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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
神の帰還と竜の侵略
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悪意

「いいか、スイボクよ。仙人とはな、自然を支配するものではない。自然とともにあるものなのだ」


 なにかとフウケイは、自分へ教えようとしていた。

 気配が読める自分はフウケイの心中がある程度察することができたので、あまり好意的ではなかった。

 はっきりいって、何をしてもいい相手だと思っていた。わかりやすく言えば、下に見ていた。


「だからなんだ」


 なんだかんだと、当時の自分もカチョウ師匠のことは慕っていた。

 上手に御してくれていたというか、ぶつかり合わないようにしてくれていたのか、自分は師匠に反発したことがなかったと覚えている。


「であるからこそ、だ。お前には術ではなく心が足りん」

「フウケイ。お前はあれだな、年下の俺に術で抜かされているのが悔しいんだろ?」

「な、そんなことはない!」


 だからではあるのだろうが、自分は突っかかってくるフウケイを面白がっていた。

 フウケイが自分を下に見ていたように、自分もフウケイを下に見ていた。

 正しいことを言っているだけで、本人はまったく正しくない。

 恰好がいいことを言って、悦に浸っているだけの浅い男だった。


「私は、お前の為を思って言っている! 仙術だけ学び仙人の心を学ばなければ、お前は邪仙に堕ちるのだぞ!」

「なにをごちゃごちゃと、俺は仙術を習いに来ているのだ」

「ええい! そこに直れ! お前の性根を叩きなおしてやる!」


 だからこそ、自分は彼を軽んじた。


「お互いに訓練用の木の棒で勝負だ」

「いいだろう、豪身功!」

「な、おい、ちょっとまて!」

「はあ!」

「おおおい! 待て! なんでお前がそれを使える?! 憶えるのが大変だったのに!」

「お前も使えるだろ、使えばいい!」

「ぬぬぬ! 豪身功!」

「瞬身功」

「え、な、あ……ぐへああ!」


「どうだ、勝ったぞ」

「待て! なんで瞬身功まで使える?! 私だってまだ覚えていないのに!」

「ふん、習ったからに決まっているだろう」

「か、カチョウ師匠……! お前は、私が使えない術を使って、勝った気になっているだけだ! 同じ条件なら、私が勝つに決まっている!」

「よし、いいぞ。もう一度だ!」

「え、な、ちょ……ぎゃああああ!」


「どうだ、また勝ったぞ!」

「いや、おい、待て……私は何も、今、いきなり戦うとは言っていないぞ……私が怪我をしているのに、打ち込んでくる奴がいるか……!」

「なんだ、意地がない奴だな」

「おい、待て、置いていくな!」

「軽身功で浮けばいいだろ」

「ふざけるな! 私は怪我をしているんだぞ! ちゃんと師匠のところへ連れていけ!」

「甘えた奴だなあ……」

「もっと丁寧に浮かせろ! というか、これは外功法?! なぜこの高度な術を!」

「そりゃあ俺が最強だからだろ」


 今にして思えばではあるのだが。

 特に、成熟した仙人である今の己が弟子を見て思うのだが。


「お前はまだ、師匠に弟子入りしてから二百年しか経過していないのだぞ?! なんでそんなに術が使えるんだ!」

「七百年も修行しているくせに、この程度もできないお前が大したことがないだけだ」


 百年以上生きているのに、なんで当時の自分たちはあんなにも子供じみていたのだろうか。


 確かに自分はフウケイを理解していた。

 彼がただ優越感に浸りたかっただけだとは理解しているが、それはそれとして、なぜ彼と向き合わなかったのか。

 彼は正しいことを言って浸っているだけではあったのだろう。

 しかし、正しいことを言っていたことも事実なのだ。

 彼は形だけの仙人だったが、それでも形だけは生真面目だったのだ。

 彼は自分の自尊心を満たすために自分へ苦言を呈していたのだろうが、それでも言っていることを真摯に受け止めるべきだったのではないだろうか。


 どうして自分は、彼に対して寛容になれなかったのだろうか。



 山頂にある平屋の屋敷。ただ一つ部屋があるだけの単純な、木造建築。

 その内部で板の床で作られた広間には、ずらりと仙人が並んでいた。

 年齢こそ違うようではあるが、それでも十人ほど少年少女が床へ直に座っている。

 一番の上座には、不遜な表情をしている少年が威圧感を出していた。


 スイボクも山水も、正座をしたうえで平伏した。

 ごく自然に、仙人としての大先輩を相手に最大級の礼を尽くしていた。


「お久しぶりです、大天狗セルよ」

「息災そうで何よりだな、スイボクよ」

「此度、故郷へ帰ることになりまして、こうしてご挨拶にお伺いしました」

「そうか……先日、お前の弟子に儂の子孫が世話になったそうだな。感謝している」


 どの仙人も、スイボクの振る舞いに警戒心を示さなかった。

 誰もが、今のスイボクのことを見ただけで察しているらしい。


「……三千年ぶりではないか、故郷へ帰るのは」

「はい、そうなります」

「弟子が一人前になったから、ではないな。お前が故郷へ帰るのは、フウケイを殺したからか」

「慧眼、恐れ入ります」


 フウケイのことを、スイボクはこの地で語ったことはない。

 にもかかわらず、フウケイの名前がでたということは、彼がこの地に訪れたことを示していた。

 驚きがないわけではないが、それでも二人は受け入れていた。


「数年前だ、フウケイがこの地を訪れた。四千五百年も修行を積んだ割には(よこしま)なままであったが、それでも仙術使いや武人としては極まっていた。殺したのか?」

「はい、私が殺しました」

「……呆れるな」


 フウケイは、それこそどうやって殺せばいいのかわからないほど極まっていた。

 地脈と完全に一体化しており、星ごと砕かねば死なないように思えていた。

 それでもなお、この男は葬ってのけたのだ。


 初めてスイボクに会う若い仙人たちは、瞠目や驚嘆をする一方で、納得をするしかなかった。

 成熟している仙人にとって、目の前の彼がそれほどに人知を超えた存在に思えたからだ。


「やはり、とは思っていたが……あのフウケイをして、お前には手も足も出なかったと見える」

「……恥じ入る思いでいっぱいです」

「二千五百年ほどまえだったか……お前が神剣を持って現れたときも驚いたが、あの時よりもさらに強くなっている。そのうえで、一切邪念を身に宿していない。この、化け物め」


 畏敬を通り越した感情を、セルはスイボクに向けていた。


「顔を上げろ、二人ともな」


 そのうえで、諭し始める。

 目の前のスイボクのことを、セルはとても深く理解している。

 その一方で、スイボクもセルのことを深く理解していた。

 そのうえで、そこから更に会話をする。

 わかりあったうえで、言葉を交わすのだ。


「フウケイに関しては、残念だったな」

「……すべて、私の罪です」

「下らん」


 死ぬ間際のフウケイに、セルは会った。

 会ったうえで、何も言わずに送り出していた。

 だからこそ、スイボクの『覚悟』に呆れていた。


「フウケイが歪んだのは、お前のせいだというのか?」

「私と戦うために、フウケイは正に己の名を刻むに足る仙術を身に着けていました。もしも私との確執さえなければ、それこそ彼は大成したに違いありません」

「アホか」


 目の前のスイボクがどれだけ化け物なのかを理解したうえで、そんな彼と比べられなければならなかったフウケイに対して、一切の慈悲を示さなかった。


「アレはお前より五百年も先達だったのだぞ? 五百年も修行を積んだ仙人が、己よりも優れた者が居るからと嫉妬に狂うほうが間違っているのだ」


 山水が今迄に出会った誰よりも、仙人らしい言葉だった。

 自然の過酷さを知るがゆえに、決して甘くない発言だった。


「確かにお前はこの星で一番強い。お前より強い生物など存在せんし、もはやこの星の総力を結集しても及ぶものではない。一万年前に初めてパンドラを身に纏ったという男が、一対一で対峙して初めてお前を殺せるだろうな」


 スイボクは強い、性格も悪かった。

 そんなことは、セルもよく知っている。

 知っているうえで、フウケイに対して一切甘いことは言わなかった。


「で、人類史上最強の男であるスイボクよ。お前の兄弟子であったフウケイは、人類史上で最も不幸で劣悪な環境で、お前に拘束され監禁され虐待されていたのか?」

「それは違います。ですが、私の強さではなく、行動がフウケイを歪めたことこそが事実だと思っています」

「それはアレか? 暴行の限りを行ったとか、故郷を壊したとか、仙人の常識に反する行動をしたことか?」

「はい」

「そんなことを気にしているようでは、仙人になどなれるものか」


 泰然としているようで、しかし無茶な理屈を口にするセル。

 日本人としての感性が残っている山水としては、倫理的に許容できない言葉だった。

 なにせ、いじめっ子といじめられっ子で、いじめられっ子が一方的に悪いと断言しているのだから。

 仙人的かもしれないが、人間的ではない言葉だった。


「ほれ、お前に悪気はなかったのであろう?」

「いえ、悪戯心はあったと思います」

「その程度のことで怒るほうが間違っている」


 悠久の時を生きる仙人ゆえに、発言が超然としていた。

 言いたいことはわかるのだが、受け入れにくいところである。


「お前はあのフウケイに甘い」

「……私は、自分の行動の責任を取りたいのです」

「ではフウケイには、己の行動を顧みる責任はなかったというのか」


 セルは露骨に怒っていた。

 フウケイに対して責任を感じ、自ら死のうとしているスイボクに対して怒っていた。

 なんであんなつまらない男のために死のうとしているのか、と怒っていた。


「よいか、フウケイはお前より五百年も長く修行していたのであろう。新しく入ってきた弟子から暴行を受けているだとか、目に余る行動をしているとか、誰も咎めないというのならば! さっさと他所へ行けばいいのだ! それをせずに残っていたのは、フウケイが阿呆だからだ!」

「い、いえ、その、私の行動も、千年も修行を積んだ仙人のそれではなかったと思いますが……」

「お前の行動はお前が責任をとればいいのだ。フウケイはお前のことなど知らぬ存ぜぬで通せばよかったのだ。なぜおまえは、自分よりも五百年も年上の相手を子供扱いする」


 理屈は山水でもわかる。

 山水が過ごした森の中は緑あふれる森であったが、決して楽園ではなかった。

 緑の楽園だとか、そんな頭の悪いフレーズが頭に残っているが、この星のどこにも楽園などはない。


 例えば群れを成す動物のボスは、それこそ好きなだけ餌を食べ交尾もできる。

 だが、序列が劣る個体は、それこそみじめなものだった。餌を満足に食えず、交尾もできず、みじめに衰えて死んでいく。

 弱肉強食、適者生存、野生の掟。それが野生の現実であり、普通なのである。

 それらを五百年感じ続けてきた山水としては、人間社会で起きていたことが動物として普通のことだと知っている。


 確かにスイボクは昔から強かったのだろうが、強い側が弱い側をいじめるのは普通である。

 仙人としては褒められたことではないが、だからといって特に咎めるようなことではない。

 俗人の場合なら話は別だが、仙人はそれこそ深海だろうが雲の上だろうが、好きなところで好きなように暮らせるのである。

 そんなことは、剣術に偏重した修行をした山水でも可能である。フウケイにできなかった、とは言えまい。


 しかしそれは、いじめられた側がバカを見るような話である。

 他人を排斥するような悪がはびこり、弱者が逃げ出すという話で合った。


「ぬ、納得がいかぬという顔であるな。サンスイよ」

「え、ええ……おっしゃる通りです。その、俗人としての考えだとは思いますが、その、昔の師匠の行いは悪そのものであり、肯定されるべきではないかと」

「甘いことを考えているな。スイボクがその気になれば、フウケイなぞ簡単に殺されたのであろう。仮にスイボクが悪だったとしてだ、己では力が及ばないことは明らかだったのであろう? であれば放置すればよかったはず。それともなにか、因果応報などという言葉を信じているのか?」


 仙人は俗世と縁を絶ち、自然の中で過酷な修行を積む者である。

 決して善人ではないし、人間の味方というわけでもない。

 己が行動をするうえで、判断に善悪ははさまない。


「因果応報とはな、結局のところ自分では何もする気がない人間の、未練そのもののような言葉だ」


 その言葉に対して、師弟は返す言葉がない。確かに因果はまったく応報していないからだ。

 因果応報が正常に働くのなら、スイボクはフウケイに殺されてしかるべきである。


「正しいだとか間違っている以前に、相手は強いのだろう。そりが合わぬのなら、とっと出ていけばよい。自分が死んだ後で憎い相手がどうなったところで、それが何になるというのだ。相手が不幸になることよりも、己がよく生きられるほうが重要であろう」


 情けない処世術のようなことを、堂々と語る。

 確かにまあ、そうかもしれないけれども。

 どうにも師弟は飲み込み切れなかった。


「お前たちは」


 セルははっきりと区切っていた。


「他人のことであれば、そんなことを気にせずとも好いと言っていたのではないか」


 まあ、そうかもしれない。

 自分たちのことだから、そう判断しているのかもしれない。

 しかし、それでも。


「そうかもしれません。しかし、大天狗セルよ」

「なんだ」

「止めてなお、気に病むのなら、気が済むようにせよと言っていたとも思います」

「……そうか」


 まあそうだろう、と大天狗はあっさり諦めていた。

 既に言いたいことは言い終えているし、相手も言いたいことは言った。

 これ以上押し問答をしても意味はない、と割り切った。


「ただ、だ。儂は惜しんでいる」


 そのうえで、大天狗は素直に心中を明かした。


「儂もこの星で一番の宝貝職人であると自負しておるし、そのうえでさらに高みを目指している。そういう意味では、お前とは同志である」


 スイボクが死にたいというのなら、それは仕方がない。

 しかし惜しむ気持ちは確かにある。


「お前が自然に帰れば、儂は寂しい。それは覚えておけ」

「ありがとうございます」

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