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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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直視

 さて、今更だが山水の交友範囲はとても狭い。

 というのも、そもそもドゥーウェ・ソペードの護衛であること以外には、一切世間とかかわりがなかった男である。交友範囲が広いわけがない。

 今でこそ祭我という次期バトラブ当主の師であるが、普通に考えればドゥーウェの周囲にいる人間と、ただの浮浪者だった山水がまともに交流できるわけもなく……。

 まあ、貴族の娘であるブロワが交流関係がほとんどない状況で、山水だけあるというのは、それはそれで問題であるが。


 とにかく、山水が結婚式に呼べるのは、それこそスイボクと自分の生徒ぐらいである。

 つまりは、山水の結婚式よりも重要なことを、一切持たない連中であるといえるだろう。


 ここから話すことが、騒動の前提である。


 まずトオンの部下として、ある意味では山水の後釜となった面々は特に問題ない。

 しかし、ソペードの地方領主の元で、武芸指南役として送り込まれた面々にはいくつかのトラブルが予測されていた。


 予測されることに備えてこそ兵法。

 山水はマジャンへ向かう前に、アルカナへ残る面々へ話をしておいた。


「おそらく、貴方達の名を騙る者がでるでしょう。基本的に、気にしなくてかまいません」


 ウィン家の門番がある意味勘違いしたように、山水の容姿はとても分かりやすい。ぶっちゃけ特徴的である。

 なにせ黄色い肌に黒い髪、黒い眼。それに加えて小柄で粗末な恰好、腰から木刀。

 そんな人間、山水以外にはスイボクぐらいしかいないだろう。

 よって、一度彼を見ればまず忘れない。容姿の変化がないので、変化(へんげ)しない限りは顔パスが成立する。


 そんな彼である。誰がどう考えても、それに化けようという人間はいない。

 髪の色や服装などはぎりぎりごまかせても、体格はどうにもならないからだ。

 加えて、彼の強さは伝説の域にして実話。アルカナ学園の学園長が宣伝し、見世物にしていたこともあって彼の戦う姿を実際に見た者はとても多い。

 よって、彼に扮した者が居たとしても、その装備で実際に適当な兵士と戦わせればすぐに露見する。

 加えて、希少魔法の使い手であることも影響する。世の中の大抵の人間は魔力を持っているので、希少魔法の使い手ではない、というだけで看破は可能だった。


「貴方達の仕事はあくまでも武芸指南役。それを逸脱する行為を、積極的に行う必要はありません」


 しかし、山水の生徒たちは別である。

 この国の人間ばかりであるし、姿形や背格好も各々によって異なる。

 であれば、そこそこ粗末な恰好をして雄弁すれば、ある程度の相手は騙せるのだ。


 とはいえ、それを山水もソペード当主も、そこまで気にしていなかった。

 なにせ、武芸指南役である。一定の地位にいるものなら、顔を見ようと思えばどうにかなる。簡単に確認ができる相手を確認しないなど、それこそ怠惰に他なるまい。

 そんな手合いに騙されるような輩は他の手口でだまされるだけであり、詐欺を行う輩も同じく別の手口を行うだけである。

 基本的に放置。それが彼らの共通認識だった。


「他人が皆さんを騙るとしても、それで誰かが騙されたとしても、あるいは悪い風聞が流れたとしても、一切気にする必要はありません。貴方達が気にするべきことは、己自身のことだけです」


 未熟な己を知り、高みを目指し、技量を保つ。

 それこそが雇用主への最大の誠意であり、同時に指導をした自分への誠意である、と山水は語る。

 武芸指南役はあくまでも剣の指導者であり、それ以外の何物でもない。

 であれば、己の風聞を取り締まるよりも、己の実力を高めるべきであろう。


「よって、この際はっきり申し上げましょう。それが皆さんの為でもありますので」


 そう言って、この国で一番冗談を言わない男が全員へ忠告する。


「貴方達の不始末が耳に届けば、私は命じられるまでもなく『責任』を取りに向かいます。貴方達の中から、そんな人が出ないことを願っていますが……人は過ちを犯すもの。どうか、お気をつけて」


 馬鹿な真似をしたら殺す。

 一切虚言が通じない、この国最強の剣士の言葉は、全員の魂に深く刻まれていた。



 修行に終わりはない。

 それこそ、四千年間修業してきたスイボクをして、いまだに終わりを見いだせずにいる。

 であれば、人間の寿命しか持たない彼らが、修行を終えるということはありえない。

 加えて極めて単純な事実として、すべての道に通じることだが、実力を維持するということは高みを目指すということである。

 現状維持、ということは基本出来ない。

 例えば体格の限界まで筋力をつけたとしても、それを維持するにはそれまでと同等の努力を維持しなければならない。

 技量の場合はもっと過酷である。一つの技を覚えるにしても『百回に一回は成功する』では未熟もいいところで、『十回に一回は成功する』、『二回に一回は成功する』、という具合にどんどん練習を重ねて、体へ染みつかせなければならない。

 その上で、『十回に一回は失敗する』という段階から『百回に一回は失敗する』、『千回に一回は失敗する』という具合に鍛錬を積まねば実戦では使用できない。


 もちろん、その修行を重ねても劇的に強くなるわけではない。

 山水がスイボクからいくつかの術を授かって劇的に強くなったように、基本的に新しい技を覚えるほうが強くなりやすい。

 しかし、覚えた技を反復しなければ、いざという時失敗する。新しい技を覚えることよりも、今まで覚えている技の反復が重要なのはそのあたりが原因だ。

 一日練習を怠ると三日戻るという言葉は、強くなることや新しい選択肢が増えることよりも、基本的な動きが重要であるということに由来する。

 

 武芸指南役とは、サービス業に近い。

 命を懸けて戦うわけではなく、しかし剣術によって身を立てる『いいご身分』である。

 であれば、剣術で手を抜かせるわけにはいかない。それが山水の方針だった。


「いやあ、いい汗をかいた」

「お疲れ様です、領主様」

「はっはっは! 私も少しは腕を上げたかね?」

「ええ、お見事です」


 とはいえ、それはあくまでも山水の理屈であり生徒への指示であって、別に地方領主に押し付けるわけではない。

 山水が要求する強さへの姿勢は、とても厳しい。逆説的に言って、地方領主という忙しい方に、そこまでの水準は求めていなかった。

 元々、怪我をさせるような過酷な鍛錬よりも、ひたすら基本に忠実で反復する鍛錬を重んじる男である。面白くはないが過酷でもない、という鍛錬は地方領主たちにも受け入れられていた。

 

「お父様、僕も終わりました。でも……その、もっと厳しくしてもらったほうが、僕は強くなれると思うんですが……」

「そんなことを言うもんじゃないぞ、お前は戦うのではなく私の後を継ぐことが仕事なのだからな」

「そうですけど……」


 もちろん、若い者はそれを受け入れられるわけではない。

 少なからず山水のような男にあこがれて、自分もそうなりたいと思う者は、武芸指南役たちにそれを求めていた。

 ほかならぬ武芸指南役たちこそが、その気持ちを理解できる。

 理解できるが、だとしても否定する。自分たちの強さに達するにはよほどの才能がない限り、一日の大半を剣の稽古にささげ、それを一生続ける必要があるからだ。

 はっきり言って、地方領主の仕事をしている暇がない。なので、お決まりのセリフで諦めてもらうのである。


「坊ちゃん、確かに過酷な鍛錬をすれば強くなれます。ですが……」

「過酷な鍛錬によって得られる強さは、精神的な度胸です」

「肉体的な鍛錬にしても、継続して行わないと意味がありませんしねえ」

「なので、今が一番合理的です」

「大丈夫ですよ、ぶっちゃけ度胸なんて適当な人間を殺せばいつでも身に付きますから」


 もちろん限られた時間の中でも、過酷かそうでないかで習得具合は異なるだろう。

 しかし、過酷な鍛錬は常にリスクが付きまとう。はっきり言って、体を壊しかねない。

 指導者としては未だに未熟な彼らは、虚実を混ぜながらも次期当主をいさめていた。


「ううん……」

「はっはっは、私も気持ちはわかる。だが、そこをこらえるのが一人前の貴族だ。いつも言っているだろう、本当に欲しい物を選ぶのが貴族だと」

「はい、わかりましたお父様……」


 生存するのに最低限必要なものが、そろうかそろわないか。

 それが貧民の現実である。


 さて、そんな彼らから搾取するのが貴族であろう。

 当然、生存に必要なものが足りない、ということはありえない。

 水や食料、加えて法術使いに払う医療費。どれをとっても、不足することはほとんどない。

 貴族は必要最低限の物資だけではなく、嗜好品や贅沢品も得ることが可能だ。

 

 当たり前だが、そうした嗜好品や贅沢品を専門的に作成する職人がいて、それを購入できるのが富裕層だけである以上、買わないとその職人は商売あがったりであろう。

 しかし、だからといって欲するものをすべて得ることもできない。

 貧民や商家から搾取するのが貴族ではあるが、それでも下々の者を飢えさせれば結果として実入りは減る。そのあたりをわきまえて、どれを手に入れるかを考えるのが貴族であろう。

 望めばなんでも手に入る、と思った貴族の寿命は短い。特に、ソペードでは。子供が我慢を覚えるのは、貧民も貴族も同じである。


「と、今日も稽古をありがとう。うむ、これでソペードのご当主様にお会いしても、腹を見られることはあるまい」


 己に従う五人の剣士。

 その姿にほれぼれしながら、地方領主は話題を切り出していた。


「近々、サンスイ殿がブロワ殿と挙式するそうな。私もウィン家との関係で出席するが、お前たちも一緒に行くか?」

「はい、以前から出席してほしいと言われておりましたので、領主様がお許しになるのであれば」

「そうかそうか……では私のことを、良く紹介してほしい。こういう機会でもないと、軽々にはお会いできぬからなあ」


 もはや山水は貴族、今までのように野試合をするわけにはいかないだろう。

 加えて、正式に挨拶をするとなると、なかなか難しい。

 とはいえ、山水も生徒がきちんと仕事をできているのか、気にしているところである。

 己の生徒の雇用主にあいさつすることは、むしろうれしいことであろう。


「と、それはそれとして、だ。些か面倒なことも頼みたい」

「なんでしょうか」

「いやなに、門番たちがなあ」


 門番、という言葉を聞いて武芸指南役の五人はすべてを察していた。

 なるほど、面倒そうなことである。とはいえ、完全に身から出た錆であるのだが。 


「申し訳ありません……我らの身内が、その……」


 偉い人との付き合いが増える一方で、自分が卑しい生まれであることを思い出してしまう問題だった。

 卑しいという僭称が、誇張ではなく事実として実害になっているのが現状である。

 なにせ、門番から苦情が来ているのであるし。


「そう気に病むことではない。君たちに非がないことは、私が一番よく知っている。うかつなことは言っていないであろうし、期待している彼らが悪い。しかしだ、門番としての業務に支障が出ており、この屋敷の風評が悪くなっていることも事実。餌をやる必要はないが、少しばかり相手をしてやってくれないかね」


 自分にたかってくる相手と話をする、というのは神経を削る行為である。

 できれば相手などしたくないところであるが、しかし雇用主から命じられては応じるしかない。

 引け目もあって、五人はそろって門の前に集まってくる下賤な輩と対峙することになっていた。


 と、ここで、山水の結婚式に出席する予定の面々は、己の恥部と向き合うほかなくなっていた。

 仕方がないといえば仕方がない。祭我たちと違っていきなりこの世界に一人で放り出されたわけではなく、仙人のように俗世と縁を切って何百年もこもっていたわけではない。

 彼らには彼らの家族や過去があり、公的な地位を得たからこそそのしがらみにとらわれてしまう。


 さて、ここで山水の後悔につながるわけである。

 ある意味当たり前なのだが、山水は自分の生徒へ『風聞を気にするな』と厳命に近い形で指示をした。

 しかし、自分の生徒の雇用主には、特に何を言わなかったし言えなかったのである。


 門番がせき止めていた問題が、結婚式を前に噴出したわけであり……。

 何よりも、これはソペードの領地中で起きていたことであった。


 加えて山水の噂は、どんなに大げさでも一切疑われずに受け入れられてしまう。

 だからこそ、結婚式に対してよからぬうわさが蔓延してしまうのであるが……。

 それはつまり、日ごろの行いによるものである。


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