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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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同時

 親戚や近所の人間が出世したとする。当然誇らしいだろうが、実利となると難しい。

 実利、つまりは金銭的な利益であるが、親戚が出世したぐらいで自分の懐が自動的に暖かくなるという仕組みはない。

 自分が出世したのなら、親族へ利益を回すのが当然という考えもあるが、生憎アルカナのソペードにそれはない。


 というよりも、そもそもどうやって利益を得るのかという話に成る。

 今回ソペードは地方領主達に武芸指南役として二十人ほどを送り出したわけであるが、当然武芸指南役に部下など必要ない。

 なにせ、地球で言えばスポーツインストラクターであり、場合によっては軍隊の教官のようなことをやる仕事である。

 であれば何もかもが個人で完結しており、配下の者に何かを命じるという事はない。

 もちろん武芸指南役が老齢なら己の弟子に代行をさせるという事はあるだろうが、生憎五人はまだ当分現役で、しかも要求される技量を持っている『親戚』などいない。そんな実力を持っていたら、自力で立身出世している。


 もちろん、はっきり言えば武芸指南役は名誉職であり給料も安く済み、何よりも一切実権がない。だからこそ剣術とある程度の処世術がある人間であれば、誰にでも任せられる仕事であると言える。

 色々と人間や金銭を動かすような仕事だった場合、いくらソペードの当主でも推薦しなかったであろうし、地方領主も出来る限り拒絶していただろう。

 というか、そんな仕事を彼らがこなせるわけがない。一人二人は出来る人間がいるかもしれないが、それだって専門家には劣るだろう。

 その手の仕事も楽ではなく、専門知識が必要である。彼らが武芸指南役に成るために必死で努力をしたように、それこそまったく別の方向で努力が必要に成るだろう。

 

 よって、『親戚』や『友人』から便宜を求められている面々は、意地悪でも何でもなく無理だからである。もちろん、積極的に便宜を図ってやりたいとは思っていないだろうが。


「よお! いやあ、いい家に住んでるなあ!」

「ああ、あやかりたいもんだ!」

「俺にも仕事を紹介してくれよ!」


 三人の『友人』を名乗る若い男達を前に、武芸指南役の一人は傍らに老齢の紳士を座らせて、不機嫌そうに対応していた。

 一応紅茶を出しているが、泥水でも十分だと思っているほどだった。茶菓子も出しているが、そこいらの石でもぶつけてやりたいところである。

 しかし、一度屋敷に入れたからには客として扱うのは当たり前であろう。これで茶も出さずに返せば、それこそ領主の顔に泥を塗る。


「……言いたいことはそれだけか?」

「あ、いや、その……」

「俺は正真正銘、お前らに任せられる仕事がない。字もろくに書けない奴を、どう紹介しろと?」

「いや、ほら、楽な仕事とかあるだろ?」

「仕事する気がないやつを推薦しろってか?」


 ここで、キツくてもいいから仕事を紹介してくれ、と言っていたら多少は口を利くか、あるいは何かの募集を教えていたかもしれない。

 しかし、楽してカネだけ欲しい、と言われては何もしてやる気にはなれない。相手が楽をしたいのなら、こっちだって面倒は嫌いなのである。

 とはいえ、この場合の『キツくても』というのは『死ぬ』も入っているので、安易にキツくてもいいという輩は、それはそれで信用できないのだが。結局のところ、口ではなんとでも言えるのである。


「だってほら、お前の仕事って、貴族様の相手をするだけの仕事だろ?」

「それならさあ、俺達にだって出来る仕事ぐらいあるだろう?」

「……おい、今は聞き流してやるが、次はないと思え」


 ふと、殺しても許される言葉が飛び出た。

 自制してこらえるが、こらえる意味があまりなかった。

 今彼らは、ソペードという家そのものに唾を吐いたのである。


「ソペードのご当主様から推薦を頂いている俺に向かって、『するだけの仕事』だと?」


 武芸指南役の隣に座っている紳士も、露骨に顔をしかめていた。

 余りにも非礼無礼、まともに聞いたことにすれば、暴行を受けても仕方がないところである。


「……」

「で、本当にそれだけか? それだけならとっとと帰れ」

「そ、そのさ……実は、助けて欲しいんだ」


 本人たちも負い目があるのか、チラチラと武芸指南役の隣に座っている老齢の紳士を見ていた。

 おそらく、退出して欲しいのだろう。聞き苦しいことをいうつもりに違いない。


「で、さ、その人誰?」

「結構、言いにくいことを言わないといけないんだけどさ……」

「この人は、領主様に長くお仕えしていらっしゃる方だ。役職は伏せるが、俺なんぞとは格が違うと言っておこう」


 老紳士は特に発言することなく、黙ったまま座っている。

 その圧力は、陳情しに来た友人たちを抑えていた。


「もしもの時は、証人になってもらう」

「もしもの時って、なんだよ。俺達の事をなんだと思ってるんだ」

「そうだ、お前調子に乗ってるんじゃないか?!」

「だ、そうですが。俺って調子に乗ってますか」

「そうですねえ……」


 身なりのいい背筋の伸びた老紳士、しかも領主の敷地内にいる御仁。

 それはもうおっかない相手だった。三人は黙るしかない。


「で、要件は。後ろめたいことなら、俺だって聞きたくないぞ」

「いや、その……」

「実は、俺たちの町に、ゴロツキがいてさ」

「お前に追い払って欲しいっていうか……」

「なんで俺に言うんだ、それこそ普通に領主様とかに言えよ」


 どうやら悪い連中にいつかれて、それで迷惑しているようである。

 しかしそんなことを、自分たちを嫌っている武芸指南役に言う意味がわからない。

 第一、なぜ老紳士へ退出を求めるのか。一切後ろめたいことがないのなら、それこそ普通に言えばいいはずである。


「その……」

「実はさ……アレだ」

「うん、ぶっちゃけ……」

「もう帰るか?」

「いやいや! 帰れないって!」

「実は、俺達は町おこしとして、剣の稽古場を開いたんだよ! そしたら、その、そいつらがやってきたんだ!」

「客はさっぱり来なくなるし、そいつらはずっと居座って、偉そうなこと言って飯たかってくるし……!」

「だから、お前がなんとかしてくれ!」


 と、ペラペラ喋り出す。どうやら本気で困っているらしい。

 しかし、一番肝心なことを言っていない。なんで彼に直接依頼するのか。


「帰れ」

「……そのさ、実はお前が、その、武芸指南役になっただろう?」

「だから、俺達、それを町おこしの看板にしたんだ。で、そしたらお前の評判が良かったらしくて、たくさん客が来て……」

「お前にも話をしようと思ったんだぜ? でもさあ、ほら、お前俺達にあってくれなかったじゃないか」

「そうそう、お前が悪いんだよ。いや、お前だけが悪いとは思ってないけどさ、お前にも悪いところがあるっていうか」

「帰れ」


 つまり、自分たちでも勝手なことをしている自覚があり、おおっぴらになりすぎると問題だとはわかっているのだろう。

 それに、武芸指南役の故郷として売り出しているのに、一切その男が顔を出さずに解決しては、それこそ客にいいわけができないのだろう。

 だが、そんなことは知ったことじゃない。町ごと滅びてもいい気分である。


「おい、分かってるのか?! このままだと町がやばいんだぞ?!」

「お前、いいのかよ?! そんなことになって!」

「もう俺が悪いでいいから、そのまま滅びてろ」

「そんな殺生なこというなよ!」


 もう完全に処置なしである。そのまま滅びていいというのは、誇張ではなく本音である。


「お前らな、もう全部諦めて詐欺道場を閉めて、そのまま領主様に報告すればいいだろ」

「そんなことできねえよ! 稽古場作るにも結構なカネがかかってるし、客との契約もあるんだ!」

「……詐欺は否定しないのかよ」

「あ、いや! その」


 おそらく、かなり肝心な部分はぼかしていたのだろう。

 それでも、ぎりぎり犯罪のようなことも言っていたに違いない。

 そうでもなければ、こんな対応をするわけがない。


「どう思いますか」

「そうですなあ」

「ま、まて! 待ってくれ!」

「そうだ、お前が来てくれれば全部丸く収まるんだ!」

「ずっと前から言ってるじゃないか、お前がちょっと顔を出すだけで、みんな幸せになれるんだよ!」


 おそらく、かなり都合のいい妄想をしていたらしい『友人』たち。

 甘い汁を吸えると思っていた矢先に、損ばかりの状況になってしまった。

 何一ついい想いをしていないのに、犯罪者にされてはたまらないだろう。

 とはいえ、詐欺の片棒を担がされることになりそうな男からすれば、それこそたまらない。


「客を騙して、お前らがカネをむしるだけだろ。町ぐるみで悪質な真似しやがって……」


 もちろん、町に居着いたゴロツキたちも悪人だろう。

 しかし、町も町で悪質である。もう滅びたほうがいいのではないだろうか。

 客を騙してカネをとっておいて、それでみんな幸せとは笑わせる。


「いいじゃねえか、どうせそいつらだって、真面目に剣を習う気なんてないんだから」

「そうそう、ただの遊びだって。お互いわかってやってるんだからさあ」

「わかるだろ? お前の両親だって乗り気だったんだぜ?」


 本当にこっちを説得するつもりがあるのか疑問である。

 己の浅ましさをアピールしているようにしか見えない。もう自殺に近い、斬り殺したほうがいいのではないだろうか。


「お前ら死ね」

「そんな事言うなよ!」

「助けてくれよ!」

「凄い困ってるんだよ!」

「死ね、マジで死ね」


 ため息をつくしかない。

 本当に全員斬り殺して、過去と故郷から決別したい。

 悲しいのは、昔の自分も似たようなものだったということだろう。


「っていうかだなあ……お前ら、考えたことあるのか? 仮にうまくいった場合、そりゃあ儲かるんだろうさ。でもな、そんなことになったら、ディスイヤのあたりから盗賊団でも来るぞ?」

「そ、それは、ほら、お前に倒してもらえば」

「俺に常駐しろと? それに、町に被害が出たら赤字確定だぞ」


 一番虫のいい状況を想定して、それでも問題が起きると教える。

 すると、いや、そんな、まさかという楽観した顔をする三人。

 今まさに、自分たちがどういう状況になっているのか、忘れているのだろうか。


「とにかく、もうちょっと自分たちの状況を見つめなおせ。はっきり言って、今のまま動けばお前たちも全員捕まるぞ」

「そ、そんな」

「そうですよねえ」

「ええ、そうなりますなあ。聞き流さなかった場合ですが」


 権力的にも武力的にも、絶対に反抗できない。

 そんな状況である、誰もが黙って帰るしかなかったわけで。



「いやあ、参ったな」

「ああ、まったくだ」


 と、五人は改めて現状を把握した。

 例の『友人』の後にも、数回『親戚』や『恩師』が現れて、似たようなことを言ってきた。

 どうやら、貧すれば鈍するを地でいっているらしい。

 そのまま黙って死ぬ分には不満がないのだが、どうにも黙って死ぬ気さえないらしい。とことん足を引っ張ることしかできない連中である。


「時にサンスイ殿は、放置してもいいと言っていたのかね?」


 と、そんな彼らに対して、老紳士、執事から報告を聞いた領主が話をしていた。

 このままでは領内の治安が悪化する一方である。出来ればさっさと解決したいところであるが……。


「ええ、今回はこうやって報告してきましたけど、普通ならそう簡単に見つけられませんしね」

「俺達はあくまでも、領主様への指導が本業ですから」

「とはいえ、もちろん領主様のご判断を妨げるものではありません」


「しかしだなあ……私が解決した場合、サンスイ殿の名声に傷がつくのではないか?」


「そんなことを気にする方じゃありませんよ」

「俺達とは格が違いますしね」


 おそらく、この領内でも結構な数のニセモノがはびこっている。

 その時点で既に風評被害だが、このまま領主が解決したら、それこそ恥ではないだろうか。

 領主の気遣いは、つまりは自分の配下である五人が解決出来る問題だと思っている証だった。


 とはいえ、五人は否定する。

 あらかじめ言い含められていたこともあって、迷いはない。

 しかし、数が多いこともあって、解決の必要はあると思っているようだった。


「そうか……さすがだな」


 これが普通の人間の主張なら、何がしかの反発があったかもしれない。

 しかし、相手は五百年以上生きている仙人である。この国の成立以前から修行を続けており、この国が滅びた後も修行を続けるであろう男だ。

 切り札たちの中でも随一に扱いやすい一方で、俗世の常識では測りにくい相手である。

 その彼が『風聞など気にしないでください』といっているのであれば、そういうものだろうと思う。


 しかし、地方領主は俗人である。少なからず、疑念が生まれていた。

 もしや、自分を含めて多くの人に気を使っているのではないかと。

 それなりに気にしているが、生徒には自己を高めて欲しいし、領主には意見をしたくないと。


 もちろん、自分の兵士を動かすとそれなりに費用が発生するし、自分の武芸指南役が活躍すれば風聞を覆すことが出来るとも思っていたのだが。



「しかしだ、君たちの運用権は私があずかっているし、私は領主として自分の武芸指南役の風聞を極力守りたい。君たちに直接命じれば、動いてくれる。そうだろう?」



 今までなあなあで無視されていた、領内の詐欺道場と、それに伴うトラブル。

 もちろん撲滅というほど徹底的にやるつもりはなかったが、今判明しているだけでも潰すことになっていた。


「なにせ、もうすぐ結婚式だ。綺麗に片付けてから出席したいではないか」


 これが、ソペード領内のあちこちで、ほぼ同時期に起きたわけである。

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