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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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罪悪

「そう怖い顔で見てくれるな、シュン坊よ。さすがの儂もお主に睨まれてはたまらん」


 ディスイヤの老体は、己の抱えている切り札から陰気に睨まれていた。

 無理もない話である、彼の価値観から言って今回の作戦はお世辞にも正義ではない。


「ーーーー」

「くく、顔に出ておるぞ。儂への不満がのう。とはいえ、儂を死なせんのがシュン坊の良い所じゃがな」


 いよいよ明日結婚式、という晩。

 ディスイヤの老人は何が起きたのかを語っていた。


「ーーーー」

「仕方あるまい。これも国益、アルカナ王国のためじゃよ」

「ーーーー」

「ひっひっひ、そうじゃよ。いつものシュン坊の仕事と同じ、汚れ仕事じゃ」


 アルカナはオセオに対して、一切侵攻をしない。

 確かにブラック王子はドゥーウェから指示を受けた山水から暴行を受けている。

 その山水は、ソペードの当主からさらなる指示を受けて、オセオへ侵攻している。

 だがそれは全面戦争を意味しない。


 山水だけではなく右京と祭我によって、既にオセオは壊滅的な被害を受けていた。

 そのオセオへ攻め込めば、いともたやすく制圧出来る……訳がない。

 確かに今のオセオは道路交通網が分断されているが、見方を変えればオセオ内部への侵攻路が尽く切断されているとも言える。

 なにせ、道路が破壊され橋が落とされているのだ。別に嵐の海という訳でもないので渡ろうと思えば渡ることは出来るのだが、著しく時間が消耗する。

 時間がかかるという事は費用が増大する。他国からアルカナへ進攻された場合に問題が生じる。


 仮に侵略して支配する場合、アルカナがオセオの壊れた設備を修復しなければならない事にもなる。

 壊すのは簡単だが、直すのは簡単ではない。国中の橋を一気に直すとなると、それこそ国が傾くだろう。


「よその国の国民が困ることで、アルカナが損をせずに済むのなら、それはとても良いことではないかのう」

「ーーーー」

「そうじゃ、前にも言ったが、儂らは元々ドミノさえ統治したくなかった。我らは強国を目指しておるが……誓って覇権など望んでおらん。まして世界征服など頼まれても断るわい」


 そう言って、極めて利己的な笑みを浮かべる。


「なんで貧乏人どもの面倒を見なければならん」


 その老人の言葉は、一つの真理であろう。

 他国を侵略して支配する、などとは口で言うほど簡単でもない。

 侵略先から簒奪の限りを尽くせばいいという妄言を吐く者もいるが、そもそも侵略の道中で敵味方から搾取の限りを尽くされるので、侵略した先が豊かという事はない。


 はっきり言えば、右京がやろうとしたように他国から略奪するというのはそこそこ現実的ではあるが、併合するとか植民地化するというのは半分以上博打である。

 現時点で既にアルカナはドミノを半分ほど併合している。この上さらに博打をするのは、無駄にリスクを上乗せするだけだった。


「如何にお主達切り札や、あるいはスイボク殿が化け物じみて強かったとしても……臣民を統べて利益を出すというのは容易ならざることである。今現時点で、アルカナ王国は調度良い。ドミノは少し余分じゃしな……」


 どちらもうまく行けば、それが理想である。

 しかし、両方失敗すれば大やけどでは済まない。

 そんなリスクを背負う必要など、今のアルカナにはないのだ。


「それに、余りにも領土拡張をすれば、よその国から嫌われる。既に倍ほど広くなった我が国が、この上オセオを手に入れれば、我ら首脳はともかく臣民が勘違いしかねん」


 国威発揚にも限度はある。

 アルカナ王国はたしかに、今この時代の間に飛躍を遂げようとしている。

 しかし、世界征服などという内外にろくな結果を残さない、そんな馬鹿みたいなことをするつもりはない。

 そして、そんなことを国民に考えさせないようにしなければならない。


「今回の一件で、我らアルカナは一切得をしてはならん。オセオへソペードの暴虐を謝罪し、それを公表する。それで済ませる」

「ーーーー」

「そのとおり。一方的に殴るだけ殴ってから、一方的に握手をするという算段よ。相手は賠償を求めてくるかもしれんが、そこはのらりくらりとかわせば良い。なにせまあ……もはやオセオに味方する者は何処にもおらん」


 周辺諸国の客たちが、ブラック王子の暴言の限りを覚えている。

 自分たちが祝福した結婚式に唾を履いて踏みにじった、オセオ・ブラックの馬鹿さ加減を覚えている。


「オセオ・ブラックは、己のことを物語の登場人物と勘違いしておった。我等アルカナも、アレがおとなしくしておれば客としてもてなしたとも。暗殺だとか、公共の場で恥をかかせるとか、そんなことはまるで考えておらんよ」

「ーーーー」

「信用されておらんなあ……そこは、信じて欲しいのう。それに、どうあれ先に一線を超えたのは、あの小僧じゃ」


 口にするだけなら、誰にでも出来る。

 そう、言うだけなら誰にでも出来る。

 言葉と行動が必ずしも一致しない、というのはよくある話である。

 しかし、一国の王子が公共の場で『アレは嘘だ』では済まされないことがある。


「本人に自覚があるとしてもないとしても、それを我らが許すかどうかは我ら次第。弱みにはきっちり付けこませてもらうわい」

「ーーーー」

「何度も同じ事を……多少手が汚れたぐらいで、臣民が戦火から遠ざかるのなら、それは喜んで汚すことだわい」


 春は諦めた。

 実際のところ、この老体のやり方よりもいい結果が出せるとは思えなかった。


「今回の件で、我らの姿勢は周囲に示すことができた。我らはこれ以上国土を拡大させるつもりはないが、もしも難癖をつけてくれば損得度外視で攻撃する。そして……各家の切り札たちは、切り札同士以外ではどうにもならぬとな」

「ーーーー」

「うむ、わかっているとも。お主だけは……まあ仕方がない。それにディスイヤではいまのところ、お主の手に余ることは起きておらんし、今後も起きまいよ」


 己の切り札は、身の程をわきまえている。

 それを再確認しつつ、老人は意地悪く笑う。


「まあ諦めるが良い。お主を殺せる者は当分現れんよ」



「はぁ……また裏の仕事だ」


 祭我は己の周囲にいる少女たちへ、自分の参加した作戦を説明していた。

 テンペラの里の面々も含めて、特に隠すことでもないかのように話している。

 特に黙るように言われていないし、そもそも今回の作戦がバレても問題はないらしい。


 確かに祭我が複数の資質を持っているからこそ、アレだけの作戦が成立していた。

 他の国では、絶対に再現不可能である。

 真似をしようにもうまく行く要素が一切ないし、むしろその矛先を向けられてはたまらないと思って欲しいところである。


「これじゃあまた、異名とか二つ名とかもらえないよなあ」

「まあまあ、そうやって不満を持ちつつも、きっちり仕事をしてきたんだから貴方は偉いわ」


 ハピネはきっちりと彼を褒めていた。

 こうやって自分たちの前で、愚痴をいうぐらいはなんでもない。

 アルカナ王国の決定に対して忠実に従い、きっちりと成功して帰ってきたのだ。

 そうした信頼関係があるからこそ、切り札と各々の家は固く結びついているのである。


「そのとおりだ、仕事のより好みをしていれば周囲から嫌われるぞ」

「そんな食べ物の好き嫌いみたいに……」


 スナエの言葉は少し厳しい。

 とはいえ、これは嫌だアレは嫌だ、と言われては上層部も不安に成るだろう。

 祭我が頼まれることは他の誰にもできないことなので、断られるととても困るのである。


「……お辛い御役目ですね」

「ああ、うん……ごめん、ツガー。慰めて」

「はい」


 山水は、戦闘して兵士を倒した。

 もちろんひたすら圧倒していたし、一方的に殺し続けていたのだろうが、あくまでも対等な地平での戦いである。

 しかし、今回の祭我と右京の行動は、民間施設を軍事的、あるいは犯罪的に攻撃したのである。

 もちろん民間人を大量に殺したわけではない。しかし、結果として民間人を大量に死なせる作戦でもあった。

 お世辞にも、気分がいい作戦ではない。


「はぁ……」


 同じ一方的な殺戮であっても、兵士を直接斬り殺すのはよくて、間接的ではあっても民間人を爆撃で殺すのは悪いのか。

 今までもかなり殺人を犯してきた祭我だったが、一番気分が悪くなる作戦だった。


「サイガ様……お疲れ様です」

「こんな種類のマリッジブルーになったのは、俺ぐらいだとおもう」

「嫌われる役目でも、逃げないのは立派だと思います」

「……うん」


 それでも、祭我なりにわかっていることはある。

 今回の作戦に自分が参加しなくても、右京が時間をかけて実行していたであろうという事。

 もうひとつは、作戦そのものを潰していた場合、もっと酷いことになっていたという事だった。


「お前は優しいが……分別はつけることだ」


 スナエの言葉には、明らかにトゲがあった。


「兄上は許していたが、私は怒っている。私がその場にいたら、噛み殺して腸をばらまいていたかもしれないな」


 今回の結婚式は、マジャンの国王が正式に許可したものだ。

 それを侮辱するだけではなく、マジャンの王家を猿呼ばわりされれば、決して穏やかには済ませられない。

 もしも王子を無傷で返せばスナエが暴走するか、あるいはアルカナに失望して兄とともに祖国へ返っていたかもしれない。

 ソペードがブラックへ罰を与えたことで半分納得し、アルカナ全体で徹底して打ちのめしたことで全面的に溜飲が下がっていた。


「敵には苛烈に振舞わねばならない。それが味方への安心につながる。それがメンツを保つという事だ。敵の臣民にも味方の臣民同様の手心を加えるのは、味方から反発を招くことだぞ」

「……うん」


 ツガーに抱きしめられながら、祭我はスナエの言葉に頷いていた。


「まあ……そりゃあそうなんだろうなあ……」


 自分が昔読んだ物語では、戦争をしている敵方の民にやさしい軍人が、それこそ敵味方から尊敬される英雄として描かれていた。

 しかし、実際にはそんなことはない。味方に優しくするのはともかく、敵に優しくするのは利敵行為だ。

 最低限のルールを守るのは当たり前ではあるが、それを超えて優しくすると、命をかけて戦っている味方が納得しないだろう。


 その辺りが、山水も祭我も理解していることであろう。

 この二人は戦う分にはほとんど身の危険がない。絶対的に強いからだ。

 だが、自分たち以外は違うのである。山水がブロワに信を置きつつも絶対視していなかったように、祭我もラン以外は絶対視していない。


 戦うのは命がけで、とても危ないのだ。

 天才ではなくても、たった一つの命を賭して戦っている兵士のことも、今の祭我はよく知っている。


 その彼らを守るために、不必要な戦争を未然に防ぐのも祭我の仕事には違いない。

 敵国の臣民を傷つけることに過剰な忌避感を感じるのは、それこそ分別がついていないのだろう。



「……ハピネ、俺は結婚したら正式にバトラブの人間だ。だから……嫌なことから逃げないよ。でも、嫌な気分にはなるから、そこは寛大に許して欲しいし、慰めて欲しい」

「もちろんよ、それが内助の功ってもんだしね」

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