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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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破壊

 悲しいことに、アルカナ王国の首脳は冷静だった。

 悲しいことに、彼らは己の抱える切り札達と完璧に近い信頼関係を構築していた。

 悲しいことに、彼らは切り札を抱えて尚慢心とは程遠かった。

 オセオ王国にとって悲しいことに、アルカナ王国の首脳はオセオを侵略するつもりさえなかった。


 当たり前ではあるが、アルカナ王国の首脳はとても理性的だった。

 スイボクという絶対強者を御しきれていない、という正しい認識も手伝って、彼らはとても冷静に国家の舵取りをしようとしていた。

 つまり、右京を含めたアルカナ王国の首脳陣は、ドミノに続いてオセオを侵略して支配して統治する、という考えが最初から全くなかった。

 戦争に発展させるつもりもなかったし、賠償金をせしめるつもりもなかった。


 切り札達の優秀な点は、費用がまったくかからないことである。

 右京の場合はまた別の制約が存在するが、なにせ個人でしかないので準備も兵糧もまったく必要ない。

 何よりも、絶対に失敗しない。だからこそ、使い方さえ間違えなければ切り札たちは最高の結果を出す。


 今回右京が立案した作戦は、平たく言えば『オセオを徹底的に叩きのめして、その上で放置する』というものだった。

 もっと言えば、アルカナ王国に一切得がないように立ちまわることになっていた。


 とはいえ、さすがに彼一人で実行したわけではない。

 彼だけではなく、もう一人の切り札である瑞祭我が陰ながら助力していたのだった。




「やあ、新郎の右京だ。瑞祭我くん、景気づけに国を滅ぼそう」

「……はい」


 祭我は、時折己の予知能力を呪う。

 この予知能力は、避けられない未来ほど明確に、己の脳裏に鮮明な映像を浮かばせるのだ。

 そして避けられない未来とは、たいてい最悪の未来である。


「……エッケザックス」

「どうした、我が主よ」

「仕事だ……」

「ウンガイキョウ、ダヌア、ヴァジュラ、エリクサー、ダインスレイフ。予定通りに行くぞ」

「あら、お仕事ね」

「我ぁ気が進まねえだあよ」

「ちょっと待て、我が三番目とはどういうことだ」

「うむ、では仕事だな!」

「承知」


 まさか、このタイミングで作戦を実行することになるとは。さすがに右京も驚いていた。

 これだけは絶対的に誓えることなのだが、ブラック王子の無礼は想定内ではあっても誘導をした結果ではなかった。


 確かに元々オセオの作戦を失敗させていたが、それはオセオが一方的に作戦を仕掛けてきた結果でしかない。

 加えて、今回の前夜祭では彼の神経を逆なでにする行為をしたが、ただ自国の自慢をしただけだ。

 いっそわざとらしいほどに、オセオ・ブラックは独走して暴走した。

 それに対して普通に怒ったドゥーウェが、想定通りに山水を使って拷問を実行した。


 おかげで、パーティーはお開きである。

 これで切り札が二人消えても、八種神宝が消えても、誰も騒ぐことはなかった。


「さあ、二人と六つで、夜の空をドライブしようぜ!」

「……予知能力、捨てたい」


 山水がオセオに向かったその夜、少し遅れて祭我と右京も各々の宝と共にオセオへ向かっていた。

 当たり前だが、普通に歩いて向かったわけではなく、馬に乗ったわけでもない。


「火の魔法と法術をエッケザックスで増幅し、更にそれを悪血で制御すれば……」

「ええ……まあ、その……飛べます」


 縮地は瞬間移動であるが、国家をまたぐほどの長距離移動には向いていない。

 火の魔法による飛行は、最高速度こそ悪血や王気による強化による走行をはるかに超えるが、消費が激しくやはり長距離移動には向いていない。

 加えて、飛行中に空気抵抗がますので、余り大荷物を運ぶことはできない。


 しかし、祭我は火の魔法と法術と銀鬼拳とエッケザックスがある。

 エッケザックスで増幅し悪血で制御するのなら、火の魔法で複数人数を高速で運べるほどの推進力を発揮でき、かつ法術の壁で円錐型の風防を作り出すことも出来る。

 もちろんそれだけでは、長距離移動に必要な持久力を補えないのだが……。


「もう先に食っとけ」

「……蟠桃ですか」


 ダヌアを連れた右京がいるのなら、持久力の不安はまったく問題にならなかった。

 無尽蔵に蟠桃を生み出せるダヌアが同行する以上、彼は燃費を一切気にせずに全速力を出し続けることが出来る。

 それによる仕事が、とても心苦しいものだと察している祭我は、泣きながら受け取って食べていた。


 さて、アルカナの王宮を飛び立った二人は、一定の高度に達するとダインスレイフの指示に従って高速移動していた。

 あらかじめダインスレイフで傷をつけた諜報員を、既にオセオの要所へ配置している。

 ここで重要なのが、オセオの要所というのがまったくこれっぽっちも、秘密でも何でもない場所という事だった。


「……あの、ダインスレイフで切られて、いい気分になる人なんているんですか?」

「問題ない、別にそこまで難しいことを頼んだわけでもないし……逆に言って、彼らにも意味がある」

「それは……」

「危険な役割など一切ないし、その上給金も弾んだし、さらに言えば逃げても無駄だとわかっていれば更に気楽だろう」

「それは、気楽じゃないような」

「悪い誘惑に負けない、というだけでも仕事の効率はいいもんだ。めちゃくちゃ簡単な仕事だしな」


 夜の空を、高速で移動する。

 それは当然、自分が今何処にいるのかが分からない、という問題が生じる。

 GPSもレーダーもない、ただの人力飛行。

 もちろんだからこそ、敵に発見されないという最大の効果がある。

 そして、ダインスレイフの能力は追跡。あらかじめ要所に『彼女』で傷をつけた人間を配置しておけば、それだけで何もかもが解決する。

 一定の高度に達していれば障害物にぶつかることもないし、完璧な目印と言えるだろう。

 それに、ある程度の場所がわかればいい。精密に配置する必要もない。


『そろそろ『目印』の真上だぞ』

「よしきた。祭我、ここらで止まってくれ。それから、俺に法術で足場を。あと蟠桃も食っとけ、まだ一件目だ」


 高度計があるわけではないが、雲にほど近い高さで右京は法術の壁の上で立っていた。

 手に持ったウンガイキョウを、地面に向けて夜景を写している。


『あったわ、橋よ』

「よしよし……ヴァジュラ、風向きを変える準備を」

『むむ、承知した。この天槍に任せるがいい』


 右京は持ってきていた、懐に収まる程度の小さい樽を取り出す。

 それをウンガイキョウに写して、複製した一つの樽を投下する。


 夜の空は星明りで明るいが、空から見下ろす夜の地面は地形がわからないほどに暗い。

 まばらにある人工の明かりは、余りにも頼りない。

 まるで暗黒の海に何かを捨てたかのような、そんな一瞬の静寂。

 そのしばらく後に、ウンガイキョウは鏡のまま言葉を発していた。


『外したわ。ヴァジュラ、我から見て少し手前側に風を』

『分かった』


 数度の調整をした後で、投じられた樽は目標の物に命中したようだった。


『当たったわ』

『ではこの強さで風向きを固定するぞ』

「よしよし……」


 邪悪な笑みを浮かべた右京は、ウンガイキョウの出力を大幅にあげていた。

 もちろん、ダインスレイフで追跡探知した、自分の配下の頭上に落下させたわけではない。

 彼らに指示をしたのは、あくまでも目標物の近くの宿に長期泊まることだけだった。

 その目標物とは、つまりは橋である。


 まるで圧力をかけられたかのように、大量の樽が地表に投下されていく。

 それの中に何が入っているのか、既に祭我は知らされていた。


『そろそろ十分よ、強度的にはこれでいけるはず』

「そうかそうか……それじゃあ、ファイヤー!」


 いわゆる火炎瓶。

 可燃性の高い液体を入れた瓶に紐を付けたものを複製し、その紐に火をつけて捨てた。

 夜の闇に明かりが投じられ、そのまま吸い込まれていって……激しい燃焼が地表で発生していた。


「ひゃっひゃっひゃ、大成功!」


 オセオでは新型のゴーレムが開発されているという。

 それは革命的な性能を持っているという。


 だが、そんなものはまったく持ってなんの問題もない。

 右京は知っている。人間の形をしているロボット(ゴーレム)など、地球では戦術的な価値が一切ないという事を。


 仮に地球のそれよりも高性能だったとしても、この星の戦争を一変させる価値があるとしても、わざわざそんなもんと戦ってやる気など一切なかった。

 これは山水が行った戦闘とはまったく異なる行為である。

 極めて卑劣で効率的で、余りにも一方的で外道な、テロ行為にほかならない。

 兵士や騎士を攻撃するのではなく、軍事設備を破壊するわけでもなく、ひとえに民間人が利用する公共設備を爆撃する犯罪だった。


『景気よく爆破したわね、これは応急修理では済まないわ』

「よしよしよし、非常によし。それじゃあこの檄文を……こうだ!」


 そして、もちろん今回の犯罪をアルカナの犯行にするつもりはなかった。

 架空の革命団体が、その犯行声明を書き記した、ウンガイキョウでコピーしたわけではない普通の檄文を、数十枚ばらまいていた。


「『この国は腐敗している! この国の王族は臣民から血税をむしりとり、戦争のための兵器へ予算を割いている! 我らオセオ革命党は、ここに行動を開始する! これは正義の行いだ!』という檄文をばらまいた所で……次のところへ行こう」

「……はい」


 もちろん、橋を一つ落としたぐらいで、この国がどうにかなることはない。

 橋があった場所には川があるわけではあるが、交通が不便になるだけで不能に成るわけではない。

 それに、一度は作った橋である。直そうと思えば直すことはできるし、新しい場所に架けることもできる。


 それが、一箇所だけならば、それは地方領主で解決できることであろう。

 しかし、その地方にある主だった橋のほとんどを破壊されたなら、それは地方領主が単独で解決できる問題ではなく成る。

 加えて、もしも国中の橋が、道路が、関所が破壊されたのであれば、それは一国の王にさえ手に余るだろう。


「成功するのが難しい作戦なんてくだらない、何処にあるのかもわからない秘密基地を探すなんてくだらない、ただ一箇所の厳重に守られた場所を破壊するなんてくだらない。そんなものは、実際のところ壊されてもまったく問題ない。長期的に見て困るだけだ」


 継続的で高速の飛行能力は、つまりは機動力である。

 それにウンガイキョウの複製能力があれば、それは正蔵に劣るものの爆撃機となる。

 あらかじめダインスレイフで目印を付けた人員を配備すれば、それはレーダーと成る。


「簡単に成功する作戦を、たくさん同時にやる。今晩中に国中爆撃して、通商破壊してやる!」


 国の何処かにある秘密の工房や技術者を探す手間など不要。

 要は国家がそんなことに予算を割けるだけの、金銭的な余裕の一切を奪えばいい。工場は秘密でも、国家の財布は共通なのだから。

 いくら優れた諜報機関があっても、どれだけ防諜しても、誰もが通る橋の場所まで隠すことなんて出来る訳がない。


「極貧に落ちな、オセオ。お前らは戦争の被害者にすらなれない!」


 国中の橋が落ちる、道が壊される、関所が燃える。それでまともに物流が成立するわけがない。

 この世界では冷蔵などほぼ不可能であり、それはつまり国民の生活を金銭的ではなく食料的に圧迫する。

 また、橋を直すとしても費用も時間が必要で、更には順序も生じる。

 すべての橋や道が、いきなり修理できるわけもない。

 くだらない貴族の争いによって、どんどん民衆の生活は圧迫されていくだろう。


「俺達アルカナは、それを高みの見物だ! せいぜい争って、がんがん疲弊すればいい!」


 苦しむ民衆の怒りは、戦争状態なら敵国に向く。

 だが、アルカナはオセオに進軍しない。攻めてくれば迎え撃つが、決して国境を超えることはない。


 敵がいないこの状況で、国民が誰を敵とするのか。それは余りにもわかりきっている。

 そう、半分は正しい檄文を信じ、王家を打倒するために革命を起こすのだ。


 もちろん、すべての地方でそれが起きるわけではない。

 そこまでのことは期待していない。

 しかし、一件でも起きれば大成功だ。一件も起きなかったとしても、それはそれで成功だ。


 もしもオセオの民衆が、困窮する生活に耐えたとしても……。

 オセオの国力は一気に低下し、治安は悪化し、人口が激減するのだから。


「……ブラック王子、国を滅ぼすとはこういうことだ。お前の国を滅ぼしてやる、と言う事は、こうされるという事だ」


 オセオ政府が無能でなければ、今回の一件が国内の不満があふれたものだとは絶対に思わない。

 それこそ確実に、アルカナ王国と関係があると察するだろう。

 だが、分かったからなんだというのだ。

 国中の橋を爆撃することができる、と知ったところで対策など練れるわけがない。


「同じ地平に立ってやるもんかよ、原始人が。これが地球の戦争だ、まさに現代知識だな」

「ひどすぎる……」


 おそらく、翌朝には山水が理不尽なる実力を発揮しているだろう。

 同じ地平に立ちながら、超然として殺戮する剣士に理不尽さを感じるだろう。

 だが、戦うだけマシなのだ。


 効率というものを突き詰めれば、戦うという言葉さえ不適当に至る。

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