、ただの苦し紛れでしかない。

 しかし、その苦し紛れで十分。少なくとも、防御力の低い山水にとってはあまりにも有効だった。


 一応、という程度で教わっていた硬身功では防ぎきれるはずもなく、平衡感覚やその他の繊細な行動が封じられていた。

 そう、山水やスイボクにとって、こうした回避のしようがない広範囲攻撃は常に有効である。

 接近して攻撃しなければならないにかかわらず、防御力が低い。その弱点を突くには、酒曲拳や今回のような爆音のような隙間のない攻撃ぐらいしかない。


「ぐぅ……」


 そして、ロイドは自身も轟音の被害を受けていたが、それでも何とか反撃に転じていた。

 掌に収まる程度の実輪を生み出し、一発だけ放つ。虚刃を出す余裕もなく、ただ撃ち込んだだけ。


 それでも、命中すれば山水にとっては深手になる筈だった。

 それが命中すれば、ではあるが。


「ぐ……」


 当たらなかった。

 当然と言えば当然。大きい歯車を放つなら命中する可能性はあったが、掌大の歯車が至近距離とはいえ敵に当たるかどうかなど誰にもわからない。

 それでも攻撃したのは、文字通り苦し紛れだった。


「……ちぃ!」


 当たらなかったのは、ただ幸運だったから。

 よろめきながら、山水は左手と両足で地面に這いつくばり、そのまま押し出す発勁を打ち出した。

 震脚という高度な技ではない。軽身功と合わせて、ただ上空へ回避したいだけだった。

 不細工に、不格好に、上空へ舞い上がっていく。


 音源から離れ、小さくなっていく音。

 それでも耳には残響が鳴り響き、必然的に平衡感覚が戻らなかった。


(だめだ、縮地ができん。周辺の把握能力が完全にかき乱された)


 宙へ浮かび上がりながら、それでも山水は何とか回復を待った。

 文字通りの苦し紛れではあるが、距離を取りさえすれば相手も精密な攻撃は難しい。

 見苦しい緊急回避も、しかし最善の判断をしたと後悔はない。


「いやあ……楽しいなあ……」


 山水は笑っていた。

 もちろん苦痛は抜けていないのだが、それでも楽しそうに笑っていた。


「さて、どうやって勝つか。とりあえず距離をとったが……しばらく相手の攻撃を凌がねば」


 空気抵抗を無視して行動できる仙人ゆえに、軽くなっていた山水はどこまでも浮かび上がっていく。

 そして、一定の高さに達した時点でゆっくりと止まった。もちろん、本人が意図したところではない。


「……? しまった!」


 周囲を見渡すと、仙人たちの庵がある岩山の山頂が見えた。

 自分の真横に、この里の中心に近い場所がある。

 それはつまり、重力が釣り合う場所まで高度を上げてしまっていたことを意味している。

 

 この秘境は、外側が下であり内側が上である。

 それ故に、一定以上の高度に達すると全方位から引き寄せられ釣り合う状態になってしまう。


 はるか眼下には修練場が見えるが、縮地の原理上そこへ戻ることができない。

 縮地は横軸での移動しかできず、縦軸では使用できないのだ。

 この土地のあらゆる場所から見て上に当たるこの場所では、縮地が使えない。

 

「となると……相手の攻撃を見てから降下しつつ、対処だな」


 おそらく、迅鉄道による攻撃ではなく、宝貝による攻撃を行うであろうと察することはできる。

 迅鉄道の原理はわからないが、山水も他の術を知っている。

 はっきり言って、ほぼすべての術は手動である。つまり、標的に向かって全自動で向かっていく遠距離攻撃手段などない。

 上だろうが横だろうが、離れていれば当てるのが難しいのは当然だ。

 山水やスイボクなら広範囲の知覚能力を持つが、他の面々では難しい。

 正蔵なら遠距離を広範囲で攻撃出るし、祭我なら予知能力によってある程度修正はできるが、それは考える意味がない。


「いやはや、師匠が俺をここにこさせた理由がよくわかる。うん、楽しいな」


 セルがスイボクを引き留めていた理由がわかる。

 あの二人は本当に同志で、お互いに替えが効かないのだ。


「さて……どうくる?」



 上空へ離脱した山水を目で追う理由もなく、ロイドは地面に膝をついていた。

 騒鐘を停止させて、なんとか持ち直そうとしている。


「苦しいな……」


 体が苦しいが、それ以上に心が苦しい。

 この時点ですでに、山水とロイドの格付けは済んでいる。

 五百年修行してきたのだから当然だが、山水はあまりにも強い。

 フウケイは数値的な強さだったが、山水は技量的な強さだ。

 地面を発勁で吹き飛ばし、それを外功法で浮かび上がらせ、自分の頭部へ命中させる。

 それを、苦も無く成功させる絶対的な技量への自信。

 それが、最強の継承者。

 スイボクという絶対的な強者の、その最強を受け継いだ男。


 最初から、自分が勝てる相手ではなかった。

 数百年間努力をしている相手に、数十年しか生きていない、肉体的に衰えていく人間が勝てるわけもない。

 そもそも、四十年と生きていない自分が、その四十年の内どれだけ大真面目に鍛錬を積んだのだろうか。

 四十年の半分さえ、強くなるために注いだといえるだろうか。言えるわけがない、自分はそこまで勤勉ではなかった。

  

 鍛錬とは、楽しいものではない。

 戦う相手がいればおのずと強くなるだろう。その場合、たくさん死人が出るが。

 強さで境遇が決まるなら、誰もが切磋琢磨するだろう。その場合、多くの落伍者が出るが。


 ある意味では、この秘境セルは安全である。

 住める人間に上限があるとはいえ、非常に安定した世界である。

 少なくとも、この秘境セルの外よりは。


「だが、まだだ」


 言いたいことは山ほどある。不満は確かにある。

 しかし、それはまた後だ。今はこの時間に全力を尽くす。


 戦って勝つ、勝ち切る。

 確かに相手は生のままだが、こちらがそれに付き合う必要はない。

 装備に救われた、宝貝に救われた、蟠桃に救われた、多くの支援に支えられている。

 それがどうした、そのうえで戦って勝つ。


「行け、八卦宝珠!」


 本来は、実輪や虚刃と合わせて使う、遠距離攻撃用の宝貝。

 とても小さい、それこそ眼球よりも小さい八つの球。

 穴が開いており、一つの紐で連なっているそれを解き放つ。

 それによって、八つの球は縦横無尽に動き出し、はるか上空へ向かっていく。


 宝貝、八卦宝珠。

 極めて単純に、宙を不規則に動きながら標的へ自動的に向かっていく、ただの打撃武器である。

 とはいえ、ある程度離れていても相手を自動的に追尾する機能があり、今のようにロイドが不安定な状況になっていても全く問題なく使用できる強みがある。

 威力そのものはさほどではないが、それでも相手が頑丈ではないことは理解している。

 であれば、牽制には十分だろう。

 この八卦宝珠は、決定打を狙うものではない。ただうっとうしいだけだ。

 それでも、今騒鐘によって感覚的に麻痺しかけている山水には、この上なく有効であろう。


 とにかく、時間を稼ぐ。

 相手の回復を阻害しつつ、自分の安全を確保するのだ。


「持てるすべてを、お前に叩き込む!」



「早くて小さい……! 厄介な」


 重身功を使用し、まずは着地をしようとする。

 結果として、見当違いの方向へ体が落ちていく。

 意図していない方向への回避だが、元々場外の規定もない。

 であれば問題ないと判断し、加えて状況的に気が使えるわけでもない。

 縮地が使えるようになるまで、回避に専念する。

 山水は加速しながら真横へ落下していく。

 その彼を追いすがるように、八つの球が追跡してくる。


「自動追尾式の遠距離攻撃か……」


 流石に、宝貝そのものが縮地してくるほどの無茶苦茶さはないらしい。

 不規則に、軌道を急に変化させながら、八つの球は接近してきていた。

 それには二つの意味がある。

 最短の距離を向かってくるのではないので、捕らえるのが難しいということ。

 もう一つは、最短距離を突き進んでくるのではないので、到達まで時間がかかるということだった。


「縮地が使えれば処理できるが、問題はそれまでだ」


 縮地が使えるようになるまで、もう少し時間がかかる。

 それまでは、縮地抜きで宝貝の攻撃に対処しなければならない。


「つまり……問題ない」


 加速しながら地面へ衝突し、一切怪我を負うことなく木刀を構える。

 不規則に軌道する八つの球をすべて視界に収めて、木刀を気功剣で強化する。


「時間を稼げばいいだけなら、問題ない」


 体を固くする硬身功ではなく、瞬身功を使用する。

 そのうえで、震脚と合わせて後方へ全速力で下がる。


「どんな軌道で動こうと、最高速度は知れている。こっちが全速力で下がれば、相手は前からしか攻撃できない」


 一番最悪なのは、包囲されること。

 その場合、現在の体調では確実に打撃をもらう。

 当たる場所によっては、そのまま昏倒しかねない。

 そうなれば、そのまま勝負ありである。


「とはいえ……!」


 しかし、普通に全速力で後ろに下がる程度で、逃げ切れるわけがない。

 というよりも、逃げ切れるなら普通に前へ走る。

 不規則に動く八つの球は、明らかに距離を詰めていく。

 元々、瞬身功は燃費が悪く、長時間維持できるものではない。

 であれば、追いつかれるのは当然だった。


「二、三発は覚悟するか!」


 万全なら一切恐れることはないが、四方八方から殺到してくる八卦宝珠。

 それに対して、山水は足を止めて迎え撃つ構えをいったんとった。


「早いが……目には映る!」


 一瞬で速度を変え、方向を変え、襲いかかってくる小さな球。

 それの内一つに狙いをつけて、全身で突っ込みながら木刀で打ち込む。

 如何に四方八方を囲んでいるとはいえ、所詮は一枚の厚みしかない包囲。

 一方向に突っ込めば、抜けることはできる。

 とはいえ。


「づぅう!」


 おそらく投山と同じ原理であろう。大きさや速度に反して、山水の背面に命中したときにはとても重い一撃だった。

 そのままさらに他の方向からも球が殺到してくる。


「痛いが……痛いだけだ!」


 頭だけは守る、という覚悟で攻撃に耐える。

 その一方で、耳に音が近づきつつあった。


「近いな……もう復帰したのか」


 こんな小細工の攻撃を凌ぐのがやっとという山水に比べて、人参果を食べているであろうロイドは既に体調を戻していた。

 それゆえの接近をつげる音が、耳に届きつつあった。

 しかしそれは、山水の耳が戻りつつあることを意味していた。


「いだ、いだ、いだ!」


 腕に、足に、アザが刻まれていく。

 八つの球が命中し内出血し、体が痛んでいく。

 その一方で、頭だけは何とか死守する。

 骨にも異常はない、と認識しながら……。


「逃がさん!」


 上空から歯車に乗って飛翔してくるロイドの姿を見ていた。


「もう、逃げない」


 脳が復調したことを確信して、八つの球に包囲されている山水は防戦から処理に転じた。


「気功剣法、十文字」


 不規則に動く宝珠、そのうちの一つを叩いた。

 一つへ対処している間に、他の宝珠が山水へ向かっていく。

 それで終われば、何の意味もない変化だっただろう。


「縮地法、織姫」


 高速で移動している宝珠の進行方向に、木刀で叩いた宝珠を移動させる。

 必然的に両者はぶつかり合い、軌道を変化させながら破損していた。


 六つに減った球、そのすべてを絶えずに気配で追い続けていた彼は、その行動を苦も無く三回繰り返す。

 八卦宝珠のすべてを破壊し、処理を終えた。それを見ていたロイドは驚愕するとともに、しかしそれでも歯車による遠距離攻撃を行う。


(縮地で宝珠同士をぶつけ合わせるだと?! 八つの球の動きをすべて追っているのか?! ただぶつけ合わせるだけでも難しいのに、最高速度の時を狙い済ませてすべて命中させた!)


 改めて、自分の周囲へ縮地させてはならないと理解する。

 そして、もう一つの縮地対策を行う。

 縮地は上下に対応できない。であれば、制空権を取れば問題はない。

 防御に割く歯車を、攻撃に転用させる。

 計四つの、大型の歯車が刃を出しながら山水へ向かっていく。


「いけ、八卦宝珠!」


 それに合わせて、予備の八卦宝珠を放つ。

 大型の歯車とかみ合うことなく、不規則に動きながら向かっていく八つの球。


 四つの大型な殺意、八つの小型な牽制。

 それを合わせての、全方位からの攻撃。

 それに対して、山水は……。


「気功剣法、十文字」


 先ほどと、まるで変わらない対応をした。

 向かってくる球を打ち、縮地させ、今度は歯車の刃に切断させる。


 速度や大きさ、軌道のまるでことなる十二の攻撃を、すべて同時に認識しながら捌いている。

 それを理解したとき、ロイドはまったく当然の行動をしていた。


「鳴り響け、騒鐘」


 唯一有効打を浴びせることができた、音響兵器。

 それを真下へ投擲し、起動させた。

 まだ八連宝珠が七つ残っているうちに、相手の行動を鈍らせようとした。


「牽牛」


 タイムラグがあるのかどうなのか、山水はやったことは単純だった。

 真下へ投げられたそれを手元に引き寄せ、つかんだ。


「発勁」


 それがどれだけ優れた宝貝であっても、所詮は仙術と無属性魔法の延長線上。

 であれば、音が鳴り響く原理も知れている。

 当然左手に振動が直撃するが、発勁で打ち消し軽減する。

 もとより、木刀は右手に握っており、左手が一時的に死んでも問題ない。

 そして……。


「縮地」


 接近してくる歯車の刃にかざし、切断させる。

 それを確認した後に、縮地で離脱する。


 左手をやや痛めつつ、極めて鮮やかに回避した山水は、真剣な顔でロイドを見上げていた。


 すなわち……。


 もう手品の種は尽きたのか、と。

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